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019 その錬金術師は知らず歴史を動かす

「こっちで返し作るからある程度積み上げだけ頼んだ―。」


「焼き固めるから全員下がれー。火傷すんぞー。」


「ほらそこ、焼きあがった直後触らないー。火傷すんぞー。」


 気付けば僅か一日で焼き上げまで終わった新たな塀が完成していた。

 それに向けて響くのは、作業に携わった親方と作業員、それに兵士たちと、何故かゾロゾロと連れ立って出てきた住民達の声だった。なんつーか、騒がしい。


「おおおおっしゃああああああ!出来たああああああ!」

「これで誰にも石をぶつけられないですむ!」

「俺らは本当に助かったんだ!」


 叫んでるのは言わずがもな、ドワーフの方々と兵士達である。

 そして、やってきた住民達はと言うと、


「いや、何しに来たし――っ。」

「おお、おおお……。」


 俺の目前で、一部が跪いてその場で崇め始めた。

 思わず目が呆れを含んで遠くなる。

 何だ、生き仏にでも見えるのか?まぁ、やってるのが爺婆共だし、好きにさせるが。出来れば他所にしてくれんかねぇ?


「おおおおお!」

「――まだ熱いから触るなよ?ふりじゃないからな?本当にふりじゃないからな?触んなよ!?」


 若干、遠い目になってた俺の後ろで、焼き上がったばかりの塀に手を触れようとする一部の人間達。そんなに火傷したいのか、おい。

 こんがりと焼けた泥の塀はまだまだ熱を孕んでいて熱い。それなりの厚みをもたせたので、強度もそれなりだが、そうなるように高温で焼いたのでめちゃくちゃに今は熱を持っているのだ。

 どうせなら石で作るのがいいんじゃ?とは思ったものの、この辺りは粘土が余り手に入らない土地らしい。このせいで、繋ぎ目をどうするかという問題があった為、石造りも不可能だったのである。

 それ故、急拵えながらも土で作る事にしたらしい。土はその場を掘って濠も一緒に作るとかなんとか。


「いや、人力でそれは無理じゃね?」


 って聞いたら、


「気合でなんとかする!」


 とは親方の言。

 いや、無理だろ、気合でもなんでも。何日かかるつもりだよ?

 ただ、それが今回良い方向で俺が役に立てた。何せ、土を乾かす時間が惜しいからと、余り得意でもない火魔術で焼き上げたのだ。おかげで周囲には陶器を焼く工房と同じ香りが漂っていて暖かい。

 尚、火魔術はそれなりに高温を出すのを使ってる。【火球】というのだが、本来は攻撃魔法で爆発もおこすものだ。それを錬金術では使い難いからと、在学時代に友人達と四苦八苦して爆風を外し、熱と炎だけにしたアレンジ魔術だった。

 意外と、これが俺の火系統の中では一番の高温を発するものになってたりするんだよな。


「ま、とりあえずはこんなもんかね?」


 そう言って、出来上がったばかりの塀と濠を眺めていると、


「はい、十分でございます。本当に、何とお礼を言ったら良いか。どれだけお礼を言っても足りませんわ。」

「はいはい。」


 領主不在を任されているという若奥様から持ち上げられそうになった。

 それに、俺は何を押し付けられるのかと内心で戦々恐々だ。


(面倒事は勘弁だぜ?)


 いつの間にやら、ドワーフ達からは大魔法使いの肩書が付けられているんだが、流石にこれもやりすぎだと思う。間違っても、俺は有頂天になどならないとも。

 ただ、何がどうしてこうなった――?とは思うが、多分やりすぎたんだろうな、と、遠い目をするしかない。

 やってしまった事はもうどうにもならないのだ。開き直るとしよう。


(うん、この程度でも目立つくらい、現代は衰退してる、と。)


 いやはやそれは非常に面倒臭い状況だ。もしかすると、魔法使いを育成する機関も、魔術を研究する機関も無いのかもしれない。

 そうなってくると、必然的に魔法使いも魔術師も数が少ないという事になる。魔導師に至っては全滅の可能性だってあるだろう。

 それは、俺の今後の身の振り方に問題が多々起こる、という予想が容易に立つくらいには、余りよろしくない状況でしかなかった。


(とは言え、今更やっちまったもんをどうする事も出来ないからなぁ。適当なところで雲隠れするか、他国へ渡って干渉されるのを防ぐしかない、か。)


 ただ、他国に行くにしても地理がさっぱりだ。かつての王国の滅亡は確定で分かったが、他国の情勢とかあれから続いている国があるのかとか、いろいろと分からない事があり過ぎて困る。

 しかも、それらの情報を得るには一般人からでは無理なのだ。だからといって、目の前のこの領主婦人に聞くのは下手をすると藪蛇。その下についている兵士達も同様である。

 となれば、現状では何をするにしてもまだ実行に移せない。不確定情報が多過ぎる。


「えっと、後は来るか分からん氾濫か――いっその事、先に潰すか?」


 これは独り言だったのだが、


「え?」

「え?」


 まさかの反応が返ってきて、戸惑った。

 え?ってこっちがえ?だ。

 まさかゴブリン如きに対処する軍なり兵なりがいないわけじゃないだろう。ここの領地は最弱っぽいけど、国なら対処しきれるはずだ。

 ――対処しきれないとか、ないよね?


「あの、ええと、討伐隊を組んだりして向かわせるって事、出来ないのかな、と?」


 そう思って尋ねてみたのだが、


「え?あ、あの、それは、流石に難しいかと。」

「――難しいのかー。」


 まさかの戦力不足通告、来ましたー。

 だからだったのか。開拓村の人達が真っ先に逃げ出していたのは。


(国からすら助けが無いなら留まるのは愚策だもんな。しかも、対処するだけの力も能力も一般人じゃ持って無いだろうから、一応安全な塀がある都市に逃げ込んだ、と。)


 うそして、それに便乗して俺も通れたわけである。

 しかし――今の世って、どんだけ衰退してるんだ?


「あれ?そうなると他の村もこの都市に移ってくる事になりません?」


 ここで気付く、とある問題。

 守ってくれるはずの領主が守ってくれない。国も兵を出してくれない。あるいは間に合わない。

 なら、魔物の矛先が別の村に向けば、向けられた村からも人は逃げ出してくるだろう、きっと。

 そして、その逃げてきた先は――おそらくほぼ全てがここになるはずだ。


「え?ええ。そ、そう、ですわね。そうなりますわね。」


 なんかしどろもどろになり始めたが、俺としては若干、呆れを通り越して怒りが混ざる話だ。

 そんなのでいいのか、おい。女、お前、一応それでも領主代理だろうが?夫の代わり努めてんだろうが!その両肩には領民の命掛かってんだろう!?

 ――なのに、なんにも考えてないとか、考えが及ばなかったとか、無いだろうなぁ?


「それって、いろいろと詰んでません?」

「……。」

「ねぇ?」

「……。」


 若 奥 様 沈 黙 。

 あああ、これって駄目なパターンだ。


(最悪受け入れきれない人間を放り出す可能性があったって事か?だから不平不満が出ないよう、一応は新しい塀を作って、そこに一時的に移らせようとした、と。で、その塀が壊れたら、移り住んだ者達が真っ先に襲われるから、彼らを生贄にしてでも立ち去るのを待ち、後は籠城する予定だった、とかかねぇ?)


 そうなると、今のこの状況は悪手だろう。

 何せ、それまで農民として働いてきた開拓村の者達が食料の供給をできなくなる。食料が無ければ物価が上がる。そして、利に聡い商人は寄り付かなくなる。その結果が、この寂れた貿易都市()の現状なのだ。


(あー、これは、復興出来なければ商人は戻って来ない。戻ってきても、売り物が仕入れられないから行商も来ない、か――なら、このままいけば、壊滅とはいかなくても大ダメージなはずだ。大体、既に他の領地にも話が広まってておかしくないだろ。偶然でも訪れる行商人も居なくなってるんだろうし。)


 それを感じさせたのが、都市の中に入った際の印象だ。あれで、大体の状況は分かる者には分かる状態になっていたのだろう。

 俺は他所から来たし、そもそもここは初めてなのだ。違和感を覚えても情報も何も持っていなかったので、あの時点では分からない事だらけだった。


(さて、どうしようか。)


 このまま見捨てるのは容易い。ただ、俺としては後ろ盾なりなんなりが欲しいところだ。

 何せ、現代の常識らしいものがいろいろとズレているみたいだし、今後もそのせいで苦労するのは目に見えて明らかである。それならば、今は多少なりとも人脈は作っておきたいところだろう。


(貴族は嫌いなんだが――。)


 だからって何も手を打たないってのも良くないだろう。何せ、既に目立ってしまっているのだから。

 何よりも、この若奥様を放置するは完全に悪手だと思える。彼女はあくまで代理だが、本家本元の大元は、正真正銘彼女の旦那様だ。貴族だ。権力者なのだ。

 しいてはこの街に入場税なるものを導入している領主その人である。そっちと伝手を作ると、権力でがんじがらめに縛られるという事も有り得るんだが、後ろ盾としてはまぁ使えるんだよな。


(しかし、この状況でも戻って来ないところを見るに、無能の可能性も高い、か――不安材料が強いかな、やっぱり。ここは若奥様を間に挟んでおく方が得策っぽい気がする。)


 やるとしたら、こんなところだろうか。

 幸い、この奥様はあんまり頭がよろしくなさそうだ。適当にメリットをチラつかせて丸め込み、その下の兵達の口止めをしておけば上手くいきそうではあった。

 大体、貴族とか王族なんて、人の足元見てくるどころか利用するだけ利用して口封じとかやりそうだからな。下手に貴族と関わるのは危険だ。港町では籠の鳥にされたし。

 その点、若奥様は見た目で召し抱えられたタイプだろう、きっと。領地の経営とか人心掌握術とか、大して身に付けてはいない気がする。あっても、付け焼き刃くらいじゃなかろうか。

 ――うん、まぁ、別にそこまで悪どくない貴族や王族がいるというのも知ってる。知ってるよ?

 ただな、そうだからとホイホイ信用するってのは有り得ないんだ。奴らは、笑顔で右手を差し出しながら、左手に暗殺用のナイフ隠し持ってるような連中である。俺みたいな平民なんぞ、自由もほぼなく搾取されて口封じされるのがオチだろう。

 その判断を緩めるには、せめて、入場税が無ければ可能だったかもしれないが、それも無くなってるしな。


(そして、この状況下でも戻ってこない領主は、その立ち位置に疑問を感じる、と――やっぱりここを活動拠点にするのは微妙だな。)


 第二の故郷は滅んだ。故に、第三の故郷が欲しいんだが――少なくともここは駄目だ。領主に問題がありそうである。

 大体、若奥様も下手したら見捨てるつもりなのかもしれん。最初から、捨て駒にする気だったかも?


(見た目はそこそこ。悲劇のヒロインにはうってつけってか――。だからって無償で俺が助けるのは、ちょっと違うんだよなぁ。それはそれで、依存されそうだし。)


 ヤンデレとか依存症の奴を抱え込む趣味は俺には無い。そういう奴って、大概こちらの言動を縛ろうとするし、意にそぐわないとすぐに暴走する。面倒臭い事この上ない。

 後、金は天下の回り物だ。そしてその回り続ける場所というのは、大体商人の元である。貴族や王族は、その回り具合を調節する為の存在だ。

 しかし、肝心要の商人が逃げ出す状況を作り、更には住民さえ下手をすると散り散りとなってしまった現状――これは、今後金の回りが滞る事を意味している。生産職である俺にとっては、非常に痛い問題となるだろう。


(うん、それでも出来る事はしておく。ゴブリンの集落くらいなら、行って戻ってくるだけの労力くらいしか多分無いしな。その後はまぁ、自分らで頑張れ。)


 後は被害者の救出を押し付けて、トンズラしてしまおう、そうしよう。

 そして、それが出来るように、この女性を抱き込んでおくのだ。


「実は、少しお話があるんですがよろしいでしょうか――?」


 ここにきて、俺は初めてまともな敬語を口にした気がするが、まぁ気にしない事にした。

 人間、細かい事は気にしたら負けってね!

 ――多分。


 痛いところを突かれて何も言えない若奥様。可哀想というよりももうちょい代理として確りしろと言いたいところ。

 貴族のみならず、王族等の特権階級がいる世界は基本ドロドロしてます。笑顔で言葉のど付き合いが彼らの日常です。そこで少しでも弱みが見えれば、そこから蹴り落としにかかられるのですから当然でしょう。油断も隙きもありません。

 けれどもそれでいいんです。というか、そのくらいやってのけられなければ、悪どい事を考える連中を出し抜いたりなんて出来ません。ぶっちゃけ、聖人みたいな善人は入り込むと邪魔になる世界です。

 権力というのは容易く奪われるものでもあります。武力と金の力を加えて、ようやく維持出来るものでしょう。理想論だけでは、権力欲に取り憑かれた連中に食い物にされるだけですからね。

 その辺り、この若奥様はもう少し勉強すべきという事であり、平民でも籠の鳥にされた経験のある主人公にはイラッとくるところがあったという話でした。


 2018/10/16 追記

 尚、どこが歴史が動いたかですが、滅ぶところだった領地を救い、尚且つ新たな塀を作って生存可能な範囲を増やした点に注目してみてください。

 長い目で見ると、狭められる一方だった人類の歴史に一石投じるようなものです。所謂転換期。

 物語としても下地となる部分ですので、結構重要度が高い、はず。


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