182 閑話 その錬金術師の敵となる者
聖剣越しに語っていた女神(邪神)の過去。
今日は二作書き上がってるので誤字チェックが終わり次第もう一作上げます。
好きな人が居た。
遠くに居るその人がとても好きだった。
あちらがこちらを知らなくても、こちらはあちらを知っている。
そんなあの人へ、自分を知って欲しいと願った。
自分を好きになって欲しいと焦がれた。
焦燥からその人を呼び寄せもした。
――けれども、その人は私を知ったけれど、好きにはなってくれなかった。
「君は俺から全てを奪った。この先も奪おうとする。なら、共には行けない。」
そう言って、私を置き去りにしたのは、太陽のように輝く笑顔が何よりも大好きだったあの人。
あちらからこちらに引き寄せたけれど、置き去りにしていった人。
初恋は実らず、破れた私は、けれども新しく好きになった人が出来た。
そんな彼は、
「僕は置き去りになんてしないよ。君と一生を共に過ごす。」
そう言って、置いていかないでくれた。
その事に、今度こそ恋が実ったと、叶ったのだと、舞い上がったりもした。
けれども、彼は勇者。
私の勇者。
なのに、他の者達に時間を取られて、共に過ごす時間が短い、名ばかりの『私のもの』。
そんな私に、よく似た顔の別人が迫る。
気付けば、引き返せないところまで来ていた。
「――ねぇ、同じ顔なのに、何故兄さんばかりを選ぶんだい?」
双子の弟に押し倒されて、そのまま関係がズルズルと続いた。
そんな日々の中で、彼は何度も私に囁く。
まるで、それが正しい事だとでも言うように――。
「僕の方が、君には絶対相応しいのに。幾らでも君の話を聞いて、幾らでも側にいてやれるのに。何故、兄さんばかりを選ぶの?兄さんは――君の側に、ずっとはいないだろう?」
「それは――。」
「僕を選んで。僕だけを見て。僕は、君だけを見てるから――。」
甘い囁きに、甘美な時間。
似ているようで少し違う、双子の兄弟。
バレるのは、時間の問題だった。
「女神を穢したのか!?」
兄が言う。
それに「違う!」と弟が叫び返した。
「彼女は俺を選んだんだだけだ!」
「ふざけるな!堕としたの間違いだろうが!」
「彼女を貶すような事を言うな!どれだけ傷付いてると思ってる!?」
一体、どこで間違えてしまったのか。
どこで違えてしまったのか。
仲が良かったはずの双子の兄弟は、互いを憎しみ合い、罵り合い、私を奪い合う。
最初は泣いていた私。
――けれども途中から、それが心地良くなってきて。
求められてくれるのが、嬉しくて。
この上なく、最高に酔い痴れる事が出来た私は、離れて暮らすようになった兄弟の間を行ったり来たり。
それすらもバレて――双子はますます猛り狂った。
「「彼女は俺のものだ!」」
そう言って、ぶつかり合う二人。
生き残った方と添い遂げると誓わされて、それに全てを賭けた双子が、眩い光の中に溶けて消える。
私が託した聖剣により、勇者として最初から選ばれた兄。
私と契りを交わした事により、努力で勇者の道を掴み取った弟。
どちらも好きだった。
どちらかなんて、とてもじゃないけれども選べなかった。
――その結果が、相打ちとなり、どちらも残らなかった。
悲しくて、切なくて。
泣くくらいには好きだった私は、消えた二人をしばらく思い続けた。
そんな私へと、
「神よ、おお偉大なる女神よ。どうか、哀れな我らを救うべく、勇者を。勇者をこの地へ!」
何度も何度も願う人々。
興味が沸かない者達。
そんな中で、私は一人の青年に恋をした。
もうしないと思っていた、恋をしてしまった。
なぜなら彼は、自らの命すら賭して私を求めたから。
「貴女が望むのなら、この命さえ捧げてみせましょう。ですから、どうか、この地を救う術を。勇者を我らが元へ遣わし下さい――。」
その言葉に、その行動に、思わず望みを叶えたいと願ってしまった。
その願いが形となり、三人の若者が彼の住まう大地に降り立ったのは、それからしばらくしてからの事。
「ああ、我が女神に感謝を。この生命、尽きる時までお仕え致します――。」
その言葉通りに、彼は決まった時間、決まった通りに私へ言葉をかけてくれる。
私からの声は聞こえないようだけれど、何があったかを何時も教えてくれる。
私は、そんな彼の住まう地に興味を抱いた。
美味しい食べ物。
綺麗な景色。
美しいと思える花々に、色取り取りの布で作られた豪華なドレス。
どれもこれも、私の場所には無いものばかり。
始めて、外界へ降り立ちたいと思った。
「本日は穏やかな陽気で、まるで女神の御心に触れているようです――。」
彼は仕えるという言葉通りに、私を選んでくれ続けた。
それは、私が彼の前へ姿を現さなくても続く関係。
誤算だったのは、送り込んだ若者達でしょう。
一人目は自堕落な生活を送り、妬みと恨みを買って命を奪われた。
二人目は迫害の末に狂気に触れて、一人目を殺害し群衆によって殺された。
三人目は利用され続けて壊れ、何もかも破壊と殺戮に明け暮れるようになった。
一人目と二人目はどうでもいい。
三人目――この女が、問題だった。
「何故、貴女が――。」
そう呟き、切り捨てられたのは、私の好きな人。
けれども、最後に私を呪った人。
助けてくれと願われ、けれども私にはどうしたらいいか分からず、見殺しにしたから?
人は血を沢山流すと死ぬのだと、初めて知った。
でも、知った時にはもう遅くて。
「勇者とは、名ばかり、ですか――女神なんて、呼ばれても、所詮は邪悪な――。」
その言葉を最後に、事切れてしまった。
好きだった人。
大好きだった人。
色んな事を教えてくれた人。
でも、彼は最後に私を邪悪と蔑んだ。
邪悪。
そう、私は邪悪だったのね。
それなら、何をしても許されるのでしょう?
私はもう前の私じゃない。
少しは知る事も出来た。
悪人は、邪悪な存在は、どんな事も行う。
それは、罰する者が居なければ、幾らでも許される行い。
そうでしょう?
そうよね?
他ならぬ貴方が教えてくれた事だもの。
私を邪悪と言った、貴方が。
じゃあ。
これから私が何をしても、文句は無いわよね?
だって、私は人間の為にいる神じゃない、邪神だから――。
「ほう、面白い考えをするものだな――どうだ、私と手を組んでみないか?お前が望む世界の手助けをしてやるぞ。」
「手助けですって――?」
そう言って現れたのは、妖しくも魅力的な人。
けれども、頭に生えた角と、背中の翼が全てを否定する。
悪魔。
悪しき存在の筆頭とも言える高位次元の存在。
私と同じく、あってないような不確かな者。
危険と分かっていたけれども、その妖しさに魅せられた私は――。
「――良いでしょう。こちらの望みを叶えるのであれば、悪魔と手を組むのも吝かではありません。」
邪神への道を一歩踏み出した後。
だからこそ――これからは、史上最悪な神と呼ばれる為の所業を繰り返すのです。
きっと、それは、この上なく甘美なものとなるでしょう。
それこそ、恋よりも酔い痴れ続ける事が出来る程のものと期待出来ます。
だって、邪神だから。
邪悪な存在は、破壊と殺戮と狂気をこの上なく好みます。
だから、その第一歩に。
「この世界を滅茶苦茶にしてやりましょう。」
幾人もの勇者を送り込み、世界を変質させるのです。
そうして、何者も居なくなった後に、心望むままの世界を作りましょう。
私が好きになった人と、ただ共に過ごせる為だけの世界を――。
その時には、話に聞いた美味しい食べ物も、綺麗な景色も、花もドレスも全部独り占めして。
今度こそ幸福を掴み取り、傷付かない日々を送るのです。




