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「良かった、無事であったか――。」
そう言ってホッとした表情を浮かべたのは、随分とやつれた様子のサイモン殿。
全員、どうやら同じ場所へと押し込められたらしい。広間らしき場所へと、続々と残りの面々もやって来た。
「酷い顔ですね――皆、きちんと休養は取っていましたか?」
この問いに、幾分渋い顔で返される。
どうやら、現状に危機感を抱いたままらしい。
「取りたいところなのだが、此処は危険過ぎるからな。早々気は休まらんよ――君とも無事合流出来た事だし、一刻も早く脱出すべきだ。」
「気持ちは――分からないでも無いですが。」
返された言葉に、少しばかり詰まる。
現状、俺は果たして『生者』と言えるのか、自分でも正直分からないでいるのだ。師匠は頑なに『近い』としか言わなかったし、クドラクも断言を避けていた。
その状態で地上へ帰還するとして――勇者対策はどうする?
アレの討伐は、師匠もクドラクもする気が無い様子だし、このまま帰還しても、悪戯に犠牲者を増やすだけな気がして止まない。
(どうしたら良いんだろうな?)
これからの事、自分自身の事、そして、メルシーの事――。
幾ら考えてみても、答えなんて出てこない。さっぱりだ。
(少なくとも今は、心臓は動いているし、眠くだってなるし、飯も食えばトイレだって行く。)
だが、これを言ったら勇者だってそうだ。
しかも、奴は頭をかち割られようが、心臓を一突きされようが生きており、更に言うならば全身凍らせたはずなのに、それでも生き残っていた。
正直、それでも『生きている』というのが理解出来ない。正真正銘、半分はアンデッドだと言った方がしっくりくるくらいには、人間離れした生き物だった。
(俺も奴と同じって言うのか――?ただ暴走していないだけで。)
あるいは、暴走にも種類がある、とか。
――幾ら考えて見ても、答えは出そうにないが。
とりあえずは、共に連れて来られた面々と顔を合わせる。
全員、疲労の色が濃かったが、赤子も含めて幸い体調を崩す事も無く、大半が睡眠不足のようで目の下の隈が酷いだけだった。
その事へと幾分ホッとしていると、
「「お兄さん!」」
「ドロシー、リリィ、待たせて悪かったな。」
飛びついてきた双子の魔女達が、口々に言葉を投げて掛けて来た。
「ううん、無事で良かった。」
「二度と会えないかと思ったよー。」
幸いというか何というか、俺を見捨てて逃走したりはしなかったようだ。
一部、恐慌を来して闇雲に逃げ惑ったりはしたそうだが、それだってアンデッドへの耐性が無かったからに過ぎない。
何というか、此処のアンデッドは――異常だ。
普通のアンデッドとは違い、格というものが明らかに違っている。
クドラクや師匠程ではないものの、全部が並のスケルトンとは違っていて、明らかに低位ではなく中位以上の強さを持っているようだった。
「ゴーストが出て――。」
「真っ黒な骨が――。」
「鎧のアンデッドに――。」
「お、おう。それは大変だったな。」
口々に何やら言われるも、どれもが要約すると「怖かった」である。
一先ず、此処のアンデッドが今までの常識とは違う事、何よりも自分達を襲う事は無いのを伝えておく。
これに、
「――何で?アンデッドだよ?」
そう疑問の声が上がってきたが、既に答えは得ている。
何よりも、こうして全員が無事なのが証拠とさえ言えるだろう。
この為に、生者への恨みで自然発生していない事と合わせて、此方に敵意が向かない理由を告げておいた。
「此処に居るアンデッドは、自ら望んでその仲間入りを果たした連中らしい。全部が、勇者に恨みを持ってるってさ。あと、知能も残ってる。」
だから、他の者には気を向ける事も無いのだとか。
それに自然発生とは違い、死霊術によって生きたまま死鬼に変える手法は、リッチ等と同様に生前の記憶や人格をある程度まで保持される。
この為に、生前強く憎んだ相手が勇者であれば、それ以外には目が向かないのだろうと思えた。
(知能の低下も、そこまで酷く無いっぽいしなぁ――。)
その証拠に、皆へと提供されていた食事には、保存食の他にも実際に作られた物と思しきスープがあった。
このスープ、作ったのは多分スケルトンかリビング・アーマーである奴らの誰かだ。此処には作れる場所も、道具も何も無いからな。確定だろう。
しかし、師匠は料理と言っても焼いて食べれれば十分という考えの持ち主だったし、クドラクに至っては壊滅的な腕前だ。仮に死霊術による使役で作らせるにしても、指示する側が出来ないのだから不可能だろうと思う。
つまりは、作れるのは物質的に此処に存在し、尚且アンデッドの中の誰か、となる。
そんな食事を各々摂っていた所へ俺はやって来たわけだが、伝えた話が上手く噛み砕けないようで、大半が受け入れがたい表情をしていた。
「ぜ、全部?此処に居る、全部のアンデッドに知能が残ってるの?」
「ああ、少なくともそう聞いている。」
「え――少なく見積もっても、千や二千じゃ済まない数だよね?それ、本当?」
「聞いた話ではな。」
「――単に使役しているだけではないという事か。」
考え込むのはサイモン殿と――アレキサンドラ氏もか。それに、ロドルフも考える様子を見せている。
他は、呆気に取られていたり、理解出来なかったのか首を傾げていたりだった。
勿論、アホのアルフォードは最後の理解出来ない奴である。
この為か、
「なぁ、勇者の犠牲になるにしても、ちょっと数が多すぎないか?」
先程の言葉へ疑問を呈してくる。
それに向かって「良く考えて見ろ」と返した。
「勇者と対峙しても、大抵の者が殺される。そして、殺された家族や友人、知人は残される可能性があるんだ。となれば、残された奴が復讐に走って、結果的に死んだ人数よりも数が多くなってもおかしくはないだろ?」
「――成る程。仇討ちってやつか。」
「ああ。」
勇者といっても、実際家族や友人を奪った奴と同一じゃないのだろうが、結局は害悪で同じような被害者が生まれる為に、それを阻止したくて志願する者も多かったとは師匠の言葉だ。
その結果がこの地下にある死者達の楽園である。実際には楽園等ではなくて、兵の詰め所みたいな感じらしいが、最早都市レベルには住み着いていた。
「んじゃぁ、此処のアンデッドは全部、犠牲者ってなるのか?」
そんなアンデッド達に、何とも言えない表情を浮かべるアルフォード。
意外に、コイツは頭の切り替えは速いというか、あんまり深く物事を考えない性格である為にか、固定概念をあっさりと捨て去ったように見える。
そのアルフォードへと、
「正確には、犠牲者の家族や友人、もしくは仲間ってところらしいがな。」
そう返して、俺は肩を竦めて見せた。
これに、各々違った反応を返してくる。
「へぇ。」
「共存までいかなくても、共闘くらいは可能、なのか――?」
「なんか不思議だね。」
「「うん、不思議不思議ー。」」
「でもやはり怖いものは怖いですわ。」
「そうかなぁ?驚かしてくるゴーストは嫌だけど、他はそうでもないよ?意外と優しいし。」
「何処か腰が低いところがありますしな。あれは、生前からのものですかね?」
「うむむ――どう考えるべきなのか、これは……。」
アンデッドへ対する認識だが、本来は生者とは相容れない存在というのが普通の認識である。
しかし、此処に居るとそれが根底から覆されるような感じがする。
(そもそも自然発生と死霊術によるアンデッドでは、雲泥の差が出るものらしいし――俺もあくまで『らしい』と言うしかないが、実際に体感した感じは違うって思うしなぁ。)
せめて死霊術を俺が知っていれば別だったのだろうが、闇属性の魔術にあるこの死霊術、禁術指定だったからな。実際に試した事はおろか、詳しい資料も何も読んだ記憶が無い。
俺が覚えてる闇魔術には『黄泉送り』の他は後もう一つしかないし、それだって死霊術には関係していないので分からない事だらけだ。
この為、
「ひとまずは、現状は安全と見て、本当に良いのだな――?」
「ええ、少なくとも、そう思って良さそうです。」
サイモン殿の言葉に、予想という範囲で返す。
しかし、そう返しつつも「ただ」と新たに口を開いていた。
「仮死の魔術陣を使うのなら、良く良く考えて使って下さい。あれは――半アンデッドの製造法らしいですから、成長も老化も止まるそうです。」
「「な!?」」
「加えて、私自身、その魔術陣を使った身ですから、既に半分アンデッドかもしれません。師匠が言うには『限りなく生者に近い』そうですけどね。これをどう取られるかは、お任せします。」
「「……。」」
沈黙する面々を前にして、口にしつつも表情を伺う。
これで敵対されるのであれば、関係は此処までだ。この先は、道が分かれる事となるだろう。
正直言って、このカミングアウトはしたくなかった。
だが、
(俺に、勇者を討伐しろって?冗談きついだろ――。)
師匠の言葉が重く伸し掛かってくる。
現状では、足手纏いは元より、敵になりそうな奴は省いていかないとならない。
何せ、俺は勇者の敵対心を既に上げてしまっているのだ。
今後共に行動をするのであれば、確実に勇者との戦闘に巻き込まれる。その時に、足手纏いなら無駄死にするだけになるのだ。
また、土壇場で敵対されても困るというもの。勇者の対応で手一杯になるのは目に見えているのに、そこで邪魔される等――それこそ、犬死するだけだろう。
(此処が、分かれ道だな。)
だからこそ、今、伝えておく。
俺に、彼らを守る術も何も無いのだから――。
(正直、師匠か兄弟子の誰かを頼れたら、良かったんだろうが――。)
クドラクは師匠に着いて行ってしまったし、その師匠は侵入者対策だと言っていた。他の兄弟子達は既に力の大半を失ってしまっているらしいので頼る事も難しい。
仮死の魔術陣を使ってからゴースト化まで行くと、単体では現世に留まっていられる時間が極端に短くなるだけでなく、かといって複合状態になると今度は意識が混濁して纏まらないという難点があるのだ。
故に、霊体系のアンデッドは実は数が少ない。そして、現世に対する出来る事も少ないのである。
この為に、半分霊体化している兄弟子達は戦闘にはほとんど加われないのだと聞いた。
師匠に連れて行かれたクドラクが、酷く愚痴っていたが。
(現状、地上へ帰還を果たすのなら、俺と行動すれば勇者と鉢合わせするし、行動を共にしなくても遭遇したらそこで終わりだ。)
だからこそ、此処で白黒付けておく。
俺自身をどう見るのかで――。
2019/02/02 加筆修正を加えました。




