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174 その錬金術師は対策へと追われる

 沼地での一件はまさに最悪の一言に尽きるだろう。

 何せ、遭遇したのが元兄弟子だった者とは言え、ヴァンパイアが相手だったのだ。この時点でもう、討伐するのが非常に難しくなっている。

 加えて兄弟子だった彼は、かつては土魔法使いとして名を馳せていた為に防衛にも特化していた人物だ。対する俺の得意な属性は水と氷。この時点で相性が最悪で――最早何をしても、無駄な予感がひしひしとしていた。


(嫌だ――死にたくない。)


 そんな思考ばかりがグルグルと頭の中を渦巻く。

 アンデッドの中でも上位に位置しているのがヴァンパイアだ。それも、昼間に姿を現せられるところを見るに、ただのヴァンパイアですら無く、変異種か、あるいは更に上位の始祖なんて呼ばれる存在の可能性すらある。

 その相手がねぐらにしているだろうダンジョンへ来いと言う――どう考えても、絶望しかなかった。

 だが、だからと言ってこのまま何もせずにいるわけにもいかない。この為に、戻った貿易都市で早々に冒険者支部へと足を運び、支部長との面談を申し込んだのだが、


「出かけている――?」


 早めになんて言われているのに、まさかの不在だった。

 後どれだけ時間が残っているのかも定かではない現状である。急がないとならないのに、相談したい相手がこの場に居ないという状況に、理不尽ささえ覚える。

 思わず、奥歯を噛みしめて悪態を吐いていた。


「クソっ。」


 これに、


「た、只今、領主様との面会の最中でして――。」

「そうかい。行き違いにならなければいいんだがな!」


 受付嬢の言葉を最後まで聞く余裕も無く、双子を連れて、苛立ちも顕に城へと向かった。

 早くしないと無関係な者が巻き込まれる――。

 それには、後どれくらいの時間があるのだろうか?それだけでも知っておきたかったが、知るよりも早く兄弟子だった存在は姿を消してしまった。おかげで見えないタイムリミットに嫌な不安ばかりが増していく。

 例えアンデッドへ変わっているとはいえ、同じ師についていた人だ。色々と尋ねたい事だって山程あったというのに、聞く事は叶わなかった。

 その上、


(出来たばかりの弟子を半ば人質にされるとか、師の面目丸潰れもいいところじゃないか――。最悪、俺一人の死だけじゃ済まないだろう、これ?)


 少ない情報と絶対的な支配とも言える状況下で動かされている現状だ。

 逃亡も許されない事態には、不安や絶望しかない。気も立ってしまって、どうにもイライラとしていた。


「すまないが緊急事態だ。こちらに来ている支部長の所まで案内してくれ。後ろの二人は新しい弟子だ。一緒に通して貰う。」

「え――?あ、はいっ!」

「私がご案内いたします。」


 悪感情を抱えつつも、王からの書状を見せて兵の一人へと案内されながら城内へと入る。

 スライムの侵入で混乱に陥っていた頃とは違い、今では平穏の中だ。ここにまた嫌な話を持ち込むのかと思うと、気が重くもなってくる。


(何で俺の周りばかり、こんな――。)


 危険な事態が多いのか。

 頭の中は何時まで経っても整理しきれない。ただずっと、なんで自分が、とか、一体何が待ち受けているのか、とか、取り留めの無い思考ばかりが渦を巻いていた。

 それでも、


「――お入り下さい。」

「失礼します。」


 培ってきた礼儀作法は、こういった場所でも勝手に表面化して張り付いてきて、言動へと表れた。

 口はスラスラと、勝手に喋りだして動いてさえいた。

 思わず、内心で自分に呆れ返る。

 お上品にしている暇なんて無いだろうに、と――。


「突然のご来訪、大変申し訳ありません。至急、手を貸して頂きたくお伺いしました。」


 これに、


「本日はどうされましたか?」

「そちらのお二人方は?」


 口々に言われて、頭を下げて深々と返す俺。

 だから、こんなやり取りしている暇は無いはずだ。自分で自分の言動に、更なる苛立ちが沸いてくる。


「ご会談中というのに、重ねて申し訳ありません。この二人に関して、お願い申し上げます。」

「はぁ。」


 案内された部屋の中に居たのは、領主婦人と冒険者組合の支部長の二人に、壁際へと並ぶ護衛や執事、それにメイド達。

 そんな彼らの視線を受けつつも、ここまで互いを抱き合って着いてきた二人を前へと押し出した。


「大丈夫だから。ここなら、早々に手出しもされない。」


 不安そうな二人へと、そう言って軽く肩を叩いてやる。

 とりあえずはこの二人を預ける事で借りに――いや、貸しがあったか。それで、多少はチャラという事で目を瞑って貰えるだろうか?

 そう思いつつも、押し出した二人を前にして、重ねて頭を下げた。


「どうか、この二人を――匿ってやって下さい。」

「はい?」


 この言葉へと状況が分からずに首を傾げたのは、領主婦人であるネメア様その人。支部長の方は、何も言わずにジッと探るような視線を向けて来ているように感じる。

 冒険者というのは、本来何処の国にも所属しない流浪の民だからな。この為に、権力者を頼るなんて有り得ない話だし、してもならない事である。

 場合によっては登録証ライセンスを返す事も視野に入れないとならないだろう。

 だがしかし、それをしてでも、今は頭を下げるしかなかった。


(冒険者組合へ預ける事を最初考えたが――戦力的にも不確定要素を排除する面で考えても、おそらくは領主の下に預けた方が良いだろうな。)


 故に、頭を下げたままで口を開く。

 言葉に出すのは、流石に躊躇われた。スライムの時よりも悪い――最早、最悪と言って良い状況だ。


「――依頼の帰還中に、沼地にて高位のアンデッドである吸血鬼ヴァンパイアとなった元兄弟子と、遭遇しました。」

「なんとっ!?」

「ヴァンパイア!?」


 息を飲む気配とかけられた言葉に「はい」と確り頷いて返す。

 ああ、気が重い。ヴァンパイアを倒すには、最低でも冒険者の戦士あたりが百名近く犠牲になる計算だ。しかもこれ、一体を相手取る場合に、である。

 その恐怖と対処の難しさに混乱が起きてしまい、場が騒然となるが、俺は二の句が出なかった。

 これじゃぁ、スライムが沸いた時同様か、あるいはそれ以上にパニックだ。何を言っても、耳には入らないだろう、きっと。


「今、兄弟子と申しましたか!?」

「ええ。」


 騒然とした中で問われて、これにも頷いて返す。

 その後も、続々と質問が飛んできた為に、一つ一つ返していった。


「兄弟子――つまりは、錬金術師だった方ですよね!?」

「そうです。」

「そんな偉大な方が、一体、何故――。」

「それは分かりません。」


 その理由なんて、俺には分からない。

 分かりたいとも思わなかった。


 誰だって死後もこの世にしがみついて彷徨うなんて、望む事は無いはずだからだ。


 ましてや、生前はそれを嫌だと公言していた人物が、である。

 一体何があったのか、尋ねる前に姿を消されてしまっては、最早知る事も出来ないし俺には分かりようも無い。

 前々から余り理解出来ない人だったしな。

 ――もう、人じゃなくなってるが。


「どうか落ち着いて下さい。こちらへの危害が及ばない方法は、既に提示されていますから。」


 それでも、俺はこの場の混乱を収める為だけに、少しだけ強めの声を発していた。

 これに、領主婦人ネメア様も、冒険者組合の支部長も、壁に控えていた護衛や案内してくれた兵士、それに執事とメイド達まで注目してきて若干居心地が悪い。

 誰だって死にたくは無いだろう。そして、その上でアンデッドの仲間入りなんて――したくはないはずだ、きっと。


(俺もだけどな。)


 しかし、それは叶わぬ願いかもしれない。

 何せ、嫌だと言っていた人物がそうなってしまっているのだから、他の兄弟子達もまた同様にアンデッドへと変わっている可能性だって高いのだ。

 その事を口にしないままに、向けられた視線を受けながらも、一言一言、告げようと口を開く。

 それに比例するように、俺の心はどんどんと沈んでいったが、努めて顔には出さないように淡々と言葉を乗せていった。


「あちらが求めるのは、俺がダンジョンへ、出向いてくる事です。そして、そうしないと、無関係な者が巻き込まれる、と。だから――。」


 膝をついて、頭を下げる。

 今、自分に出来る事を。

 無関係な者には、少なくともこの双子だって含まれるはずだから。


「新しく弟子となったこの二人をこちらで匿っては頂けないでしょうか。その代わりに、あちらの条件を飲んで、俺がこの地が巻き込まれる事を何とか回避出来ないか、模索して参ります。」

「しかし、それでは貴方はー――。」


 言葉を途中で止めたのは、分の悪い賭けだからだろう。後は、俺の技術と知識が失われる事を怖れて、だろうか。

 ――一応、錬金術師の技術は、基礎までならメルシーが身に着けている。レシピも家に戻れば書き溜めてあるのが置いてあるし、知識だけでも、何とか継承は可能だろう。

 それを口にしつつ、


「――何よりも、条件を呑まなければ、最低でもヴァンパイアクラスを二体以上相手取る事となります。」

「に、二体も――。」


 状況が最悪だと感じるのは、誰もが一緒。

 しかし、此処に居る人達は、未だ未来はあるはずだ。

 絶望して自棄を起こしたりする必要性は無いだろう、きっと。


「眷属としての配下もいるでしょう。加えて、兄弟子だった存在は土魔法の使い手として名を馳せていた人物です。俺との相性も悪く、とてもではないですが太刀打ちできません。戦闘になれば、確実に無駄死にするだけですね。」


 これに、


「貴方ですら、勝ち目は無いと仰っしゃりますか!?」


 支部長が目を剥いて尋ねて来た。

 俺の腕をどうにも高く評価しすぎだが、その代わり自棄になる者が減るなら現状はこの評価を正さないでおいても構わないだろう。

 ――ヴァンパイアなんかの高位の魔物相手では、流石に結界石も心許無いし、弾く事は出来ても、それは魔力が魔石に残ってる間だけだ。魔力が切れた瞬間に、蹂躙されるのは目に見えていた。


(何が最善か。何が必要か――。)


 覚悟は未だ決まっていないが、やるべき事は幾らでもある。

 この為、今の内にいざって時の避難経路の確保とか、いろいろと考えて貰うよう、合わせて頼み込んでおいた。

 何せ、


「確実に、為す術もなく負けますからね。」

「何と――。」


 俺と遭遇した存在とでは、相性が最悪なまでに悪い上、力量差が明確なまでに出てしまっている。この為、戦闘となれば最早どうする事も出来ないだろう。

 その後も質問される言葉に対して、生前の情報ですら太刀打ち出来ない強さがある事、そこにヴァンパイアとしての強さが加わっている事、何よりあれから更に時が経ち、知識面においても相手が上手である事等を淡々と告げていく。

 更には、師に関する情報も口にしておいた。


「師匠は――賢者レクツィッツは、ヴァンパイアと同等か、あるいそれよりも強いアンデッドと化していると見てほぼ間違いは無いでしょう。仮に敵に回すとなると、勇者よりも強い相手と対峙する事となりますので、国が滅びかねません。」

「……。」


 冗談抜きにそうなってもおかしくはないだろう。

 何せ、まるでお伽噺のように物語として本にまでなってしまっているからな。俺の師匠であるレクツイッツってご老人は、そんな存在だ。

 幾つか見た本の中では、雷の嵐を降らせたとか、北の氷竜を撃退したとか、一撃が川の流れを変えたとか、そんな話ばかりだった。

 魔法使いや魔術師の中でも最高峰を誇る魔導師の肩書は、伊達じゃないって事である。しかもそれが敵対する相手かもしれないという可能性に、誰もが黙り込み、気付けば俺の言葉だけが響いていた。


「師が暴走しているのなら、それを止めるのは弟子の役目でしょう――しかし、弟子の弟子には、そこまでの責任はありません。だから、匿ってやって欲しいのです。」


 メルシーの方は遭遇していないし、多分大丈夫なはずだ。

 更に帰るまで時間がかかる事になるが――ちょっと顔を見せて安心させておこう。最悪、おっちゃんならあの子を託せるだろうし、金も何もかも渡しておくか。

 その後も話し合ったものの、他に案は出ず、


「生きて、帰ってきて下さい。」

「どうか、ご無事で――。」

「はい――それでは二人をどうか、よろしくお願いします。」


 未だ怯えているドロシーとリリィを預けて、俺はメルシーの元へと足を運ぶ。

 ほんの少しだけの顔見せだ。不安にさせないよう、おっちゃんの店で売り子をやっていた彼女を褒めて、店の人達へ頭を下げる。


「この子をよろしくお願いします――。」


 持っていた金は全額、受け取ってもらっておいた。

 今度は何があるか分からないから、と。

 それから、俺は一人、地下遺跡であるダンジョンを目指して、来た道を戻り始めた。


 2019/01/10 加筆修正を加えました。


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