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183 閑話 その錬金術師へ全てを託す者達

 久々の王様&正妃登場。王としての役目と武人としての役目をそれぞれがこなす最期の回。

 王弟視点から三人称へ移ります。


 勇者を名乗る者が城へと乗り込んできたのが、ほんの一時間程前の事。

 そこからは、まさに地獄であった。

 謁見の間に制止も聴かずに乗り込む無法者は、その手に禍々しくも邪悪な剣を携えており、既に血に塗れているというのに尚も他者を殺すと宣う。

 その対象は――魔女達だった。

 一体、彼女達が何をしたというだろう。日々、身を寄せ合いながらも、人を癒やす秘薬を生み出す存在に、一体何の罪があるというのだろうか。

 実際そう尋ねてみても、返ってきた言葉は呆れるものでしかなかった。


「だって、そう言われたんだもーん。」


 その見た目は、おそらく青年か、少年か。

 いずれにしろまだ年若く、頼りない風体には軽薄な雰囲気が漂っている。

 だがしかし――その腕が振るう度に、まるで紙切れのようにして、兵が、騎士が、打ち合わせようとした剣と身に着けた鎧ごと両断されていく。

 何という剛力。何という怪力。

 勇者を名乗るだけあって、その力は異常であり異様。そして、全く価値観が異なる怪物だった。


「なん、だ、これは――。」


 流石の兄王も絶句されて思わず玉座から立ち上がる。

 それは――まさしく質の悪い光景だった。謁見の間は瞬く間に血の香りが充満し、取り押さえようとした者から順に、その生命を散らしていく。


「ったく、汚い手で俺に触るなよ――せめて、お姫様とかいねぇの?なんで女騎士の一人も居なくて、オッサンばかりなんだよ、ここは!」


 良く分からない罵倒。

 それを向けられる兵や騎士に守られながらも、避難しようと王をせっついてその場から逃れる。

 だが、


「何処に行きやがったああああああああ!」

「な、なんと――。」


 響いてくる声に、所構わずに『アレ』は城を切り刻んで追いかけて来た。

 これではいかに堅牢な王城であろうとも、そう長くは保たないであろう。

 そんな中で、


「――サイモンよ、逃げよ。そしてあれの危険性を伝え、後世に語り継ぐのだ。」


 突然放たれる王からのお言葉。

 それに、必死になって引き止める。

 私だけ生き延びて、どうなるというのだ。国は?民は?未来はどうなる!


「な、何を仰るのですか、兄上っ。私は最後の時まで一緒にいますぞ。どうかそのようなご冗談はお止め下され。」

「冗談等ではない。」


 王の――兄上の瞳に宿るは、覚悟の色。

 今朝から様子のおかしかった兄上だが、予見していたというのであろうか。


(私は知っていたが、この方は違うであろう?)


 王は会ってはいないはずだ。

 あの、先読みと呼ばれる妖しくも美しい者に――。

 しかし、変わらずにその口からは同じ言葉が繰り返される。そればかりか、正妃様が抱いていた御子を微笑みながらも私に手渡そうとした。

 やんわりと辞退したのだが、


「受け取らないのであれば、このまま落としますよ?」

「な、何を仰るのです!?気でも触れましたか!?」


 脅されて、次代の王となる第一王子を受け取るしかない私。腕の中に抱かれた赤子は――この状況にあってさえ、すやすやと眠っている。

 その寝顔を見ても、脳裏に蘇るのは、昔遭遇した先読みの言葉だった。

 錬金術師達が過去より蘇ってくる時、勇者による混沌が撒き散らされ、多くの犠牲が出るだろう――そんな嫌な言葉だ。


(既に犠牲は出ている――もう、十分であろう?)


 しかし、響いてくる『勇者』という名の怪物の怒声には、まるでまだまだ足りないとでも言いたげな感情が見受けられた。

 そんな中で、兄上も義姉上も、私を何時になく優しい目で見られる。

 そうして、兄上が微かに笑ったかと思うと、正妃様がより託された御子を抱く私の背中をそっと押し出した。


「行け。そして、語り継げ。それが、お前が産み落とされ、そして生き残る事となった理由だ。王族としての使命を果たせ。」

「兄上――。」


 押し出された先は隠し通路。兄上と良い歳して、二人で探検等した場所だ。

 あの頃から知っておられたのか?それとも、これは偶然か?

 ――何にしろ、私は此処には留まれないらしい。


「後の世を頼むぞ。」

「失敗なんてしたら、恨んで出てきますからね?」


 その言葉に、思わず苦い表情になる。

 ああ、やはり、伝わっていたのかと、そう思ってしまった。

 ――先読みと呼ばれる者の言の葉を何らかの形でご存知だったのかと。


「やはり――知って、おられましたか。」

「うむ。」


 この言葉に、確りと頷いて返す王が、この時程憎たらしく思えた事は無い。

 私には生きろと告げて、自らは死を選ぶのだから。

 ――死ぬなら、私の方であろうに、この方は私を生かす事を選んだ。


「賢者殿の手記を解読してな――先日の夜中に、ようやくだ。まるで、示し合わされたかのようにな。」

「左様でございましたか――。」


 かつての私のように、貴方様は賢者殿が残した手記で、それを知ったのですか。そして、その通りになされるのですね?

 そこには私は含まれていないと。


 何という仲間外しですか。


 おそらくはあそこにも記されていただろう、未来の話。

 それが、今ここで起きている惨状ならば、私は邪魔というわけですか。


「救いは、あるのですな?」


 決して救いとは言い難きもの。

 それでもそれに、縋るしか無い現状に、悔し涙が浮かぶ。


(私は、私には、この方をお救いする事が出来ない――っ。)


 そんな無念を抱く私へと、変わらずに王は口を開いた。何時もと変わらぬ、平素の声音で。

 それがまた、なんとも口惜しく――悔しくて涙が溢れる。


「あるとも。これは、決められた未来に向かう通過点でしかない。例え死しても――後に、また会えるのだからな。」


 その言葉に、心が辛くなる。

 会える、会えるですか。


 ――それは、一体、何年先のことでしょうかな?


 その頃には、私も貴方も、最早兄弟ではありますまい。

 それでも、行けと申されますか。

 この地で、共に果てる事を、お許し下さいませぬか。


「さぁ、早く。」

「急いで。時間稼ぎしますから。」


 死地に共に残る事を正妃様もお選びになられると。

 良いですなぁ。実に仲の良い夫婦ですなぁ。

 ――本当に、良い方をお選びになられましたな。


「――っ、ご命令、謹んで、承ります。」


 お二方へそう口にするも、心だけは納得してはくれぬ。

 ここに居させてくれと、共に死なせてくれと、ただただ叫ぶように精神を追い詰める。

 そんな私へと、


「息子を頼む。」

「次代の王です――人の世では無くなるかもしれませんが、どうぞ、よろしくお願いしますね。」

「はい、はいっ!」


 いまだかつて無い程、優しい微笑みを浮かべて語るお二人。

 ああ、涙で視界が滲む。

 兄上の、王の姿をこの目に焼き付けたいというのに、それも出来ない。

 寄り添うようにして佇むのは、何時もは影の薄い正妃様。その姿はいつものドレス姿ではなく――身軽な服に、幾つもの矢と複雑な機構を併せ持つ弓、それに剣を腰に履いていらっしゃる。

 北の国の蛮族等と呼ばれながらも、まるで武人のように王に寄り添う彼女は、本当に共に逝く事を選んだらしい。

 それがどれ程羨ましいか。どれ程妬ましいか。

 お二方と共に混ざれないこの感情は――嫉妬に、悲しみに、幾つもの感情が混ざって、辛くも切なく、世界をこのようにした者共を呪いたくなる。


(クソっ、クソっ、クソオオオオオオオオオオオオオ!)


 心の中で罵詈雑言を並べ立て、一人行く隠し通路。

 罠を避けて正解のルートを辿れば――着いたのは、王都の外れにある小さな森。

 そこで、


「――馬車をご用意してお待ちしておりました。陽動も動きますので、どうかご無事で――。」


 最近は司書として働いていた元執事長の男性と顔を合わせる。

 久しい人物だ。

 しかし、彼もまた、死地へ向かうつもりなのか、ベルトに暗器の類を大量に仕込んでおり、私を馬車へと押し込めながら口を開いた。


「陽動とは――?」


 思わず疑問となり漏れたこの言葉に、


「陽動はアレキサンドラ様が担って下さります。王子に似た孤児の子を影武者に、最近名のある土魔法使いの冒険者達を護衛として雇い入れましたので、早々命を落とす事はないかと。」

「そうか――。」


 返された言葉に、少しばかりホッとする。

 これ以上の犠牲は御免だ。

 それに、いかに勇者とはいえ、魔法使いが相手では早々立ち回れないだろう。魔法も使う様子が無かったし、生きて再会出来るはずだ。

 ――きっと。

 そんな事を思う私へ、


「お久しゅうございます、王弟殿下、並びに王子殿下。御者をこれより務めさせて頂く、ディアルハーゼンと申します。」


 荷馬車の御者席へと座った人物が、そう言って頭を下げて来た。

 行商人に良くある姿。沢山の布地に頭部にも布を巻くなど、どこからどう見ても商人だが、彼に続いて数名の騎士が冒険者に扮して語りかけてくる。


「おお、そなた達か。此度はよろしく頼むぞ――確か、ディアルハーゼン殿には、ルーク殿との伝手もあったな?」


 自ら治める領地で、顔を合わせた事もある。

 確か、商人としての師だと紹介されたか。目利きの効く上に、人間としても素晴らしい人物で、珍しくルーク殿が絶賛していた者だ。


「ええ、ええ、ございますとも。しかし、お話はまた後で。今は出発を急ぎましょう――。」


 しかし、長話をしている暇も泣く、乗り込んだ馬車が動き出した。

 幾つもの馬の嘶きに、森にしてはそこまで揺れない中を走る。

 ――どうやらこの馬車は、行商のものとしてカモフラージュさせているらしい。

 馬車の底板に気付いて横にスライドさせると、流れ行く地面が見えた。

 どうやらここから逃れる事が出来るらしく、いざという時は脱出を図る為に改造されているようだ。


「これを使う事態が、来なければいいのだが――。」


 護衛に着く者達は、冒険者に扮していては騎士。それに、魔法使いも居るものの、人数は数名だけという何とも頼りない護衛だ。

 だがしかし、陽動の方に派手に人を付け、こちらに目を向けさせない為であろう。そう考えると、目立たぬように少人数となってしまったのは、致し方ないだろうと思えた。


(どうか、無事に辿り着けてくれ――。)


 未だ頬を伝っていた涙を拭い、駆ける馬と車輪の音を聞きながら、私は必死に祈りながらも小さな命を抱き続けた。





「――アアアアアアアア!」


 血が流れ、全身に刺さる矢でまるで針山のようになっても――動きを止めない『化物』。

 最早そう呼ぶしかないそれは、自らを勇者と称する正真正銘の『怪物』だ。

 それに切り倒されて、数多の命が散らされていく惨状の中、しかし行なっているのは、皮肉にも唯の時間稼ぎでしかなかった。


「うおおおおおおおおお!」

「死ねええええええええい!」


 そう言って剣を振るい、逆に切り殺される者達が次々に量産されていく。

 その中で、打ち込まれる矢が正確に『化物』へと突き刺さって、鈍い音を立てると勇者と称したそれを吹き飛ばし、後退らせた。

 そこに、ポツリと「嘘だろう」という声が響く。


「何だコイツは?人間じゃないのか?」

「冗談言うな!人間ならとっくに死んでるだろう!?」

「頭撃ち抜かれて動くとか、ゾンビかよ!?」


 何も刺さっているのは手足だけじゃない。

 左と言わず右の胸だって矢は刺さっており、更には眼球を貫いてその先の脳を傷つけ、反対側までやじりが突き抜けているのだ。


 それでも動くのはどんな化物だと、勇者と自身を称した『邪悪な存在』を何度も射抜いては矢を番え直し、彼女は牽制し続けていた。

 それに獣じみた咆哮が放たれて、取り囲む兵や騎士の顔からどんどんと血の気が引いていく。

 そんな中、


「頭が高くてよ、この駄犬。脳みそまで邪神に捧げたのかしら?それとも元々空っぽだったのかしら?まさしくクズね、この邪道。」

「テメェ――。」


 確実に不味い状況にあってさえ、不遜な態度を崩さない彼女の口からは、幾度となく憎まれ愚痴が飛び出していた。

 それは、敵対心を自身へと集める為の手段。

 普段は影の薄い彼女が守るべき相手として選んだ、この国の王を、最愛の夫を少しでも生き延びる時間を稼ぐ為の方法だった。


「何にしろ、とんだ恥知らずもいいところですこと。それで勇者等と、よくもまぁ言えるものね。ただの無知、無謀者の間違いじゃない。この愚か者。恥を知りなさい!」


 この挑発に、


「黙れこのクソアマ!ブスの癖に調子こいてんじゃねぇぞ!」

「汚い言葉ね。」


 挑発へとあっさり引っかかった『化物』が、矢を番える女性へと憎々しげな視線を向けて剣を向ける。

 彼女の狙いは読み通りで、勇者である『化物』は正妃である彼女を確りと見据えていた。

 だがしかし――彼女が抱いた目論見は、確かに成功を収めてはみせても、突如として崩れた城の崩壊までは止められなかった。

 儚くも、その生命ごと願いが潰える。


「あ――。」


 ガラガラと崩れる音色と、共に無くなった足元の感触。

 長くも短い浮遊感の後に、城に居合わせた者達へ訪れたのは――全身に響く衝撃と上から降り注ぐ瓦礫による圧迫感と苦痛。


「かはっ!?」

「ぐっ。」

「ぎゃあ!?」


 落下に伴う叩きつけられ。

 上からぶつかってくる瓦礫の群れ。

 崩壊の序曲は、そんな城の崩壊に伴う騒音と、上がる悲鳴や断末魔の叫びに混ざって始まっていく。

 それは、一つの国の崩壊を引き金とする、破滅への音色で――抗えない、滅亡への始まりだった。


 三行で表すと、

 ・王都陥落。

 ・滅亡へのカウントダウン開始。

 ・元凶は勇者。


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