184 閑話 その錬金術師の元へ向かう者達
サリナ(王都のスラムで会った土魔法使い)視点。
スラムで燻っていた時に、たった少しの言葉を交わしただけの人物。
濃密な魔力を使うまで気付かせなかった程の正真正銘の『魔法使い』。
その人物からの贈り物だと言われて、一体何を要求されるのかと身構えたけれど、それが馬鹿に思えるくらい、その後は何にもなくて。
――私は、自分の足代わりになる義足を手に入れていた。
木を削って作られた両足。関節も作られたそれにはクッションまで付いてる。それを付けて過ごしていた私は、ある日、強烈なインスピレーションに叫んでいた。
「これ、これよ!これだわ!」
その日からはもう、試行錯誤の繰り返し。
助けて貰ったお礼も何もそっちのけで、土魔法の改良に取り組んでいた。
ああでもない、こうでもないってしていたら、途中、同郷の奴から声が掛かってきたわ。
何でも、魔法が使える奴が欲しいんだとか。でも私は足が不自由。義足があっても、歩くのが精一杯なの。とてもじゃないけれど仕事なんて出来ない。
そう言ったら、
「だったら、俺の背中にしがみついてろ!それで動けるだろ!?」
「背中にしがみつく――?」
「安心しろ、俺だって弓は使えるんだからな。今は戦士よりも、弓使いとしての方が評判が良いくらいだ。」
「弓使い――。」
私の中で思考がグルグルと渦巻いていく。
背中にしがみつく――より強固に、土魔法でがっちり固定?
弓使い――遠距離攻撃なら、土魔法使いの私だってお手の物よ!
「それよ、それだわ――。」
「ん?」
この時の助言で、最後の一手が決まった。
思わず興奮したわ。だって、
「完璧!」
だったんだもん。
見た目は不格好。まるでゴーレムみたいな見た目でトロくさそうったらない。
でも良いの、どうせ土魔法使いなんて、地味な魔法使いだから。不遇じゃないだけ、まだマシってものよね!
それよりも機能よ、機能!土で覆った分防御力は上がってるし、攻撃魔法と背後からの近接で死角も無い。更には動けるって、素晴らしいじゃないの!
「これなら、攻守揃う!動く事だってできるし、もう最高よ!」
「そ、そうだな。」
興奮してそう叫ぶ私の耳に、背後に居た同郷――ロドルフが苦笑いで返してきた。
「で、これなら依頼は受けてくれるって事で良いか?」
「勿論!」
間髪入れずに私は返す。
というか、どこまでも着いて行くわ!今度こそ、足手纏いなんて誰にも言わせないんだから!
足が無くても、私は強いのよ!これでもBランク目前だったんだからね!
「ここでアンタを逃す方が勿体ないっての!むしろ、荷物くらいに思って運んで頂戴な!」
これに、
「荷物ねぇ――荷物にしては、やけに軽いんだが?」
「あら、ロドルフにしては良い事言うじゃないの。」
以前よりも皺が目立つようになった横顔で、笑うロドルフへ言う。
老け顔なのに皺が出来るとか、ますますオッサンになってるじゃないの。早いところ嫁を貰わないと本当のオッサンになるわよ?
「今の、田舎出身のオッサンにしては上出来よ?」
「おいおい――同郷だろう?」
「そうね。」
これに苦笑いを浮かべた彼へ、けれども私は構っていられない。構っていられないんだから。
さぁ、出発よ!ここからまた、私の冒険が始まるの!
冒険者として、復帰するのよー!
「ゴーよ、ゴー!ロドルフ号、発進ー!」
これに、
「誰がロドルフ号だ――ったく、お前さんには敵わんよ。」
愚痴愚痴というロドルフが、それでも動き出す。
それを「早く早く!」と急かして動く私は、それはもうはしゃいだ。
久しぶりのダッシュ!そうよね、時間はタダじゃないのよね。待ってもくれないし、だから急ぐのよー!
そんな風に興奮する私に、
「まぁ、やる気があるなら何でも良いか……。」
ポツリと呟いたロドルフの言葉は、この時、通じなかった。
◇
依頼は護衛だった。
それも、貴族の親子って言うじゃない?
私達の様子を見て「ゴーレムだー!」って騒がれたけれど、そこは大丈夫。解除して見せれば、すぐに安堵されたもん。
「なんだ、土魔法か。驚かせないでくれ。」
これに、
「すみませーん。」
って謝ったのに、更に頭を押さえつけられて思わず睨みつける。
「何よ!」
って思って見たら、ロドルフ、すっごい怖い顔で笑顔を浮かべてた。
怖いのに笑顔って何?そういえば、村に居た頃も同じような笑み浮かべた事あったね。確かあれは、勝手に畑の苺食べた時だっけ?
――あら?私何かやらかした?
「お前はもう少し頭を下げろ。そんな首だけの謝罪で伝わるか!」
「ぐぇっ。」
上からグイグイと押されながら謝る羽目にはなるけど、足りないっていうなら従うしかないか。
だって、ロドルフはこのパーティーのリーダー。更に言うなら、相手はお貴族様だもん。生まれも育ちも田舎者の私では、何が正しい態度なのか分からない。
だから、首が刎ねられないよう、大人しく従っておく。
「すみませんー。」
「――本当にすみません、サイモン様。こいつ田舎者でして。」
「ああ――いやいや、そう畏まらなくて良い。少し驚いただけだからな。」
流石はお貴族様。下々の事なんて、どうでもよさそう。すっごくテキトーだった。
その後、問題なく私達は出発となった。
ただ、なんていうか、お城の中が騒々しいっていうか、賑やかっていうか――若干、血の匂いなんかも漂ってくるんだけど、大丈夫なのかしら?
それにそわそわとしていると、
「気にするな。どうせ、訓練とかそんなところだろ。」
「ふーん?」
その言葉に、そういうものかって思う。
しばらくは城下町を馬車と騎乗している大型のトカゲで周り、王都の中を観光するようにして進んだ。
ただ、何時もよりなんだか騒がしんだけど、スラムに引きこもってる間に私の知らない事でもあったのかしら?
お祭りにしても、ちょっと変よね。そういうムードじゃないし。
(なーんか違和感。)
ロドルフのやけに考え込む様子とか、後ろから常に響いてくる騒音とか、何気に真面目な表情をする他の冒険者達とかとか。
何よりも、常に血の匂いが追いかけてくるような感じなのが気にかかるなー。
王都で何が起こっているの?お城からずっと、この血の匂いは続いてたわ。騒音だってずっとそう。本当に――何が起きているのかしら?
そんな風に悶々と悩み始めた頃、ようやく王都を抜けて外へ出る。
そうして進む道中、しばらくすると突然明るい声が掛かってきて振り向いていた。
「サリナが居てくれると助かるよー。」
なーんて言うのは、今回一緒に組む事になった弓使い。
結構チャラいっていうか、軽薄な感じの奴で、けどナンパとかはしてこない良い奴だった。
そんな奴に追随するように、他の面々も言葉を口々に乗せ始めた。一気に、賑やかな旅になってくる。
「そうそう、やっぱり、魔法使いは一人は欲しいところだよなぁ。」
「怪我で組んでくれなくなった後、結構辛かったんだぜ?俺達。」
「この際だし、誰かとくっついてポンポン土魔法使いを産んでくれよ。な、頼む。」
「私まだ十六よ!?」
好き勝手に喋る連中に、慌てて「ちょっと!?」と口を挟んだ。
そんなポンポンと産めたら誰も苦労はしないわ。大体、魔法使い自体村八分にされやすいのに、普通の暮らしなんて望めるないっていうの!
「子供なんて早いし、冒険者だってまだしていたいわ!それなのに子作りとか勘弁してよね!」
子連れなんて、冒険どころじゃないじゃない!
そんな叫び声を発した瞬間に、
「敵――敵襲だー!」
最後尾にいた奴の声が聞こえてきて、それに対応するよりも早く、絶叫が聞こえてきて緊張が走った。
何せ、
「ぎゃあああああ!?」
次に上がってきた声は、断末魔の叫び。
一瞬で広がる赤に、血の香り。仲間が殺られたのに気付いて、途端に慌ただしくなる私達。
「陣形を組めー!相手は一人だが油断はするな!全力でかかるぞ!」
「「おう!」」
そんな中で、私と密着しているロドルフが叫び声を上げてくる。
思わず、耳を塞ぎたくなる大声だった。
「御者は馬車を突っ走らせて行け!後ろは見るなよ!いいか、そのまま次の街目指して行くんだ!急げ!」
「は、はい!」
この言葉を受けて「はいよー!」と掛け声一つで、全速力で走って遠ざかっていく馬車。
その間にも、一人、二人と、まるでバターみたいに斬られて倒れて行く仲間達。
なんなのコイツ?構えてた剣ごと人を切り裂いているじゃない!どんな怪力と魔剣の組み合わせだっていうのよ!?
「アレはヤバイ!」
間一髪で仲間を庇う土の壁。
そのまま魔法で防御するけど、それだって長くは保たない。魔力で強化してるのに、なんて強さなのよ!?
「駄目!数発で壊される!あいつだけじゃなくて、持ってる剣も普通じゃないよ!」
砕かれた土の壁を見てそう叫ぶ。
その瞬間には、更に一人が斬り殺されていた。
「知ってる!血塗れで動く奴がまともなわけないってな!ましてや、王都から此処まで追いかけてきてるんだ、正真正銘の化物だアレは!」
そう言って、時間稼ぎのつもりなのか、ロドルフが一合、二合と打ち合った。
だけど、一撃目で剣が叩き切られて、二撃目で鞘ごと切られかけて、表裏一体になっていた私達は、横っ飛びに吹き飛ばされた。
そのまま、何度も続く衝撃に息が詰まる。全身が粉々になりそうなくらいのそれが続いた後――ようやく止まった私達は、地面に転がって詰めていた息を吐き出した。
けれど、
「ぐふっ!?」
「かはっ。」
口から一気に血が飛び出していく。どうやら内蔵をやられたみたい。あと、折れてはいなくても、衝撃で骨に罅が入ってるわね。
それはどうやらロドルフも同じみたいで、前金として貰っていたポーションを揃って口に運んだ。
「はぁ――大丈夫か?」
溜息を吐きながら、ロドルフがそう聞いてくる。
それに、私は腹の底で沸々とした怒りを抑えながらも返した。
何よこれ、何なのよあれ、完全におかしいじゃない――!
「こっちは問題無し。足が潰れた時に比べたら、こんなのどうってことない!」
実際、あの時の絶望と苦痛に比べたら、今が全然マシよ?でも、今回組んだ人達は多分全滅じゃない!
そんな風に思う私は、立ち上がったロドルフにつられるようにして、同じく体が起き上がり、高くなった視界で吹き飛ばされてきた先を見る。
何せ、今の私達はまさしく表裏一体。ロドルフの背中を私が、私の背中をロドルフが守るような形で、土魔法でガッチガチに固めてるから固くて何とか助かった。
(でも、他の皆は?鉄の剣ごと切り裂かれて、どうやって防御したり受け流すの!?)
どう考えても助からない。ううん、助けに向かってももう終わってる可能性が高い。
そんな中、起き上がったロドルフは動かなかった。
当然、背中にいる私も起き上がるって寸法だけど、彼が動かなければ私も動けない。
――まぁ、一緒なせいで、私もロドルフ同様、ここまで吹き飛ばされちゃってるわけだけどさ。
土魔法使いとして、味方を守る存在として、その力が通用しないのは痛いわ。
「これからどうするの?」
身を起したはいいけれど、現状は多分――最悪でしょ、これ。
その事に気付いてだろう、ロドルフは声をかけても、一向に動かなかった。
だって、現状打破するにはいろいろと足りないものね?あの何でも切り裂ける魔剣と、何でも対応出来ちゃいそうな怪力は厄介だわ。反応速度だって目が追いつかない。
その打開策を求めて首を回すけれど、彼はこちらを見向きもしなかった。その視線は――先程の戦場へと向けられているようで、どうやら仲間の事を考えていたみたい。
しばらくそのまま立ち尽くしていたけれど、
「駄目だな――あれは勝てない。どう考えても、退けるのも自殺行為に近い。」
そう言って、顔を覆うロドルフ
ロドルフは頭が良い。商人にその才を褒められるくらいには、村では一番ってくらいには頭が良かった。
でも選んだ道は冒険者なんだよね。正直、何でそっち?って私自身冒険者となって再会した時には思ったけど、彼には彼なりの考えがあったんだと思う。
そんなロドルフは、依頼者からの評判がとても良い。Bランク冒険者でも、限りなくAランク冒険者に近い所に居るくらいには。
でも、そのロドルフが勝てないっていう。つまりは、この依頼は失敗って事だ。
――どうしよう、私、違約金を払えるだけのお金無いんだけど?
それが伝わったのか、
「金は、気にしなくて良い。」
「そうなの?」
思ってもいなかった言葉が返ってきて、目を丸くした。
そんな私に、興奮していて聞き流していたらしい情報が入ってくる。
「元よりこれは、出来る限りって話だったしな――しかし、馬車とはいえ、追いつける奴の方が異常だ。何だあの化物は。」
「ああ、つまりは、捨て駒になるのを分かってて受けたってわけ?」
それなら怒るんだけど。
そう思っていると、即座に「違う」と返ってきた。
珍しく、怒気を感じられる低い声だった。背筋がヒヤリとするくらいの、怒りだった。
「単に――これは俺が予想しきれなかっただけだ。誤算が多すぎたとはいえ、招いたのは俺だ。すまん。」
「謝らなくてもいいんだけど。」
私は生きてるし。仲間達はやられたって言っても、今回はじめて顔を合わせた連中だしね。
冒険者なんて、それこそ何時命を落としてもおかしくはない職業。手足が無くなるくらいで御の字ってものよ。
でも、まさかロドルフが予想を外すとは思わなかった。ちょっと意外で、怒りもどっかいっちゃったわ。
(まぁ、私だと、予想すら出来ないんだけど――。)
そんな私と違って、頭が良いロドルフ。
その彼ですら予想出来ないのなら、他の人でもほぼ無理じゃないかなぁと思う。
そう思っていると、
「お、お前達、無事であったか。」
「「サイモン様。」」
馬車に乗っていたはずの貴族の親子が、ひょっこりと顔を覗かせた。
親子っていっても、サイモン様の腕に抱かれた子供はまだ赤ん坊。しかもよく見たら、あんな異常の中にあってもスヤスヤと眠ってる。
――これ、薬盛られてない?睡眠薬とか睡眠薬とか睡眠薬とか。
でも、
「可愛いー。」
「おい、今はそんな場合じゃないだろ――。」
眠るふくよかな赤ん坊に、思わず手を伸ばしかけた。
それを即座にロドルフが止める。
「むぅ。」
「膨れるな。そんな場合じゃないって言ってるだろ。」
「はーい。」
渋々と、手を引っ込めた。
こういう時、自分の意思で動けないのは問題ね。勝手に動いて回避してくれるのは有り難いけど、この魔法の今の所の唯一の欠点だわ。
(――その内改良して、一人で大暴れ出来るようになってやる!)
そんな風に、一人決意を胸に秘めた私の横で、男二人が会話を始めていた。
「馬車の底板が動いて――。」
「ははぁ、なるほど――。」
「すまぬな、時間稼ぎに――。」
「あれは仕方ありません。こちらの判断ミス――。」
「実際には私は貴族ではなくてな――。」
「成る程、囮だと――。」
そんな会話が聞こえてくるけど、聞き流す。
そうしつつも、更に別の事を考え出していた。
(王都からこっち、なーんかおかしいのよね。)
違和感はお城からあった。
それにあの『血塗れ』。どう考えても、異常じゃない?一体何人の人間を殺せば、全身が血で染まるのかしら?わざと血溜まりに転んだにしても、全身ビッショビショって異常でしょ。
しかも、そんな相手に追われながらの護衛依頼。かなりヤバイわよね、これ。
まぁ、幸い、まだその護衛対象が生きているから、失敗ってわけじゃないけど――。
(降りた方が良いんだろうけど、降りてもまた遭遇する可能性もあるし、邪魔したから敵認定はされてるだろうしなぁ。)
そんな状況野中、ここからどうやってこの二人を送り届けるのか。
あの血塗れの男はもう追っては来ないのか。
来ないとして、果たして何処に向かうのか。今現在向かっているのか――。
いろいろ頭が動く。
私にしては、珍しいくらいめっちゃ動く。
(馬車を追うよね?普通。追った後は?辿り着けば多分御者を殺して中を見るかな?でもの中身は今此処に居て――。)
そこまで考えて、ふと気付く。
――あれ?やばくない?めっちゃやばくない?この状況。
あの『血塗れ』が戻ってくる可能性、高いよね?
で、出戻りにまた遭遇したら――。
(ヤバイ。)
「二人共、ちょっと失礼するよ。」
「ん?」
「何、だ――?」
言葉が言い終わるよりも早く、地面に大穴を開けて落っことす。
そうして、さっさと穴を軽く塞いで、空気穴をあちこちへポコポコと開けていった。
そこに、
「いきなり何を――!」
「しっ!」
叫ぼうとしたロドルフを止める。
私は土魔法使い。土に関する事なら、何でもお任せあれ。
その私が、土越しに響くやけに重い足音を感知して、二人を強制的に押し黙らせた直後、
「――ィンアアアアアアアイイイイイイ!」
とても人のものとは思えない叫び声が聞こえてきて、嫌な汗が伝い落ちていった。
それと共に漂ってくるのは、濃厚な血の香り。
これあれだ。さっきの『血塗れ』が戻って来たんだ。
そんな事を思っていると、地団駄を踏むのが伝わってくる。強化している土の天井が、パラパラと微かに落ちて来た。
それを強化し直していると、
「居なイ、居ナイ!何処だ、どこだドコダどこダ――!?何処ニ行キヤガッタアアアア!アアアアアアアア!?」
手当たり次第に辺りを破壊してるのか、凄い衝撃が土越しへと伝わってくる。
正直、この依頼を舐めてたわ。護衛だし簡単だなんて思わない方が良かった!
ていうか、コイツ完全に化物よね!?なんでこんなのに狙われてるの!?貴族って、普段、一体何をやってるのよー!?
「ウアアアアアアアアアアアァァァァァァ――。」
一際大きな咆哮。
それが徐々に遠ざかって行って、
「――行ったか。」
ポツリと、誰からともなく呟いていた。
後に残るのは、安堵の吐息だけ。
何とか、私達は危険から遠ざかれたのだった。
2019/01/18 加筆修正を加えました。




