191 集合
「勇者が、此処にですと――っ!?」
そう言って驚愕の表情を浮かべ、後悔を滲ませるのはサイモン殿。
その彼にそっと支えられているのは、崩れかけたネメア婦人で、血の気が失せていて顔色が悪い。
おっちゃん――ディアルハーゼン氏は呆然とした表情で固まっているし、リルクルと双子の魔女ドロシーとリリィは、怒りにその目を釣り上げていた。
「なんで、そんな小さな子を殺すの!?」
「勇者って、そんなに非道な奴なの!?」
「メルシーに一体何の罪があったっていうのさ!?」
「罪だって――?」
誰かを虐げるどころか、虐げられてようやく平穏を掴んだ子だぞ。
不幸に見舞われたそんな子に、非があった事なんて一度として無いに決まってるだろ!
「メルシーに罪があるわけないだろうが!怒るにしても、疑惑を少しでも感じさせるような事は口にするんじゃねぇ!もう少し言葉を選びやがれ!」
「あ――っ。」
失言と気付いたのか、リルクルが口を抑えて目を逸らす。
ドロシーとリリィも、揃ってバツが悪そうな顔だ。
「ごめんなさい、一番辛いのはお兄さんなのに。」
「言い過ぎだったごめんなさい。」
「無神経だったから僕も謝るよ。」
口々にそう返す彼らに、何とか怒りを静める。
一番辛い?
――おそらく、本当に一番辛かったのは、メルシーだろう。
首を刎ねられて、そのままアンデッド化してしまうくらいには、無念だったはずだ。でなければ、彼女は生首の状態で口を動かす事なんて無かったはず!
「――いや、謝罪はしなくていい。俺も言い過ぎたしな、多分。」
ストレス続きなせいか、どうにも感情の抑制が出来ていない感じだ。
一度大きく息を吸い込んでから、深く吐き出して沈静化を図る。
それを繰り返していると、
「この地はもう終わりです――。」
突然、ネメア婦人の声が響いてきた。
その顔にははっきりとした絶望が浮かんでおり、完全にネガティブな感情に支配されている。
気弱な様子は見た目の繊細さと合わさり、見るものに不安ばかりを募らせるようだった。
「王都が陥落し、陛下と正妃様が命を落としたのでは――もう、纏まるものも纏まりませんわ。」
「ネメア――。」
「それも、占領ではなくて壊滅だなんて、一体どうしたら良いのです?」
悲観し、苦悩に満ちた表情は、人によっては痛々しく映るだろうその姿。
だがしかし、俺からしたら苛立ち要素が満載だ。はっきり言って、悲劇のヒロインを気取っているようにしか見えない為に眉を潜める。
大体、こういう状況でこそ民を導いて見せるのが、上である貴族の役目なんじゃないのか?少なくとも、此処には平民だっているんだから、あんまり無様な姿は見せないで欲しいと思う。
それでも、
(まぁ、口には出さないがな――。)
どう取り繕っても、現状は最早無意味だとさえ言える。
この為に、誰もが口を噤むしかなかった。
何せ、国は既に崩壊していると言っても過言では無いのだ。
中枢である王都の壊滅。国を治めていた王と正妃の死亡。加えて、多数の死者の存在とそれのアンデッド化の可能性である。
今は夏だ。例え大半の者がアンデッドとして蘇らないとしても――それはそれで疫病の発生を免れない。
そうして、それを何とかするだけの人間が今現在では絶望的で、王都から貿易都市までの間に残っては居ない状況らしい。
「道中も全滅だったしなぁ。」
「街道に沿って、全て潰された感じだ。皮肉な事に、それを追う形で此処まで来た感じだ、我々は。」
「それは――大変でしたね。」
そう言って沈痛な表情を浮かべたのは、サイモン殿とディアルハーゼン氏。
彼らは王都の帰り道で、虐殺された人々を見て来たらしい。
それを成したと思われる勇者だが――今後、何処へ向かうのはかまでは不明だった。
分かるのは街道なり道に沿って動くという点だろうか。
もしかすると、行動パターンでも決まっているのかもしれないが、これも予想の域でしか無いし、誰かを追って道を逸れる可能性も十分有り得る為に楽観視は出来ない。
「――とりあえずは、今後の事を話し合おうか。何もせずに死ぬわけにはいかんからな。」
「そうですね。」
サイモン殿の言葉に、集った面々が頷いて返す。
一人――ネメア婦人だけ諦めきっているが、此方としては此処で終わるつもりは無いので、邪魔さえしなければいいかと放置する事にした。
「それでは、知恵を寄せ合うといたしましょうか――。」
そんなネメア婦人を支えながら告げるサイモン殿の言葉に、全員が揃って口を開く。
話し合いの中でも、一応周囲の警戒の為に探索魔法は展開し続けている。魔力の回復に魔法薬を使うのが現状では少し痛いところだが、安全の確保は最も重要な状況だろう。こればかりは、致し方無いと割り切るしかない。
何せ、次に不意をつかれたら、間違いなく対応も何も出来ずに殺されるだろうからな。奇襲を防ぐ為にもこれは必要な措置だ。
この為に警戒しつつ話し合うも、大した事は出来そうにも無い。新たに情報として出てきたのは、人を殺す度に動きが良くなっていたという、余り有り難くない情報だけだった。
そんな中で、
(なんか、森を突っ切りながらこちらに向かってそうな人影が三つ?いや四つか?あるんだが一体誰だ?)
ほぼ真っ直ぐに向かってきている人型を感知して、首を傾げる。
盗賊の類――というのもありえそうだが、その内の一人がやけに豪華な衣装を纏っているようで、どうにも腑に落ちない。
(もしかして、貿易都市で他にも生存者がいたのか――?)
領主婦人の捜索の為に別れて行動した兵士はともかくとして、他のゼウス氏や狩人の青年、それに着いて行った少年はおそらく違うだろう。完全に別人だ。
とは言え、やはり盗賊の類である可能性は否めない。後は、勇者が一人ではなく複数で実は行動していたとか。
(多少の警戒はしておいた方が良いだろうな。)
この為に、
「話し合いの前に一つ――此方に向かって来ている者達が居ます。数はおそらく三か四。はっきりとしませんが、勇者とは違いそうですが、どうしますか?」
話を途中で切らせて貰い、判断を仰ぐ。
一応、貴族が共に居るからな。下手な行動を取って仲間割れとかは避けたいし、囮に使われる等も遠慮願いたいところだ。
故に口にしてみたのだが、
「生存者だろうか――?先程、馬車で此方に向かう途中、大きな火柱が見えたし、それを目指して来ているのかもしれんな。」
「成る程、それなら生存者という線が高そうですね。」
サイモン殿からの返答に、盗賊や勇者の仲間以外という線もあるかと考える。
以前、貿易都市の塀を新設した際には、焼き固める為に【火球】を放った事があった。
それを覚えている者がいれば、此方へと向かってきていてもなんら不思議ではないだろう。普通なら、逆に逃げ出すような火柱だろうが。
「では、確認が取れるまで身を隠しておきましょうか――万が一という事も有り得ますしね。」
退けたとはいえ、奴の仲間が残っている可能性も、盗賊という可能性もある。この為、確認は必須だろう。
これに、
「そうだな、森の中に身を隠しておこうか。」
「確認は?一体誰がやるんだ?」
「獣形態になっていいなら、僕がやるけど?」
「「獣形態?」」
「あー。」
それまで沈黙していたリルクルが突然口を挟んで来た為に、俺は頬を掻く。
確かに、彼の獣形態であれば、早々見つかることも無いだろう。猫型の動物と同じ姿なので、木の枝の上から伺うのも可能なはずだ。
段々と日も暮れてきているし、夜目もおそらく聞くはず。そう思えば、適任だろうとも思えた。
「頼めるか?説明は俺からしておく。」
これに、
「了解だよ!」
そう、彼が口にしたと同時に、ペンギンの着ぐるみと靴だけがその場に残っていた。
――どうやら、着ぐるみの下は何も身に着けていなかったらしい。
夏場なので暑かったのか、それとも普段の仕事の際にはそうしているのか、ともかく残ったのは着ぐるみと靴だけである。全員が、その事へ呆気にとられた顔をしていた。
「な、何だ?消えたぞ。」
「「今の早かった!」」
「ビックリだな。」
「……。」
落ち込んだままのネメア婦人はともかくとして、残りが呆然とした様子だ。
そんな彼らを連れて、藪に身を隠しじっと待つ。
その間に、リルクルに関する事を少し伝えておいた。
「聖獣?」
「はい。獣人とは違い、本来は獣の姿をした、かなり長命な種族になります。」
サイモン殿の疑問の声にすぐに返す。
リルクルは少しばかり特殊だ。ただの獣人扱いすると問題になるし、獣形態を魔物と勘違いされても困るので、そこは確りと否定しておいた。
「一応、聖獣は妖精種と同じ扱いですね。」
「まさかこの世にそんな生物が居たとはな――。」
「危険が無いって分かればまぁ良いんじゃないか?」
「「可愛かったしねー。」」
驚愕の表情を更に大きくするサイモン殿と、いまいち違いが分からなかったのか、首を傾げるディアルハーゼンと、少しずれた事を口にする双子の魔女達。
それに対して、俺はただ肩を竦めておいた。
「しかし、聖獣か――女神と呼ばれる者とは、無関係なのだな?」
「そうですね、リルクルがどうかまでは分かりませんが、少なくとも協力関係には無いようです。」
勇者が必ず持っているという聖剣と同じく、聖獣も『聖』を冠する為に、元々は何らかの関係はあるのだろう。
だがしかし、彼らが勇者に協力する事も無ければ、神託と呼ばれるものを口走るような事も過去の記録には無かった。
それどころか遭遇した者に「繋がりがあるのか」と質問された際、酷く機嫌を損ねられたらしいので、敵対とまではいなくとも快くは思っていないのだと思われる。
「――とりあえず、聖獣に関する詳しい事は余り分かっていません。ただ、かなり希少な種で、身体能力は人間どころか獣人の比ですらないとだけお伝えしておきます。」
「成る程、先程のは純粋な身体能力か。凄いものだな。」
「見えなかったよねー。」
「てっきり魔法かと思っちゃったよー。」
コソコソと喋っていると、茜色に染まった景色が、どんどん夕闇へと変わっていく。
そんな中に、
「――……。」
程なくして聞こえてきた声に全員が口を噤み、耳を澄ませた。
聞こえてくる声は複数。それに呼応するかのようにして、リルクルの声も混ざって聞こえてくる。
「お兄さん、呼ばれてるよー。」
そんな声がする方へと視線を向け、
「どんな奴らだった?」
と返せば、器用に藪を避けてやって来たリルクルが、トンッと軽い音を立てて着地してみせた。
眼の前までやって来たその見た目は――少し大きい猫?だろうか。
どちらかというと虎の子という感じだったが、毛並みは白と薄灰色の縞模様だ。瞳自体は金色で何処か愛嬌がある。
そんな彼は器用に着ぐるみに潜り込み、獣形態のままに被りながら声を返してきた。
「女の子と男性二人に赤ちゃんの計四人だった。赤ちゃん泣いてるし、他の三人は全員お兄さんの名前を呼んでたよ?なんだか、ちょっと必死な感じだったね。」
「そっか――。」
名前を呼ぶって事は、貿易都市の生存者とはまた違いそうだが、赤ん坊が謎だ。
一体誰の子だよ?俺は拵えた記憶は無いぞ?
(まぁ、男女混合だから、両親揃っている可能性もありそうだが。)
となると、偶々都市を離れていた冒険者とか、その辺りだろうか?女の冒険者って――居たっけ?
(記憶に無いんだが。)
まぁ何にしろ顔見知り程度ではあるだろう、きっと。
そうでなければ、俺の名前を呼ぶのに疑問が生じるところだしな。
「ありがとな。ちょっと行って確認してくる。」
そう言ってリルクルをねぎらうと、
「うん、一応気を付けてねー。」
人間形態へと戻った彼から声が返ってきて、片手を振って離れつつも探索魔法を強化して展開してみた。
とりあえずは、残るメンバーの中に異種族への忌避感等は無さそうだったので、リルクルを残して来ても大丈夫だとは思う。ドロシーとリリィが目を輝かせていたが、多分大丈夫なはずだ。
そんな彼らから離れて、確認の為にゆっくりと自宅のあった場所を戻って行った。
(一体、誰だろ――?)
途中、飼っていた鶏が起こされて迷惑そうな表情を浮かべたが、無視して進んで行く。
雌鶏に囲われるようにして雄鶏が居たんだが、完全に囲い込みだろあれ。
そんな事を思っているところへ、
「おおーい、ルークー!居たら返事してくれー!俺だ、ロドルフだー!」
「ルークさんやー!おりませぬかー!?私です、アレキサンドラも一緒ですー!」
「ちょっとー!私なんてお礼すら未だ言えてないんだけどー!?生きてるなら出てきてよねー!?」
三つの声と、泣き叫ぶ赤ん坊の声が混ざって聞こえてくる。
ようやく探索魔法で見えたのは、どれもが記憶にある顔ばかりだった。
それに幾分安堵して、姿を現す。
途端、気付いたらしく一斉に此方へと視線が向いた。
「ロドルフ!無事だったのか!」
これに、
「――ルーク!お前も無事なんだな!?」
勢いよく振り向いてきたのは、以前護衛依頼を共に受けた事もある冒険者パーティーのリーダー、ロドルフその人。
そんな彼へと、俺は確りと言葉を返した。
「ああ、何とか無事だよ、此方はな。」
「何とか――?」
訝しそうなロドルフだったが、そこに残りの二名の言葉が被さり、会話する機械がずれてしまった。
「良かった、ご無事でしたか!火柱が上がっていたので、もしや何か良からぬことでも起きたのだとばかり。」
そう言って安堵した様子を見せたのは、以前領主の城に呼ばれた際、夜会の席で牽制をしてくれたと思われるアレキサンドラ氏。
続いて、
「とりあえず無事ならいいじゃん?あ、私はサリナね。ほら、王都で一度尋ねに来てくれたでしょ?あの後も義足贈ってくれてさ、有難うね!」
「お、おう。」
元気よく返して来たのが黒髪黒目の少女で、土魔法の使い手である元冒険者だ。
ただ、彼女が足に嵌めているのは義足ではなくて、どうやら土魔法で固めたと思われる足だった。俺が渡したのはアイデアだけ活用したらしい。
(まぁ、そこは良いか。今はそれどころじゃないし。)
一先ずは合流させた方が良いだろう。
そう思ったのだが、何故かアレキサンドラ氏が腕に抱く赤子に、俺は首を傾げていた。
「息子さんですか?」
「いやいや、これは影武者ですよ。」
「影武者――?」
疑問に思うが、そういえばと少し前の光景を思い出した。
(確か、サイモン殿も何かを抱えていなかったか――?)
本来は王都に居たはずのディアルハーゼン氏さえ、戻ってきている状況だ。
それに加えて、その護衛だったはずのロドルフは他のメンバーが居ない。
――どうにも腑に落ちない事がある。
(パーティを解散したのか?いや、なんか違うな、そんな雰囲気じゃない。)
大体、解散したのならサリナは何なんだと言う話だ。
もしも、何らかの依頼を受けて来たのなら――他が居ないというのが引っかかるし、どうにも理解が出来ない。
(貿易都市は確実に残れない状況だから、なーんかおかしい。何があったんだ?)
聞いてみるべきか、それとも聞かざるべきか。時間は有限だし、周囲の安全は起きている間は確保出来るとはいえ、その後が困る状況だ。余り無駄にしたくはない。
(どうするかね、これ――。)
近くの開拓村にでも仲間達を置いてきたのかとも思ったが、それにしては向かってきた方角がおかし過ぎだ。
まるで、小道の存在も知らずに、隠れるようにして森を通ってきたかのようで嫌な予感しかしない。
(全員の疲労も濃い。となると、こっちも問題抱えてるか、持ち込んできたか、か――。後、赤ん坊はこれ、腹減ってるかおしめが濡れてるかのどっちかだろ?きっと。)
幸い、勇者は逃亡した後なので、早々戻っては来ないし大丈夫だとは思うが、相手してやる余裕すら彼らには無かったのだろうか――?
泣き叫ぶ赤子の声が響いているが、誰一人として気にしていないのも変だ。
とは言え、此処にも何時までもは留まってはいられないし、赤子は後回しだろう。
安定した生活を送るのも難しい気がしてるので、早いところ避難先を探さないとならないし、やる事が山積みだ。
(不味い予感がする――仮に何処に逃げたとしても、無駄な気がしてくるんだが、これ。)
少なくとも、俺は彼らと共に動くわけにはいかないだろう。
確実に勇者の敵愾心は俺に向いただろうし、生存が絶望的とも言える状況だ。
火属性を頑張って鍛えたら――もう一度くらいは、退けられるかもしれないが。
(でも、それをしても悪手だし。より手がつけられなくなるだけなんだよな。)
やはり、アンデッドへと転じている師匠に頼むしかないだろうか――?
そんな風に思っていると、
(更に誰か向かってきてる?――って、速い!?何だコイツら!?)
何者かが此方へと向けて、猛然と駆けて来ていた。
向かってきているのは、ほぼ同じ方角から二人である。
先を行く方が若干遅いのか、その差は縮まりつつあるが、それでも先を走る方が此方に辿り着くだろう。
「マジかよ!次から次に――っ。」
慌てて確認の為の強化を行う。
「どうされました?」
これに、訝しそうな顔をアレキサンドラ氏に向けられるも、説明している暇もあったもんじゃない。
それくらいには、この二名の移動速度は速いし時間が足りない。
ただ、
「――って、あああああ!?」
強化した探索魔法で見えたのは、非常に目立つ赤毛で、思わず声を上げていた。
何処かだどう見ても見間違いようが無い『あの』赤毛である。
「アホードだとおお!?」
「「は?」」
呆気にとられた様子の面々を無視して、俺は愚痴る。
「何でよりによってこの状況であの『アホ』でトラブルの塊がこっちに向かって来てるんだよ!?しかも、その後ろはクドラク兄さんじゃねぇか!おい!」
「「?」」
状況が掴めない三人――否、赤子もいるから四人か、彼らを他の者達と合流するよう森の奥を指し示し、一人、家があった場所まで戻る。
そこに、
「――いっよおおおう!会いたかったぜ俺のマイスイートハニー!」
「誰がハニーだボケェ!」
両手を広げて掻き分けた藪を物ともせずに突っ込んできた『アホード』ことアルフォードの腹目掛けて、容赦なく蹴りを入れて吹き飛ばす。
「ぐおっ!?」
そこに、
「あら?あらあらあら?もしかしてルーちゃんってばそっち系?そっち系だったのね?」
思いっきり何かを勘違いした様子で、狼狽えるヴァンパイア――元兄弟子のクドラクがそう言って、両手を頬に添えて目を瞬かせた。
「やだわ、そうならそうと早く言ってくれたら良かったのに。久しぶりに会ってみれば、何か思い詰めてて変だし、どうしたのかと思ったら、そういう事だったのね?もう、秘密主義なんだからぁ――。」
「違うわボケェ!」
尚も勘違いを続けようとする彼へ向けて、アルフォードを蹴った勢いで踏み込み、そのまま回し蹴りを放つ。
これに、
「あら危ない。」
「――チッ。」
余裕な様子で蹴りを避けられてしまって、思わず舌打ちが漏れ出していった。
その事に、不満そうな様子でクドラクが宣う。
「やぁねぇ、舌打ちするなんて。冗談でも質が悪いわよぉ。」
そう言いつつも、クドラクの顔からは笑みは消えていない。不満げな様子も同時に見せるとか、器用なものだ。
どうにもからかって遊んでいただけのようだが、それでも此方としては迷惑な話である。
誰が好き好んでトラブルメーカーとくっつきたがるかっての!しかも、相手は野郎だ。俺に同性愛の気は欠片も無い!
「そう思うのなら、気色の悪い妄想をするなよな!アンタは単にネタが欲しいだけだろうが!大体、俺が思い詰めてたのは、人体実験の材料に師匠にされるんじゃないかって思ってたからだぞ!?」
これに、
「ふーん?それだけ?」
「それ以外にあるか!」
叫ぶ俺をジッと見つめてくるクドラク。
思わず、また何か企んでいるんじゃ――と思考が過った。
そんな中で、
「いきなり蹴りは無ぇだろ、蹴りはよぉ。熱い抱擁くらい受け止めてくれてもいいじゃねぇか。」
「ア”?」
復活を果たしたらしい『アホ』の代名詞が起き上がってきた。
それに、俺は凄く不機嫌な顔を向けて口を開く。切り捨てる為の発言だ。
「お前に構ってる暇はこっちには無いんだよ。分かったらとっとと帰れ、この『アホ』。」
「えー、折角抜け出して来たのに。」
「いや、抜け出してくるなよお前!?何やってんだよ!」
隣の都市までわざわざ護衛して連れて行ったのにこれだ。此方の行動を無駄にするし、最早嫌がらせとしか思えない。
そんなトラブルメーカーの『アホ』に、クドラクが絡んでいく。
「あら、ルーちゃんのお友達?」
「おう!」
これに、速攻で返事を返す『アホ』。
続く言葉は、到底許容出来るものではなかった。
「親友のアルフォードだ!」
「そう――。」
納得しかけた様子のクドラクに、これもからかう為だろうなと思いつつも、きっぱりと否定しておく。
事実無根過ぎるっての!
「んなわけあるか――!コイツは面倒事ばかり起こす問題児で、更には脱走犯だぞ!そんな奴を親友はおろか、友人にだって持った覚えは俺には無い!」
「えー、俺、そんなに面倒は起こしてないぜ?」
「嘘を吐くな、嘘を!」
最初は訓練場に引きずり込んできて、何度も手合わせを強要された。
その次は貿易都市までの護衛で、出発直後に一人駆け出し、底無し沼に何度も嵌まり込んで手間を掛けさせられた。
道中は延々と話しかけて来て鬱陶しかったし、余りにも問題ばかり起こすので、縄で縛れば火達磨になりかけて勝手に焼死しかける。
その後も勝手に突っ走って揃って古代遺跡に揃って落としてくれるわ、勝ち目の無いゴーレムと戦闘したがるわ、本当に良い所が無い。
まさしく地雷なコイツは、幾度となく俺の手を煩わせてくれた為に、隣の領地とはいえ引き取ってくれたのに心底ホッとした程である。
そ れ な の に 、
「何でお前が此処に来てるんだよ!?」
隣領から二週間程の距離にある此処に、よりによって居るという事実。
頭が痛いなんてものじゃない。ガチでぶっ飛ばしたくなるところだ。
既に一発蹴りを放ったが、それでも、
「や、お前の側の方が面白そうじゃん?」
全く凝りもせず、悪びれもせずにそう宣う『アホ』が居る。
それに「ふざけるな!」と騒ぎ立てる側で、クドラクが首を傾げていた。
「お前はあっちのスライム退治を課せられてるんだろうが!それなのに何でこっちに来てるんだよ!?どうすんだあっちは!?」
「えー、別にそれは凍結薬があれば良くね?こっちから買って持っていけば解決じゃん。」
「――そんな簡単に行くかー!」
絶叫し、これまでの苛立ちから何からをぶつける俺の横で、
「随分と仲が良いのねぇ。あながち、親友は間違いでもないのかしら?ルーちゃんってばツンデレさんになってるし。」
良く分からない事を口走るクドラクへと、俺は「違う!」と叫び返し、すっかり暮れた森の中へと声を響かせ続け、束の間、話が通じない二人に翻弄されてしまっていた。
2019/01/26 加筆修正を加えました。




