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179 その錬金術師は兄弟子達と再会する

 長く暗い地下遺跡は、かつては人や物を運ぶ為のレールが敷かれて、高速で走る乗り物がほぼ時間きっかりに駆け回っていたらしい。

 魔導文明時代にはそれらは既に過去の事となってしまっていたが、これらの時代を過ぎ去っても今尚残っている遺跡だというのだから驚きだろう。

 だがしかし、残念な事に今此処はアンデッドが巣食う危険地帯となってしまっている。それでなくても使役されたゴーレムが多数配置されているのだから、結局は調査等断念せざるを得ないだろう。

 そんな場所へと誘われるようにして案内されつつも、俺は内心でぼやき続けていた。


(よりによってそこに来いとか――どう考えても、仲間にするのが目的にしか見えないじゃねぇかっ。)


 それでも行くしか無いのが現状なのだから辛い。そして絶望しかもう感じられない。

 もしもこれで行かなかったら――無関係な者が巻き込まれるらしいからな。このせいで、俺はそれを回避する為に向かうしかなかった。


「凄いでしょう?当時は溢れる程の人達がこの地に集ってたって言うんだから。」

「あ、そう。」


 ただ、そんな場所の過去の説明を受けても、俺に古代へ想いを馳せる余裕なんてあったもんじゃない。

 何せ、此処が最期の地となるかもしれないのだ。逃げ道の確認だけでもしておかないと完全に詰む。この為に、確りと道順を頭に入れていった。

 広い通路の途中にある狭い通路は、元は避難経路だったり職員用の移動通路だったらしい。その内の一つ、更に地下へと続く隠し通路が突如として開いた。

 一寸先は闇だ。何も見えず、ほぼ奈落と言って差し支えない穴である。そこへと誘われて、思わず顔が苦いものになる。


「此処から先はアンデッドの楽園よぉ。大丈夫、腐ってる子はもう居ないから、匂いは酷くないわ。安心してね。」

「そう。」


 それで何をどう安心しろというのか。

 楽園と言うからには、スケルトンやらゴーストやらが大量にいるという事だろう。それで安心出来たら、それは既にお仲間になってる連中だけである。


(勘弁してくれよ――。)


 何故、そんな場所に呼ばれないとならないというのか。

 案内された先では、確かに腐敗臭等は無い――無いのだが、その代わりにゾッとする程の冷気が漂ってきて、微かな物音だけが寂しく響いていた。

 思わず、身の毛がよだつ。


(地下だから寒いんじゃない。完全にこれは、死体安置所特有の寒気だ!)


 何せそこは、声は無く、明るさも無く、ただ闇が広がる場所である。

 そこで蠢くのは、元人間だった者、物、もの、モノばかり――。


 どれもが骨だったり、半透明に透けている存在、即ちアンデッドだ。


 確かに、アンデッドの楽園だろう。

 その言葉通りの光景は、一瞬、息すら詰まる程の場所なのだから。

 まるで、死者達の暮らす都のような場所には、本能的な危機感しか沸き上がってこない。


「地下墳墓――?いや、此処は遺跡ですらないのか!?」


 周囲を見ていて気付く。

 上の遺跡とは違い、ここは岩の材質が違う。ひび割れてもいないし、それ程古いというわけでもない。

 おそらく、出来てから百年単位で済む範囲だろう。

 そう予想した俺に向け、


「そうよ?人力で広げたんだもの。」

「な――。」


 至極当然と言わんばかりに、先を歩く兄弟子だった者が答えた。

 一体、どれだけの期間を掛けて作られたのだろう――?

 硬い岩盤を削って作られた場所は、見事に迷路のようだった。幾つかの部屋と通路がずっと続いているだけで、上よりも薄い白に近い灰色が延々と続く地下世界である。

 それらの中には、何処もかしこも動く死者の群れで溢れ返っているらしい。まるで収容所のような様子さえ見せているが、カシャカシャと近付く度に、音が大きくなり膨れ上がっていくのは凄まじく、悪寒を引き起こして冷や汗が止まらなかった。


 生理的に受け付けない絶対的な『死』が満ちた世界だ。


 それがまるで当然のように充満しているこの地では、だがしかし、何者かによって全てが支配されているらしい。

 こちらを伺う気配はあるものの、未だ襲ってくる様子は全く無く、進むのに問題は無い。

 それでも警戒しつつ、幾つかある部屋を覗き込んで見ると、そこでは人骨が多数その場で足を踏み鳴らすという、異様な光景が見えてしまった。

 思わず、絶句する。


「なん、だ、あれ――。」


 乾いた声をなんとか絞り出し、その光景に頬を引き攣らせる。

 ただ、その場で足を踏み鳴らしているだけの、骨が動く単調ながらも異常な光景。

 手に真新しい槍を構えている者達は背丈が不揃いで、おそらくは子供だっただろう者の骨の群れだ。それらが、一糸乱れぬ整列をして、その場で足を踏み鳴らしている。

 まるで、質の悪い悪夢のような光景だ。

 思わずよろめくと、


「大丈夫大丈夫、全部此処の子達はお師匠様が従えてるから。」

「なんだって――?」


 思いがけない言葉を返され、再び絶句。

 ――やはりというか、師匠はアンデッドと化しているらしい。

 俺が目覚めない千年もの間、何度も勇者討伐や氷竜の撃退で動いていたのだから、人間としての寿命なんてとっくに過ぎてる。それを思えば、今尚存在するにはアンデッド化以外無いだろうと推測も出来た。

 しかし、出来ればそれは避けたかったところである。誰が好き好んでアンデッド化した身内に『お呼ばれ』なんて望むだろうか。少なくとも、俺は望まないしむしろ御免被りたい事だった。


「皆、自ら望んでアンデッドになった子達よぉ。」

「……。」


 少し先を歩いていた存在が振り向いたままに、そう口にする。

 クドラクだって、かつては兄弟子だった存在だ。

 過去形なのは、そんな彼が既に故人であり、此処に居るのは死後動いている肉体でしかない為である。

 例え、かつての人格や記憶、感情が残るとは言っても――アンデッドであり死者となってしまった後では、生者である俺とは相容れないだろう。

 この為に、話も鵜呑みにする事は一向に出来ず、ただ話半分に聞いておくに留めていた。

 だが、


「詳しくはお師匠様に聞いてねぇ。私が勝手に喋るのは駄目って、言われてるからぁ。」

「――はぁ?」


 これ以上の話をするつもりは無いのか、まるで先回りするようにこちらの言葉を躱されてしまった。

 思わず、怪訝な声が漏れ出る。

 それにも気にせず再び数歩歩き、ヴァンパイアとなった兄弟子が「来ないの?」と返す。

 そんな彼に、俺は溜息を吐き出しながらも後に続いて歩いた。


(まぁ、良いだろ――どうせ、死ぬんだろうしな。)


 逃げ道を頭に入れるにしても、ここは入り組み過ぎていて分からなくなる。幾つものT字路と十字路が重なる上、何度も曲がりくねって歩く為に覚えきれなかったのだ。

 とりあえずは今の時点では襲われる事が無いのが救いだろうか。ただ、それは同時に、一斉に襲いかかられる危険性も有り得るという事で、油断だけは出来そうにもない。

 中には業物と一目で分かる剣や斧の手入れをしている者まで居たのだ。それらは、生前は名のある戦士だっただろう事も伺えてしまい、もしかしたら相手をする事になるかもしれない。

 キリキリと、胃が痛みを訴えてくる。


(考えただけでも、ゾッとするな――。)


 もし、襲いかかられたら――生きて此処を出られる可能性はほぼ無いだろう。

 だがしかし、骨だけの身になってまで現世へしがみつくなんて、一体何が彼らをそうさせたのだろうか。

 それこそ、骨だけになってまでしてこの世に拘るのには、何故なのかと疑問が沸き上がってくる。


(もう声も発せないし、言葉を交わせるだけの知能も無いだろうから、分からないままだろうけども――ちょっとだけ気になるな。)


 そんな彼らの生前に多少の気がかりを残しつつ、案内されて進んでいく。

 上空では、生前の姿を保ったままのゴースト達の声無き囁きがあり、一部は発狂しているのか、意味無き笑い声まで上げて騒いでいた。

 ケタケタという笑い方は、こちらの精神を削り取るかのようで正直耳障りでしか無い。おそらくは、唯のゴーストでは収まらないだろう。


「こっちよぉ。」


 そんな俺を連れて歩くクドラクは、下へと続く階段の先を指し示して立ち止まった。

 此処までの明かりはカンテラの頼りない明かりだけだ。光魔法は相当嫌われているらしく、決して使うなと言われているし、こちらとしても無駄に魔力は使いたく無いのでこれ一つで来ている。

 その明かりで照らして見ても、底までは遥か遠いらしくて見えない。

 それを少しでも照らそうと、明かりを高い位置に掲げた俺を見て、ずっと渋い表情でいる事に気付いたのか、クスクスと笑い声が聞こえてきた。


「眉間に皺が寄ってるわよ?折角の綺麗な顔が台無しじゃない。」

「そう。」

「この先がお師匠様の家?ねぐら?まぁ、そんな所ね。私は終わるまで此処に居るから、行ってらっしゃい。」

「そう。」

「――反応薄いわねぇ。まぁいいけど。」


 愚痴るクドラクは放って置くとして――つまりは、この先は俺一人というわけらしい。

 何が待ち構えているかは大体予想が付く。多分、実験台か仲間入りくらいだろう。

 だが、少なくとも兄弟子と師匠のセットで対峙されないだけ、マシだと言えるだろうか――?


(同時に相手取るとか、何も出来ずに一瞬で終わるだろうしなぁ。)


 基礎能力が違い過ぎる。加えて、身体能力の強化でも追いきれない速さでは、為す術も無いのは間違い無い話だ。

 そっと、そんな異常な強さを見せた兄弟子だった存在の横を通り過ぎる。

 瞳の色と牙以外は本当に何も変わらない。変わりが無さ過ぎて、嫌に思えるくらいだ。

 その事へ思わず溜息が漏れるが、その直後に、


「此処までの道案内、助かった。」


 俺の口からは、勝手に言葉が溢れ落ちていった。

 これに、


「あら、お礼を言われるなんて思わなかったわ――。」


 驚いた顔を一瞬浮かべて、次の瞬間におどけた仕草で返された。


「フフッ、少し変わったように思えても、ルーちゃんはルーちゃんのままなのねぇ。」

「――どういう意味だ?」


 含みのあるような言葉に、少し遅れて気付き、振り向く。

 それに、


「お師匠様が答えてくれるわ。だから、行ってらっしゃい。」

「――?」


 疑問に思い、しばらく視線を向けていたが、どうしても答えないつもりらしい。

 その様子の彼に気付き、諦観の溜息を吐き出すと、俺は暗い地下の更に奥深くへと向けて足を進めた。

 長い――長い階段だ。どこまで潜るのかと訝しむくらいには長い。それを過ぎて、なんらかの時間稼ぎの罠かと怪しみだした頃に、ようやく横に向けて道が続くのが見えてくる。


(行き止まり――ってわけではなさそうだな。)


 横道は人が一人通れる程度の道幅しかなかった。そこを通ってみると、今度は広い部屋へと出て目を瞬く。

 天井がものすごく高かった。まるで、謁見の間のような作りで、幾つもの柱が見えるし、地面も綺麗に平らにならされていて、此処までの道とは大違いだ。

 ただ、長方形のそこに居たのは、ボロボロの衣類を纏う者達だけ。しかも、それらは転がっていて、何の変化も見えない。

 その事に思わず安堵しかけて、声が口から漏れ出す。


「此処は――。」


 何だ、と。

 そう声に出そうとした瞬間に。


「――なっ!?」


 スルリと、それまで転がっていた者達が、衣擦れの音だけを立てて、一斉に同じ動作で浮かび上がってきた。

 そのままゆっくりと振り向いてきたそれらの眼光には――暗く灯る紅い光が浮かんでいる。見るからに危険な色合いだ。

 だがしかし、その上に重なるようにして見えたのは、かつての兄弟子だった者達。

 その姿が、半透明に骨と襤褸い衣類に重なって、こちらを見つめてきた。


「――っ!?」


 多種多様な表情を浮かべてこちらを見やる兄弟子達には、懐かしさもあるがそれを上回る薄気味悪さを感じる。

 浮かべられている感情は、歓喜、悲哀、不安、そして――安堵だろうか。

 驚くのは、それらが全部下半身が無いという事である。骨だけの上半身にボロボロのフード付きのケープらしきものを被り、ただユラユラと揺らめく半透明な姿は、ゴーストともスケルトンとも付き難い存在だった。

 ましてや、それらは全て記憶にある顔ぶれ。この場には、クドラク以外のほぼ全員が居るらしくて、思わず足が止まる。

 そこに、


「ルーク。」

「ルー坊。」

「「よく来たな――さぁ、こちらへ。」」


 揃って声が投げかけられてきて、止まっていた俺の足が思わず後退る。

 まるで、示し合わせたかのような言葉だ。苦痛や憎悪は無いものの、悲しみや不安そうな表情を浮かべている者がいるのが気にかかる。

 例え死者となっても、生前の記憶や人格が残っている様子が見受けられる為に、どう反応すべきかも分からなかった。

 そんな俺へと、


「ほら、こっちだ。」

「師匠が呼んでる――急ごう。」

「――っ!」


 いつの間にやって来たのか、兄弟子達の内の二人が、俺の脇の下を抱え上げていた。

 そのまま、驚愕に目を見開く俺を浮かび上がらせ、音もなくスルスルと移動して行く。

 

「な、な、な――っ。」


 言葉が出ない。

 現状に対するパニックも相当だが、それ以上に、骨しか無いはずのその身は、確りとした腕の感触がある。

 その事へ対する違和感。視覚情報と実際の感触との差異が、物質とは別の何かによる感触を可能としている事へ、驚きと共に怖れを抱かせてくる。

 そんな中で、


「久しぶりだね。」

「元気してたか?」

「飯、ちゃんと食ってるんだろうな。」

「また引きこもったりしてない?平気?」

「睡眠時間はちゃんと取ってるんだよな?」

「研究も良いが、身体は大事にしないと駄目だぞ。」

「相変わらず軽いねー。」

「お前はもう少し肉を食え、肉を。」


 近寄り、辺りを浮遊しながら、矢継ぎ早に声を掛けられる。

 それに、顔は引き攣りっぱなしだ。

 ――罠だろうか?

 これは、罠なのだろうか?

 それにしては再会を喜ぶ姿に、生前の名残が有り過ぎて混乱する。その様子には違和感も何も無くて、ごく自然な――当たり前とも言える反応ばかりだった。


「なん、だよ、これ――。」


 思わず、上擦った声が口から漏れてしまう。

 久しぶりの再会を喜ぶ姿は、本当に自然すぎだ。これで半透明で下半身が消えていたりしなければ、俺も気軽に声を返してしまっていたかもしれないくらいには、自然すぎる。

 だがしかし、一時的に蘇ったかのようなこの状況は、間違いなく普通のアンデッドとも違う異常。その有り得ない状況に、思考が空回りする。

 その間に、


「「さぁ、いっておいで。悪いようにはならない。」」


 背中を押されるようにして、俺は一枚の扉の先へと押し出されて、唯呆然と佇むしかなかった。


 2019/01/14 加筆修正を加えました。


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