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002 その錬金術師は現状把握へ努める

 前001話と前002話を統合しました。これによる物語への影響はありません。


 ――何も感じられず、何も思うことができない。


 長らくそうしていて、止まっていたはずの心の臓が動き出したのは、偶然か、はたまた必然だろうか。

 ともあれ、一気に全身へと血が廻りだせば、それまで止まっていた時が動き出す。

 それと共に、感覚も、記憶も、何も思い出すことができずに、何も感じ取れなかった身体へと、これまでの反動が一気に返ってきた。


(なん、なに、何、何、何――!?)


 そうして最初に感じたのは、埃っぽさ。

 あまりにも埃っぽすぎて、喉がつっかえて、盛大にむせて苦しむ。


「う――ううえっ、げほっ、ごほ、ごほっ。」


 死ぬ!――と、脳内で盛大に叫んだ。

 そんな中で求めたのは水だが、周囲にそれらしいものは全く無い。

 焦りと困惑の中で、思い描いたものを試しにと、盛大にぶっ放していた。


(水、水、水ぅ!)


 その瞬間、意図しない水球が頭上より降り注いできて、全身を水浸しにしていく。


「~~っ。」


 まさに濡れ鼠。

 だが違う、そうじゃないと、脳内で絶叫して悶える。

 重要なのはイメージだ。手の平をわんの形に変えて、再度、思い描く物を全力で働かせていく。


(水、ここに水。頭上じゃなくて、こっちだ――。)


 そんな思いと共に思い描いたのは――透き通った清水。

 魔法という手法による奇跡であるそれは、果たして望みを果たして、手の中を満たし肌へと染み入っていった。


(やった!)


 それは、この苦しみから解放し、生を繋ぎ留めるための、まさに命の水であった。







 死にかけていたというか、仮死状態で眠りに就いていた俺。

 蘇って早々に酸欠になるなど、若干死にかけたがまぁいい。


「どこだっけか――ここ。」


 場所は多分、暗い――地下室だろうか。それは、眠りに就く前と、おそらくはほとんど変わりが無いのだろう。シンッと静まり返っているのが不気味だったが、今のところ特に危険も無さそうである。

 変わったことと言えば、空気がやたらと薄いのと、埃っぽいこと、それから下に敷かれているだろう魔法陣を刻んだ布が、おそらくはボロボロだろうというのが分かることくらいである。

 触れればそれは、端の方からサラサラと音を立てて崩れていく感覚が指先に伝わってきた。文字通り砂と化していってるのだろう、何とも頼りない感触だ。

 天井にはぽっかりと穴が空いてしまっている。そこから微かに届いてくる陽の光によって、薄っすらとだが地下室の中が浮かんで見えていた。

 しかし、それすらも頼りない。光の届かない場所では、何ものかも定かではないシルエットが幾つも浮かんで見える。


「見えねぇな――【明かり】よ」


 唱えた呪文は、初期魔法よりも簡単、超お手軽な家庭魔法とまで呼ばれていた光魔法だ。その内、光明だけを生み出す魔法によって、周囲の様子が先程よりも鮮明に、しかしぼんやりとした様子で浮かび上がってくる。

 ここでより明るい明かりとなる火魔法からの【灯り】を選ばないのは、単に酸素が薄いからだ。つまりは、ここで下手に火を使えば窒息する可能性があるということ。錬金術師たる俺ならば知っていて当然の原理である。

 何せ、空気なんて無いはずのその場所には、天井からぽっかりと覗いた穴によって、あまり新鮮とは言い難い空気が僅かに流れ込んできているだけなのだ。それによって、俺は一つのことに気付く。どうも現状はよろしくないらしいと。


「ああ、なるほど――これのせいで目が醒めたのか」


 それでも慌てず騒がず、状況の整理に努める。ついさっき盛大に咽て死にかけたのはノーカンだ。ノーカンったらノーカンなのだ。

 尚、目が覚める前で、おそらくは酸素が無かっただろうこの空間が、今現在俺がいる場所だった。

 そんな部屋には、天井と唯一の出入り口である扉があった場所とが、今じゃぽっかりとした穴を開けているだけである。それは、見るからに廃墟感漂う様相を呈していた。


「あれ?一応ここ、備蓄倉庫だったはずなんだが――?」


 解せないのは、周囲にあったはずの棚が無いことだろう。その代わりに、変わり果てた姿の瓦礫と、ドーンと転がっている鉄の扉が見える。

 上の階もまた倉庫として使われていたはずだ。しかし、そこには朽ちかけた石造りの棚が見えるだけで、中身は床の上へと転がったのか、はたまたどこかへ運び去られたのか、瓦礫の下敷きにでもなってるのか、何にしろ見事なまでに空っぽだった。

 見た感じ、散乱としてる瓦礫の中に自分が居るっぽい。


「はははっ。いつから俺は廃墟の住民になったんだ?」


 少なくともここは俺の家の地下室のはずである。

 しかし――現状を見るに、状況はあまり笑えないようだった。

 これは覚悟しておく必要性があるだろう、いろいろと。


「うん。密室でカンテラの灯りを消さずに寝たおかげか、空気が薄いままだな。だからちょっと、未だ苦しいのか」


 嫌な予感は今は置いておき、これからどうするか、と考える。

 若干、残っている息苦しさ。これを吹き飛ばすなら――やはり魔法だろう。

 この状況に適した魔法が確か風魔法にあったはずだ。


「ええっと――確か【清涼なる息吹】だっけか?」


 その途端に、巻き起こる微風。それによって、埃っぽさも、地下特有の陰鬱さも、瞬く間に消えていった。

 塗り替えるようにして運び込まれてくるのは、森の中にも似た清涼な空気だ。イメージ通りである。

 その空気を肺に目一杯吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。新鮮な空気が気分を一新していってくれた。まるで、生き返った気分だ。


「すぅ――はぁ」


 その後も満足行くまで深呼吸しつつ、耳だけは鋭敏に、外の気配を探るように、しっかりと向けておく。

 聞こえてくる音に、轟音は無し。何かが動く音も無し。ついでに言えば、人の気配も何も無し。

 うん、オールクリーンだ。良くも悪くも『何も』居ないのだろう、きっと。


「ははっ、清々しいまでに何も聞こえないな――。いやいや、そんな馬鹿な。そんな、馬鹿なことがあってたまるか!」


 さすがに人の気配が無いというのは無いだろう?

 そう思って耳を澄ますも、返ってくるのは見事なまでの無音だけだった。

 これは、さすがにちょっと、予想外である。


「いや、ちょっと待て――いろいろとヤバイだろ?」


 覚悟するにしてもこれはないだろうと、突っ込みを入れつつも再度周囲を確認していく。

 照らし出した部屋の一角では、扉が腐食したのか、蝶番がボロボロになって転がっているのが見えた。扉は床の上に転がったままで、元々それがあった場所には、見事な大穴が開いてしまっている。

 天井もまた、床と一緒に崩落したのか、ぽっかりと開いてしまっていた。これは――自分の上じゃないだけマシだったが、一体どっちが先に?ってくらいには両方共々今倒れましたって風情である。しかも、経年劣化によるもののように思えて頭が痛い。

 棚の中は棚ごと崩れたのか、あるいはどさくさに紛れて中を持ち運ばれた後にでも崩れたのか、どれもが空っぽか床の上に残骸と化してしまっている。果たしてどちらがそうなのかは定かじゃないが、どのみちあるのは瓦礫だけだ。撤去するなりしなければ、最早何が転がってるのかすら不明だろう。足元はカオスだ。


「あー、うん、これは――蝶番が先にやられたんだよな?」


 そんな割りとどうでもいい事を再度確認をしつつ、出入り口だったはずの扉を調べる。

 見た感じ、津波の後にここまで水が入り込んだのだとしたら、何もおかしい事ではないだろう。蝶番は金属だからな。つまりは、水に浸れば容易く錆びて脆くなる。鋼だろうとそれは関係が無い。

 更にはきっと、水没してしばらくしてから水が引いたのだろう。ここは水はけの良い土地だったし、地下であろうとも排水処理は行えるようになっていた。

 ただ、問題なのは水没したが為に、生存者無しと思われ、長い間放置されたと思われる事実だ。しかもそれは、主に俺が、である。他はどうかは知らない。

 流石に全滅は無いだろうしなぁ。多分、きっとなんだが、そうなんじゃないかと思いたかったのだ。


「うわぁ、なんて辛い現実だ……。」


 しかし、それでもこのまま捨て置かれたという事実だけはかわり無い。その後、復興も無く、放置されたって事なんだろうな、きっと。

 この予想は残念な事に的中しそうだった。辛いが、嘆くよりも現状の把握が最優先だ。まだまだ分かってない事が多すぎる。泣く泣くとだが、頭を切り替えていこう。時間は有限だ。

 見た感じ、扉は経年劣化と腐食で蝶番が壊れて倒壊しているでFA。その際、倒れた余波で脆くなっていた天井の一角が崩れ落ちてきたんだろう。そうして、ほぼ同時に外からの空気が流れ込んできた、と。


 その空気で、蘇生に必要な条件が揃って、俺が仮死状態から復活するのが可能となったようだ。

 ――まぁ、多分、全部が予想なんだが。


「しっかし、仮死の魔術、あってよかった。」


 そうしみじみと思えるのは、こうなる前の状況に理由がある。

 残念な事に、人間の生存可能範囲は狭まる一方で、俺の住んでいた町は津波と魔物の氾濫とに挟まれて絶対絶命のピンチにあったのだ。

 それをやり過ごすのに起動したのが、仮死の魔術。

 これはその名の通りに、一時的に死んだ状態を保ち、一定の条件によりその後、息を吹き返す事が出来るというものである。勿論、身体が破損してれば破損した状態で息を吹き返すので――瓦礫の下敷きとかになってたらアウトだっただろう。マジでそうならなくて良かった。

 この魔術だが、一体何処の偉人が広めたのかは忘れたので定かではない。ただ、超高難度と呼ばれた蘇生魔法の次に難しいとされる仮死の魔法を魔術に落とし込み、簡略化して、しかも無償で広めてくれたものである。

 おかげ様で錬金術師御用達と呼ばれるくらいの代物であり、実際に今、錬金術師だった俺はこうして死なずに済んでいると言えるのだ。有り難や有り難や。


「あー、過去の偉大な人物には感謝するしかないな――んで、どうなったんだっけ?」


 誰だか知らない偉人に感謝して拝みつつも、記憶を再び呼び起こす。

 別段、この程度の作業は然程難しい事とは言えないだろう。むしろ、普通は出来て当たり前の事のはずだ。現に俺は、簡単に思い出す事が出来たし、大抵の人はそうあるべきである、うむ。例え復活直後でまだぼんやりとしてるとしても、だ。


「んー……別に、記憶喪失にはなってないっぽいな。ええっと、確か各地の都の突然の消失に、相次ぐ魔物の氾濫と、干ばつや疫病の発生が起きたんだったか?んで、俺の住んでいた街では、栄養失調からくる疫病対策に翻弄されている最中に地震が発生して、直後に魔物の包囲と津波で町終了のお知らせ、か――。」


 何とも辛い話である。割りと詰んでいる話だろう、これ。

 しかし、そこからの生還なのだから、まぁ中々運が良かったと見るべきなのだろう。しかも五体満足。これだけでもこの後の生死を分かつはずだ。

 この際、起こしてもらえなかったのは別として、である。


(いじけてない。いじけてないぞ!)


 さて、そんな事よりも問題なのが、先に上げた話の中にある。

 前半部分は、割りと直接の接点が無い。故に、被害もなければこの状況に陥った直接の理由にもならない話だ。最も、影響そのものはじわじわとあったが。

 問題なのは、仮死の魔術を使う直前にあった、地震と津波と魔物の包囲だ。これのせいで逃げるに逃げられず、また、生き残るのも絶望的という最悪の事態に陥っていた。

 この為に、俺一人が、たまたま所持していた仮死の魔術を起動したのだ。これを使えば、最悪、水の中に水没したとしても、水が引いた後にでも息を吹き返して蘇る事が出来る。

 他の誰かを巻き込めなかったのは、この魔術が一人用で、しかも新たに作るだけの暇がなかったせいで、決して俺の責任じゃない。罪悪感はあるが、気にかけるだけ無駄ってものだろう。

 もっとも、普段から用意していれば――多少は助けられたかもしれなかったが。

 だがしかし、その後がまた問題になったとも思うので、結局は現状がベストなのかもしれない。

 何せ、一人を助ければ、他も――と、ゾロゾロと助けを求める奴らに集られるのは目に見えている。その取捨選別すれば、不満を爆発させた奴に殺されかねない。人間、出来ない事はやらない方が良いのだ。


(まぁ、若干、認識も甘かったようだがなぁ。)


 俺だって、誰も起こしてくれないとか、予想外だったさっ。

 更には、地震発生直後で多くの建物が倒壊している。その中には、残念な事に俺の自宅兼店舗もあった。おかげで、現在は住処さえ失った状態だ。つまり、お先真っ暗である。


「着の身着のまま――更には、俺の活動拠点が失くなったのか……。」


 土地は残っていても建物が無い。その事を思い出して追加ダメージだ。俺の精神が、ガリガリと削れていく。


「いや、しかしまぁ、借金が無かっただけ良しとしよう、うん。」


 ポジティブなのは、俺の唯一の美点だと言えるだろう。

 幸か不幸か、金を借りれるところがなかったから借金しなかっただけだが、そのおかげで負債を抱えての再スタートは無しで済む。食生活やら何やら酷かったが、今の状況からしたらまだマシだったのかもしれない。


「うーん――これからどうするかねぇ。」


 困った事に、店の再建は難しい状況だ。仮に店が残ってても、こうして放置されたということは地上は絶望的なんだろう、多分。

 何せ、津波である。その塩害による被害は甚大である。家庭菜園もパーだ。薬草も育たないし、それ以前にフラスコから何から全部流されて薬を作るどころじゃないだろう。工房も何もあったもんじゃねぇ。

 第一、買い手はいるのか?素材は?道具は?客の獲得から材料の調達、道具の確認に至るまで、きっと難しい事だろう。そして、それは新天地だろうと何も変わらない。

 残ったこの地は作物を育てられないので捨て置かれたと見て間違い無いのだ。それはもう、上に出て確認するまでも無い。



「はぁ、辛い。」


 何せ、ここ最近は魔物の凶暴化による相次ぐ被害で、一般人の出入りが厳しく管理される事になってしまった状況にあった。腕の立つ者は軒並み護衛依頼で出払うようになったし、そもそも素材からして困窮してしまっていたのだ。

 そんな中で流行った疫病。俺の家庭菜園が半ば命綱になっていた中で、津波が全てを浚い、僅かに生き残った住民も魔物の腹に収まった可能性が高いのである。

 そこからの再スタート?冗談でも無理に決まってるだろう。


「――うはっ。これって、絶望的じゃね?」


 素材が無ければ何も作れない。何も作れなければ、錬金術師に出来る事はほとんどない。つまりは金を稼げないという事だ。

 その上、地上に出たら魔物に襲われる危険性も高い。多少の魔術の心得があるとはいえ、戦闘職ではない自分にどこまでやれるというのか。強い魔物と遭遇したらそこでジ・エンドである。


「おう、終わったな。」


 何をどう考えたとしても、見事に詰んでいる状況にしか思えない。

 その後、打開策を求めつつもどうしようもないという結論に至り、とりあえずは新鮮な空気を求めて外へと出る事にした。


 ――ああ、現実逃避だとも! それが何か!?


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