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185 閑話 その錬金術師を頼る者

 ロドルフ視点。


 Aランク試験を兼ねて出された依頼は、最初から苦難の連続だった。


(何だこれは――何なんだ、一体。)


 響く轟音。つんざく悲鳴。漂ってくる血の匂い。

 安全なはずの塀の中で、王都という地で、しかし起きていたのは非日常の――恐怖(terreō)だ。

 隠密行動をしている冒険者や幾人もの兵士達が、慌ただしくも動いては指示を出してくれた。それで、ようやく塀の外へと逃れる事は出来た。

 だが――それだけだ。

 もしもサリナが居なければ、あの時機転がなければ、やり過ごす事さえ出来なかっただろう。それくらいには、困難な依頼だったのだ。

 それでも思うのは、


(サリナを巻き込んだのは失敗だったか――。)


 彼女をこの仕事へ引き込んだ事による結果だろう。

 確実に、彼女も敵として認識されたはず――その事事実、何とも悔やまれる。

 その後悔の中で、


゛サリナが居てくれると助かるよー。”

゛そうそう、やっぱり、魔法使いは一人は欲しいところだよなぁ。”

゛怪我で組んでくれなくなった後、結構辛かったんだぜ?俺達。”

゛この際だし、誰かとくっついてポンポン土魔法使いを産んでくれよ。な、頼む。”


 仲間達の言葉が蘇って来て、拳を握りしめた。

 あの、馬鹿共が――っ。


(何が、頼むだ。何が、誰かとくっついてポンポン土魔法使いを産んでくれ、だ。あれは――俺にあてて言っていただろう、彼奴等!)


 個性豊かな冒険者達。何かしら問題を抱えて燻る奴なんて、別に珍しくもなんともない。

 そんな連中の中から、特に将来有望な奴を引き込み、パーティーを結成してこれまで拾い上げてきたのが俺だ。

 Aランクだって最早目前だった。それくらいの評価は受けていたし、実際にその打診だって来た。

 その打診が来た時はとうとうここまで来たか――なんて、皆で盛り上がっていたのに。


(勝手な事、しやがって!)


 思わず、奥歯を噛み締めした。


(揃って死ぬような事を選びやがって!あの世で会ったら絶対一発ぶん殴ってやるっ。)


 何の為に、俺が彼奴等を拾ったと思ってるんだ!?一緒に――一緒に生き残って、老後をゆっくり過ごせるようにする為だろう?

 後はAランクに上がってしまうだけだった。

 そこにまで上がってしまえば、半分冒険者を引退して、残りの半分で組合職員として、悠々自適の暮らしだったのに。

 ――少なくとも全員、そこを目指して頑張って来たというのに、あの馬鹿共は!


(それを捨ててまで、俺達が生き残る方向で話を勝手に決めやがって――リーダーは俺だろ?何を勝手に死んでるんだよっ。)


 判断ミスをしたのは確かに俺だ。

 俺だが――断れない依頼でもあったのだから、どうしようもないだろう?

 誰が、あんな『化物』とやり合う事になると想像出来る!?


(クソッタレ共がっ。お前らの幸福を願うのが、唯一の俺の楽しみだったんだぞ。この職についての、唯一の、たった一つの楽しみだったのに――。)


 多分、全滅だ。

 あの『化物』を相手にして、生き残れる奴がいるとは思えない。

 例え全速力で逃走したとしても――その内追いつかれるのは目に見えていた。

 絶望的な結果しか見えなくて、苛立つ。


(――っと、待て待て、冷静になれ、冷静になるんだ俺。今は、生き残る事が先決だ。彼奴等の思いを無駄にしない為にも、ここは冷静に――。)


 現状の戦力は、たったの二名か。しかも、実質一人だろう。

 サリナは足を失っていて動けないし、俺が背負い続ける必要性がある。逃亡には向かないのは間違い無いだろう。

 だがしかし、移動するにも馬も何も無い。試しにと、吹き飛ばされる前の街道まで戻ってみたが――やはりというか、見事に全滅していた。


「駄目だね。見るからに事切れてるよ。」

「そうだな――。」


 たったの一撃。

 そのたったの一撃が、俺の仲間達の命を奪っていた。

 一刀両断された、首と胴が泣き別れになっている仲間達を見て、思わず内心で悪態を吐く。


(ちくしょう――。)


 大蜥蜴オオトカゲの面倒を見るのが好きだった奴、武器の手入ればかりに気にかける奴、酒場で飲んだくれて不貞腐れていた奴、片目が無いってだけでパーティーを追い出された奴――。

 全員、全員が殺された後だった。


(分かってる。分かってるさ。あれから急いで戻ったとしても、何の手も打てなかった事くらい――コイツらだって、そんなの望んで無いって事はっ。)


 だがそれでも、心は納得してくれない。納得等出来はしない!

 胸の内に広がるその感情を押し殺しながらも、何とか黙祷を捧げる。

 その後、サリナが作ってくれた穴の中へと丁寧に皆を入れて、土を被せていった。

 これに、


「焼かなくて良いの?」


 サリナがぽつりと呟く。

 その言葉に、俺は確りと頷いて返しておいた。


「ああ、焼いて煙を出すと、アレがまた戻ってくるかもしれない――今は皆の犠牲を無駄にしない為にも、このまま埋めて貰えるだけで十分だ。」

「そっか。なら手伝うよ。野ざらしは可愛そうだもんね。」

「すまないな。」

「仲間だもんね。」


 そう言ってせっせと土を被せていく彼女を眺めながらも思う。

 この先、どうするかと。


大蜥蜴オオトカゲ達だけでなく、馬車も無事ではないだろうな。となると、これから先は徒歩か――。)


 急いでもあの『血塗れ』に遭遇する可能性だってある。警戒は必要だろう。

 多少ゆっくりとなるが、徒歩の方が森を突っ切るのにも好都合だし、現状では適してると思えた。


(街道だけは避けた方が良いな――奴は、土地勘は余り無さそうだった。)


 ただひたすら、目標へと向かって突っ走ってくる『化物』。

 事前に聞いてはいたが、勇者とは本当にとんでもない『化物』だった。

 何せ、既にAランクに上がっていた先達をものともせずになぎ倒し、殺到する兵士の群れさえも蹴散らし、更には民間人すらもを斬り伏せながらただ此方へと向かってくる程の化物だ。

 正真正銘の気狂いとも言える相手に、果たして、どれだけの事が出来るだろうか?

 ――少なくとも、遭遇だけは避けた方が賢明なのは間違い無い。


(戦力を整えたいところだが――期待薄か。王都はおそらく壊滅的な被害が出ているだろうし、アンデッドの発生を防ぐ為にも焼却しなきゃならない。となれば、男手は幾らあっても足りないはず。)


 そうなると、別の場所で戦力を整え直すしかないだろう。

 だがしかし、それも焼け石に水な気がしている。一体、どれだけの効果が見込めるというのだろうか。

 あの怪力と反応速度、それに魔剣の存在は厄介だ。いや、聖剣だったか?

 ――どちらにしろ、並の剣では打ち合う事も出来ずに、そのまま斬り殺されて終わってしまう。


(確か、魔法使いが三人もパーティーに所属しているAランカーがいたな。最悪、サリナだけでもそこに所属させられないか――?)


 そこまで考えて、ふと思い出す。

 同じく魔法使いで凄い奴が居たなと――。

 脱色しているという白い髪に、青紫色の瞳をした、美人にしか見えない美形。少し前に見た時は黒髪に戻っていたが、むしろ若返ったようにしか見えなかった奴。

 女顔のやけに線が細い、しかし、氷魔法の使い手としては目を見張る程の存在だ。


(名前は――ルーク。そうだ、ルークだったな。アイツなら、まだ『血塗れ』勇者にも対抗出来るかもしれない。)


 完全な後衛型だが、俺とサリナの二人で前衛に立てばチャンスはあるだろう。

 不意を打たれない限りは、きっと。


 何よりも、この護衛依頼は囮でしかなかった。


 この為に、その役目が終わっている現状では身の安全を優先した方が良いと判断出来る。

 実際、貴族に扮した囮役も、これ以上は不可能だろうと言っていたからな。ここから先は、多少は融通だって効くはずだ。


「――アレキサンドラ様。」

「何かね?」


 この為、皆を埋め終わってすぐに、赤子を抱いたままの彼に声を掛ける。

 サイモン様ではなく、本当の名はアレキサンドラらしい。これも偽名かと思ったが、女の名前を親に付けられてしばしば信用されないと愚痴られたので、おそらくは本名だろうか。

 ――豪商の名に同じ者が居るが、確かあちらは美女という噂だ。別人か、それとも影武者か、何にしろ現状は貴族ではないと知れただけでも幸運だった。難癖を付けられる可能性が低い。


「少し提案があるのだが、よろしいだろうか?」

「うむ。現状何が最も得策であるか、是非、案を聞かせてくれ。」

「ああ。」


 振り向いて来た彼へと伝えていく。

 貴族相手ではないのだから、下から提案を出しても首を刎ねられるような事は無い。侮辱罪にならないで済むのだ。

 故に、遠慮無く彼に今後の提案として、幾つかの情報と共に提示した。

 Aランカーの冒険者パーティーの存在、サリナの使う土魔法の有用性、それに、ルークの類稀な強さと彼が齎した貿易都市の凍結薬の存在を。


「――ふむ、有用性については分かった。だが、果たして手を貸してくれるかね?相手はあの――『化物』だぞ。」


 一瞬言い淀む彼だが、どうやら一部始終は見なくとも理解はしてくれるらしい。

 無駄なプライドも無いようで、現状何が一番得策か、冷静に考えるだけの心の余裕も器も持っていた。

 ――本当に、この人が囮役で幸運だな。そうでなければ、今頃はとんだ失態だと貶されたいただろう。


「勇者とはいえ、欠点だってあるはず。もしそうでなければ、歴史に現れた奴等を討伐する事は不可能だ。」

「確かに一理あるが――現状に戦力を増やしたとして、どれだけの効果が見込めるかね?無駄死にだけは、避けて欲しいぞ、私は。」

「そのつもりはないとも。」


 どうやらこの囮役は、所謂貧乏クジを引かされたらしい。貴族達からは捨て駒扱いされる事の多い俺達に、こうして心配する様子さえ見せるのだから、相当なお人好しなのだろう、きっと。

 ただ俺達は――おそらく、逃がす為に選ばれたのかもしれなかった。

 Aランクの者達は、あの『血塗れ』勇者を止める為、命を落としたのは間違いない。そして、おそらくは俺達のパーティーも、同じく奴を止める方へ回されたはずだ。

 Bランクまでは、その依頼が強制依頼として出されていたのだから、それを回避する為にこのような依頼として表向きは出されたのだろう。

 ――生き残れたのは、現状では俺とサリナだけという、良かったのか悪かったのかも分からない結果だが。


「お気遣い、心から感謝する――だが、アレが俺達を諦めない限り、今後も敵として出てくるのは確実。出来る限りの防衛策は講じておいた方が良いはずだ。」


 これに、


「ふむ――それも、理解は出来るし納得は出来るがな。しかし――。」


 そう言って口を閉ざす彼へ、更に言葉を重ねる。

 此処は主導権を握っておいた方が良い状況だ。下手にまた『囮』として動くような事があれば、確実に全滅する。

 ――それだけは、避けたい状況だった。


「他を巻き込む事への懸念は重々理解している。しかし、アレを止めない限り、今後も似たような事が起きる可能性は高い。どうか、提案を飲んでは頂けないだろうか?」

「ううむ――。」

「頼む。今は、これ以外に方法が無い!」


 迷う様子を見せる彼を説得し、進んできた方角とは真逆の――本物のサイモン殿、貿易都市の領主が向かった彼の領地を目指す為、幾度となく言葉を重ね続けた。

 囮である彼が、本命の後を追うような行動を取る事へ躊躇うのは、重々承知だ。しかし、これは飲んで貰わないとならない。


「おそらく、時間の問題だ――あの『化物』は既に狂ってるし、止まる事ももう無い。」

「そうか――。」


 勇者は暴走する。


 それは、冒険者のみならず、子供ですら知っている事実だ。

 そして、その暴走の果てに――人の住まう事の出来ない不毛の大地を生み出してきた。

 凍った大陸、塩の砂漠と化した大地、常に溶岩が吹き出す場所。それらを生み出したのが、過去に沸いた勇者達であり、大陸を海の底へ沈めた事すらあると聞いて育ってきた。

 即ち、勇者は害悪だと。お伽噺の中の魔王よりも危険で、決して内に招き入れてはならない存在だと。


(その時はただとんだ化物もいるもんだなくらいにしか思わなかったが――。)


 その化物である勇者が沸いたのは、よりによってこの地。

 それも、先に不毛の大地となった他大陸よりも、遥かに小さな島だった。

 潰すのなんて、それこそ奴にしてみれば容易な事だろう、きっと。そしてその先には、誰も生きられない大地だけが残ると予想出来る。

 止めれるとは思っていない。現状の俺とサリナでは、攻撃力で決定的に欠けている。

 だが、ここに他が加わったら?俺じゃなくても、サリナとAランク冒険者達、それにルークが加わってくれたら?

 ――きっと、可能性は0ではないはずだ。


「今この大地が無事でいるのは、単に奴が他に夢中になってるからだろう――しかし、なんらかの拍子に他に目が移れば、それこそ今より酷い状況になるかもしれない。」


 そう言葉を投げる。

 しばらくは悩まれたが、それでも、ようやく話が纏まった。

 話し始めてから、数十分も後の事である。


「――相分かった。そなたに命運を預けるとしよう。」


 苦渋の決断だろう。

 囮として『化物』を引き離したのに、その『化物』を引き連れて逃した人物の後を追うのだから。

 それでも重々しくも頷いてくれた彼に、俺は深々と頭を下げた。


「ご協力、感謝する――。」


 それ程に、あの地にはいろいろと揃っているのだ。

 魔法使いが三人も所属するAランカーの冒険者達に、試験的に配布がされている凍結薬。

 そして――それを齎し、圧倒的な魔力と氷魔法で多大な功績を収めて、冒険者達の中でも『救世主』と呼ばれるようになっているルークの存在。

 これだけの手札は、早々他を探しても見つからないだろう。


(あの『化物』に有効な手は、おそらくは魔法のみ――それも、範囲攻撃だ!)


 弓矢すら反応し、斬りかかる相手を逆に斬り殺して見せる怪力。

 しかし、範囲による攻撃は防ぎようも無いはず。

 そんな事を思う中、


「――決まったの?」

「ああ。」


 後ろから声が掛かってきて、頷いて返した。

 見なくても分かる相手だ。途中から、退屈そうにしていただろうサリナだが、こういう話し合いを彼女は尽く無視する。

 その理由は、故郷で集会がある際に、常に邪魔者扱いされて育ったせいだろうか。

 その彼女のフォローを子供達の間でしていたが、結局は彼女もまたあの村を捨てて冒険者の道を選んでしまっている。

 そして、今は俺の背中に居て、この依頼で命を落とす所だったのを救われた。


「今から王都を経由して、貿易都市を目指すぞ。」

「りょーかい。」


 変わらない返事は、あの頃から何も変わってはいない。

 少し自分勝手で、マイペースな頑固者だが、決して頭は悪くない彼女。現状では心強い守り手だ。

 ただ、


「赤ちゃんかーわーいーいー。」


 ――貴族でないという部分にだけ都合よく反応し、自分の欲望に忠実に突っ走る点に関してだけは、以前よりも酷くなってる気がしたが、俺はそっと目を瞑っておいた。


 2019/01/19 加筆修正を加えました。


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