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196 嘆き

 かつての師の言葉に耳を塞ぐも、知ってしまった後では最早意味が無いだろう。

 それでも、これ以上は聞きたく無くてキツく両手で耳を塞いでいた。

 目まで閉じて、思うのはただ一つ。


(仮死の魔術陣そのものが、落とし穴なんて――最悪だろ。)


 ただ、それだけの事である。

 最早メルシーを生き返らせる方法を模索するとか、共に連れて来られた面々の安否を気遣うとか、そんな段階ですらなかった。

 正直、困惑しか覚えない状況である。


(俺は――俺だよな?)


 そう自問自答してみるも、かつて師だった存在から投げられた言葉が脳裏をちらついて離れない。正直、はっきりと「俺だ!」とは断言出来ない状態だった。

 もしも、だ。

 ――今の話が本当なら、仮死の魔術陣を使って蘇ってきた俺は半分生きてて、でも半分は死んでいるという事になってしまう。

 しかも、生前の俺とは同同一とは言い難いだろう。


(まず、記憶の抜け落ち。これは確定みたいだな――。)


 どう足掻いても思い出せない、母の遺骨の場所。

 葬式だって、したのかしてないのかすら曖昧だ。これで「覚えている」等とはとてもではないが言えない。

 一応だが、国を出る時には、母の遺灰と遺骨の入った骨壷を持って出たのは覚えている。

 だが、独り立ちした後に、どうしたのかが思い出せない。自分の事だから、港町までも持ち込んだはずなんだが――。


(その先も思い出せない、と――これじゃ、師匠の仮説を否定出来ないなぁ。)


 何らかの現象があり、それに関する推測をして検証を行い、仮説の是非を問う。

 師事していた時からの行為だが、まさかそれが自身の定義にまで関わるとは、正直思っても見なかった。


(失敗作を掴まされたわけではなく、そもそもが欠陥品、か――。)


 これには、不安しか沸かない。

 よりによって、その欠陥品の実験台にされたのだから、現状は本当に最悪でしかなかった。


(半アンデッドっていえば勇者が筆頭に上がるだろ?その勇者は暴走するわけだから、それと照らし合わせてみれば、半アンデッド状態で甦ってる俺は、何時暴走してもおかしくはないって言えるのか――?)


 となると、今現在の俺自身が危うそうだ。

 思い出してみれば、確かに此処最近は感情のコントロールが上手くいっていなかったし、自覚症状がありすぎである。

 ――環境のせいって事にしたい所だが、それには先の仮説である『記憶の抜け落ち』に答えを出さないとならないし、現状無理だろう。


(どうしても思い出せないし――仮説を覆せ得ない限り、他の面々に下手に会うのは、不味いかもしれないな。)


 何せ、俺自身が既に半アンデッド化していて、暴走しているかもしれないのだ。

 もしそうであるなら――本当に最悪だった。

 何をしでかすのか、自分ですら分からないのだから、当然だろう。


(ああもう!――なんて事してくれたんだよ、師匠は!)


 生前、あの人が何を考えていたかなんて分からない。

 ただ、俺や兄弟子達を実験台にして、データを集めたのは最早疑いようが無い話だと言えた。

 この為に、失敗作を使って蘇生し損なったクドラクの窮地にも駆けつけられたのだろう、きっと。


(もしかして、他の兄弟子達も、目覚めてすぐに師匠と遭遇したんじゃないか?)


 俺の場合は来なかったが、既にアンデッド化してたせいなら、納得も行く。


(大抵のアンデッドは陽の光に弱い。弱体化するだけでなく、場合によってはそのまま昇天する事だってあるしな。俺が目を覚ましたのは日中だったし、その後は森の中に移動したから、すれ違った可能性はありそうだ。)


 その後は開拓村を経由して、貿易都市に行っている。

 人の多い場所に紛れ込めば、早々コンタクトも取り辛いだろう。アンデッドは、それだけで討伐の対象になるし、それは現代でも変わらなかった。


(それにしても、最後の手段くらいに思ってた仮死の魔術陣が、まさかの罠とはな――保険として手を出したのに、その結果が半アンデッド化って事になると、本当に最悪だ。)


 確かに、おかしいとは思っていたさ。


 俺の見た目は、青年の頃から何一つとして変わっていないのだから――。


 髭も生えていなければ、体毛だって薄いまま。顔立ちも体格も一向に男らしくはならないし、それどころか肌は年々弱くなっていた。

 一応、髪は伸びる。爪だって伸びるし、食欲だって睡眠欲だってある。つまりは、この状態は『生者』だと言える点だろう。

 だが同時に、見た目は変わらなかった。成長も老化も無くて、青年の姿のままに止まってしまっているのだ。

 これではとてもじゃないが――『生者』とは言い難かいものがあった。


(本っ当に、なんて落とし穴だよ!?)


 師の言葉を否定するには、とにかく記憶の欠如が無い事を証明するしか手立てはないだろう。

 だが、母の遺骨を何処へやったか、必死に記憶を漁ってみても――全然出てこない。


 本当に、ぽっかりと抜け落ちてしまっていいるのだ。


 葬式はした、多分。

 骨壷を抱いて、出生国から魔道王国へと亡命もした。

 師の元から独り立ちする際――どうしたかこの時点で不明だ。

 更に詳しく、思い起こそうと記憶を掘り出す。


(確か、誰にも頼めないからって、葬式は自宅の庭で火葬したんだよな?んで、その際に初めて火魔法を使ったような、使ってないような――。)


 具体的に『どうしたのか』が思い出せない。

 あれだけ大切にしていた骨壷も、何処にやったのか分からない。

 一向に自身が生者ではない――半アンデッドである可能性を否定する材料が見つけられなくて、俺は奥歯を噛み締めていた。


(何でだよ?何で思い出せないんだよ?他は手放してでも、あれだけは絶対手離さないって決めてたのに、何でその置き場所を思い出せないんだよ!?)


 最愛だったはずの母。

 その遺灰と遺骨の入った壺の在り処が思い出せずに悩み続ける俺を置いて、一人語りを続けていた師はいつの間にか姿を消していた。

 だが、周囲に残る骨共の奏でるカタカタという音色はそれでも止まらず――段々、苛立ちが募ってきて声を荒げた。


「お前ら――さっきからカタカタカタカタとうるせぇぞ。ちょっとは黙りやがれ!」


 これに、一瞬だけ、静寂が訪れる。

 だがしかし、次の瞬間、


「カタカタかカタカタ。」

「カタ、カタカタ、カタカタカタ!」

「カタカタカタ、カタカタ……。」


 余計に騒々しくなってしまい、盛大に舌打ちする。

 恐怖なんて最早何処かへとすっ飛んでしまったままだった。

 その代わりに沸き上がってくるのは――どうしようもない程の苛立ち。

 それを顕にして、俺は更に声を上げる。

 どうせ、俺も死んでるかもしれないんだ。生きていても、この先まともな生は歩めないだろうしな。もうどうでもいいとさえ思えてくる。


「ああそうかい、どうしようと俺の思考を邪魔をするっていうんだな!?」


 だから、叫ぶ。

 これにアンデッドが更に集まろうと、それと対峙するようになろうと、最早構わなかった。


 自殺願望?大いに結構!


 無性に腹が立って、仕方が無いんだよっ。

 だが――これも半分アンデッド化したせいかと思うと、そのまま素直に怒れず、一先ず退避を選び取っていた。


「【掘削】!【土壁】!」


 使うは土魔術。

 それにより、床に壁を空けてから中へと飛び込むと、即座に穴を塞いだ。

 空気は別の場所へと穴を作っておく。


 そうして、完全に俺は立て籠もった。

 誰が来ようが話しかけられようがガン無視だ。それより、母の遺骨の入った骨壷の在り処を思い出して、回収する事へ気を回さないとならない。

 しかし、


「クソが――っ。」


 立て籠もっても一向に落ち着かない。

 ひたすら、何に対するかも分からない苛立ちで、気が立ってしまいしょうがなかった。


「何で、こうも上手くいかないんだよ――!」


 不条理、理不尽、波乱万丈な人生――。

 平穏を望んで止まないのに、周囲に起こるのは常に危険と不幸ばかりで、ちっとも安定してはくれない。努力しても、何かによって失い、奪われる。

 その不満と、既にアンデッドになっているかもしれない不安。

 自分で自分の感情に振り回されながら、昔に逆戻りしたように今度は物理的な壁を築いてしまった。


「メルシー……。」


 そんな中で、思い出さないようにしているものがチラついてきて、そっと息を吐き出した。

 あの子の遺体は【空間庫】の中に入れたままだ。どうするか、決めないとならないだろう。


(蘇生は多分無理だろうな――仮死の魔術陣ですら、欠陥品なわけだし。)


 死者の蘇生の研究は進められていたが、その過程で生まれたという仮死の魔術陣がこの結果なのだから、それに縋るのは悪手にしか思えない。

 その事に気が滅入る中、開いた【空間庫】の中から、手作りと分かる物を引っ張り出していた。


「夏にマフラー、ね。」


 何を思ったのか、彼女は夏にも関わらず、毛糸で編まれた一本のマフラーを俺の部屋に置いていた。

 箱の中に入れられていたのを漁られたのは癪だが、幸いながらも品自体は無事だ。

 添えられていたカードも、何とか文字を読めたので、俺へのプレゼントだったのだろうと思う。


゛ハッピーバースデイです、ルークさん”


 添えられていたのは、短い文字。

 彼女が頑張って覚えた成果だ。

 その文字が、霞んで滲んでいく。


「クソ――っ、何でだよ、何で――。」


 貿易都市に居ないから、てっきり逃げ延びたのだと思ったのに。

 結果が――あんな事になっていたなんて、一体どうすれば回避出来たというのか。


「本当に、最悪だ――。」


 そう思い、どん底だと思っていたこの時の俺が、更なる絶望を知って動くようになる等、この時は知る由も無い。

 当然、運命の歯車が一つの未来へ向けて回りだしていた事も、未だ知らないでいた――。


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