198 記憶
――思い出した。
何を思い出したかって、母を入れた骨壷の場所だよ。
何で俺、そこをすっぽ抜けてたんだってくらい、ちょっと考えれば分かる場所に置いていた。
思わずぼやくくらいには、自分で自分に唖然として――しばく、呆然としたくらいには、思考が停止してしまった。
「店の地下に安置してたに決まってるじゃんか、俺――何で忘れてたんだ?というか、どうして思い出せなかったんだよ?おかしいだろ?」
当時は埋葬するにも金が掛かった。
勝手に穴を掘って埋めるというわけにはいかないし、墓地は共同であっても、アンデッドの発生を防ぐ為の番人を常駐させる必要があって、どうしてもその雇用代を捻出するのに金が必要になる。
それに加えて、何処もかしこも相次ぐ魔物の氾濫で壊滅していたのだから、埋葬したは良いものの墓を放置される危険性もあった為、当時は埋葬する気が起きなかったのである。
結果的に、持ち運びが出来るようにしておくのはある意味当然の事で、俺は普段過ごす場所の近くに常に置いていた。
場所は勿論、かつて暮らしていた港町の、自分の店の地下室である。
漁られたりしていなければ、母は今もそこに眠っているはずだ。
「そこを素通りしてしまったっていうのかよ、俺――目覚めた部屋の真正面だっただろうに、一体何やってんだか。」
自分で自分が信じられないとはまさにこの事だ。
師匠じゃないが『自分以外の誰か』じゃないかと疑うくらいには、何でという疑問が沸き上がってくる始末である。
一応、記憶の欠如が仮死の魔術陣にはあるって、師から先に知る事が出来ていたから、落ち着いていられるけどさ――。
「墓参り、しなきゃなぁ。」
千年もほったらかしにしておきながらだが、今更ながらに思う。
出生国を出る時も、勉学に励む時も、師に教えを乞うていた時も、独り立ちして働き始めても、何時も常に頭の中にあったのだ。例え忘れていたり記憶が抜け落ちていたとしても――思い出せば自然とそう思える。
ただ、これだけほったらかしというのは、相手が母でなくても怒るところだろう、きっと。墓前で許しを乞うしかあるまい。
「今更ながらに幽霊になって恨まれても辛いしな。本当なら俺、もうとっくにくたばってるはずだったんだし。」
それに、亡くなったメルシーも合わせて弔ってやりたい。
冷凍されたまま【空間庫】に安置し続けるのは、流石に不憫だし色々と衛生面での問題も発生するからな。
まだちょっと不安はあるが、一応師匠の言葉を否定する材料は見つけた。その上で――未だ何かあるなら、その時はその時で考えよう。
今はするべきだろう事もある。勇者の対応だって、どうなってるか聞くくらいはしないとな。
「うん、いい加減に籠もるのを辞めよう――【掘削】。」
この為に、引き篭もっていた穴から出ようと魔術を行使する。
使う先は天井。そこへ向けて、坂道を作り上げていく。
出来上がってすぐに上ってみると、
「――未だ居たよ。」
相変わらずカタカタと騒々しい、顎を鳴らすだけの骨の群れが、部屋の隅で固まっていた。
なんていうか、場所と見た目が違えば井戸端会議でもしていそうな雰囲気だ。
こちらをチラリと見たりもするが、すぐに会話と思しき輪の中へと戻っていく。どれもが至ってマイペースで、彼らの普段が伺える気がした。
(こっちを気にしないのなら、それはそれで良いんだけど――。)
これはこれで不気味だ。何か裏があるんじゃないかと、勘ぐってしまいそうになる。
しかし、敵対されないだけでも現状は十分だろうと思う。
もしかすると、俺を半分アンデッドとしてお仲間扱いしているのかもしれないが。
(それはちょっと――いや、かなり嫌だな。御免こうむりたい)
少なくとも俺は生者だと思う。そう思っていたい。
師匠の仮説はとりあえず否定出来るのだから、俺は生きているはずだよな?
(うん、そうだ。きっと、そうだ。そうに決まってる!)
そう思って穴から這い上がったところで、
「ルーちゃん、やっと出てきたの?」
――何時の間にやって来たのか、クドラクがそう言って頬杖をついていた。
相変わらず彼の動きは見えなかった。本当に神出鬼没ってくらい、突然現れた。流石は最高位のアンデッドと言ったところだろうか。
それに、
「出てきたら悪いのか?」
思わず憮然と返してしまう。
すると、何故か満面の笑みを浮かべて、クドラクが手を広げて見せた。
「むしろ歓迎よぅ。」
そう言って、何かを期待するように此方をジッと見つめてくる彼。
何だ?飛び込めってか?断固として断るだろ、それは!
しかし、
「ほーらほら、いらっしゃいな。」
「はぁ?」
「久しぶりに出てきたんだから、感動の再会でしょう?ルーちゃん、昔は寂しがり屋だったものねぇ。」
そう言って、俺の記憶にも無い事をクドラクが宣う。
一体何の話だ何の。俺が寂しがり屋って、そんな素振り一度だって見せた記憶は無いぞ!?
「誰がだよ、誰がっ――感動も何処にあるのか疑問だろ、これ!大体、俺に野郎に抱きつく趣味は無いしかんべんしてくれっ。」
そうきっぱりと拒絶すると、
「もう、つれないわねぇ――。」
ようやく、クドラクが両手を下ろして見せた。
もしかしたら吸血するつもりだったのかと思えるところだったが、直接血を吸わない徹底ぶりを見せたのだ。身体はともかくとして、中身は以前の彼のままかもしれない。
むしろ、生前からやらかしてくれている師匠の方がヤバイだろう。絶対にヤバイと断言出来るはずだ。
(実験台にしてくれたしな――師匠の方は。)
それに比べてみれば、被害者であるクドラクはまだマシだと思えた。
「一緒に連れて来た人達、ルーちゃんを返せってうるさいんだもん。別に取り上げるようなものじゃないのにねぇ。」
「――ああ、そう。」
そう言ってクスクスと笑う彼に、思わずげんなりとする俺。
どうやら、他の面々は無事なようだ。しかし、返せって何だよ、返せって――。
「人質に取ったとでも思ったみたいよ?あの中では、今のルーちゃんの方が強いものねぇ。昔は上級一発で昏倒してたのに、変われば変わるものだわぁ。」
目を細めて笑うクドラクの表情は――別に嫌なものじゃない。
どうも、自分が半分アンデッドかもしれないと考えるようになってからというものの、価値観が変わってしまったのか、言われた内容も素直に聞こえてくる。
自分の中で、何かがストンと落ちたような、落ち着くような、そんな不思議な感じだ。
「――まぁ、有り得ない話では無さそうだけどもさ。俺の得意属性は、知ってるんだろう?」
「ええ、勿論。水よね?」
「ああ。後は氷だな。アンデッドにはほぼ意味が無いけど。」
かつて、共に師事していた頃のように――気さくに話せてしまうこの状況。何だか懐かしくもある。
彼は俺よりも一年早く、錬金術師の道を歩み始めていた人物だ。この為に、後からその道に入った俺の面倒を師の言葉でみる事にもなり、かなりの頻度で対話する事も多かった。
その彼が、にっこりと笑いながらも続けて口を開く。
「それでも、切り札とでも思われてたんじゃない?」
「あー、否定出来そうに無いかな。」
俺はそっと溜息を吐き出す。
アンデッドはゴーレム同様に冷気をものともしない。なのに、俺が得意としている属性は水、もしくは氷だ。相性が悪いなんてものじゃなかった。
本来最も得意なはずの闇属性についても、下級までのものしか覚えられなかったし、ただのゾンビやスケルトンくらいならばともかくとして、此処に居る中位以上と思われるアンデッドへは効果が薄いだろう。
少なくとも中位の中でも上位に近いリビング・アーマーには完全に無駄だ。唱えている暇があったら、逃げ出した方が余程生存率が上がる事だろう。
(頼られるような事をした覚えはあるが、それにしてもちょっとなぁ。)
俺が出来る事なんて高が知れてる。相性が良ければ中位の魔物までは何とかなるが、それでも中位までだ。氷属性の【凍結】は、そこまで万能なものではない。
唯一のアドバンテージは、超遠距離から一方的に索敵してからの攻撃である。今は魔力量が上がったおかげで、精度を高める事が出来るようになり、誤射もしなければ複数同時に攻撃というのも可能である。
しかし、それだって効果が見込める敵が相手な場合だけだ。そうでなければ完全に役立たずだし、遠方の敵を見つけられたからといって、それを活かせるような手札も無い。
「闇属性なら――何かあったかもしれないけど。」
苦し紛れにそう呟く俺に、
「でも、下級まででしょ?」
「そうなんだよなぁ――師匠だけじゃなく、他の兄弟子達からも止められてたし。」
そう呟いて、息を吐き出した。
そもそもとして、闇魔法の多くは禁術指定である物が多いのだ。
一部【黄泉送り】である対アンデッドの魔法もあるにはある。だが、その逆に【黄泉起し】であるアンデッド製造の魔法だってあるし、どちらかというとそっち系統の方が有名だろう。
この為に属性そのものが禁術指定とされていたのだが、俺は禁術書だろうと構わずに読み漁る兄弟子が居た為に、比較的安全な物を横流ししてもらって覚える事が出来ていた。
あdがしかし――それでも下級止まりである。所詮、下級でしかないので、大した魔法は無いし魔術だって無い。
「多くの闇属性使い達って、自分の寿命を縮めたり法に触れるものねぇ。ルーちゃんも来たばかりの頃は何だか危うかったし、覚えてなくて正解だと思うわよ。」
言われて何も言い返せない。
国を出ても、周囲全てを敵か無関係と決めつけていたし、一人で生きているような気でいたからな。子供でその状態だったのだから、危ういと思われなくて何なのだという話である。
「まぁ、こうして五体満足で再会出来ているし、良いのだけどねぇ。」
「まぁ、な――。」
そう言って遠い目をするのは、他の兄弟子達の事を考えてみれば分かるというものだろう。
ほぼ全員が白骨化して、下半身を失っていたのだ。それも、同じように見えても差があるし、腰から下だったり、胸から下だったりと、元の肉体の崩壊には違いが見られた。
(偶然――いや、必然と考えた方が良いのか?)
師匠は下半身を失っていない。
おそらくだが、あの黒い状態になんらかの理由があるのだと思われる。
それとは違い、クドラクは半アンデッドから吸血鬼という完全なアンデッドになっているので、他の兄弟子達とは違うケースだろう。
(仮に俺が半アンデッドだとして――この先、皆みたいになるのか?)
師匠みたいに自分の骨を黒く染めてまで、現世にしがみつきたいとは思わない。
また、クドラクのように吸血鬼になるのもお断りだ。俺は誰かを犠牲にしかねない存在に成り代わってまで、自身の見た目を維持したいとも思わない。
(まぁ、仮にだしな――一応、師匠の言葉は否定出来る材料は思い出せたし、多分大丈夫――。)
そんな事を考える俺に、
「お師匠様が呼んでるみたいね。」
「は?――え?」
呟いたクドラクが有無を言わせずに俺の手を掴むと同時に、俺の眼の前には、あの恐怖の黒い骨が、ジッと佇んでいた。




