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202 閑話 会議

 ルークが立ち去り広場に残された面々には、重い沈黙が伸し掛かっていた。

 穏やかな寝息を立てて眠る二人の赤子とは違って、他の者は揃って考えに沈み込み、口を閉ざし続ける。


 まず、何から考えれば良いのだろうか――。


 地上への道を作ろうと掘り進めていた道が、実は底無し沼に繋がっているかもしれない危険性だろうか?

 それとも、此処に居るアンデッド達が、実は勇者以外に害を齎さないという事への真偽か?

 あるいは救世主――ルークが、実は半分アンデッドかもしれない事についてだろうか?


 誰も答えは出せない。

 一つ目に対してだけは、掘り進めれば答えは出るだろう。だが、もしも本当に底無し沼に繋がっていたら――この地下がそれなりの規模で埋まるかもしれないし、最悪生き埋めになるのだ。試すに試せなかった。

 何せ、真実等、誰も知る由も無いのだから。


「どうしたら、良いのだろうな――?」


 そんな中で、思い沈黙を破ってサイモンが呟く。

 その呟きに答える者は極僅かだ。ロドルフとリルクルだけで、後は沈黙を続けていた。


「各々で考えるしか無いでしょう。」

「現状、分かれそうだよねー。」


 これに、


「それは、共にはいられないという事か?」

「場合によってはそうなるんじゃない?」


 サイモンが問い返し、リルクルがあっけらかんとした様子で答える。

 悩む様子は見せていても、リルクルの表情には不安は無い。むしろ、見た目の幼さとは裏腹に、その瞳には思慮深い色が浮かんでいた。

 何せ、


(会った時からお兄さんって変わってないもんねー。仮死の魔法?とかいうのは、会う前から使ってたみたいだし?半分アンデッドって言われても、勇者とは全く違う雰囲気だし?多分大丈夫なんじゃない?)


 最悪逃げればいいし――と、リルクルは考える。

 リルクルは聖獣。この中では最も体力があり、そして素早い。逃げようと思えば逃げ切れるだろう。一人なら。

 それよりも彼は、立ち去った際のルークの表情が気がかりだった。


(傷付いてたよね、絶対。猜疑的な感情を表に出してる人までいたし、お兄さん、話すのって辛かったんじゃないかな?様子を見に行きたいけど――アンデッドが邪魔なんだよね。どうしよう。)


 未だ見張りのようについている、リビング・アーマー。

 その手に持つのは鉄の棒だが、その鉄の棒でも叩かれれば人間なんて簡単に骨が折れるだろう。幸い、進路を妨害する以外の目的で使われる事は無かったが、だからこそリルクルにとっては邪魔だ。

 走ってる最中に突如として目と鼻の先に置かれるのだから、堪ったものじゃない。


(お願いしても、出してもらえないよねー?)


 鎧のアンデッドをそろりと覗くも、最初にパニックになってからこっち、リルクル達は閉じ込められたままで出して貰えていなかった。おかげで、誰一人押し込められた場所からは全く出られないでいる。

 ルークの事は心配だったが、一応一人だけ、話を聞いても表情が変わらずにいた者が居たので、リルクルとしては最悪の展開だけは無いだろうと思ってはいる。

 これで全員に拒絶されていたら辛いところだっただろうが、少なくともそうはならなかったし、この先もならないだろうと彼は思っている為に、今すぐに危ないような状況にはならないだろうと踏んでいた。


(お兄さん、見た目はヒョロっとしてるけど、内面は結構強いもんね。)


 そう考えるリルクルだったが、何よりも彼自身がルークを拒絶する意思が無いので、ルークが首を括るような事態は起こらないだろう。


「俺は投げたぜっ。考えるのは苦手だ!」


 そんな風にリルクルが考える側では、しばらく真剣に悩む様子を――否、悩む振りをしていたアルフォードが、突然そう言って先程まで作っていたレンガもどきの作成へと戻っていった。

 彼は悩まない。というか、悩むものは無いと初めから思っている。

 アルフォードから見たルークは、馬鹿げた魔力と精度を持つ化物だ。しかしながらも、内面はなんら人と変わりが無く、嫌に思えばそれを表情にも出すし、嬉しければ笑う至って普通の『人』だった。

 故に、悩む必要が全く無い。身体はともかくとして、中身は同じ人間。彼にとって重要なのは、見た目じゃないのだ。

 ――まぁ、先の事は考えていない様子だが。

 そんな彼の様子に、


「おい、自分のこれからくらいは自分で――。」

「後は任せる。」


 ディアルハーゼンが口を開いてきたものの、アルフォードへと即座に切り捨てられて、開いた口をパクパクと動かした。

 大半が沈黙しており、まだ戸惑い混乱している最中だ。自分の事すら決めかねているのに、他人の行く末まで放り投げられても困るというもの。

 最も、アルフォードからしたら知った事ではない。故に、彼は誰に『投げるべきか』を既に決めていた。


「――俺がどうするのかは、救世主さんにでも決めて貰うさ。どうせまた来るだろ。」


 そう言って、赤毛の火魔法使いである彼は一人、手元のレンガもどきを焼き固めようと炎を生み出す。

 それに、双子の魔女が慌てて口を開いて風魔法を使った。


「「【清涼なる息吹】!」」


 息ぴったりに使われた風魔法により、途端に巻き起こる空気の流れ。一陣の風が吹き抜けて行った後には、その場を清涼な空気で満たしていた。

 双子の魔女であるドロシーとリリィは、地下が酸素不足に陥らないよう、赤毛に付き合わされているのだ。そのおかげで、いきなり彼に魔法を使われると二人共慌てる事になる。

 こういう時、言動が似通る双子は不便だ。片方で済む事揃って成してしまうのだから。

 その為、無駄に魔法を使ってしまった事へと、若干恨みがましい目をアルフォードへと向けていた。


「「使うなら使うって言って!」」


 そう言った二人だったが、近くで上がった小さな悲鳴にハッとした様子を見せた。

 何せ、巻き起こされた風は、少しばかり強かったのである。


「――んきゃーっ、髪が乱れる、乱れるー!」


 そう言って悲鳴を上げて慌てていたのはサリナだ。

 幾分落ち着いた風に長い髪が煽られて、風呂にも入れない状況の為にどんどん縺れていく。

 そんな彼女へとロドルフが胸元から櫛を手渡して、やや呆れたような声を漏らしていた。


「いっそ、縛っておいたらどうだ?」


 切れ、と言わないのは、髪は女の命だからだろう。

 しかし、この言葉にもサリナは噛み付くように声を荒げて、口を尖らせて見せた。


「縛る物が無いわよっ、此処じゃ!」

「――それもそうだったな。」


 荷物も何も持ち運べなかったのだ。着の身着のままである為に、現状には誰もが不満を抱え込んでいた。

 そんな中にあって、王都で土魔法の改良をしている間にサリナの髪は伸びに伸びてしまっており、その長さは腰にまで届く為、一度縺れると中々櫛が通らなくなる。


「ああんもう!玉になってるっ。」


 その伸びた髪を鬱陶しそうに梳かしながら言うサリナ。

 それを見たロドルフがそっと溜息を零した事へはしかし気付かない。

 そんな二人に、


「「ご、ごめんなさーい!」」


 慌てた様子のままに双子が揃って謝罪して、一時的に話が途切れた。

 僅かに気まずい空気が流れる。

 その沈黙を再び打ち破るようにして、サイモンが口を開いた。


「――して、他の者は如何致す?」


 領地を失い、国も滅んだような状況である。王の子である次代と共に逃げ延びれたは良いものの、現状は決して楽観視出来ない。

 そう考えるサイモンにとっては、戦力が分散してしまう事が一番困る事態だった。


 何せ、今いる場所は死者達の楽園だ。何時襲われるかと戦々恐々としている状況である。


 だからといって地上に戻れば、今度は無差別殺人に明け暮れる暴走勇者が徘徊している状態で、危険極まり無かった。

 出来る事ならば、全員一緒に行動したいところだと彼は考える。でなければ、戦闘を行えない者は確実に無駄死にするだけだ。

 そんなことを思う彼に、


「私はロドルフに着いて行くよ。この足だしね。」


 そう言って自身の足を指し示すサリナ。

 その足は膝下が土に覆われており、いざという時にはロドルフと背中合わせの状態で、全身を彼ごと土で覆い尽くして動いて貰っている。

 この為に、サリナは何処を行くにしてもロドルフと一緒でないとならなかった。

 現状では彼以外にサリナを背負い、更には土に覆われる事によって加算される重量でも動ける者は、他には居ないのだからしょうがないだろう。

 それが分かっているだけに、サイモンも自分で決めろと責めるような事はしない。決めるにもサリナでは『お荷物』なのだから、残る選択肢は一つしかなくなってしまうし、責めるに責められなかった。


「ロドルフ殿は?如何される?」

「俺は――未だ考え中だ。もう少し待ってくれ。」


 サリナの言葉を受けたサイモンはロドルフへと問いかけるも、思案する彼は時間を引き伸ばそうと答えを避けた。

 そんなロドルフを見て、サイモンはそっと息を吐き出す。

 今いるメンバーだけでも対処が困難どころかほぼ無理だと分かってる中で、更に戦力が落ちるのは避けたいところなのだ。だが、彼の言葉次第では戦士と土魔法使いのペアと、火魔法使いが別々になる可能性がある。


(何とか、何とか纏めねば……。)


 そう思うサイモンは引き止める方法を模索しようと頭を回転させるも、良案は早々思い浮かばない。


 何せ冒険者とは自由だ。騎士や兵士のように言う事を聞かせる事は出来ない。


 この為に、ロドルフとサリナ、アルフォードの行動を縛る権利を貴族であってもサイモンは持っていなかった。

 無理を押し通そうとすると、下手をすれば彼らの怒りを買って、此処で殺害される危険性も孕む。現状はそれ程には危うい状況だった。


(領地に残してきた騎士達も連れて来るべきだったか――?いや、しかし、彼らを連れて来ていたら、あの吸血鬼に殺されていたやもしれんし――。)


 彼らはサイモン達を守ろうとするだろう。それが、彼らの職務であり誇りなのだから。


(駄目だ。いたずらに死者が増えるような状況だけは、避けねばならん。)


 そう思って首を振る彼の側では、此処に連れて来られた時よりも増々憔悴した様子のネメアが、王子を腕に抱いたままで地べたに座り込んでいた。

 彼女の顔には、ありありとした感情が浮かんでいる。


 ショック。


 一言でその内心を表すならば、多分これだろう。

 幾度となく自領を救い、自らの失敗すらフォローをしてくれた存在が、実はアンデッドかもしれないという事実。

 その事に、彼女はただ打ちのめされていた。


(私は――間違っていましたの?こうなると、此処へと連れ込まれるような事態になるようにと、誘導をされていたのでしょうか――。)


 なまじ、貴族の中で生まれ育ったが故に、ネメアは穿ちすぎた考えに囚われていた。

 それをサイモンは心配そうに見つめるも、現状では声を掛けるのも難しい。

 ネメアの考えが当たっている可能性もあるし、外れているかも知れない。

 何せ、信じるにも身近な味方と思っていた者が、実は敵だったかもしれない上に、当人ですらどっちなのか判断が付いていない様子だったのだから戸惑うしかなかった。


(隠されなかっただけ、信用しても良いのでしょうか――。)


 そんなルークの事を考えながらも、彼女は幾度となく自問自答する。

 自らの取った行動は果たして正解だったのか。

 最善だったと言えるのか。

 何度も何度も考えるが、結局は分からないと、彼女は被りを振った。

 そんな彼女の耳へと、


「――私は彼とは師弟関係ですからな。商人として、自分の目を信じる事にしますぞ。彼は善良な魂の持ち主。おそらくは味方だと申し上げますとも。」


 口火を切った声が響いた。

 声の持ち主は、ディアルハーゼン。

 王都から戻る道で約二ヶ月、寝食を共にし、その後も人となりを見てきたのだ。彼は自らが見たものを信じると、そう断言して見せる。

 これに、


「しかし、アンデッドになると狂うのだろう?今は半分だけかもしれんが、残り半分もアンデッドになってしまったらどうするのだ?狂ってからでは遅いぞ。引きずられる可能性は十分にある。」


 そう言って、現状に警鐘を鳴らしたのはアレキサンドラだった。

 彼もまた、ディアルハーゼン同様に同じ商人。

 方やしがない行商人で、ルークとは親密とも言える関係を築いていた者。

 そして、もう片方は一度夜会で出会っただけで終わった者で豪商である。

 二人は互いを見つめ合うと、そのまま論争へと発展していった。


「残り半分が必ずしもアンデッドになるとは限らないだろう?それに、本当に半分アンデッドになっているのかも疑わしい。彼の手は暖かいからな。」

「だが、逆に完全なアンデッドへ変貌しないという保証も無ければ、勇者のように暴走しないという保証も無い。王子や王弟殿下のお側は、危険は少ない方が良かろうて。」

「危険だというのならば、それこそ地上の勇者の方が危険だろうに一体何を言ってるんだ。奴に比べたら、此処のアンデッド達の方が余程安全だぞ。」

「それと彼らの話はまた別だろうに、そなたこそ何を言っている。今後共に行動をする者と、これから遭遇するかもしれない敵とでは対処も変わる。それに、此処のアンデッドが安全とはまだ決まっていないぞ。」


 口調は落ち着いてはいても、双方引く様子は全く無く、それどころかその目は剣呑さを帯びていく。

 それに、


「そこまでだ!」


 手を打ち合わせて止めたのはサイモン。

 現状での取りまとめ役として、険悪にならない内にと、彼は口を開く。

 仲間割れこそ、今最も避けるべき事だった。


「危険を減らそうというアレキサンドラの気持ちは嬉しいし、ディアルハーゼンの言う事にも一理ある。だが、今は未だ結論を急ぐ時ではないし、もうしばし余裕もあろう――言い出したのは私であったが、混乱させるような真似をしてすまぬな。」

「い、いえ。」

「私共も少し熱くなりすぎたようです。なぁ、ディアルハーゼン殿。」

「そうですな。少しばかり、気が立っていたようで申し訳ない。」

「良い、良い。悪いのは私だ。急かしすぎた。」


 この会話の間も未だ考え込む様子を見せるロドルフを見て、サイモンは一つ頷くと、伏せていた情報を口に乗せた。

 それは、王命でも止められていた内容――しかし、現状では聞かせるべきだと判断したのである。


「現状で答えを出す必要は未だ無い。ただ、これだけは伝えておこうと思う――ルーク殿は、魔道文明時代に仮死の魔術陣を使い、現代に蘇ってきた錬金術師だ。」


 そう言って、周囲を眺めた。

 驚きの表情を浮かべる者、何処か納得した様子を見せる者、既に知っていて表情を余り変えない者――

 そんなこの場に居る者達を、この先も纏めていくには必要だろうと、彼はそう判断して言葉を紡いでいく。


「過去にもそういった錬金術師達はおり、幾度となくこの国を救ってくれている。有名な者であれば、賢者レクツィッツ氏が上げられるであろう。ルーク殿はそんな彼の弟子だ。」


 幾つもの本にまでなった、正真正銘の英雄レクツィッツ。

 今ではスラムの子供ですら知っている大魔法使いだ。

 変わった名前である為に、幾人者がその名を聞き返したエピソードは、庶民にも慣れ親しんだものである。

 その弟子であるらしき、若き錬金術師ルーク。

 生産職だと彼が拘る理由も、もともとそこにあったのだ。


「彼ならば、半アンデッド化等ならずに済む方法を見つけてくれるやもしれぬ。であれば、最悪それが切り札となるやもしれんし、敵対するよりは有効的である方が良かろう――勇者に殺される可能性が高いのだからな。」


 サイモンの言葉通り、地上では未だ勇者が徘徊している。

 何時か、彼らの元へまで辿り着く事もあるだろう。

 その可能性が消えない為、最悪罠であるかもしれなくとも頼るしかない場面を想定して、彼は言葉を続けていく。


「そもそも、だ――半アンデッドというのはあくまで可能性の話であっただろう?今の彼は、勇者とは違い暴走もしていない。それどころか出来る限り手を差し伸べ続けてくれてきた。故に。」


 今一度、しっかりとその場の者達を眺めて、彼は言葉を紡ぐ。


「私は彼が先程告げてくれた言葉を信じるぞ。マイナスにしかならぬであろう言葉を敢えて口にしてくれた、彼の言葉をな。」


 他の者がどう思うかは好きにするが良い――と、彼は最後に言葉を締め括る。

 それは即ち信頼だ。

 

 2019/02/04 加筆修正を加えました。民衆に伏せられていたルークの情報の開示を追加。一部の者達の内面ももう少し詳しく追加。


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