021 閑話 その錬金術師は正しく救世主となる
戦闘シーンが微かに混ざります。
また、カニバリズムや性的描写が伺える場面が少しだけ登場します。
苦手な方は読み飛ばして下さい。
風に乗って運ばれてくる冷たい空気。
春を迎えた今の時期でも些か冷たすぎるその風は、遠く煌めいている。それは、透明度の高い高級なガラス細工のようにして、沢山の破片と共に生み出された奇跡――氷魔法らしい。
美しい光景だった。遠目から見ても分かる程に、かようにも魔法というものは美しく、そして凄まじいのだろうか。
氷魔法の得意とするのは、鋭い氷の破片を生み出して切り裂く手法と、そのまま凍りつかせる手法とがあるらしい。そして、今現在見えている光景は――その両方、だった。
「あれが、魔法ですか。」
「数日前見た炎も凄かったぞ。」
「ああ、門の外で大きな火柱が上がってましたよね。まるで、炎の壁のようでしたよ。」
「あれだけじゃなく、その前には十体以上のゴーレムを従えて塀を築き上げたんだ。それも、たった一人で成してる。」
「本当に凄い人ですね――。」
「ああ――。」
土魔術と呼ばれる手法で生み出されたクレイ・ゴーレム達。それは、たちどころに開拓民達の不満を未然に収めてしまった。
何せ、都市の中は逃げ出した者が多いとはいっても、開拓民の全てを受け入れられるだけの広さが無い。その不満が、続々とやってくる彼らを収めきれない状況にもなれば、その内爆発してしまうのは間違いなかったのである。
しかし、それを未然に彼は防いで見せたのだ。しかも、それは彼の中では基礎中の基礎であるらしく、持ち上げれば持ち上げる程に苦笑いが強くなった。そこには、謙遜でもなんでもなく、本当にそう思っての苦い笑みがあったのである。
故に、我々は褒め称えるのを止めた。そのかわりに、類稀な火柱を生み出した高熱の火球を褒めたのである。
だが、こちらは彼にとってみれば苦手らしく、笑みすら消えてしまった。どうやら、逆効果らしい。彼の中では「あの程度」という認識で、しかも魔法使い等到底名乗れる程のものではないというのが、彼の揺るがない持論だった。
では、何なら得意なのかと問えば、
「魔法も魔術もそこまで得意じゃない。出来れば錬金術師と呼んでくれよ。そっちが本職だからな。」
と告げられ、我々が戸惑ってしまったものである。
錬金術師等、詐欺師ではないか!黄金を作れる等と宣い、その製法を教える代わりに金品をせびった奴らだ。
しかしながも、彼は首を横に振ってこう答えたのだ。
「錬金術は様々な学問の大元だ。魔術は元より、鍛冶、薬学、医学、料理に至るまで幅広く知識と技術が詰まってる学問だ。きちんとした錬金術師ならば、自身が生産職である事を誇りとし、ありもしない黄金を生み出す技術を口にする事は無いし、賢者の石やホムンクルスの製造に明け暮れたりもしない。」
それは、一体、どこの国の常識だろうか?少なくとも、この国は元より、この周辺の国家ですら無いだろう。
そんな我々と常識が異なる彼は、風が一番苦手な属性で、次いで火、その次が土なのだそうだ。そして、一番得意な属性は水で、その次に氷が来るのだという。聖と魔はと聞いたら「何だそれ?」と逆に尋ねられてしまった。
――成る程、かの御仁とはどうにも常識や知識に大きな違いがあるらしい。
それに、得意だと言っていたその氷魔法は、凄いを通り越して最早畏怖の念を呼び起こす程だ。実際に目の当たりにして見て、ドワーフの方々が彼を崇拝するのにも納得するところだった。
「――お話通り、捕らえられていた女性へのアフターケアはそちらへ頼みます。男の私では対応は不向きですし、同性の方が嫌な事を思い出さずに済みますから。」
「ええ、しかとお受けいたします。」
ゴブリン達の集落を潰した際、清潔な布に包められて、意識を手放してこんこんと眠り続ける数名の女性達が運ばれてきた。どうやら被害者達らしい。中にはまだ年端もいかない少女まで居る。
その頬は、痩けていて見るからに痛々しかったが、堕胎等の処置を済ませてあり、時間はかかるが根気よく治療を続ければ、社会復帰も出来る者も出てくると言う。
実際、彼の言う通りに錬金術は医学と薬学にも精通しているのだろう。どうやら、適切な処置を為した後のようで、着いてきた軍医はその腕前にいたく感心している様子だった。
「巣の殲滅は事前に話し合った通りに、今後も私一人へ任せて頂いてもよろしいですね?」
どうやら、ここはもう終わりで良いらしい。一応の確認として、兵士達我々へと指示が飛ぶが、背後では領主婦人と彼のそんな話のやり取りが続いていた。
「はい。むしろその様にして下さる方が我々としても助かります。」
「現状、兵である私達では、足手まといにしかなりませんからね。」
苦笑いと共にそう告げるのは、我らを指揮する隊長その人。
――その事実に、グッと奥歯を噛みしめる。
我々は余りにも無力だ。
「その、足手まといかどうかはともかく、今の貴方方の仕事は領主代理の護衛です。どうか、そちらを最優先でお願いします。ましてや、人数が減ると、取りこぼし等あった際に対処しきれなくなる可能性もありますから。」
「かしこまりました、ルーク様。そのようにさせていただきます。」
「――後、様付はしなくて結構ですよ。何度も言いますが、私は平民ですからね。」
「はい、ルーク殿。了解しました。」
領主婦人に代わって、隊長が彼との今後の打ち合わせに入っていく。
ゴブリンの集落を潰すに当たり、何が問題かと言えば捕まっている被害者達の救出であろう。
奴らゴブリンは狡猾だ。我々の弱みを知れば、それを堂々と利用してくるのだから堪らない。卑劣な手口は、まるで野盗や山賊の類と変わらないのである。
もしも我々だけで集落を潰そうとすれば――捕まってしまっている女性達の救出は不可能だった事だろう。奴らに人質として矢面に立たされ、そして彼女達は見捨てられる事になったはずなのだ。そうしなければ、こちらが全滅してしまう。とは言え――それは致し方無くとも、避けたい事態であった。
それを彼の御仁は容易く救出して見せたのである。
聞けば、探索魔法を使ったのだとか。確か、探索魔法とは、狩人達が口伝で伝えている秘術だったはず。今では使える者もめっきり減ってしまってると聞く。
伝手でもあって教わったのだろうか?しかし、そうすると、ますます彼の事は分からない事だらけだ。
「いやはや、見事なものだな。一面氷の世界だぞ。」
そんな事を考える私の前で、先頭を進み、ゴブリンの集落の入り口から覗いた兵の一人が呟いたのが聞こえてきた。
それに続々と追いついて来た者達も、口々に喋りだして何とも緩んだ空気が流れ出す。本当に、危険はもう無いようだ。
「見ろ、ゴブリン共がそのまま氷像になってるぞ。」
「奴ら、何が起きたのかも気付きもしないままに死んだようだな。いい気味だ。」
「地面も凍っていて滑るなぁ。注意して歩けよ?」
「ああ、そこ!不用意に足を踏み出すんじゃないっ。」
「――うああああ!?」
「ほら、見ろ。言わんこっちゃない――。」
不用心にも氷の上に足を置いた新兵が、滑り止めも何も無い鋼鉄の靴裏で凍結した大地の上を踏んでひっくり返る。
危うく私もそうなるところで、出しかけた足を戻した。
そんな新兵と共に私を呆れて見ているのは熟練した兵達だ。やれやれとでも言いたげに、転んだ者を引きずって立ち上がらせると、こういった場合の歩き方をレクチャーしてくれる。
有り難く私もその言葉に耳を傾けて、確りと教えを頭に叩き込んでいった。
「いいか?氷の上は滑りやすい。そして、割れやすいんだ。だから、先に槍の石突きで叩いて罅を入れ、罅割れた上を歩くようにするんだよ。ここは湖の上でもなければ川の上でもないからな。水の中に落ちる事も無い。怖くもなんともないだろ?」
「あ、あ。成る程。勉強になります。」
「――よし、それじゃ各自地面を割りながら進め!残党は居ないって話だが、緊張感を持って事に当たれよ?普通なら物陰に隠れ潜んでる魔物が襲いかかってくる状況なんだからな、決して油断はするな!本来なら見落としだってありえるんだから、鵜呑みにするのも駄目なんだからな!」
「「はっ!」」
一面を氷の世界に閉ざされたゴブリンの集落は、凍りついていて尚、見るからに劣悪な環境だった。正直、凍りついていなかったら、鼻が曲がるような匂いで溢れていた事だろうとさえ思う。
そんな場所に建っているのは、あばら家よりも酷い、枝を組んで何かの毛皮や布を屋根代わりにしただけの建屋だった。それが乱雑にアチコチに建てられており、視界の悪さに加えて粗悪な印象を抱かせる。
地面の上には草が生えておらず、どうやら片端から食していたようで、火の消えた焚き火の上に、鍋ごと凍りついた何かの液体の中へ幾つかの葉が浮かんでいる。それは、雑草と思われるような葉で、枯れたような色合いをしていた。
「おい、これ――。」
「っ――ああ、被害者だな。」
そんな鍋の一つに、浮かんでいる状態のまま凍りついた、何者かの指。
形状からして男性の指だろうか。間違いなく、人の指だった。つまりは、この指は煮込まれていたのだ。この、鍋の中で。
「食いかけ、か――。」
流石に放置も出来ず、どこかへ弔う場所を作ろうと、一部が穴を掘りに行く。
その様子に気付いたルーク殿が、話が終わったのか近寄ってきて鍋の中を覗き込み、瞬間、顔を顰めた。
「あいつら、人肉を喰らうようになったのか――。」
見上げれば、険しい顔。こういう顔も出来るのだなと、柔和な笑みばかり見ていた私は驚いた。
「ご存じなかったのですか?」
「ああ、少なくとも、俺が以前聞いたゴブリンはここまで堕ちてはいなかった。せいぜいが、野盗や山賊の真似事をしてるだけだったよ。強盗くらいだ。」
「――ここのは、完全に食人鬼と化しているようですね。」
「そうみたいだな。」
なんとも嫌な話である。こうして煮込まれている被害者を発見するのも嫌だが、ルーク殿のところのように、徒党を組んで行商人や旅人を狙って襲うなど――それこそ悪党と変わらないではないか。
ゴブリンは魔物だと認識していたのだが、どうやらルーク殿のところではまた違うらしい。
彼らは亜人であって、元は妖精種だったのだという。ドワーフやエルフも妖精種だが、彼らとは似ても似つかない見た目と暮らしぶりに、我々としては戸惑うしかない。
「まぁ、人の血を覚えてしまったなら、もう種としても危険だから、この草原と森の中のゴブリンは一匹残らず駆除しないとならんがな。それは俺がやるよ。」
「――共存は、やはり無理ですか。」
「そうなる。人間でも、食人鬼と化せば、殺すだろう?それしかない。」
「そうですね。そうするしか、ありませんよね。」
ゴブリンの一部には、稀に人の言葉を解する者も居るらしい。
だが、それも人の血肉を喰らうようになれば、それはもう危険な存在で、ただの食人鬼でしかないのだそうだ。
隣人がそんな輩だと知って、誰が交流を持つと言うだろうか?むしろ、迫害の対象になり、ルーク殿の言う通り、駆除対象へと変わるだろう。少し考えれば分かる事だ。
最早、我々とゴブリンとの共存は、完璧なまでに修復も不可能なのである。
「喰うか喰われるか、か――人間までこいつらを喰うようになってしまったらおしまいだがな。」
「流石にそれは――。」
何とも悍ましい事を仰るが、どうやら笑えない話のようだ。
何せ、
「無い、とは言い切れんぞ?食糧難に陥って、同族を喰らう話は、過去、人間にもあったしな。」
「……。」
思わず、無言になるしかない事実を突きつけられたのだから、当然だろう。
かつての魔導文明時代に栄えた王国が滅亡した後には、そうやって食いつないだという話も嘘か真か伝わっている。特にゴブリンやオークはこぞって狩られたらしい。食用として。
事実、その話は否定されつつも、今だ尚しぶとく残り続けていた。
本当かどうかは知らない。だが、もしかするとそれは――警鐘なのかもしれないと思えた。
ただの伝承として聞いた話だ。だが、もしかするとこのゴブリン達のように、人間も堕ちてしまっていたのかもしれない。
思わず、身震いしてしまった。
「嫌な話ですね、同族を――ゴブリンを食べるって。」
「ああ。しかも、そういう状況下で食べるとなると、同族なら親しい者の血肉になるだろうな――家族とか、友人とか。」
「うわぁ。」
オークやゴブリンを食べるという話も嫌だが、願わくば、その伝承が真実で無いことを祈りたい。
仮に事実だったとしても、同族喰らいを成した者の血が、現代でも引き継がれておりませんように――。
「幸い、俺らはこいつらを喰わなければ生きていけないほど落ちぶれちゃいない。だから、しっかりと駆除出来れば、早々そんな事態に陥る事も無いだろうよ。」
「そうですね。」
祈る私の横で、ルーク殿がそう言って肩を叩いた。
どうやら励まされたらしい。私は、幾分ホッとして息を吐き出した。
「少しは、希望が持てる話です。」
「だろ?」
この辺りは牧草地の広がる、比較的肥沃な土地だ。農耕にも適していて、近くの森とその対面にある沼地にさえ近づかなければ、早々危険に遭う事も無かった安全な地である。
故に、草原のゴブリン共が頭の痛い問題だったのだが、ここにきてルーク殿の協力が得られているのだ。このお方の力ならば、奴らを根絶やしにしてしまう事も可能なのだろう、きっと。
「本当に、ルーク殿が協力して下さって、助かります。」
「こちらとしても見過ごせない状況だったからな。利害関係も一致しているし、助かるよ。」
彼の言う利害関係とは、他所に話が広まらないようにする、という事なのだろう、きっと。
あれ程目立つ事をしていて今更何故と思うが、この方の為す事はどうにも我々の理解には及ばない域にあるようだ。
しかし、デメリットどころかメリットにしかならない提案を出されて、我々に受け入れないという話は無い。
それ程、切羽詰まっていたのだ、この地は。
「――どうか、この後の事もよろしくお願いします。」
「そちらがこちらの条件を飲んでくれる限り、こちらから手を切る事は無いさ。せいぜい、誓いを守っていてくれ。」
「はっ!」
ゴブリンへの対処は、問題なく済む事だろう。後は、森から新たな魔物が流れて来ない事を祈るばかりだ。
そんな私は、大した力も無く、教養も無いごく普通の兵士。
もしもこの時、彼が現れていなければ――民を逃がす為の時間稼ぎの囮として、きっと遠からず命を落としていた人間である。
故に知るのだ。
後になってから、救われたのは領地や民だけではなく、我々兵士もまた、そうであったのだと言う事を――。
真面目兵士君再び登場。
そのうち名前が決定します。今の所、脇役のままなので、先の話になるでしょうが。
何か良い名前が思い浮かんだ方は感想欄にでも載せて下さいませ。参考にさせていただきます。




