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173 その錬金術師は亡き兄弟子と遭遇する

 色々と転がり始めます。


 貿易都市への道は、途中で沼地を避けるようにして作られている。この為、迂回するような形になるので、直線距離で一日程のところが三日もかかる計算になって時間が取られてしまう道程だ。

 そうまでしても迂回するのは、この沼地がアンデッドの発生地点だからだろう。

 誰だって腐った死体や、かつて人だった者達との戦闘は避けたい。加えて、沼地である為に馬車の車輪は取られるし、底無し沼も多い為に道を作るにしても危険性が大きい場所だった。

 こういった事情から、沼地そのものが避けられているようなのだが、


「臭ーい。」

「汚ーい。」

「こら、故人に対してそんな事を言うんじゃない。」


 時折浮いている腐乱死体を見ては、双子の魔女から死者への冒涜とも取れる発言が飛び出していた。

 それを諌めつつも、俺は双子の魔女を引き連れて、この地を突っ切る事を選んで進んで行く。

 何せ此処は凍らせれば足場は確保出来るし、沸いているのは低位のアンデッドだけだから対処がしやすいからな。所謂スケルトンとか、ゾンビとか呼ばれる連中だけなので、容易に対処が出来るのだ。


(【黄泉送り】って低位のアンデッドには効果的だからなぁ。中位からは全然効かないみたいだけど。)


 師匠達に連れられて、アンデッド退治に駆り出された過去が今じゃ懐かしい。一部、トラウマを抱えた奴なんかもいたが――まぁ、昔の事だ。

 その過去を思い出しつつも進みながら、遠距離からの闇魔術で簡単に成仏してくれる死者達に思いを馳せる。


(確か、この辺りって津波の終着点だったよな――?)


 行きはともかく、帰りは余裕がある為にそんな事を思い出す。

 未だ浮かばれぬ死者達が彷徨う沼地は、元々は川だった場所。それが、今じゃ見る影もないが、下手に街道を進むよりは多少マシだろうという事で、ここを突っ切る事にした。

 何せ、人間を相手にしたりするよりも遥かに楽だとさえ言えるからな。ナンパに見せかけた変質者共の相手というのは、本当に面倒だし不快感が半端無い。

 魔女の二人もこれに賛成したので、概ね不満は出ても引き返そう等と言う事は無かった。


(しっかし、この二人には死者へ気遣うとか出来ないもんかね?)


 思うのは、二人のアンデッドへ対する反応だ。怖がるとかじゃなくて、成仏させた後の肉体を見ての面白半分な態度に、流石に渋面になる。

 アンデッド達は成仏はしてくれても肉体は残るわけで。そのご遺体を見た二人から、先のような発言が飛び出してくるのだ。

 その事に、出来れば思うだけに留めておいて欲しいと思う俺がいて、何度目になるか分からない二人の言葉にそっと溜息を吐き出した。


「――彼らだって、こうなりたくてなってるわけじゃないんだよ。」


 この辺りに居るのは、ほぼ骨だけになった死者達だ。

 沼地である為か腐敗が早く分解されてしまい、衣服も何もほとんど残ってはいない。稀に、ハードレザーと呼ばれる硬い革だったと思われる装備を身に付けたスケルトンが現れるくらいだった。

 そんな死者達を眺めつつ、


「でも、臭いものは臭いし。」

「汚いものは汚いしね?」


 揃って顔を見合わせる二人。

 それに、思わず溜息を吐き出した。

 ここはかつて俺が暮らしていた港町を飲み込んだ津波の終着点だ。つまりは、あの町の住民が眠っている可能性だって高い場所である。

 もしかしたら、顔見知りくらいは居るかもしれない。どうかしなくても、親しくしていたご近所さんなんかが眠っている可能性は十分にあるのだ。例え、あれから千年が経っているとはいっても、アンデッドとして彷徨ってい可能性は零じゃなかった。


「お前らなぁ――。」


 呆れて口を開く。

 それを臭いだの汚いだの言われれば、流石に口を挟みたくもなるのだ。

 知らず、声は固く厳しいものとなってしまっていた。若干、怒気も混ざってしまい、二人を見る目がついついきつくなる。


「自分がもしも同じように現世に蘇ってしまって、同じように言われたらって考えてもみろよ。少しは嫌だなって、思ったりはしないのか?」


 これに、


「う。それは流石に嫌かも。」

「言い過ぎだったね。」

「「ごめんなさい。」」

「うん、分かれば良いんだ。分かれば。」


 二人から即座に反省の色が見て取れた為に、謝罪の言葉を受けて幾分声を和らげる。

 育ての親がアンデッドとして蘇るのを望まなかった二人だ。自分達が蘇るのだって望まないだろう、きっと。

 ましてや、臭いとか汚いなんて言われたくもないはず。その読み通りに、その後、二人が悪口を口にする事もなくなり、静かに着いて来た。

 ただ、


「何だ――?」


 沼地の途中、凍った地面の上に、やけに綺麗な死者を感知して、足が止まる。

 多分、ニkmは先だ。ここからではほぼ見えないが、一種、異様なまでの空気が流れて来ていて、本能的な怯えが湧き上がってきて足が動かなかった。


「何これ?空気が冷たい?」

「なんか、凄く寒くない?ねぇ?」


 同じように感じたのか、後ろを付いて来ていたドロシーとリリィの足も止まってしまった。

 足元の冷気とはまた違う寒気だ。悍ましさとでも言うべきだろうか、本能的な危険を感じる『何か』としか言いようのない空気が漂ってきていて身震いする。

 下がりたいんだが、正直足が竦んでしまって動けない。それならせめて――と、探索魔法を強化していった。


「【千里眼】、【立体地図】、【座標固定】、【映像化】――。」


 震える声で呟くのは、貿易都市でも地下遺跡でも散々使った魔法の数々。

 遥か先の地点すら見通すのが【千里眼】で、周囲を三次元の地図として浮かび上がらせるのが【立体地図】だ。この地図情報から位置を読み取り特定するのが【座標固定】であり、更にこれら全てを纏めて扱いながらも、映像として脳裏に浮かべる事が出来るようになるのが【映像化】という魔法だった。

 属性上はどれに分類するかも不明。正直、属性とは無関係に習得出来る感じがするが、扱いきれる者の方が滅多にいない為に覚える事へのメリットがほとんど無かったものである。


(師匠達には感謝だな――。)


 そんなこれらの魔法を覚えていたのは、単に師匠と兄弟子が付きっきりで叩き込んでくれたおかげだと言えるだろう。当時は不要だとさえ思っていたが、現世ではこれのおかげで生命を救われたと言っても過言ではない為に有り難く思っている。

 そんな魔法を用いてみて、先の感知した存在を視ようと視点を移していった。

 直後、


(んな!?有り得ない!)


 見えたものに、俺は内心で絶叫していた。

 そこに居たのは、死体にしては余りにも綺麗過ぎる――見覚えすらある存在。

 薄い茶色の髪と赤い瞳が印象的で、しかし、血の気を失せた真っ白な肌が気味が悪くも感じる死者。肌とは対象的なまでに赤い唇は緩く弧を描いていて、微か笑っていた。

 まるで人形のようで、そうして、質の悪い悪夢のようなモノ。

 笑みによって僅かに覗く鋭い犬歯が、それが何者であるかを明確に表していた。


「ヴァンパイアだって!?」


 そう口にした瞬間には、


「――久しぶりねぇ、ルーちゃん。」

「――っ。」


 ニkm先に居たはずの存在が、いつの間にかそう言って、冷たい手を俺の頬へと添えていた。

 ゾッとする程の寒気は、手が冷たいからだけではない。それだけ、魔力が高いからだと思えた。

 その高い魔力は、死んでいる存在だからこそか温かみが無く、夏でも震える程の冷気となって周囲を漂い包み込む。

 ただ、それだけなら、まだ動けた。双子はともかく、俺は動けたはずだ。

 しかしなががらも――それがよりによって、かつて慣れ親しんでいた相手では質が悪過ぎた。


「アンタ何やってんだよ、一体!?」


 そう叫んだ俺に向かって、


「煩い口ねぇ。一体、何時からそんなに騒がしくなったのかしらぁ?」

「ぐっ――。」


 手の平で俺の口を覆いながら、眼の前の相手が掴んだままにギリギリと締め上げてくる。

 懐かしい顔が――かつての兄弟子の顔が、確かにそこにはあった。

 だというのに、その瞳の色は赤くなっている。口には鋭く伸びた牙がある。

 確実に、人ならざる存在へと変わってしまっているらしかった。


(冗談だろう――?)


 その事へ内心でぼやいてみても、幾ら眼の前の現実を逃避したくても、最早どうにもならない。

 相手は完全に動く死体と化しているのだ。

 その現実から逃げるのを許さないような握力を籠められている事に、思わず顔が歪んで呻き声が漏れ出す。

 すると、


「あら?力加減を間違ってるかしら?いけないいけない、どうにもやりすぎちゃうのよねぇ。」


 俺の顔を掴んでいた手が緩み、何とか離れる事が出来て、後退る。

 まるで、全力で掴まれたかのような痛みだったが、あれで普通に掴んでいるつもりらしい。その痛みに顔を顰めつつ、頬骨に触れて確認する。

 ――大丈夫だ、骨は折れていない。


(とりあえず、怪我はないみたいだな。)


 その事へと若干安堵すると共に、目の前の兄弟子そっくりな存在がやはり人間じゃなくなっているのを悟り、複雑な気分にもなった。

 ゾンビやスケルトン等の低級の存在であれば【黄泉戻し】である対アンデッド用の魔法や魔術が効く。

 しかし、上位であるヴァンパイア相手に、これらの魔法や魔術は効果が無い。レジストと呼ばれる抵抗をされてしまい、無効化されてしまうからだ。

 つまりは、現状対抗手段なんて何も無いに等しいわけである。

 そんな俺へと、ドロシーとリリィが後ろからしがみついて来た。


「――あら、可愛い。」


 それに注意が逸れたのか、兄弟子だった存在から声が投げかけられる。

 吸血鬼であるヴァンパイアは、特に処女の血を好むとされている。二人が目をつけられたら大変だ。

 背後からでも分かるくらいに二人の肩が跳ね上がり、慌てて牽制と懇願の言葉を口にしていた。


「二人には手出ししないでくれ――血が欲しいなら、俺のを好きなだけくれてやるから。」


 この二人は既に俺の弟子だ。師であるなら護らないとならないところだが、勝ち目のない戦いを挑んでも無駄死にするだけで終わる。

 それに、元々は兄弟子であった存在。もしも生前の優しさが少しでも残っているのなら――この交換条件でも手を引いてくれるだろう。

 そんな可能性に掛けてみると、期待通りというか、思っていた以上のようで、


「別に、ルーちゃんから取り上げたりはしないわよぉ。そこの子達、魔法使いでしょ?なら、お仲間じゃない。」


 そう言ってクスクスと笑われて、少しばかり息を吐き出した。

 それでも本能的な恐怖には未だ縛られているようで、俺だけじゃなく後ろの二人も微かに震え続けている。

 正直、この『仲間』がアンデッドとしてでは無い事を祈りたいところだったが、祈れるような神も居ない為に二人を何時でも逃がせるように構えるしかない。

 しかしそこに、


「ごめんなさいねぇ、最近馬鹿の相手が多くって、人だった頃の感覚が薄いのよぉ。危害を加えるつもりは無いから、安心して頂戴。」


 両手を合わせて片目を瞑って見せる兄弟子『だったもの』が、そう言って謝罪してくる。この辺りは、生前と何ら変わらない仕草にも見えて、余計に戸惑った。

 一層薄気味の悪さを醸し出しているようにしか見えないんだよ。生前そのままにアンデッドとなっているせいで。

 思わず顔が歪んでしまう。情けなくも、泣きたくなってしまって、知れず言葉を口にしていた。


「何で、アンデッドなんかになったんだよ――。」


 このアンデッドっていうのは、生者とどうしても相容れない存在だ。故に、危害を加えるつもりが無いと口にしていても、それが確実とは言えないだろう。

 例えば、仲間へと加える方法が殺害だったとしても、当人達の中では『危害』に該当しないとかある。

 これはアンデッドへと変化した時点で、多かれ少なかれ気が狂うからだと言われているし、解消する方法も無いと聞いていた。

 それを嫌っていた相手が、まさかのアンデッド化。

 ――何があったのかとか、どうしてそうなってしまったのかとか。色々と疑問はつきないが、一度口にしてしまった言葉は、その後も続けて出ていってしまった。


「アンタ、それだけは御免だって言ってたじゃないか。それなのに、どうしてだよ。」


 そう口にした俺は、単純に時間稼ぎでしかないだろう。

 これに、コロコロと――軽やかな笑いと共に兄弟子であった人物が口を開く。


「やぁねぇ、そんなの大した事じゃないのよぉ。」


 そこにあったのは、多少の哀れみ、だろうか?

 生前と同じ思考回路とは限らないので、もしかすると嘲笑なのかもしれないが、何にしろ戸惑うしかなくて口を噤んだ。


「ルーちゃんったら考えすぎ。あれから何年経ったと思っているの。自然発生と人工的なものでは、最早別物なのよぉ?」

「人工的――?」


 突然、良く分からない事を言われてしまって、思わず眉を寄せて考え込む。

 とりあえず、いきなり襲いかかって来るとかは無いらしい。ただ、人工的って何だよ?魔法や魔術による手法なら、そういう話し方で良いはずだろ。

 仮にも魔術師だったんだしな。幾らアンデッド化しているとはいえ、知能の低下が無いのなら魔術師らしい言葉選びをするものだろう。少なくとも、ヴァンパイアは腐敗もしない為に、知能の低下を招くような事はないはずだ。

 そんな風に訝しみ始めた俺に向かって、


「ルーちゃんへお師匠様からの伝言よぉ――早くダンジョンに来なさいだって。場所は分かるでしょ?最近、派手に落っこちたものねぇ?」


 からかうように言われて、ハッとした。


「見てたのかよ!?」


 ダンジョンに落ちたと言われたら、あの『アホード』を追っかけた時の事しかない。

 それを何処からかは不明だが、感知されていたと知って驚いた。


(見張られていたのか――?)


 そう考えたが、それならもっと早くに姿を現しそうなものだと思い、その考えを振り払う。

 何より、今は眼の前の対処からだ。逃がす隙きを伺いつつも、言葉でどうにか煙に巻けないものかと考える。

 そんな俺へ、


「ええ、すっごい遠くからねぇ。私のゴーレム相手に、随分と面白い行動取るじゃないの。氷のキューブに閉じ込めるだなんて、腕も上がってるようでとても嬉しいわぁ。」

「――っ。」


 こちらの実力も把握した上での接触と知り、内心で愕然とした。

 遠くから戦いを見られていたという事は、後をつけられていたと言う事。しかも、こちらに感知されないままで、だ。

 そんな相手が伝言係として来たという事は、更に上のアンデッドが居るという事になるわけで。


(冗談だろ!?)


 そんな奴が根城にしているだろう場所へ来いと、更に告げられる事への恐怖。

 仲間へと引き込む為、だろうか?あるいは、実験材料か?何にしろ、その先の未来は決して明るくは無いだろう。

 ――死にたく無いんだけど、俺。

 そこへ、


「安心して頂戴な。こうなるかどうかは、ルーちゃん次第だから。でも、早めに来ないと、無関係な子が巻き込まれるって話よぉ?」

「――っ!」


 言われて、盛大に顔を引き攣らせた。

 つまりは、こっちに拒否権は無いって事じゃねぇか、これ――!


(最初から完全に詰んでるとか、最悪もいいところだな!?)


 何せ、相手は最低でもヴァンパイアクラスが二体以上。魔物のランクとしては高位も高位。中型の魔物であっても、戦闘力と厄介さは極めて高い。

 しかも、元魔法使いと魔導師が相手だろうと思われる最悪なパターンだ。

 それらを相手に戦闘だって?自殺どころか一撫でされただけでもあの世にいけるじゃねぇかよ!マジで冗談じゃないっての!


「なるべく早めにいらっしゃいね。巻き込まないように――。」


 そんな俺の葛藤を他所に、いつの間にか兄弟子だった存在が消えていた。


「こっちの言い分も何も無視かよ――。」


 俺はただ、その事へと拳を握り締めるしかなかった――。


 言うだけ言って消えるオネェな兄弟子。こっちもヘイト溜めそうですが、悪気は無い。

 次回が巻き込まれる子達の運命の分岐点となります。伏線回収作業も合わせて開始。それらが全部繋がるのはもう少し先の予定。


 2019/01/09 加筆修正を加えました。


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