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201 習得

 他の面々には伝えるだけ伝えて、俺は書斎と思われる部屋に戻る。

 彼らが今後どうするのかは知らないが、一応地上へ向けた穴を掘るのは無理があると伝えておいた。


 何せ、彼らが掘ってる場所の此処は、沼地の真下だ。


 書斎には地図があったし、それによれば間違いは無いだろう。

 つまりは、掘り進めていれば、いずれは底無し沼の泥が流れ込んできてしまうのである。

 それを人力で掻き出すなんて、それこそ無茶無謀としか言えない。


(地上までは遠いしな――俺には後が無いから、手伝う暇も無さそうだし。)


 此処に留まれるのは、後どれだけあるのだろうか?

 そもそも、留まっていられるのか、いられないのか、それすら微妙なところだ。

 今の内にでも、勇者を倒せる何らかの手段を身に着けた方が良いだろう。


(師匠の書斎なら、何か手がかりがあるかもしれない―ー。)


 そう思うのも、師匠とクドラクは俺よりも早くに目を覚ましている。

 当時から魔導師として名高い師匠の事だし、クドラクを助手につけて、様々な研究をしていたはずだった。


(使えるものがあればいいんだが――。)


 そんな風に思ってしまうのは、二人には勇者を討伐をする気が無さそうだからである。

 現状は侵入者への対応をこなすだけのつもりにしか見えず、俺にやらせる気満々だ。

 そこから鑑みるに、地上へと戻るならば、俺は何がなんでも勇者を倒す力を身につける必要がある。でないと、確実に殺されて終わるのは目に見えているからな。完全に死活問題だ。


(次に見つかれば、執拗に狙ってくるだろうし――今は地下に居るとはいえ、此処も安全とは言い難いからなぁ。)


 今なら多分時間があるはず――師匠もクドラクも此処には居ないのだから、自由に閲覧出来るし調べ物くらいは可能だろう。

 この為に、現状の俺には無い手段を模索しようとして、とりあえずはと書斎まで戻ってきていた。

 ただ、思わず溜息が漏れだすくらいには蔵書数が多い。その事へ、少しばかり脱力してしそうになってしまった。


(――どうするかなぁ。闇雲に探しても、見つからないだろうし、ある程度は絞らないと――。)


 どうにも駆け足で色々な事が起きるせいか、思考も纏まらないでいる。

 壁に背中を預けつつも、一度、これからの事を考えてみた。

 真っ先に成功させたいのは、メルシーの復活だ。しかし、これは現状では絶望的と見て良い。

 それでも、一縷の望みを掛けるとしたら、此処にある魔術書になるだろうか。

 ただ、


(此処に望みは――あるのか?)


 正直、期待薄な気がしていて、眉を寄せた。

 師匠の言葉では、限りなく零に近いって話だったからな。あの人の事だし、多分嘘ではないだろう。

 それに、今は勇者への対抗策を早めに見つける必要がある。感情としてはメルシーの復活を優先したいところだが、時間が経てば経つ程に確実に状況は悪化の一途を辿るだろう。この為、勇者への対抗策だけは、さっさと見つけておくしか無かった。


(確か、どんどん強くなるんだっけか――?)


 勇者の成長スピードは、常人の比じゃないって話だったと思う。もしもこれが本当ならば、時間が経てば経つ程にこちらが不利となるのは間違いが無いだろう。

 それに、師匠に言われた言葉も気がかりだった。


(完全復活は、今は無理でも今後現れる死神なら、可能かもしれない、か――。)


 それは、空想上の存在とされた神。女神なんて言われている邪神とは、全く別のものだ。

 魔物だとも、悪魔だとも言われているが――そんな死を司るとされる存在が、空想ではなくて何時かこの世に現れると師匠が先程言っていた。

 だから、縋るのならばそちらにしろと、はっきりとそう告げられたのである。

 だがしかし、


(本当なのか?それに、それは一体、何時の事になるんだよ――?俺はそいつが現れるまで、仮死の魔術陣でも多用するのか?それでこの世に留まり続けられるのか?それは可能な事なのか?)


 仮死の魔術陣では記憶が抜け落ち、失敗作を使えば蘇る事が上手く行かずに命を落とす危険性も高い事がもう分かっている。

 それ故、仮死の魔術陣を多用するのは危険以外の何ものでも無いだろう。

 大体、一体何時現れるかも分からない死神を頼るっていうのも、不安しか感じられない事だし、確実とも言い難い気がしていた。


(現れるのにも条件があるって話だったけど、何だよそれって感じなんだよなぁ――しかも、その条件に俺も関わっているって、荒唐無稽過ぎる話だろ。)


 だが、師匠がそう言っていたのだ。

 先読みの言葉は正しくて、未来における確定事項しか口にしないとも――。

 その確定事項の中に、俺がアンデッドの使役をなしてみせている場面があるらしい。しかも、それによって死神と遭遇する事も出来るという話だ。


(何か、出来すぎた話過ぎないか?)


 正直良く分からないし、いまいちピンとこない。

 大体、俺がアンデッドを使役していたとして、その事がメルシーの蘇生とどう繋がると言うのだろうか?


(死を司っているなら、蘇生すら容易いとか――?)


 何か違う気がする。

 それが出来るのなら、先読みから完全復活の魔術でも聞き出せば良いだろうし、師匠ならそうしているはずだ。

 だが、実際には不完全版の蘇生しか出来ない様子だ。しかも、現状では改良する術が無いようにも見えた。いまいち理解出来ない状況にある。


(話を聞こうにも、師匠もクドラクも侵入者の対応に行ってしまったしなぁ――今は聞き出せないし、調べ物をするなら今しか無さそうっていうのも事実なのがな……。)


 せめてもう少しだけでも詳しく話して行ってくれればと思わないでもない。

 だが、師匠は行ってしまった後だし、兄弟子達も見当たらない。このまま行動を決断するしかないだろう。

 何せ、この広い中で誰かを探すのはかなり無理があるのだ。


(よし、動こう。何時までも悩んでる場合じゃないし、出来るだけやれる事をやっておかないと。)


 此処に居るアンデッド達は、基本無反応だ。何かを尋ねたとしても、此方の言う事には耳を貸さない様子で、もしかするとそういう命令でも出されているのかもしれない。

 何せ、復讐心でこの世に留まり続けているという話だったからな。これがもしも本当なら、他には全く興味が無くてもおかしくない。

 それなら、命令も関係なく、こちらの呼びかけにも応じないのも頷ける話だった。


(食事を用意したりしてたのは、師匠かクドラクが使役してるから、か――?いや、使役できてるのは師匠って見た方がいいか。)


 何にしろ、今の俺では彼らに何かを尋ねるのも無理みたいなのは分かった。


 襲われる様子は無いが、融通も利かないのだ。


 正直、居ても居なくても一緒という感じである。


(――それにしても、今更闇属性の魔術を覚えるのか。)


 かつては求めた闇魔術。

 それが、今更覚えられるかもしれないという状況に、何とも言えない気分になる。


(昔は覚えたくて、必死に書物を読み漁ってたんだけどなぁ――。)


 それが今頃になって覚えられそうなのだ。やはり、何とも言えない気分でしかない。

 かつては、師匠にも兄弟子達にも、覚えないように止められていたのが闇魔術だった。そこには理由もちゃんとあるし、水属性へ転向したことから分かるように、今は未練も無い。

 この為に、現状の俺は死霊術も知らないなければ、半分アンデッドだったとしても、此処に居るアンデッドを使役する事は出来ない。

 そもそも、彼らからしてみれば俺は半端者だろう、きっと。敵とまではいなかいかもしれないが、仲間という認識は無いようにも見える。

 故に、彼らを使役する方法としては、死霊術である闇魔術一択だと思う。少なくとも、他には方法は無いだろう。


(生身ではまず、無理だろうしなぁ。)


 だからって、アンデッドになろうなんて思えないので、死霊術に賭けるしかないのだが。


(頑張って探してみるか。)


 とりあえずはその辺りの本を見繕ってはみるが、果たしてこれが正解なのか、それとも師匠が残した罠なのかも判断がつかない。

 何せ、死霊術師が使役しようとしたアンデッドに殺されてアンデッドの仲間入り、なんて話を聞いた覚えがあるからな。

 此処のアンデッドを使役しようとしたら――それこそ二の舞を踏みそうな気がする。


「ううーん――。」


 悩みに悩むが――結局、やれる事は変わらないのだろう。一冊一冊、読み進めていく。

 対勇者の方法も、メルシーの蘇生法を探すのも、師匠の言うアンデッドを使役する方法も、この闇魔術に賭けるしかなさそうだし、現状では他に案も思い浮かばないのだからしょうがない。

 自身が生き残る為にも、僅かな可能性にすら賭けるしかなかった。


(俺が最も適正が高い属性は闇だったしな――此処ならそれを習得する条件は揃っているだろうし、探せば見つかるはずだ、きっと。多分だが――アンデッドの製造法と、蘇生魔術には似た部分が多いはずだし、読み漁るとしたらこの辺りで合ってるよな?)


 答えは見つからないものの、部屋の一部にスペースを作る。

 そこに、読み終えた本から順に積み上げて、他とは区別しておいた。

 そうして、


「これは違う――これも、違うか。」


 それっぽいのを手にしては、一気に読み上げていく。

 明かりは、自身で生み出した光球のみだ。頼りない照明ではあるものの、手元を照らす分には十分。

 幸いながらも、此処には誰も寄り付かないらしいし、扉を閉めてしまえば、光属性の光球にアンデッドが寄ってくる事も無さそうだった。


「静かだな――。」


 シンっと静まり返った地下室。充満するのはインクの匂いと、微かなカビ臭さ。それに、底冷えする程の冷気。

 インクはともかく、後者二つは身体に悪い。対策として【空間庫】の中から厚手のコートを引っ張り出す。


「ん?」


 その時、赤い色彩が目に映って動きを止める。

 一際鮮やかなそれは、メルシーが手編みしたマフラー。少し考えた後、それも取り出して身に着けた。


「結構長いな。」


 首に二周させても余る生地。それを後ろに流して、新たな本に手を付ける。

 そのまま、しばし。

 ――読み耽っていくも、中々まともな書物には当たらなかった。大半が考察の類で、魔術書に辿り付くのもこのままだと難儀しそうだ。


(何か使えるものがあればいいんだがなぁ――。)


 本棚の数は全部で十二。その内、半分以上が本で埋め尽くされていて、床の上にも積まれてある。全部を読もうとすると、かなり時間がかかるだろう。

 背伸びしつつ、もう何冊目になるかも分からない本を床へと積み上げて、新たな本を更に手に取った。

 今一番必要とされているのは、対勇者の攻撃手段で間違いは無いし、その筆頭に上がるのは、闇属性の攻撃魔術と死霊術だろう。

 ただ、正直言って師匠が此処のアンデッド達を引き連れて、勇者の討伐に向かえば良かったのではないかと思わないでもない。

 侵入者への対処があるにしても、それが終わってからでも良かったんじゃないかと思わず首を捻ってしまった。


(俺にやらせるのは、何かあるのか――?)


 死神の発生条件なんだろうとは予想しているが、現状ではこの勇者の討伐がどう繋がるのかまではさっぱりだ。

 そんな思考を頭の片隅に残しつつも、眼の前の書物から知識を得て、闇魔術の習得に明け暮れようと読書を続ける。

 しかし、段々と読める物が無くなってきても見つからない。棚から出した本以外の書物も読み漁るが、それらしいのが見つからないのだ。挙げ句、床の上に積み上げられた他の本や、机の上の書類にまで目を通して調べていく。

 だが、


「何で魔術書が無いんだよ――?せめて、死霊術関係くらい、あるはずだろ?」


 探しても、探しても、見つからなかった。

 考察の類ばかりで、肝心の魔術書が、一切此処には無いのだ。


「おかしいだろ――何か、見落としでもあるのか?」


 隠し通路とか、隠し金庫とか、そういう類も無いか探してみるが見つからない。

 どうやら、本当に此処には魔術書の類は無いらしい。これでは、肝心要の魔術陣を描けない。


(死霊術は闇魔術なんだろ?――あれ?闇魔法になだったか?)


 一体どっちだっただろうか――?

 師匠から求められたのは、アンデッドの使役だけ。それだけが俺に求められた役割のようだったし、現状は勇者を倒す意外後は何も無いように思える。


(仮に、魔術でないなら魔法でどう使役するんだ?)


 首を捻りつつも、片端から読み漁って得られた知識を総合しようと思考を巡らせていく。

 此処にある書物は考察ばかりだが、それでも何かあるのかもしれないのだ。考えるとしたら、此処にある書物から得られた知識についてだろう。

 手前の謁見の間みたいなところには通路なんて無かったし、その前の階段に至っても一本道だ。つまりは、他に保管場所とかは無いので、師匠の言う言葉を実践しようとすると、自力で開発するしかなさそうなのだ。


(無茶振りが酷いな――アンデッドと生者では、使い勝手が違うとか何かあるんだろうか?)


 そんな事を思いつつも、此処に収められていた書物の知識を思い出していく。

 多くが錬金術に関するものだったが、闇魔術が関わると思しきものも多数あったので、そこから考察だ。


(人造人間の製造とか、賢者の石の作成とかは――現状では、多分役には立っても作れないな。)


 どちらも錬金術師の多くに求められた伝説上のレシピだ。

 しかし――その製造法は禁忌でしかなく、危険極まりないものである。


 何せ、これらの材料は生きた人間を使うのだ。


 皮肉な事に、兵士として使う予定の人造人間ですら、人を二人以上使って生み出す事になる。

 賢者の石だとそれこそ数千、数万という人数が必要となるし、この人数を減らす手段は『無い』ともされていて、本末転倒な話になっていたから全く笑えなかった。


(賢者の石も、人間が持つ魔力と命を搾り取って、同族に使えるようにする物だったしな――作りようも無いか。)


 知れば知る程に、闇魔術が禁忌とされた理由も、堕ちた者とまで言われるだけの事も分かったのだが、今は勇者を討伐する決め手となる手段だ。作れそうにもないものは不要である。

 大体、これが闇魔法であるならば話は別だ。それが、闇魔術では致命的な欠陥が多いとさえ言えるだろう。

 何せ、錬金術と併用される闇魔術は、術者のみならず贄を必要としている場合が多いのだから。


(――師匠だけじゃなくて、兄弟子までもが俺に習得させないようにしていた理由は、良く分かったよ。ただ、今更求められるのには腑に落ちないけどな――。)


 闇属性は禁忌。それは、俺としてもきちんと理解出来た。

 特に後先考えずに強い力を求める者にとっては、闇魔術はこの上なく甘美なものだと言えるだろう。

 それこそ、誰も信用出来ず、何時かは復讐しようと――唯そればかりを思っていた頃の俺ならば、躊躇いもなく手を出していただろう程には魅力的に映ったに違いない。

 例えそこに、自らの死が転がっていたとしても。


(今はそこまで思い詰めたりしてないけどな――思ってくれる相手が、ちゃんといるみたいだから。)


 それを感じ取れるだけの余裕も、きちんとある。

 だから、無鉄砲な事はしないと踏み留まれる。


 親しい者を失えば人は悲しむのだ。


 俺はそれを母の時に味わい、今もちゃんと覚えている。

 例え、短い付き合いだろうとも――ドロシーとリリィがああして心配してくれたのに、例えメルシーを殺されたのが業腹であろうとも、仇討ちの為だけに自暴自棄にはなれなかった。

 残された二人は、多分、悲しむだろうから。


(せめてあの双子だけでも、安全な場所に逃してやりたいしな。)


 他にも、リルクルだって家に居候していたのだ。多少なりとも情は移っているし、彼も心配で駆けつけてくれただけでなく、メルシーの死には憤ってくれた。

 ディアルハーゼンのおっちゃんだって、どこの馬の骨かも分からない俺の事を弟子として見てくれたし、メルシーを度々預かってくれていた。

 ロドルフなんかは冒険者組合で登録する際には口添えや後押しをしてくれたし、サリナは律儀にも礼を言おうと王都へ住んでいたのに此処まで来てくれている。


(他にも、アレキサンドラ氏は夜会の時に貴族避けしてくれたんだよな、見ず知らずの赤の他人なのに。サイモン殿とネメア婦人だって、別に悪い奴らじゃないし――まぁ、面倒事には巻き込まれたりしたけどさ。)


 残るアルフォードのアホっぷりだけはどうしようもないが、概ね有効的な人達だと言えるだろう。

 そう考えてみれば、勇者との戦闘で今後巻き込んで死なれるよりは、このまま離れていくのならその方が良い気もする。

 その場合、二度と会う事は無いだろうが。


(――さて、考えをもう一度戻そう。)


 誰かに頼ろうなんて、今はそんな考えは捨てるべき状況だ。

 相手は勇者である。対するこちらの手札は、一つを無効化された状態だと思って良い。

 そんな中で、俺の本来最も適正がある属性は闇だった。

 火と水はその次に適正があっただけで、中でも水属性に傾倒した為に、現状で最も得意な魔術になっていただけとも言える。


 ただ、かつては禁術とされた闇属性には、幾つかの難点が存在しているのも事実で、このままでは試し打ちすら出来そうにも無い。


 大体、対価を要求される点が痛すぎる。自分の手足や臓器、最悪命を捧げるだなんて、早々出来るはずもないだろう。

 最悪、この『試し』だけで命を落とす可能性すら存在しているのだから、現状で考えついたからと安易に試すわけにもいかなかった。


(闇魔術に関する魔術書も一切無いし――なんていうか、ここまでくると、自力で開発しろって感じだな?)


 わざと隠されているという可能性も考えてはみた。

 だが――アンデッドを使役しろとは言われたものの、死霊術を身に付けろとはそういや言われていないなと思い出す。


(あれ?もしかしなくても、闇魔術ではなくて闇魔法での対処が、正解になるのか――?)


 そうは思うも、


(闇で攻撃って、何があるよ?それに、アンデッドをどう使役するんだ――?)


 悩んで、幾つか紙に記したりもして、纏めようともする。

 だが、考えても考えても、答えだけは出てこない。


 何せ、暗闇とは実体の無いもの。

 その実体無き属性に、この時俺は初めて向き合う事となり、頭を悩ませる事となった。


 2019/02/03 加筆修正を加えました。


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