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192 吸血

 勇者の出没と、王都の陥落。

 更には国を治める王と正妃が死亡し、唯一王族で残ったのが、第一王子と王弟のサイモン殿の二人だけという状況。

 貴族達は日和見主義が多く、王族派と呼べる者達は亡き国王派と言った方が良い有様で、正妃を持ち上げていたのは甘い汁を吸おうと言う連中だけで、まともな貴族が残って居ない。


(詰んでるだろ、この国。)


 ――正直、貴族を巻き込むのはトラブルの予感しかしない状況だ。

 だが、仮に冒険者組合で対抗するにしても――現状では力不足だと思われる。


 対応できるだけの人材が居ないのだ。


 手足を切断出来るなら未だしも、頭部や心臓を狙って攻撃を繰り返し、貿易都市の冒険者はほぼ全滅。恐らく生き残ったのは、スキンヘッドの冒険者――ゼウス氏だけだろう。

 王都の兵の練度もそれ程高いというわけでもないようだったし、そもそも壊滅しているのだから、兵士だろうと騎士だろうと大差は無い気がする。


 そんな中で、俺は勇者と一度対峙して退けている。

 この際に氷属性――言ってみれば冷気への耐性を与えてしまっている為に、非常に危機的な状況にあった。


「あら、ルーちゃんだけ詰んでない?」

「国ごと詰んでる感じだ。まぁ、他の方法が無いわけじゃないけど。」

「ふーん?」


 実際同じ考えに行き着いたのだろう、クドラクからはツッコミが入ってきて、思わず苦い表情になってしまう。

 最も、何も考えていない様子の『アホ』もいるし、実際『アホード』だけ一人勝手に騒いでいたが。


「勇者!?マジで勇者が出たのか!?それって、もしかして来る途中でいきなり斬りかかってきておきながら、逃げて行ったのがってそうだったのか!?なぁなぁ、どう思う!?」


 こんな風に延々と騒ぐ『アホード』を放置しながらも、

 

「まぁ、一応は火属性で対抗って手段もあるけどな。」


 と俺は悔し紛れに言葉を紡いでいた。

 これに、予想通りというか更に突っ込みがクドラクから入ってきて、再度苦い表情へと戻る。


「でも苦手なんでしょ?火属性。ルーちゃん一時使えなくなってたしねぇ。」

「……。」


 ――使えなくなったのは、火へのトラウマが出来てしまったから。


 より詳しく述べるならば、焼き殺されかけて生死の境を彷徨ったせいである。


 それまでは、俺の目の色は赤に近い赤紫色――つまりは、火属性の方が得意な色素を持っていたのである。

 そこから、気付けば赤みが薄れて紫色へと転じ、最近自分で確認した瞳の色は青紫色にまで変わっている。

 ――此処から火属性を伸ばすのは、正直無理があると重々理解しているところだ。

 それでも、


「今は魔力量も上がっているし、火属性だって扱えないわけじゃない――何とかするさ。」


 そう言って肩を竦めておいた。

 これに、少し考え込む様子を見せながらも、クドラクが返してくる。


「ふーん?別に、頼ってくれても良いのよ?助けてーって。」

「なんだよそれ――。」


 何処の子供だ、何処の。

 仮に助けを求めるにしても、見返りがどう考えてもヤバイだろう、これ――。


「破滅フラグじゃないのか?それ。」


 そう思って口を開くと、


「失礼ねぇ。幾ら何でも破滅には導かないわよぉ。大体、そんなの望んでいないもの。勘弁してよねぇ。」

「そうか?」

「そうよぅ。」


 やや不満そうに返されてしまい、眉を寄せて考える。

 正直、今のこの状況すらヤバイと言えるんだが――確かに、クドラクは全く此方に危害を加えて来ない。そう考えると、攻撃の意思は無いと見て良いのか――?


(いや、師匠に止められてでもいるのか――?)


 そう思ったのだが、


「まぁ、何でもいいわ。どの道、全員移動だから。」

「は?」

「強制よぅ。」


 突然、そう言って笑いだしたクドラクに、思わず顔が引き攣る。

 気付けば『アホード』が昏倒させられている。確りと、彼の脇へと抱えられていて、人質になっていた。


(あんの馬鹿――!)


 何故こうも面倒ばかり引き起こしてくれるのか。

 いっそ見捨ててやろうかと思ったんだが、


「よいしょっと。トラブルメーカーちゃんは、ちょーっとお休みしてもらわないとねぇ。後、人類を残すのにルーちゃんには協力してもらうわよ?」

「――餌の確保かよ!?」


 やっぱり、アンデッドはアンデッドだったらしい。

 思わず頭を抱え込んだ俺に、更に知りたく無かった情報が投げられる。

 ――もう本当、最悪だ。


「失礼な子ねぇ。別に血を飲まなくても、私は存在出来るわよ?」

「いやいやいや、ヴァンパイアの始祖とか余計に質が悪いだろ!何なんだよ、本当にもう!」

「そう言われても、困っちゃう。」


 波乱万丈も良いところだろ、此処最近は。

 一体、俺が何したっていうんだよ――っ。


(逃げるか?でも何処に、どうやってだ?どう考えても力の差が有りすぎるし、魔力で強化しても振り切れる予感がしない――。)


 それに、俺は現状勇者とは敵対状態だ。次に遭遇して生き残れる確率も低い為、闇雲に逃げるわけにも行かない。


(せめて、一矢報いるくらいの事はしてやる――っ。)


 そう思い、魔力を練りながら出来る事は無いかと思考を回転させるが、


「ほら、一緒に来ないと、そこの人達も死ぬわよ?見過ごすつもり?」

「――チッ。」


 既に勘付いていたらしくて、他の者達が潜む方角を指差すクドラクに、思わず舌打ちが漏れ出た。

 そこに、戦々恐々とした声が響いてきて、更に状況の不味さが浮き彫りになる。


「ま、まさかアンデッド?」

「嘘、もう沸いたの?」


 声を上げたのは、双子の魔女。ドロシーとリリィだ。

 それに、クドラクが「あら?」と首を傾げる。


「沼地以来ねぇ、お嬢ちゃん達――元気してたぁ?」


 これに、


「「ひぃ!?よりによってあの時の吸血鬼!?しかも覚えてたぁ!?」


 魔女の二人が揃って悲鳴を上げてハモった。

 更には、


「うわぁ!?うわっ、うわああっ!?」

「リルクル!?」


 逃げ出そうとしたのかなんなのか、獣姿のリルクルがクドラクに首根っこを掴まれて運ばれて来る。

 それに、捕縛した彼は酷く愉しそうに――歪んだ笑みをその顔に浮かべて嗤っていた。


「フフッ――随分と可愛らしい聖獣ね?生まれたばかりの赤子もいるし、なんだか賑やかで楽しいわぁ。此処最近殺伐としてたから、良い癒やし材料ね。」


 そう言って嗤う彼に、その場の全員が思わず後退る。

 そんな中、短くか細い悲鳴を上げて崩れたのは――ネメア婦人か。双子は気丈にも、互いを抱き締め合いながらもその場に何とか踏ん張っているし、場数の違いが出た感じだ。


「何で、何で吸血鬼が此処に居るの?ねぇ?」

「沼地に居たじゃない!どうして此方に来るの!?」

「よせ!刺激するな!」


 叫ぶ二人に一喝するサイモン殿。

 ディアルハーゼンも血の気が引いた顔で、目だけを忙しなく動かし、逃げ道を模索している様子だ。

 それに、俺は思わず息を吐いていた。


「始祖なら血は無くても構わないんだろ?確か衝動は抑えられるはずだし、そこまで強いものじゃないはずだ。違うか?」


 これに、


「そうなんだけどねぇ――。」


 そう言って嗤う吸血鬼である元兄弟子が、少し困った様子を見せる。

 これが演技じゃないのなら――生前となんら変わらない仕草なのだが、アンデッドである時点で似て異なる心境だろうと、思考を巡らせた。


(一体、何に困ってる?何に――。)


 そこまで考えてから、斬られた際にかなり出血していた事を思い出した。

 未だに着替えてもいないし、しがみついて来た者達もその血で服を汚している有様である。

 もしかしてこれか――と、思考を働かせて軽く引っ張って見せると、ジッと見つめられて間違いでは無さそうだと気付く。


(血の香り、か――?匂いのせいで、吸血衝動が出ている?)


 とすれば、原因は俺か。


「悪い、配慮が足りなかったみたいだ。」


 そう言って反応を伺ってみれば、


「あら?気付いてくれた?出来たらこの魅惑的な香り、何とかして欲しいのだけど~。」

「ああ――了解だ。」


 クドラクに言われて、着ていた薄手のコートを脱ぎ始める。

 ただ、暗がりではボタンすら手探りだ。この為、一言断りを入れておいた。


「明かりを点けてもいいか?」

「ええ、どうぞ。未だルーちゃんだと見難いでしょ?」

(未だ――?)


 引っかかりのある言葉だったが、とりあえずは光魔法で明かりを生み出しておく。

 それから、随分と重くなってしまっていたコートを脱いで、下のシャツのボタンも外し始めた。

 これに、


「ルーク!?その血の跡は一体どうしたんだ!?」


 ロドルフから驚愕の声が飛んできて、ちらりと視線を向けた。

 コートは元々赤い色だったし、暗くなってきていて気付き難い状態だった為、今知ったのだろう。

 ネメア婦人達はそれどこじゃなかったし、気付いていなかったとしてなんら不思議じゃない。


「傷はもう塞がってる。」


 とりあえずはそう返しておいて、空間庫へとコートを放り込んでおく。

 これに、ドロシーとリリィが目を覆いつつも、指の隙間から此方を見ているのに気付いて一瞬呆れ返ったが、居合わせた他の面々には心配そうな表情が見えた為に、軽く片手を振っておいた。


「少し貧血なだけで大丈夫だ――もっとも、勇者に斬られたけどな。」

「な!?」


 これに声を上げたのは、サイモン殿。

 他のメンバーはそれなりに距離があるとはいえ、高位のアンデッドであるクドラクに怯えているのか、固まってしまっている。余裕がありそうなのはロドルフくらいだ。

 そんな中、一人水魔法で身を清めて、着替えを済ませてしまう。

 ――結構な出血量だったようで、上は勿論、下に至るまでかなり血に塗れてしまっていた。

 それを多少衣類やタオルで隠しつつも着替えを済ませて、残りに目を向けて口を開いた。


「さて、ドロシーとリリィ、それにネメア様。身を清める為の水と一時的な着替えを用意するので、血を落として下さい。吸血鬼に襲われたくは無いでしょう?」


 これに、


「え、えっと?」

「どういう事?」


 どうやら気付いていなかったらしく、戸惑った声が返ってくる。

 その様子に、再度声を掛けておいた。


「俺の血で三人共汚れてるんだ――その血の香りのせいで、此処に居る吸血鬼が吸血衝動を沸き上がらせているし、このままでは危険って事だよ。」

「「うげぇっ。」」

「失礼ね。ちゃんと抑えているわよ。」

「でも、美味そうに感じるんだよな?」

「そうね、それは否定しないわ。」

「「ひぃっ。」」


 揃って、双子の魔女が顔を顰める。

 ネメア婦人は――どうやら未だ気を失ってるみたいだな。サイモン殿が支えているようだが、彼の方へは血は着いていない様子だし、気絶している彼女を双子へ任せればいいだろう。


「後、ドロシーとリリィはコルセットなんかを外すのに手も貸してやってくれ。気を失っているようだし、今の内に済ませてやった方が良い。」


 そう伝えてみると、


「なら、私も手伝おうか。」

「頼む。」


 残る女性のサリナが口を挟んできて、二人と共に少し離れた位置まで移動していった。

 心無しか、その評定はホッとしている。少しでも離れられる事へ安堵感が出たのだろう。

 そんな中に、


「ルーちゃん、そのコートはどうするの?」

「ん?」


 クドラクから尋ねられて、俺は目を瞬かせていた。

 コートには背中側がばっさり切られていて、更には血に塗れているせいでかなり悲惨な状況だ。当布をするにしても、来客等には見せられない出来になるだろう。

 この為、


「どうするも何も、洗って乾かしたら、補修だが――。」


 そう伝えたのだが、クドラクからは即座に「勿体無い!」と声が返って来てしまった。


「洗うだなんてそんな――どうせなら、それを頂戴な!」

「は?」


 再度目を瞬かせる。

 すると、成る程、流石ヴァンパイアというべき発言が返ってきて、流石に引いていた。


「洗うくらいなら私に頂戴って言ってるのよぅ。さっきから良い匂いしてて正直辛いんだもの。首筋に噛み付くのはちょっと私も嫌だし、ね?だからちょっとだけ、ちょっとだけでいいから、そっちを頂戴。」

「ええっと――直接吸わなくて良いのか?」

「ええ!」


 確か、生き血で無いと駄目とかじゃなかったか?吸血って――。

 そう思って返したのだが、


「別にそんなのどうでもいいのよぉ。レッサーヴァンパイアだと、流石にそれじゃ身体を保てないみたいだけど、私は始祖だしぃ。」

「あ、そう。」


 ドン引きしつつも、何とか返しておいた。

 これ以上血を失うのは俺としても避けたい所だし、下手しなくても命に関わりそうだしな。服に着いたので良いというのなら、他の者の安全も買えて一石二鳥だと言えるだろう、多分。

 ――最も、それが嬉しいかって言われると、もの凄く微妙なところなんだが。


「あ、ねぇ、どうせだし分離出来ない?」

「は?」

「ほら、ルーちゃんって、水属性得意でしょ。だから、血抜きするみたいに分離出来ないかなーって。」


 その言葉に怪訝になりつつも、言葉を返す。


「得意と言えば得意だが――水に溶かすので良いのか?」

「ええ、勿論よ!」

「分かった。それなら、容器を――。」


 用意してやろう、と口にしたところで、


「分離したのはこれに入れて。」

「これか――?」


 差し出されて来た物へ、軽く首を傾げた。

 渡されたのは、やけに大きな半透明な袋である。

 確か、採掘しきったとかいう石油製品にこんなのがあって、古代遺跡から偶に発掘されてたよな?

 しかし、広げられたそれは、どう見ても新しかった。思わずその事へ首を傾げると、


「スライムから作れるのよぅ、これ。持ち運ぶ時には嵩張らなくて便利なのっ。」

「へぇ。」


 やはり俺の知らない技術で作られた物らしく、クドラクが笑顔で嬉しそうに語る。

 それを引き攣りながらも遠目に見るのは、サイモン殿とアレキサンドラ氏、それにおっちゃん――ディアルハーゼン氏の三人だ。

 ロドルフだけはどこか呆れた表情を浮かべている。リルクルは獣形態なので分からないが、未だに首根っこを掴まれたままな為に、ジタバタとクドラクの手元で暴れていた。


「もう、いい加減離してよー!」


 獣形態でも問題なく人の言葉を話せるらしい。

 そんな彼を眺めつつも、洗濯する要領で衣類に染み付いた血液を水中へと移していく。

 流石に下着や肌着の分は遠慮してもらうが、それでも結構濃いピンク色へと水が変わり、思わず顔を顰めた。


「結構出血してたな――。」


 というか、貧血気味と思っていたが、結構不味いんじゃないか?これ。

 慌てて腰のポーチから造血薬と体力回復薬を取り出して飲み干す。

 そんな中、クドラクが手元の聖獣――リルクルへと少し呆れた表情を浮かべていた。


「逃げられたら見つからなくなるもの。却下よ、却下。」

「むー!はーなーせー!」

「ダーメ。貴方すぐに逃げるでしょ?悪いけど、聖獣なんて早々見つからないんだから、一緒に来てもらうわよ。」

「やーだー!」


 不満げな声を上げて暴れるリルクルだが、怯えとかそういうのは見受けられない。

 相手が高位どころか吸血鬼の中では最高位とも言える始祖であっても、慣れてきたのか隙きあらば蹴りやパンチを繰り出そうとしている。

 そこに、


「だ、大丈夫なのか?」

「何が?」


 こっそりと口を挟んできたのは、アレキサンドラ氏だ。

 彼は信じられないとでもいう風に、続いて口を開く。


「だって、ヴァンパイアなのだろう?あの、血を啜り、人を殺めるという――。」


 それに、俺は頷きつつも若干遠い目になる。

 確かに、ヴァンパイアってそういう認識だったよな。どういうわけか、こちらを殺す事も首筋へ噛み付いてくる事も無いが。


「うん、確かに、普通のヴァンパイアならそうよねぇ。」

「普通――?」


 どうやら聞こえていたらしい。ビクリと固まるアレキサンドラ氏を背後に庇いつつも、良く分からない事を口走るクドラクを注視した。

 小首を傾げているクドラクは、吸血鬼の中でもその産みの親とも呼ばれている始祖という存在である。

 それは、始まりにして統べる者。故に始祖と呼ばれるものであり、異様に強いアンデッドの中でも親玉とも言える存在だ。

 他にリッチ等の違う系統で最高位とされるアンデッドもいるが、群れる事がある始祖の方が厄介だと言えるだろう。

 それをコソコソと伝えると、


「つまりは、戦うだけ無駄、と――?」


 そう呟き、アレキサンドラ氏が呆然とした表情を浮かべた。

 ジワジワと広がっていくのは――絶望だろうか。

 この先に待つのが死だと、どうやら思い込んだらしい。あながち、間違ってもいないかもしれないので、俺としても何とも言えなかった。


「少なくとも、勝てる見込みは無いに等しいですね――敵対どころか、逃走すら不可能ですし。」

「そ、それでは、我々は全滅するしかないのか?」

「それは――。」


 更に言葉を続けようとすると、


「違う違う、そうじゃないの、そうじゃないのよ。」


 クドラクから会話を中断させられた。

 現状の状況は、非戦闘員にとっては、戦場ともなればそのまま死へと繋がりやすい事態にある。

 この為に、ふらりと崩れ落ちる彼が見えたが――クドラクは嘘か真か、予想外の言葉を飛び出して来た。


「別に、死んでもらおうって気は無いの。ただちょっと、勇者を討伐するのに被害が大きくなりそうだから、未来で蘇って貰いたいのよぅ。」


 その言葉へ、


「仮死の魔術陣か。」

「そう、それよ、それ。」


 口にしてみれば即座に肯定された。

 仮死の魔術陣は師匠作だ。俺が以前、港町で眠りに就いたようにして、どうやらこの国の生き残りを未来に残そうというわけらしい。

 ただ、この魔術陣、例え師匠であっても失敗する事があるらしくて、目覚めと同時にクドラクは死にかけたのだそうだ。

 思わず引きつってしまう。」


「そのせいで私、吸血鬼なんてものになっちゃったのよねぇ――あのまま死なせてくれた方が、マシだったのに。」


 美に固執し、自ら「女になりたい!」と常日頃から口にしていたクドラクだが、幸いというか魔法薬の腕はイマイチだった為に阻止できていた。

 この為に、蘇ったら性転換薬を作り、自ら飲むつもりでレシピだけは厳重に保管していたらしい。

 そのレシピを元に、魔女達に作らせてみたものの、どうやらアンデッドには効果が無いらしくて、今も男なのだと嘆かれた。


「いやいや、そのままでいいだろ。」


 少なくとも、俺には理解し難い事だ。

 何故、生まれ持った性を拒むんだ?

 しかし、


「どうせだから、師匠も吸血鬼にするよりも女にしてくれたら良かったのに――そうすれば、今頃は絶世の美女の死体として保管されてたはずだわ!」

「おいおい、それじゃ生き残ろうとした意味が無いじゃないか――。」

「意味?あるわよ!女だったっていう事実を残せるって意味が!」

「……。」


 熱く語る彼だが、それはそれでどうかと思う。

 絶対、死体愛好家に目を付けられて、碌な事にはなっていなかっただろう、きっと。

 一応、この人も女顔で綺麗な部類だからな。狙われないとは言い切れない危険性があった。

 そこに、


「何か、思ってたよりも人間っぽいというか、人間らしい――?」


 ロドルフがそう呟いてきて、思わず「無い」と言おうとしたところへ、ディアルハーゼン氏の大きな溜息が聞こえて来た。


「はぁ――何処の世界に、水で薄めた血を飲んで性転換したいと語る人間が居るんだ。どう考えても、人間とは違うだろう。」

「そうか?」


 話の間にクドラクへと渡した血入りの水だが、何処から取り出したのかストローを差して飲まれている。

 クドラクはジュースのように吸い上げて、飲み干していっているが、正直異様な光景だ。

 それに気付いたのか、ロドルフも認識を改め直して、


「うん、やっぱり人間っぽいのは無しだな。」


 とすぐに訂正すると、やや疲れたような溜息を吐き出しておた。

 それに重なっていく、他の者達の溜息。

 俺もまた、貧血と相次ぐ騒動に見舞われていた為に、釣られるようにしてそっと溜息を漏らしていた。


 吸血(但しパックに入ったのをストローで)。


 2019/01/26 加筆修正を加えました。


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