211 浅達性
タイトルは浅達性。Ⅱ度の熱傷の内軽度の方です。真皮の浅い部分まで障害が及ぶ火傷の事で、二週間程で治癒するものの、色素沈着や色素脱色が残ります。
重度の方は深い部分まで。更にこれよりも酷い状態がⅢ度熱傷となります。
尚、日焼け等はⅠ度熱傷。皮膚の内最も上側である表皮だけが損傷を受けた状態で、プールや海で焼けて真っ赤になってたりするのもこの火傷だったりします。
「ルーちゃん服脱いで!早く!」
「は?え――?」
地下の書庫に入ると同時にそう言って詰め寄られてしまい、思わず後退る。
詰め寄ってきたのは、明るい茶色の髪と赤く染まった瞳を持つクドラク。
血を寄越せとか、そういうのではないと分かるものの、流石に引き攣った。
「俺にそっちの気は無いぞ!?」
そう言って叫び下がる俺に、
「そういう意味じゃない!」
クドラクも叫んで、絶叫で返してきた。
思わず逃げ腰になっているままに、胸ぐらを掴まれて引きずられ慌てた声を上げる。
「ちょ!?」
「良いから此方に来なさい!このお馬鹿!」
「馬鹿は無いだろう馬鹿は!?」
抵抗しようとするも、力の差は歴然としている。
そのまま、幾つものテーブルを並べられた上へと放り投げられて、したたかに背中を打ち付けた。
「――っ。」
痛ぇ。
冗談抜きに、背中に激痛が走って息が詰まったぞ今のっ。
そんな俺へと、畳み掛けるようにしてクドラクが口を開いてくる。正直、何なんだよって感じだった。
「怪我しているでしょうが!?」
「は?」
「隠そうとしても無駄よ!私には分かってるんだからね!?これでも吸血鬼だから鼻は効くのよ!嫌な事に!」
「え。」
「もう何してるのよルーちゃんは!貴方生者でしょうもうちょっとは気を付けなさいよ死にたいの馬鹿なの本当に何考えてるのよ馬鹿ぁ!」
「え、ええ――?」
困惑覚めやらないとはまさにこの状態だろう。
クドラクが騒ぎながらも何処からか取り出してきたのは、白い箱。緑色の十字がデザインされているそれは、救急箱と呼ばれる物だ。
それを開くと、こちらに向けて手を伸ばしてくる。
「ほら、さっさと脱ぐ!」
「いや、ちょっと待てって――っ。待て、頼むから待て!自分で脱ぐから!うわー!?」
乱暴に脱がされかけて、幾つものボタンが弾け飛んでいくのが見えた。
どんだけ焦ってるんだよ!?服くらい自分で脱げるっての!てか、服を破くなー!?
「自分で脱ぐ!自分で脱ぐから手を離せ!マジで服が破れる!いやもう頼むから!」
正直、今の時代に売られている服は、どれもが結構な値段がするので破けたりするとかなり痛手になるのだ。
この為に必死にそう言いつつも、なんとかクドラクの手を止めようと抑え込もうとした。
その手がベルトに掛けられたところで、ようやく動きが止まる。
そして、胡乱気な目が向けられてきた。
「――本当でしょうね?」
それに、
「こんな事でいちいち嘘なんて言うかー!」
思わず絶叫で返してしまう。
何故、同性に脱がされなければいけないというのか。そんなのを望むような奴がいたら、それは一体どんな性癖の持ち主だよって話である。
少なくとも俺はノーマルだ。間違っても同性愛の気は無いし、同性に脱がされるのは御免被りたい。
例えそれが医療行為だろうと関係ないし、自分で出来る範囲は自分でやるタイプなのだからっ。
「一応俺だって医療従事者だぞ!?治療が必要かどうかくらい、一番自分が分かってる!だから此処に来たんだよ!」
「ふーん?そう?本当に?」
「本当だ!」
それでも未だ疑惑の眼差しが向けられて来て、必死に言い募る。
このままお任せしていたら、確実に修繕する必要性のある服が増えるだけだ。そんなの完全に損じゃないか!
「頼むから自分で脱ぐのくらいさせてくれ!服を破かれても困るんだよこっちは!金かかるんだから!」
故に、必死になって言葉を投げかける。
これに、鼻を鳴らしたクドラクが手を引いていってくれた。
「ふん――まぁいいでしょ。場合によっては下着も脱いで貰うけど。後、火傷は結構酷いみたいだから、次からは気付いた時点でやりなさい。いいわね?」
「わ、分かってるさ――。」
一瞬詰まったが、同性だし見られても別に困るものでもない。
幾ら美人に見えても、クドラクは男だ。セクハラにはならないし、訴えられるような事も無いので、頷いて返す。
手が離れていって、思わずホッと息を吐いていた。
「自分でも手当てするつもりだったんだから、裸になる点については気にしないっての。」
これに、
「そ。じゃぁ、さっさとお願い。」
「ああ。」
クドラクに促されて、ボタンが弾け飛んでしまったコートを脱ぎ、マフラーも外す。
その下に着ていたシャツを脱いだところでクドラクが後ろへと回って来て、水泡まで出来ていた腕を潰さないように持ち上げじっくりと眺め出した。
そのまま片手でベルトを外していると、直ぐ後ろから声が飛んでくる。
「Ⅲ度まではいってないってところかしら――一応重症って程ではないようね。」
幾分ホッとした様子の声に、軽く肩を竦めて返しておく。
触れる指先が冷たくて、熱を持った肌の上を軽く押すのに熱が奪われて少し心地良い。どうやら、神経が残っているかどうかを確かめているようでグイグイ押される。
「つ――っ。」
「痛みはあるみたいね?」
「あ、ああ。当たり前だろ――でなければ、すぐに手当てしてたさ。」
痛いのは痛い。ただ、服を脱いだ事で摩擦が無くなり、多少なりともマシだった。
何よりも地下というのもあって此処は冷えるし、素肌の熱を多少なりとも奪ってくれるのが有り難い。
ついでに水球も出して腕を冷やしだした俺へと、
「でも、背中は随分と酷いわよこれ。塗ってあげるけれど、痕が残るでしょうからそのつもりでいなさいな。」
「助かる。」
クドラクの言葉に返すとほぼ同時に、軟膏と思われる薬が塗りつけられていくのを感じた。
痛みを和らげる為の清涼感のある香りと共に、肌にスゥッとした冷涼さが感じられて、思わず息を吐きだす。
「まぁ、別に痕が残っても別に気にしないけどな。男だし――って。」
塗られながらも呟いた途端に、頭へと衝撃が加わってきて思わず口を閉ざす。
痛い。どうやら殴られたらしくて、腰に手を当ててこちらを見下ろすクドラクが頬を引き攣らせているのが見えた。
「何だよいきなり――。」
痛みに顔を顰めていると、
「ルーちゃーん?」
「な、何だ?」
何処か苛立った様子のクドラクが、怒りながらも笑みを浮かべるという器用な真似を見せてくる。
そうして、彼は一気に捲し立てていった。
「何だ、じゃないわよ!折角その綺麗な顔に火傷の跡が残るのよ!?許せるものじゃないじゃないの!」
「そ、そうか?」
「ええそうよ!絶対にそう!他の兄さん達だって同じ事言うわ間違いなく!だから気にしないなんて言うんじゃないのこのお馬鹿!悲しませるつもり!?」
「い、いや、そういうつもりは――。」
「大体、替われるものなら替わりたいくらいなんだからねこっちは!?」
「あ、ああ、そう。」
思わず、タジタジとなりつつも最後の絶叫で「そっちが本音か」と呟きそうになった。
クドラクの美を追及する姿勢は、正直異常だと思う。
女性でも此処までは無いだろうってくらいには凄いのだ。肌を綺麗に保つ為に化粧水なんてものを作り出す事といい、美への執着心は半端無い。
そんなクドラクだったが、肩から背中に向けて軟膏を塗る作業を再開しながらも尋ねて来る。
「で、何でこんな火傷負ったのよぅ?折角の色白な肌が台無しじゃないの、勿体無い。」
恨めしそうに愚痴愚痴と言う彼に、俺は軽く首を傾げて言葉を返す。
元々火傷の痕もあったはずなんだが、綺麗に癒えていた範囲まで炎症してるのだろうか?
疑問に思うも、違う言葉が勝手に出ていく。
「何でって言われてもな――何でなんだろ?」
どうしてこうなったかなんて、俺も分かってはいない。
分かるのはただ、直射日光が半端なくきつかったって事だけだ。
この為に曖昧な返しをしたのだが、
「はぁ!?自分でも分かって無いの!?」
素っ頓狂な声に怒りを滲ませながらも、クドラクが返してきた。
それに、俺は肩を竦めて返す。
「ちょっと外に出ただけで焼けたんだよ、これ。肌の露出も極力控えたんだけどな――だから、何でなのかまでは不明だぞ?」
これに、
「それって――。」
一体何に気付いたのか、軟膏を塗っていたクドラクの手の動きが止まってしまった。
何処か戸惑う様子もあって、思わず「どうした?」と返すも「何でも無い」と返されてしまう。
それに、思わず怪訝に思って振り返る。
(なんか、隠していないか――?)
そう思ったのだが、クドラクの方からすぐに「可能性だから」と念押しされながらも、あっさりと俺の疑問へと答えられる。
おかげで、訝しんだのもすぐに引っ込んでしまった。
「ルーちゃんさ、前に一回死んで、お師匠様に蘇生してもらったって話、したでしょう?」
「ああ――そういや、そんな話もあったな。」
言い難そうな様子の彼に、思い出しつつも返す。
立て続けに色々な事が起き過ぎて、それに対処したりする間も無く次の事態に巻き込まれたりもするものだから、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
だがしかし、それが今の状況とどう繋がるのかと、俺は首を傾げてクドラクの続きを促そうと見つめる。
これに、何処か良い辛そうなままの彼が言葉を紡いだ。
「火傷。」
「うん?」
「この、火傷の広がり方がね――その時の焼け方と凄く似てるのよ。まるで、死へ戻ってるみたいに。」
「――は?」
そんな事、あるのだろうか?
一瞬、意味も理解出来なくてポカンと見つめてしまった。
それに、真っ直ぐに此方を見つめているクドラクとの視線が交差して、口が開くのが見えた。
「痛みが無いわけじゃないのよね?」
「ああ。痛いのは痛いぜ?」
「そう――。」
確りと頷いて返すものの、クドラクの方は未だ歯切れが悪い感じだ。
どうも言い難い事が何かあるらしい。
(何なんだ?)
クドラクの様子には疑問が浮かぶが、当人が言い出さないなら聞き出すのも難しいだろう。力量差は歴然としているし、無理矢理になんてまず無理である。
大体、痛みが無かったら完全に神経が死んでるので、痛みが無かったらかなりヤバイ状況だ。
そこまでいくと、流石の俺も地下に戻ってくる前には治療を始めていた事だろう。
火傷は重症化すると死に至るものだからな。手当ても何もしないでいるわけにもいかないし、感染症等を引き起こしたら、その時点でアウトである。
だから、
「正直言って、もう二度と外には出たくないってくらいだな。」
「――そんなになのね。」
笑って返した俺に、再び考え込む様子を見せ始めるクドラク。
その彼を放って、俺は新しい薬を出そうと【空間庫】を開いた。
火傷に使うものなら多分同じ配合だろう。この辺りはクドラクだって師匠から教わってるはずだしな。早々変えるとも思えなかった。
この為に自分で作った軟膏を取り出して、未だ塗られていなかった腕へと塗っていく。
左よりも右が特に酷い。顔も痛むしで、そちらへも塗り込んでいった。
(頭にもこれ、塗るしかないなぁ――。)
ベタつくから余りやりたくないんだが、そっちだって痛む。
治療するにはしょうがないだろうと、渋々と髪を掻き分けて根本へと塗り込んでいく。
そんな中で、
「なぁ。」
「何?」
未だ考え込んだ様子のままのクドラクへと声を掛けていた。
「背中に塗った薬、何時作った物なんだ?」
「え――。」
尋ねてすぐに、何故か硬直した気配が伝わってきて、後ろを振り返る。
そこで、クドラクは目を丸くしていた。
「おい、まさか――。」
嫌な予感がする俺の前で、
「やだこれ、魔導暦って書いてる――。」
「ちょっとおおおおおおお!?」
まさかの千年も前に滅んだ暦を口にするクドラク。
それに俺の絶叫が地下に響き渡るも、幸いながらも未開封の軟膏で、尚且長期保存の魔術も籠められていた為に、事なきを得たのは余談である。
2019/02/12 加筆修正を加えました。




