187 その錬金術師は凶兆を知る
何とか貿易都市の方角を割り出して、一人草原を進む。
この辺りの治安はとても良い為に、余り周囲の警戒がいらないのが有り難い。
せいぜいが街道等で待ち伏せする盗賊や、悪漢の対応だけで済むからな。沼地へ近付かない限りは、早々危険も無かった為に安心して街道を進める場所だった。
(もっとも、勇者が人に紛れているならその限りじゃないんだよな――。)
痛いのはこの点だろう。
勇者は見た目だけなら人とそう変わらないのだから。
せいぜいが見た目に反した身体能力を持っているくらいで、後は魔法を扱えると甚大な被害を齎しやすいという点だろうか。
どちらも実際に戦闘にならなければ、早々見分けがつくものではない。また、戦闘となれば周囲の被害が大きくなる為に、確認の為に近寄るのも難しいと考えられる。
そんな勇者が沸いてきているのだから――現状はかなり危ういと見て良いだろう。とてつもなく、嫌な話だが。
(勘弁してくれよ――実験台にも、アンデッドの仲間入りにもならずに済んだのに、別の所で殺される可能性があるなんて。)
古代遺跡であるダンジョンには更に下があり、そこで師匠や兄弟子を含む数多くの者達がアンデッドとして住み着いていた。
だがしかし、言ってみればそれだけだ。
地下で彷徨ってるあれらには、人への怨念とかそういったものが無い。少なくとも俺は襲われなかったし、元兄弟子だった存在の言う事を信じるならば、別に人に害を成すつもりは無いらしいのだ。
この為か、生きて地上への生還を果たせたのだが――別の懸念材料を持たされて、更には使い走りの状態である。
死んだ後もやはり師匠は師匠だった。
(あの人の魔術は本当にヤバイな。こちらが気付くよりも早く、一瞬で地上へと【転移】させるんだから。しかも要件を告げるだけ告げて、こっちの話も聞きやしない。)
懐かしくもあるが、悲しくもある事実。余り知りたくは無かった事だ。
何せ、亡者として蘇って来ていたのだから――かつての師とは別ものであるのには間違い無いだろう。
その割には、普通に会話が出来たのが不思議だったが。
(死者と生者は相容れない、か――。)
師匠はアンデッドと化す前に、何か手を打っていたのだろうか?
精神に作用するような魔術を使われた感じはあったが、実際にどういうものかまでは分からなかった。
属性として有り得るのは――闇か光、それに無属性あたりだろうか。
(うーん。クドラク兄さんも、吸血衝動を抑えられるみたいだったしなぁ――色々と、これまでの常識が崩れる感じで予想がし辛い。)
生者を憎む死者と、死者を怖れる生者。
根本的に生者は死者に怯えて、死者は生者を妬むと言われていたんだが、どうにも腑に落ちない事が多過ぎだ。
だがしかし、その考えが答えに行き着く前に、目的地が見えてきて中断せざるを得なくなる。
何せ、遠くに見える都市。その壁が、
「――崩れてる。」
あれだけ頑丈に作り、更には魔物を避せつけない『結界石』を回路を繋いで埋め込んだというのに、その壁の一部が完全に崩れて落ちていた。
風に乗って流れてくるのは、微かな血の香り。それは、近付く程に強くなっていって焦燥が生まれてくる。
(なんだよこれ――何なんだよ、これは!?)
自然と早まる足に、次第に駆け出せば、更に濃厚になる血臭。
噎せ返る程のその香りは、多くの者が命を落とした証だろうか。
それを裏付けるようにした、崩れた壁から覗いた先に見えたのは――死体、死体、死体、死体の群ればかり。
「うっ――。」
内蔵をぶち撒け、虚ろな瞳を宙へと向ける老人。母親ごと切り飛ばされ、胸から下を揃って失い転がる母子。首と胴が泣き別れとなった兵士の遺体。
まともに繋がっている方が見つけられない。どれもが、一刀の下に両断されていた。
あれだけにぎやいでいた通り等、無音の一言に尽きる状況だ。一体何が――此処で、何があったんだ?
(魔物による被害とは違う――決定的に別ものだ。何か、鋭い刃物で叩き切られた感じだな。)
どれもが、肉も骨も一撃で斬り飛ばす程の腕前を持つ者による犯行だった。
十分に注意して周囲に探索魔法を展開してみるも、動く者の気配が掴めない。
思わず、舌打ちする。
(誰も居ないのか――もしかして、全滅か?いや、少しくらいは逃げ出せたはずだよな?)
どれだけの人数に襲われたのかは不明だが、都市丸ごとを全滅させるには、それなりに時間もかかるはず。
そう思って中心部を目指して、ゆっくりと探って行く。
(酷いな――。逃げ出したのを背後からザックリかよ。)
見える死体の中で見つけたのは、普通の町娘の格好をした少女。
何の変哲も無い、若い女性だ。それを背後から串刺しにしてある。丁度、心臓を背中側から貫かれた形で、だ。
綺麗と言える死体はそれくらいで、他は大体首なり胴なりが斬られて泣き別れになっている。まさに凄惨な光景だった。
(誰も居ないのか――?まさか、全滅はしていないだろうな?)
有り得ないと思いつつも、その可能性が脳裏をチラつく。
何せ、並の人間にはまず不可能な芸当ばかりが見えるのだ。
人を真っ二つにするなど、そもそも武器だって保たない。何人もの人間を斬ればそれだけで脂が付着するし、刃物の切れ味だって鈍るはずである。
だがしかし、実際にはその切れ味は衰える事も無く、貿易都市に暮らしていた人々を殺めているらしい。どう考えて見ても、異常だった。
(こんな事出来る奴は早々居ないはず。何より、無差別殺人とかする理由も無いだろ。戦争なら略奪の後があってもおかしくないし、これだけの規模を潰すならそれなりに人の動きも無いとおかしい。)
そんな事を思考していた俺の耳に、
「――誰か、そこに、いるのか?」
微かに聞こえてくる声と、パラパラと鳴る音色が届いた。
続いて聞こえたのは、呻き声。
「生存者か!?」
慌てて近寄る。
聞こえてきたのは――一件の崩れた建物からだった。
元は冒険者組合だった場所だ。そこから、微かにだが声が聞こえて来る。
「――すまないが、この瓦礫、を、退けて、くれない、か?」
「ああ、待ってろ、今助ける!」
「すまない――。」
微かな声に呼応して、すぐに魔力を浸透させていく。
ゆっくりと石を横へとずらさないと、更に崩れかねないからな。二次災害の危険も高いし、時間が掛かっても慎重にやらざるを得ないだろう。
そうして、
「【硬化】【掘削】【粉砕】。」
丁度声が聞こえた場所へ向けて、土魔術を発動させる。
それにより見えてきたのは――スキンヘッドのオッサン。
多分、登録した際に出会ったあの人だ。
「大丈夫か?怪我は無いか?」
そう尋ねると、
「はー……、窒息するかと思った。いやいや、助かったぜ本当に。」
どうやら、僅かな空間に生き埋めとなってしまっていたらしい。
どうしてそうなったのかと、彼に色々と話を聞いてみたのだが――思いもかけないゾッとするような話が飛び出して来た。
「――全身血塗れの奴!?」
「そう。しかも、頭を撃ち抜こうが心臓を貫こうが動くんだよ。俺なんて剣を半分までめり込ませたってのに、吹っ飛ばされてこの様だぜ。」
「な!?」
ありゃ一体なんだったんだ――と、眉を顰める彼に、俺はただ頬を引き攣らせる。
これは、師からかつて聞いた話だ。
勇者にされる人間は、異界から引き込まれる際に、一度殺されてから様々な物を混ぜられた挙げ句、魂さえも歪められて復活させられるという。
この『混ぜられた物』が特に問題らしくて、死を超越した不死の存在の特性を備えてしまうそうだ。この為に、本人が望んでも早々死ねないのだと聞いた。
故に、勇者という存在は半アンデッドとされている。
飯も食うしトイレにだって行くし、怪我をすれば血を流す。睡眠だって必要になるし、凡そ人と変わらない見た目と機能を持ってはいる。
だがしかし、水も食料も得られない状態で何週間と活動出来る上に、怪我くらいならすぐに癒える為にものともしない。正真正銘の化物だろう。
そこに、有り得ない程の身体能力が加わり、更には魔法まで習得するようになる。
そんな奴が敵となるのだから――どれだけ危険か分かる事だろうか。
「間違い無いのか?それ。」
思わずそう尋ね返すと、
「嘘みたいな話だが、実際それでこの有様だ――。夜間だったのも問題だったんだろうが、それにしたってAランカーすら切り殺せる奴は早々居ないだろ?」
「そう、だな――。」
此処には俺が施した結界石が埋め込まれている。
あれは魔物を寄せ付けないだけでなく弾く機能もある為に、人外の存在ならその時点で省かれるはずだ。例として上げるなら、ヴァンパイアとか人狼とかだな。
この例外なのが、ドワーフやエルフといった人に限りなく近い――それも、人の遺伝子を持つ生きた者だけである。
そう考えて見ると、元は異世界とは言え人間だった勇者を弾けなくても、なんら不思議ではないのかもしれない。
つまりは、
(どの道、間に合わなかったのか――?)
起きたのは昨夜だというのだ。
となれば、俺が師匠の所へと向かい、話をするまでの間に既に起きていたという事である。
これだと、師に聞いてから動いた俺では間に合いようもなかった。そして、此処に残っていたとしても――おそらくは無駄死にしていた事だろう。
(勇者は魔法への耐性も高いんだったよな?となると、生半可な攻撃は通らないだろう、きっと。)
もし、倒すのなら――一撃で全力の攻撃を放たないとならないはずだ。
場合によってはそれが自分だけでなく周囲の者も巻き込む。それくらいの【凍結】でしか、俺に打てる手は無さそうだった。
(師匠に頼むのが一番なんだろうが、アンデッド化してるからなぁ、あの人。何を要求されるやら――一番新しい勇者討伐の記録は、確かジークフリート兄さんが行ってたし、多分微妙か?)
一番新しいと言っても、今から百年近く前に亡くなっている。
それに、半透明な姿であそこで俺を運んだ兄弟子の中には居なかった内の一人だ。それが、雷と光属性を好んで使っていたジークフリートという人物である。
元々は火属性が得意だった為に、魔剣を作る事に心血注いでいた根っからの鍛冶職人でもあった。錬金術の分野へ手を出したのは、より良い武器を作りたかった為と聞いているし、魔剣や防具で全身を固めて対応していたのだろう。
それとは別にもう一人あの場に居なかった者がいるが――まぁ、こっちはどうでもいいや。俺を焼き殺しかけた同期だし、破門もされていたしな。居なくても別段おかしくはないと思える。
とりあえずは、
(勇者が沸いているとして、どうするか。)
である。
まずは、弟子達の無事の確認が最優先だろうか。
メルシーはおっちゃんの店に預けていたし、ドロシーとリリィは領主婦人へ託していた。
とりあえずは、一番近い領主の城からの確認が良いだろうか?
(瓦礫に埋まってたら、分からないよな――ていうか、埋まっていたら、流石に生きてはいられないか。)
あの二人の属性は風。空気を保つ事は出来るとは言え、それも長くは保たないだろう。魔力が先に枯渇するのが先になる。
今の時刻はお昼少し前といったところだし、仮に生き埋めになっていて魔法が必要だったら、既に窒息死していると見たほうが良いだろう。
――上手く、逃げ延びてくれてると良いのだが。
(スキンヘッドのオッサンは、それなりに広い空間があったしな。声が聞こえてくるくらいには、多少は空気穴にもなる隙間があったし、かなりの悪運だろうこれは。)
何せ、瓦礫に押し潰されたか斬り殺されたかした者の血が、大きく地面へと広がっている。
状況的に見て、石造りの建物の下敷きになって尚生きているのなら、相当な幸運だと思った方が良い。これは城も同様だ。
(生きている者っていうか――五体満足なのはいるみたいだがな――倒れてる奴は死んでるにしても、座り込んでる奴らは多分生きているんだろ?勇者なら、未だ暴れまわってておかしくないだろうし、生き残りを追ったと見た方が良いか。)
もっとも、生き残っていても、この状況では絶望して自ら命を絶ちかねないが。
そっと溜息を吐き出して、生き埋めになっていた男性が回復するのを待つ。
現状、一人で歩いて安全かと言われると、正直微妙なところだ。何時、アンデッドと化して殺された者達が起きてくるかも分からない。
この為に、一緒に動いて救助に当たろうと話の方向性を決める。
「――行こうか。」
「だな。」
亡くなった者達を弔う暇なんて無い。
それよりも、生存者の確認と救出が先だろう。木造の建物ならば、生きてさえいればまだ助けられるだろうしな。
――石造りの建物だと、ほぼ絶望的だが。
「大通りは――壊滅っぽいな。」
メインストリートだったこの通りには、大小様々な店が軒を連ねていたはずだ。
だがしかし、今ではそれらはほぼ全て血の海に沈んでいる。中に逃げ込んだ者も含めて、どうやら根絶やしにされているらしい。
露店等の商品が散らばり、家の中も切り刻まれた状態で何時崩れてもおかしくは無いように見える有様だった。
「ったく、大黒柱だろうとなんだろうと一撃かよ――どんな馬鹿力だ、これは。」
そんな俺に、崩れている建物から突き出す一際大きな柱を見ていたオッサンがそう独りごちた。
彼の名前はゼウスっていうらしい。大昔に自分を神と称した奴が興した国の王様が、確かそんな名前だったなぁと思ったが、口には出さないでおいた。
そんなゼウスは、見るからに前衛系。更に言うならば、斧がメイン武器のバリバリの戦闘職である。
若い頃にある程度稼いでいたらしいが、最近体力が衰えてきて拠点を此処へと変えたらしい。
本人曰く「夢は農家だったのに!」らしいが、都市がこれではおそらく農業も何もあったものじゃないだろう、きっと。
「そっちはどうだ?」
そんなゼウスに尋ねられて、俺は横へと首を振る。
「駄目だな――どこも生きてる奴が居ない。偶に綺麗な死体があるくらいだ。」
「そうか――。」
揃って、暗い表情で溜息を吐き出す。
城は崩れていなかったが、それでもかなり危ない状態だった。壁や柱が幾つも破壊されていたし、床だって抜け落ちているところもあったのだ。
相当激しい戦いがあったようで、どの階もどの部屋も死体の山だった。おそらくは、ほぼ全滅と見て良い。
そんな中である意味幸運だと言えるのは、弟子の三人と領主婦人の遺体が見つからなかった事である。
慰み者にするにしても、メルシーはまだ幼すぎるし、顔立ちもそこまで整っている方ではない。
領主婦人のネメア様は人妻だ。この二名は好みが分かれるところだろうし、少なくとも後者は社会的利用価値があっても、前者には無い為、メルシーも居ないというのは朗報とも思える。
生きてさえいれば、会えるはずだ。今は、それを信じるしかない。
「さて、どうする?」
そんな中で、僅かに生き残っていた人達を見つけ、集めて会議する。
生き残りは僅か四名。たったの四名だ。
その内の一人は少年だった。何でも隠れんぼの最中に眠ってしまったらしく、樽の中だった為に気付かれなかったようだ。
そんな少年は、現在茫然自失の体。
(――まぁ、子供には現状は受け入れがたいだろうな。)
何せ、気付いたら孤児院の中は死体の山で、都市すらも同様の惨状なのだから。
現実を知ってもらうにしても、かなりのショックなのは間違いがない。
それを気にかけつつ、口を開く。
「そうだな――とりあえずは、此処を移動した方がいいか。」
現状、この都市は破棄するしかないだろう。
都市のほとんどの人間がおそらく殺されている。この為に、無念を抱いた者は少なく無いはずだ。
――地下で暮らしている師匠達と違って、知能が衰えた大量のアンデッドが沸くのは、最早間違いないと見て良い。
そんな中で、
「行くなら、開拓村でしょうか。」
「開拓村?他の都市や街じゃなくてか?」
「はい。」
生き残った中の一人、兵士がそう口にした。
彼は蹴り飛ばされた時の衝撃で、今の今まで気を失っていたらしい。骨が折れていたので、体力回復薬を有無を言わせずに飲ませて回復してもらった。
内蔵破裂せずに済んだのは、単に運が良かったのだろう。他の者で、同じく門番をしていた人物は事切れていたのだから。
「この辺りの開拓村は点在していますし、おそらくは無事な村だってあるはずです――まずはそこで、身体を休めてから、今後を検討した方がいいのではないでしょうか?」
「成る程、一理あるな。」
「俺はそれに賛成だぜ。此処を離れるにしても、安全な場所が良いのは間違いない。」
現状、全員なんらかの問題を抱えている。
俺は徹夜だし、ゼウスさんは生き埋めになってたせいで本調子じゃない。兵士に至っては、骨が折れていたのだ。すぐに戦線復帰とはいかないだろう。
唯一体力的に問題が無いのが少年だが、彼は精神的なショックが大きくて未だ無反応。心のケアが必要だ。
最後の一人は、長旅から到着したばかり。やはり、体力的には微妙だ。
「開拓村って、確か人狼が沸いたって噂が――。」
そんな最後の一人が、口を挟んでくる。
未だ年若い男性だ。彼は隣の領地にある都市へ、知人を尋ねに行った帰りでこの状況に遭遇したらしい。
一人旅が出来るくらいの腕はあるらしいが、対人戦はそこまで得手ではないという。
何せ、本職が狩人見習いらしいからな。持ってる武器も、護身用だという腰のやや短い剣と、背中の弓と矢筒である。
そんな彼は開拓村を余り快く思っていないらしい。それに、てっきりこのまま意見が分かれるかと思ったのだが、
「噂は噂ですよ?そのような事は決してありませんでしたし、少なくとも、誰かが食い殺されたなんて話、私は聞いていませんね。」
兵士が口を開いて否定する。
それに、しばらく狩人の青年が思い悩む様子を魅せた。
「――ふーん?そうなの?」
「はい。おそらくは、スライムやゴブリンによる被害だったのではないでしょうか。巣が草原に出来てしまったりもしましたね。」
「成る程ねぇ。」
はっきりと兵士が否定する為か、狩人見習いの青年が態度を和らげる。
そのまま彼は「まぁいいか」と呟いた後、共に行動する事を選んだ。
「じゃぁ、行き先は開拓村でいいよ――危険が無いならね。」
「倒れている人の向きを考慮して、移動しようか――。」
ひとまず、話の方向性は決まりだ。
鉢合わせしないように、倒れ込んでいる人達とは真逆の方向へと、全員が動き出す。
少年だけは反応がないので、ゼウスさんが背中へと背負った。
警戒は残りのメンバーでだ。勇者と思われる者が居たら、即座に知らせる事となっている。
そうして、辿り着いた一つの開拓村で、
「――何にも無いな?」
「そうだな。至って普段通りっぽいな。」
村人達がせっせと畑仕事へ精を出しているのを見つけて、遠目に眺める。
特に不審な点も見られない。血の匂いも、誰かが倒れているといった事も無く、家屋が倒壊していたりもしなかった。
試しに声を掛けてみるも、何の問題も無いらしい。
「どうやら、奴はこっちには来ていないようですね――。」
「そっか。」
鉢合わせする危険性に警戒していたが、それは無いようでホッとする。
現状、此処から先は個人行動となるだろう。
何せ、兵士は領主婦人の安否の確認をしないとならない。ゼウスさんは他都市へ知らせに走る必要性があるだろうし、弓を持つ青年は狩人組合に話を伝える必要性がある。
残るのは俺と少年だったが――少年は別に何処でも良いらしく、ゼウスさんと共に孤児院に向かうのが決まった。どうやら、反応を返せるくらいには立ち直れたらしい。
なら、
「俺は弟子達の安否が気にかかるから、一度森にある自宅に戻って確認したい。あそこには居ないみたいだったからな。」
「そうか――何かあったら、すぐに言ってくれよ。」
「ご無事で居て下さい。貴方様だけが、頼りですから。」
(おいおい――。)
ゼウスさんと兵士の言葉に片手を上げるだけに留めて、家を目指す。
勇者を相手に頼りにされても困るんだが、現状はそうも言っていられないだろう。総力戦でも、師匠達の手を借りないなら無理があるだろうしな。
(とりあえずは、三人の安否の確認だ。死体があそこにないって点は、朗報だな。)
そんな彼女絶ちの遺体を貿易都市で見つけられなかった事に、内心でホッとする俺。預けていた場所にも居なかったし、多分大丈夫だろうと捜索に動く。
生き残っているなら、俺の家に集っている可能性が高いだろう。もしもメルシーが共に行動しているのなら、俺の家を目指して移動し、そこで身を隠すくらいは考え付きそうだからな。
何せ、あそこは森の中の一軒家だし、周囲は何も無い。隠れている分には、おそらく最適なはずだ。
(どうか、無事で居てくれよ――。)
一度は内へと引き込んだ少女達。
その三人の顔を思い浮かべながら、俺は自宅へ向けて全速力で疾走した。
2019/01/22 加筆修正を加えました。




