178 その錬金術師は歓迎に牽制される
貿易都市から沼地を突っ切り、歩いて一日程の距離にある場所。
以前、護衛依頼で落ちた所に、無数のゴーレム達が勢揃いして待ち構えていた。
「――早速お出ましかよ。」
見た目は蜘蛛のような多足歩行型だ。しかしながらも、足に当たる部分には鋭利な刃物が突き出していて、見るからに危険極まりない。
どうやら地下の古代遺跡で見たのとは違って、こちらは一から設計されたもののようだ。全身も良く見てみると、艶消しまでされている金属製で、かなり特殊だというのが分かって、否応なく対処の困難さに頭が痛くなる。
(これ、下手に刺激すれば、その時点で敵認定して殺しにかかってきそうだな――となると、大人しくしとくしかないのか?)
どうせ水と氷属性では、ゴーレム相手には大した効果を齎さないしな。その上でこの物騒なのをけしかけてくる辺り、最初から抵抗するなという意味なのだろう、きっと。
此処から一番近い貿易都市には、双子の魔女達とメルシーが居る。どちらも俺にとっては大切な弟子だし、技術を継承してもらう為にも、この三人はなんとしても守らないとならない。
この為に、囲い込まれても動かないという選選択肢しか取れなかった。
(やっぱりあの人は末恐ろしいな――魔導師に名を連ねるのも時間の問題って話は、伊達じゃないって事か。)
とは言え、鋭利な刃物を四方八方から突き付けるのはどうなんだろう。
随分と物騒過ぎる行動で、流石に嫌な汗も伝い落ちていく。
そこから全く動かない現状。一体、何なんだよこの状況は――っ!?
「師匠が呼んでるって言葉は嘘だったのか――?なぁ、クドラク兄さん。」
串刺しにされるかと、一瞬身構えもしたが、どうやらそういうわけではないらしい。
それ以降は全く動きが無かった。
とりあえず、だ。
――殺害の命令は出されていないらしい。それだけは幸運だと、思わず胸を撫で下ろしたものの、一向にこれらのゴーレムを従えている者が姿を現さなかった。
時間だけが無駄に過ぎて行く。焦れて、声を荒げて俺は叫んでいた。
「おい、行かせる気が有るのか無いのか、どっちなんだよ一体!」
これに、
「騒々しいわねぇ――随分と口が動くじゃないの。あの大人しくて可愛かったルーちゃんは、一体どこへいったのかしら?」
穴の中から声がしたかと思うと、一瞬で赤い瞳が迫っていた。
思わず仰け反りかけて、しかし突き付けられている刃物に自ら刺さる事になる為に、慌てて身体を制する。
一歩間違わなくても串刺しだ。それくらいには、突き付けられている物が全部鋭利で危ない状況にある。
「――っ。」
その直前までいってしまった為、思わず顔が引き攣って目が据わる。
「――殺す気か。」
「あら?」
自分でも思ってもいなかったドスの効いた低い声が、知れず出ていくが、相手はそれに対して気にした様子も無く、ただ目をパチパチと瞬かせるだけだった。
しかし、こっちはそれどころじゃない。
ゴーレムが突き付けている幅広の剣先は、危ないなんてもんじゃないからな。それを足の一本一本に取り付けていて、しかも複数のゴーレムがこちらに向けてそれを突き付けているんだ。嫌でも神経が磨り減るというものである。
その上、身軽に剣の腹に飛び乗ったままのクドラクは、余裕のある表情で見下ろしていて、現状に釈然としない。
「やぁねぇ、そんな気あるわけないじゃないの。」
「だったら、何でこの状況なんだよ!?」
そう口にする彼を自然と見上げる形になる俺だが、思わず「どこがだよ!?」と突っ込みたくもなる状況だ。
それでもこれに、彼はコロコロとそれはおかしそうに笑い――涙まで浮かべて見せていた。
「単にゴーレム達には、此処に近付くのが居たら牽制しておいてって頼んだだけよぉ?別にルーちゃんを殺せなんて命じたりはしないわぁ。」
「だからってこれは無いだろうが!」
「しょうがないじゃない。まさかこっちから来るなんて思っても見なかったんだもの――風属性は苦手でしょ?どうやって降りるつもりだったの?」
「それは――。」
こちらをからかうように宣う彼だが、瞳の中には完全に愉悦が浮かんでいる。
どうやら生前とは違い、人格には歪みが生じているようだ。
(アンデッドとしての性か――!?)
その事に気付き、思わずゾッと背筋が凍る。
それでも、言葉が交わせるのならと信じて、声をかけるしかなかった。
「それよりも、何で未だに剣を突き付けてるんだよ!?」
この言葉には、
「だって、ルーちゃん怖い顔してるんだものぉ。どうせ、お仲間にされるとか思ってるんでしょう?ね?」
「――っ。」
「ほーら図星だった。やぁねぇ、そんな事しないって言うのに、聞いてくれないんだものぉ。だから、牽制してるの。お・わ・か・り?」
「ああ、そうかい――違うって言うのなら、こっちも抵抗したりはしないでおくさ。違うのならな!」
「そうしてくれると助かるわぁ。」
クスクスと笑う様子には、赤い瞳を除けば、本当に生前となんら変わらない姿だ。
なのに、決定的に違うくらい、中身はイカレてしまってるようにしか思えなくて、思わず歯軋りしてしまう。
何せ、アンデッドの仲間入りをさせる以外に呼ばれる理由なんて、俺には全く思いつかなかったからな!
残るはせいぜい実験台だろう。師匠は生前、アンデッドに関する観察記録を記し、王都へと残しているし、かなりイカれてしまっているのが伺えた。
そこから読み取れたのは――弟子だった誰かを実験体にしていたことだ。しかも、アンデッド化による考察を様々な角度から行なっていたのはほぼ間違い無いだろう。
そして、自らもアンデッドへと転じただろう事も伺えるこの居間の状況。
これで警戒しなかったら唯の阿呆だとしか言えない。
そう思うのに、まるでしょうがないと言わんばかりに呆れた表情を浮かべられてしまうのだから、奥歯を噛み締めて耐えるしか俺には無かった。
――人質を取られているのが、何より辛い。
「何で呼んだんだ?こっちは平穏に暮らせていたっていうのに、何で、今頃になって――。」
弟子を取ったんだ。せめて、あの子達が独り立ちするまで待って居てくれてもいいじゃないか――。
そんな願望が、ついつい口をついて出そうになってしまう。
そこに、
「別に、用があるのは私じゃなくてお師匠様なのよ?私もお話はしたいけど、それは拳で語るなんて野郎臭い方法じゃないわぁ。お茶でも飲みながらの平和的な方法を望むもの。」
嘘か真か、クドラク兄さんが口を開いて語る。
その事へも何とも言えないでいると、彼はゴーレム達へ牽制を解除して、その場への待機を命じると俺の腕を掴んだ。
「さぁ、まずはお師匠様の所へ行きましょう――。」
愉しげに笑う彼に、俺は変わらず警戒を続ける。
何せ、生者と死者は相容れない存在だ。
科学文明が発達し、機械による労働力の軽減で、人々が物質的に恵まれた生活を送っていたという時代を滅ぼしたのが、この動く死者でありアンデッド達だったのだから当然だろう。
その教訓は、遥かに時代を超えても尚、変わらぬものとして今も受け継がれていた。
「――拒否権は、無いんだよな?」
「あら?無関係な者が巻き込まれても良いの?」
だからこそ、最後の悪足掻きとして言葉を交わしたのだが、結局は変わらない運命なのかもしれない。
押し黙り、ただ着いて行くしか無くなった俺は、最低最悪な気分を抱えたままに、かつての師が待つという古代遺跡の地下、最下層へと歩を進めて行くしかなかった。
2019/01/13 加筆修正を加えました。




