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203 閑話 願い

 振り向く先は暗闇。

 それでも見通せるその世界の中に居るのは、無数の岩人形ゴーレム岩人形ゴーレム岩人形ゴーレム――。

 いずれも蜘蛛クモからヒントを得て、改良に改良を加えられたものだ。動きの速いタイプ、力の強いタイプ、とにかく頑丈なタイプと、様々な岩人形ゴーレム達が居るが、彼らの特徴はその重量をものともせずに縦横無尽に移動出来る点にある。


 故に、壁や天井がある場所での彼らの行動は非常にトリッキーだった。


 おかげで、待ち伏せからの奇襲等も得意なのだが、残念な事に現状では唯の消耗品と化している。

 そんな岩人形ゴーレム達を率いて、クドラクはかつて地下鉄と呼ばれた場所で一人、思いを馳せていた。


「ルーちゃん、大丈夫かしら……。」


 脳裏に思い浮かべるのは、酷く女顔で幸が薄い弟弟子だ。

 彼は知らない。これから先の未来が、決められたものである事を――。

 その事に心を痛め、心配するクドラク。


 だが、今佇んでいる場所は戦場だ。


 既に死闘が繰り広げられており、騒々しい音が立っている。

 そんな中に佇むクドラク。師匠は此処には居らず、いざという時の為に後方で控えている。


 何せ、ただけしかけるだけのクドラクにとっては、今しばらくは余裕があるのだ。


 この為に、戦闘の中にあっても、後方に居る弟弟子であるルークを気にかける事が出来る。

 そんな彼へと、


「――イイ加減にく苦多バレ死ニ損ナイィ!」

「あら危ない。」


 暴れまわり、凶器を振り回して来る一人の若者の姿があった。

 自らを勇者と名乗り、数多の人を殺めてその命と魂を奪った極悪人である。

 現在ボロボロだが、それは彼がクドラクを見て最初女と勘違いし、状況も何もわきまえずにナンパしようとした結果だ。この為に、そのまま岩人形ゴーレムによって一度押し潰され、確かに絶命していた。


「しぶといわねぇ。」


 それを見るクドラクの瞳はどこまでも冷たい。

 何せ、背後に居る邪悪極まりない邪神の手によって、勇者は巻き戻るようにして復活を遂げさせられており、今では完全な操り人形と化している。

 動きはまさしくマリオネット。手の動きに体が引っ張られて、無様に何度も転んでは起き上がってくる。

 この為に、


「本当の死に損ないはどちらかしら?」


 クドラクから突っ込みが入り、飛び込んできた勇者をゴーレムで挟んで『すり潰す』。

 彼が言う通りに、死に損なっているのは勇者の方だろう。

 何せ、散々全身の骨という骨を粉砕して、肉という肉を磨り潰されているのに、それでも尚復活させられ続けるのだから、本当に『死に損なっている』のだ。

 度重なる『死』を経験し、それでも狂ったように暴れ、活動を停止しない勇者は厄介だった。何せ『操られている』のだから、当人の意思に反して身体は勝手に動くし止められないのである。

 それを成した存在はというと、


「きゃはははははははは!死ね!殺せ!破壊しろ!全部全部全部全部無くせ失くせ亡くせ奪い尽くせえええ!」


 ただ狂ったように騒ぎ立てては、勇者の身体を動かし続けていた。

 今は古代遺跡とされる場所。そこへと、剣越しに勇者の身体を乗っ取る邪神の声が、甲高くも響き渡っていく。

 それに、


「まさしく邪悪な所業ね。」


 吐き捨てるようにしてクドラクが口を開いていた。

 哄笑と共に振り回されるのは、一振りの剣だ。邪神と勇者曰く『聖剣』である。

 だが、そこに浮かび上がってくるのは――無数の顔。

 それらが、岩人形ゴーレム達を切り裂く度に、苦悶に満ちた声を上げては怨嗟の声を零していた。


「アアァァ。」

「ィャだ、イヤだ、嫌だ。」

「死にた苦ナイ。死ニたく無いィ!」

「タスケテ、タスケテェ。」

「おがあざああんっ。」


 浮かび上がる顔は、どれもが殺された者達の魂。

 剣へと取り込まれ、魂が消滅するまでエネルギー代わりに剣へと力を供給させられている。

 彼らはただ、邪神のせいで消えていくだけの犠牲者達だ。死した後にも続く冒涜は、犠牲者達の魂を輪廻の輪から外してひたすらに消滅へと向かわせていた。

 このせいで、おそらくは彼らの魂が消えた後には、最早転生する事も不可能だと思われ、クドラクの中で嫌悪感が増す。


「可哀想に。」


 そうぽつりと呟くクドラクに、しかし悲哀は無い。

 剣へと取り込まれ浮かび上がるそれらは、彼の知り合いでも無ければ、同胞ですら無いからだ。

 魔力を扱う者は多かれ少なかれ、他とは違う。その違い故に迫害や虐待を受けるケースも珍しくは無く、幼少期で既に他者との関わりを冷めた目で見ている事も多い。

 クドラクもそんな一人だった。幼い頃は誰にも心を開いていなかったし、周囲を敵と認識していた程である。

 ただ一つの例外として、同じ魔力を扱える者は別としているが。


「普通の人達みたいね――って、あら?」


 そんなクドラクだったが、ある時を堺にしてその表情を変える。

 勇者が振るった剣が、突如として発火したのだ。

 それを見た彼の目が、鋭く、剣呑なものへと変わっていく。

 搾り取られるようにして、一つの顔が苦痛に満ちた表情を浮かべ泣き喚いていた。


「ヤメテ、ヤメテ、消エタクナイ、消エタクナイィ――。」


 それは、一人の女性の顔。

 おそらくは魔女と呼ばれた女性であろう、歳のいった女の顔だった。

 その事に気付いたクドラクの周囲が、どんどん緊張感を孕んでいく。まるで、憤怒へと塗り潰されていくかのように。


「へぇ、ふーん、そう、魔法使いを殺ったのね?殺ってくれたのね?」


 そう呟くクドラクが顔を上げると、怒りでより赤く輝きだした瞳が、妖しく闇の中へと浮かび上がった。

 美しい顔が歪み、徐々に表情が般若へと変わっていく。


「私の教えを受けた子の子の子の子の――子供達を殺したのかっ。お前如きが手を出すなんて――いい度胸してんじゃねぇか貴様ぁ!」


 女言葉をかなぐり捨て、近場へと手を付けるクドラクが魔術を行使する。

 それと同時に広がっていく魔術陣は、遺跡に使われていたコンクリートの形を変えて、小さな岩人形ゴーレム達を作り出していった。

 無数に蠢き出すは子蜘蛛の群れ。

 それらを侍らせて、


「――殺れ。」


 クドラクが一言指示する。

 その言葉に従い、体長三十cmに満たない小型の岩人形ゴーレムの群れが、遺跡に侵入してきた勇者へと殺到していった。

 それはまるで、子蜘蛛が親蜘蛛に集るかのような光景。

 だがやる事は、張り付いて肉を切り裂き、骨すら砕いてバラバラにするだけの解体作業である。

 喰われる事も無く、ただ散らばされる肉片と血液。砕けかれて粉になるまですり潰される勇者の肉体。

 だがしかし、それでも、


「未ダ、未だまだマダまだああああああああ!」

「また復活?――凝りないわね。」


 勇者だという男はその身を再生されて、立ち上がって来た。

 目からは既に光が消えていて、虚ろになっている。口はだらしなく開いたままで、最早まともな言葉は発しないで、呻き声とも悲鳴とも付かない声を上げていた。


「アアアッ、アァ、ィアアアア!」


 どこか、悲痛ささえ感じられる声。

 しかし、ヘラヘラと笑ったままに、両の手はだらりと垂れ下げて剣を引き摺っては、一歩、また一歩とクドラクへと近付いて行く。

 その頬へは、一筋の涙が伝い落ちていた。


「も――ャ、だ。」


 僅かにだが、確かに聞こえた声。

 それに、


「哀れな子。」


 そう口にしながらも、蔑み、岩人形ゴーレムをけしかけるクドラク。

 勇者へ同情等しない。元より、勇者はクドラクにとっては明確な敵だ。気を許すはずもなかった。

 故に、彼は岩人形ゴーレムをけしかけるのをやめず、聖剣によってその身を操られたままの勇者を幾度となく殺める。


 何故なら、此処は最終防衛ラインだからだ。


 此処を突破されたら――地下の亡者達を抑える枷を失って、彼らを地上へと溢れさせてしまう事になるだろう。

 もしも、勇者に反応して一度暴れ出したならば――僅かに残っているだろう理性すらも、潰えてしまうのは目に見えた話。

 その後に残るのは、ただただ暴走だけだった。


(ルーちゃん、お願い――早く見つけて。)


 だからこそ祈る。

 弟子達の中で一番闇属性への適正が高く、現代にも蘇ってきた弟弟子が、彼らを従えさせる術を身につける事を――。


 何せ、賢者と呼ばれるレクツィッツとて一度暴走すれば止まらなくなり、そうなればこの地の人間は巻き込まれて、死滅してしまうしかないのだから。


 次話から新しい章へと移行します。


 2019/02/04 加筆修正を加えました。


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