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195 疑惑

 ――目覚めたら視界いっぱいに骸骨が居た。

 それも一体や二体じゃなく、埋め尽くすように、である。

 全てが虚ろな眼窩を此方へと向けていて、その事に思わず悲鳴が漏れていく。


「うわあああああああ――!?」


 そのまま、パニックになって転がってみれば、骸骨達には下半身が無く宙に浮いていた。

 それは――見紛う事なき死者の群れ。ただ此方を追うようにして、頭部だけを動かして追い縋ってくる。

 その動きには、何処か物言いたげな気配があった。

 ただ、兄弟子達とはまた違う、別人の骨だ。その事へ思わず戸惑う。


「な、何だ!?一体、何なんだよ!?」


 起き抜けに見た光景がこれとか、心臓に悪いなんてものじゃないだろ。確実に寿命が縮むし、心臓が止まりかけた!

 正直、怖れしか沸かない状況ではあるたが、幸いにも死者の群れは襲ってくる様子も無い。その事へは一安心である。

 ――とは言え、


(怖いもんは怖いっての!)


 身体は勝手に逃げを打つし、心臓も痛いくらいに鳴っている。全身の鳥肌と寒気に至っては、もはや収まりようも無かった。

 そういった事もあって、ジリジリと後退っていると、


「――っ!?」


 突然、何かへとぶつかって、背中へと固く冷たい感触が伝わって来て、目を丸くした。

 それは、壁とは明らかに違う形だ。丸みを帯びた物が二つ、背中越しに見なくても分かる程にくっきりと把握出来る。

 瞬間――身の毛もよだつとは、まさにこの事だろうか。

 身震いすると同時に、歯の根がカチカチと鳴り出して止まらなくなる。


(これ――これ、絶対にヤバイ。絶対にヤバイ奴だ――!)


 そう思うと同時に、底冷えするほどの冷気が伝わってきて、ゾッとする。

 思考を埋め尽くすのは、嫌悪感と恐怖心。残っていた僅かな思考すらもが、それに塗り潰されていく。

 そのまま、新たに悲鳴をあげようとしたところで、


「またか。お前も慣れないものだな――。」

「――?」


 突如として響いてきた声と共に、あれだけ沸き上がっていた恐怖心が薄れて、消えていった。

 その事へ目を瞬き、再度周囲を確認する。

 宙に浮いているのは――間違いなく骸骨の群れだ。下半身も無いままに、彼らはただ空中で制止している。

 その姿は異様だったが、眼窩には暗い穴がぽっかりと開いてるだけで、赤く灯っていたりはしない。

 この為に、別にアンデッドとはまた違いそうで、俺は再び目を瞬かせた。


「あれ――?」


 アンデッドの特徴は、赤く灯った眼窩だったはずだ。それも無いのに、コイツらは何故動いているのだろうか――。


(なんか、おかしい?)


 あれだけ沸き上がっていた嫌悪感と恐怖心も、どういうわけかさっぱり消えて無くなってしまっている。その事には純粋な驚きを抱くが、同時に疑問に首を捻る。

 何より、だ。

 ――此処は何処で俺はどうしていたのか。

 一気に思考が働いてきて、直前までの事を思い出していった。


(起きた事、多すぎだろ――。)


 貿易都市の壊滅。

 メルシーの死と、自宅で沸いていた勇者の撃退。

 相次ぐ来訪者に、王都陥落の知らせだ。

 極めつけは、クドラクにより連れ込まれた、此処――死者の楽園である。


(ああ、そっか、倒れたのか、俺。)


 途中で限界が来て、意識を手放したのだと思い出す。

 そうすると此処は――、


「ルークよ。」


 響いてきた声に、ただ確信する。

 振り向くまでもない事だった。

 俺のなけなしの思考すら奪った相手は、今回で二度目だし、忘れたくても忘れる事は出来ない。

 この為にただ一言「はい」と返すと、後ろから声が再び掛かってきた。


「落ち着いたか?」


 ゆっくりと頷く。

 落ち着いたというか、多分落ち着かされたってところだろう。余りにも急だった為に、精神が安定しても違和感しか感じ無かった。

 とはいえ、


「ああ――えっと、何かしてくれたんですね?師匠。」

「――ふむ。」


 問いに返しつつ、俺は決して後ろを振り向かなかった。振り向かないったら、絶対に振り向かないのだ。何せ、根本的な解決になったとは思えないからな。

 例え、一度見たとは言っても――これが自分の意思で見るとなれば、流石に気力も沸かなかった。

 この為に、一先ず問題を先送りしつつも、寝かせられていたと思われる石の寝台の上へと腰掛ける。

 視線は斜め下だ。常にそこに固定しておいて、絶対に視界に入れないようにしておいた。


(また発狂したら、流石に殺されそうだ。)


 相手はかつての師とはいえ、失礼な事を続ければサックリと仲間入りさせられそうで、精一杯の予防策を取っておく。

 しかし、目を合わせないのもまた失礼なんだが、何か良い方法は無いものだろうか?

 そんな事を考える俺の側に置かれているのは、随分ボロボロな毛布と――見覚えのある鞄。

 どうやらこの鞄を枕代わりにしていたようなのだが、見覚えが有り過ぎて手に取る。そして持ち主に思い当たると、その姿を探して視線を動かしていた。


「これ、リルクルのだよな――アイツは今何処に?」


 この質問へと、


「案ずるな、皆無事だ。選択肢も考える時間も、きちんと与えてある。」

「選択肢――?」


 かつての師から返事が返ってきて、無事な事へ安堵する間も無く、続けて言われた言葉に訝しんで首を捻ってしまった。

 ただ、その答えに辿り着くよりも早く――思いもかけなかった質問が続けて掛けられてきてしまい、間の抜けた声を上げていたが。


「ルークよ。お前は、本当に瑠羽久ルウクか?」

「――は?」


 何を言ってるんだ、と、思わず言いそうになる。

 正直、質問の意図が分からない。そのまま、固まってしまっていた。


(どういう意味だ?)


 俺が俺じゃなくて、何だと言うんだろうか?別人とでも言うつもりなのだろうか?

 そう訝しみもしたが、事は俺の予想の斜め上をいっており――自問自答へと陥らせるものだったと、後で気付く事になる。


「儂の知る瑠羽久は、物静かで言葉少なく、他者を決して信じない頑固者だった。」

「え?ええ?」


 突然始まったのは、そんな一人語り。

 俺が本当に『俺』なのかどうか、師匠の中での『俺』と、実際の俺とで差異が生じている――そう言いたいらしい。

 この為に、幾度なくその違いを繰り返されて、段々と混乱していった。


「本も好きだったな。一日一冊は読まないと、落ち着かなくなるくらいの本の虫だ。研究では徹夜してまでのめり込み、食事も睡眠もまともに取っていなかったな。」

「確かにそうだけど――。」

「して。」


 一区切りし、更に師から質問が飛んでくる。


「お前はあの『瑠羽久ルウク』と同一人物であると、断言出来るか?仮死の魔術陣を用いる前と、用いた後とで、全く変わりは無い、と。」

「それは――。」


 一度、俺は混乱したままに口を開こうとした。


 ただ、言われて思い出した事もある。


 俺は自分以外の者には、全くと言って良い程に気遣う事が無かったと――。

 寄り添うとか以前に、警戒して距離を置いていた程である。例えそれが、同じ魔道への道を歩む者であっても変わりは無く、おそらく師匠はそれを尋ねているのだろう。

 その頃の俺と、今の俺。

 確かに、違いがあるようだ。


(何処で、俺は変わった――?)


 最初のきっかけは、多分、先程見た夢の――魔道王国で暮らすようになった時の中にあると思う。

 魔術師への道を歩み初めてすぐは、頑なに心を閉ざしていた覚えがあるし、師匠が言っているのはきっとその頃の『俺』だろう。

 だがしかし、今現在の俺を形成したきっかけも、師匠についていた頃にあったはずだ。


 何せ、同期に炎で焼かれて、死にかけたのだ。


 その際に酷い火傷を負って、生死の境を彷徨った事は今でもトラウマとなっている。

 正直、あの時はマジでヤバかった。


(一応、一命は取り留めたんだよな?だから、こうして生きていられるんだし。)


 勿論、それには周囲の協力もあったと思う。

 死にかけている中で、何度も声を掛けられては兄弟子達には励まされたし、その事は今でも記憶に確りと残っている。


(一命を取り留めた後も、リハビリや遅れた勉学を取り戻すのに、何かと手を貸してもらったしな。)


 多分、この辺りが他者を受け入れられるようになったきっかけだろう。

 十分、態度を軟化させられる要因になったと、今なら考えられる。


(あの後、追い出されると思っていたらそんな事は無かったし、同期の奴が閉め出されたんだよな――アイツ、貴族だったはずなのに。)


 俺は平民だ。この時点で、『無かった事』にされてもおかしくはない話である。最悪『問題を起こした側』にされる可能性だって高かったわけで、そうなっていれば国からすら追われたかもしれないのだ。

 だがしかし、結局は同期だけが去る事となり、俺は留まって勉学を続けられたという事実がある。

 多分だが、裏で師匠が色々と動いてくれていたのだろうと思う。そうでもなければ、俺は中途半端な状態で社会に放り出されたか、人知れず口封じされていただろう。

 この為に、


(感謝――しないわけがないんだよなぁ。)


 そうつくづくと思う。

 生まれ育った環境は劣悪だったし、母親以外は誰も信用出来ず、更には他界されて一人だった。そうして殺されかけたところに――親身に介護されて、一体誰が壁等作っていられるだろうか。


(少なくとも、俺は無理だ。まぁ、他人は警戒するように母親に刷り込まれたのはあったけれども、結局は良縁を得られたしな。)


 少なくとも、あの国に留まっていれば母の教えは決して無意味じゃなかったし、的外れとも言えなかった事だろう。


 ――うん、やっぱり仮死の魔術陣を使う前と後とでは、違いは無さそうだな。


 そう思って話をしてみたんだが、


「では、母の遺骨は?」

「え?」

「遺骨はどうした?常に骨壷を持ち歩いていたお前が、まさか忘れたとは言うまい。」

「それは……。」


 その言葉に、思わず口を閉ざす。

 そんな俺達の周囲では、骸骨達がまるで嘲笑うようにして、カタカタと顎を鳴らしていた。

 耳障りなその音色に、再び混乱が沸き上がってくる。


「弟子入入りしてくる時から、お前は母の遺骨だけは大事にしていた。それも、目に入れても痛くは無さそうな程の扱いだ。それを何処に置いてきた?もしくは、ようやく土に還す気が起きたか?」

「えっと――。」


 何とか口を開くも、後が続かない。

 何故なら、


「覚えていない、か。」

「……。」


 幾ら考えてみても、記憶を漁っても、その事が一向に出てこなかったからだ。

 大切なはずの母の亡骸。葬儀の段階からすら、思い出せない。


「どうして――?」


 俺は俺だ。

 そのはずだ。

 それなのに何故、最愛の母の遺骨の場所を思い出せない!?


(何でだ!?あれ程、大事にしてたはずなのに!)


 その記憶だけ、ぽっかりと抜け落ちたようにして、無い。

 生前の母の姿は明確に思い出せるのに、そこだけが無いのだ。

 完全に思考の渦へと落ちた俺の耳に、


瑠羽久ルウクよ――。」


 厳かに響いてくる声で、我に返った。

 思わず顔を向けてみれば――そこに居るのは、黒い骨だ。

 普通なら直視はおろか、視界の片隅に映すだけでも、精神に異常を来たす程の『怖れ』を宿す存在が、襤褸ぼろでしかないケープをふわりと巻き上がらせる。


「師匠――?」


 しかし、その姿を直視しても――恐怖よりも混乱が勝っているのか、あるいは師匠が何かを成したのか、意外にも平気だった。

 そんな俺へと向けて、


なんじ瑠羽久ルウクと思いし者よ。」


 言い直した師匠の言葉で、思わず唖然としてしまった。

 しかし、もっと驚いたのは――その直後。

 師だった存在は、俺に爆弾を投げて来たのだ。


「仮死の魔術陣には、元より欠陥が存在しているもの。故に、今のお前と前のお前とで違いが出ても、なんらおかしくはないと告げよう。」

「欠陥だって――?」


 失敗というならまだしも、欠陥。

 こうなってくると、根本的に改善しなきゃならない問題だろう。

 それに、


「欠陥品を使わせたのですか、貴方は――。」

「必要だったからな。」


 頬を引き攣らせる俺の前で、淡々と――そう、淡々と、師匠は特大の爆弾を落としてくれた。

 正直、これ以上は勘弁して欲しいというのに、此方の気持ちなんて素知らぬ振りだ。少しは気遣って欲しいものである。


「魔術にて治療可能な『仮死』だが、一度死に、甦る事が可能な状態を指す。だが、これ故に仮死の魔術陣は、半アンデッド化を可能とする秘術とも言える――公にはなっていなかったがな。」

「はぁ!?」


 その発言へ唖然とする俺に、更に叩き込みかけてくる師匠の言葉は、完全な追撃でしかなかった。


「蘇ってきた者は、年を取らず一見不老を得たかのように見える。だがしかし、その身はやがて腐り落ち、完全なアンデッドへと変わるか、何らかの糧を得る事で長年維持し続けるも、結局は同じ道を辿る事が判明している。」


 これに、


「冗談だろ!?それじゃぁ、仮死の魔術陣を使った時点で、スケルトンになる事が決定するじゃないか!?」


 そう叫ぶ俺。

 だがしかし、


「否定はしない。」


 淡々と。

 そう、淡々と、師匠は『裏側』を告げ、全く悪びれる事も無かった。

 俺はもうその魔術陣を使った後なのに――!


(クソっ、最初から実験材料かよ!)


 しかも、死者蘇生の魔術自体が、アンデッドの製造法じゃないか――!


 仮死の魔術陣は、復活の魔術と呼ばれる死者蘇生の開発段階で出来た魔術だと言われていた。その開発には師も携わっていたはずだ。

 そこにきてのこのカミングアウト。

 このまま腐り落ちていくだけなんて――最悪以外の何ものでもないだろう。


(兄弟子達のほとんどの慣れの果てが、昨日見た『アレ』って事だろ?元から、半分アンデッドの製法を俺達で試してたとか、どんな悪魔だ――っ。)


 しかも、この考えが正しいのなら。

 ――メルシーの蘇生は出来ないという事にもなりかねない。

 その事にも、冗談じゃないと内心で愚痴る。


(最悪だ。本当に、最悪だ――。)


 最初から希望なんて無かった。

 例え未来に蘇っても――その先にあるのは、アンデッドへの道なのだから。

 その事へと気付いた俺に、更なる爆弾が落とされてきて息を飲む。


「仮死の魔術陣を使えば、多かれ少なかれ記憶の欠落が起こる。これにより、復活時に肉体の復元に不備があったのは間違いないだろう。」

「――っ。」


 知っていてやったのか。

 知らないでやったのか。

 正直五十歩百歩だ。大差無い。

 思わず顔を覆う俺へと、師は更に淡々と告げていく。


「仮死の魔術陣により蘇った者が長らく過ごしていると、成長と老化が無いままに肉体が崩壊を起こす。この時、残った骨もまた損壊していく。」

「――聞きたくない。」

「弟子の多くがかつての肉体を捨てて過ごすようになったのも、半身を失った為というのが大きな理由だろうな。」

「聞きたくないって、言ってる――。」


 つまりは、スケルトンから今度はゴーストへなったと言ってるのだ。

 ――そんな発生条件なんて知りたくも無かった。


「そもそもとして、だ。復活時の魂はかつての人物と同じものであると言えるのか?記憶は肉体へと保管され、精神という細い糸によって魂と肉体は繋がっている状態だと推測がなされている。この仮設が正しいのであれば、一度死して魂が抜け落ちただろう者が甦ったとして、果たしてそれは同一人物と呼べるだろうか?」

「やめてくれよ!」


 聞きたくない、知りたくない、理解したくもない!

 そう思って耳を塞ごうとした俺に、


「長い時を過ごせても、やがては自我の崩壊と消滅が起き、物言わぬ躯と大差無くなる。果たして、それは――。」


 そう呟く、かつては師であった存在。

 それが、容赦なく俺へと尚も語りかけてきて、思わず絶叫していた。


「やめてくれよ!もうこれ以上は何も聞きたくないし、知りたくもない!」


 こんな事なら、使うんじゃなかった――!

 ただ後悔する俺の周囲では、ずっと、骸骨達が嘲笑うようにカタカタと顎を鳴らし続けていた。


 仮死の魔術陣の落とし穴。

 本筋における伏線一個回収。


 2019/01/29 加筆修正を加えました。その内また修正するかも?


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