172 その錬金術師は少女と魔女の違いを語る
少女二人を連れた旅というのは、何かと面倒事に巻き込まれやすい。
例えば盗賊からの襲撃とか、ナンパからの性犯罪とかだ。
こういった連中というのは揃って馬鹿が多い傾向にあるのが頭の痛いところだ。
例えば、女と勘違いして俺からの威嚇を受けたりとか、一般人と勘違いされた魔女二人によってふっ飛ばされたりだとかするのである。
そうして、今回もまた、
「おー、良く飛んだなぁ。」
魔女二人を普通の少女と勘違いして、しつこくナンパしていた連中が大空高くに舞い上がっていた。
天気は晴れ、時々人間である。
異様な状況だったが、面倒な輩程大空を飛ぶ傾向にあってなんだか感慨深い。おかげ様で、呆れも何もかも通り越してしまっていて、呑気に見上げるしかない日々が続いていた。
「受け身も何もあったもんじゃないな、あれは。」
錐揉み状態で吹き飛んでいく連中を見てそう思う。
どうやら、魔女であるドロシーとリリィにふっ飛ばされると、方向感覚が分からなくなるらしい。完全に天地さえ不確かになるだろう、あれでは。
どうかすると墜落時に頭部を強打したりとなかなかに危険だ。少なくとも、頭部から落ちる連中は生き残れない未来しか見えない。
実際、そんな状態で墜落した奴が一人、首をおかしな方向へと曲げて事切れたように見えた。他の奴等も固い地面へと叩きつけられて吐血したりと、見るからに先が短そうに見える。
「あーあ、だから言ったのに――まぁ、自業自得だよな。」
そもそもしつこくナンパするかに見えて、完全に犯る目的で来ているのだから質が悪い。
男の俺はともかく、年若いドロシーとリリィの怒りを買うのは当然だろう。
しかし、魔女二人の攻撃を受けずに済んだ連中は、この光景に固まって、頬を引き攣らせていた。
「何だよ、あれ――。」
「魔法だが?」
先に警告は発しておいたし、それでもしつこくナンパしようとしていたんだから、当然の結果だろう。
何せコイツら、しつこいナンパで折れないからと、痴漢行為に走ったのだ。男の俺から見ていても不快でしかなく、ましてや俺まで女と勘違いして触れてきたのだから、そこに慈悲なんてあるわけがない。
この為に、俺もまた二人に見習って行動に移る。
具体定期に言うと、残った連中を下からゆっくりと、氷で覆っていった。
「【凍結】っと。」
「な!?なんだ!?」
「足が、足があ!?」
騒ぐ声を無視して、遅延魔術による生き地獄を与える。
一瞬で死ねる方がマシというものだ。じわじわと氷に覆われて、外側から冷えていくのはさぞかし辛いだろうからな。
夏という季節もこちらとしては有り難かった。旅の最中だろうと、冒険者のように危機感が無い連中の場合は薄着だから、冷気を防ぐ手段も何も無く終わるし「。
「俺さぁ、男だって言っただろ?それなのに全然話を聞かないし、猥褻な行為をしようとしてくるし、完全にアウトだろお前ら。まぁ、これに凝りたら、あの世で後悔でもするんだな――っと【凍結】。」
再度氷魔術を解き放っておき、しっかりと息の根を止めておく。
直後、魔力で強化した足で街道の外へと、そのまま出来上がった氷像を蹴り飛ばしておいた。
とりあえずは、これで掃除は完了だろう。
「お疲れさん、二人共。」
そう思って告げたこの言葉へ、
「無理矢理引きずろうとするとか最低!」
「お尻触られたしもう最悪だよ!」
「はいはい。」」
怒り心頭な少女達――魔女である二人が揃って激怒して、涙目で訴えてきた。
それを宥めつつも、再び街道を歩き出す。
「あっちが悪いんだもんね!?」
「そうだな。」
「本当にあの世で後悔してればいいんだよ!」
「そうだな。」
どうやらかなり機嫌が悪くなってしまったようで、道中延々と二人が騒ぎ立てては愚痴を続けてくる。
それに対して俺が思うのは、実害が無いのは素晴らしい!という事だった。
何せ、あの『アホード』だったらこうはいかないだろうからな!確実に周囲は焼け野原になっていただろうし、その後始末に俺が追われていたはずだ。それと比べてみると、この二人の愚痴なんてとても可愛いものである。
思っていた以上に魔法使いとしての腕も良いようで、まさかの収穫だとさえ言える。【強風】だけでなく【竜巻】までも使えるとは思ってもいなかった俺としては、最早嬉しい誤算だとさえ言えた。
(思わぬ収穫でラッキーだったな。魔女の里で、一番の当たりを引いてきたんじゃないか、俺って?)
そう思うのも、上の魔女っぽい奴等は揃って初級魔法を使っていたからだ。ゴーレム相手に初級は既に力不足過ぎるんだが、それ以上の魔法が無かったので、多分あれが現界だったのだろう、きっと。
他には、数名が箒で空を飛べるだけで、あれだとせいぜいが中級だろうと思える。
その点、二人が使う【強風】も【竜巻】も中級から上級の攻撃魔法だ。これだけ見ても、実力に雲泥の差が出ると言える。
「でもこれで分かっただろう?」
そんな二人へと、俺は普通の少女の格好をする場合のデメリットを先に告げてあった。
犯罪に巻き込まれやすくなるというデメリットをである。
「普通の格好をすれば変態に狙われやすいのがさ。特に、町の外なんかは犯罪が起きても露呈し難いし、この為野営地だろうとなんだろうと常に気を張らないとならないんだ。最悪、口封じにそのまま殺されるからな。」
これに、
「嫌な奴ばっかりだね!」
「本当!さっきの奴等もその前のも嫌な奴らだった!」
「馬車の人なんてさ――。」
「はいはい――。」
揃ってこれまでの道中を振り返りつつ、嫌な奴連呼する二人。
思わず苦笑いを浮かべるが、話はまだ終わっていない。
普通の少女の格好をするのにも、メリットがあるのだ。
この為、
「――魔女の格好はそれはそれで、面倒事に巻き込まれるんだよね?」
リリィからの質問がきた為に、そうだなと頷いて返す。
魔女は魔女で問題が多い。どっちが良いとか悪いとか以前に、女って時点で面倒事に巻き込まれやすいのだから、二人には特に身を守る為の知恵を身に着けさせる必要性があった。
それを語って聞かせるのは何でも無い、二人が既に俺の弟子になったからだ。身内に足を引っ張られるのは御免だし、出来る限り自分で対処出来るようになって貰わないと、俺としても困るのである。
何せ、俺自身が既に王族に目を付けられてるからな。これ以上の厄介事は御免だ。
「権力者とか犯罪者集団とか――ようは一部の横暴な貴族とか、違法な奴隷商や暗殺等を手がける裏の組織が、魔女の持つ技術や力欲しさに狙ってきやすい。しかもその場合は搦め手を使ってくるから、気付いた時には手遅れってパターンもある。」
この言葉に、二人揃って「うえっ。」と呻いた。
「結構私達って、危なかったんだね。」
「冒険者組合で必死に引き留められたけど、あの時あそこを出なくて良かったのかも。」
「うんうん。寝る所も提供してもらえたしね。」
「ご飯だって出たしね。」
「後お菓子も!」
かなりの高待遇だったようだが、魔女との衝突を避けたかったのだろう、きっと。
後は、彼女達が常駐してくれれば、いざって時に治療を頼めるという狙いもあったのだと思う。
何にしろあそこでの利害関係は一致していたわけだし、両者共に悪く無いものだろう。
「情報もあそこでなら得られたし。」
「丁度向かって来てくれてたしね。」
「うんうん。」
俺があの都市に向かったのには、上の思惑が色々と絡み合った結果な気がしないでもないが、穿ち過ぎの可能性もあるので偶々だと思っておいて貰う為黙っておいた。
あくまで可能性だしな。推測を語ってもしょうがない。
「とにかく、だ。魔女の場合は今の世ではかなり価値があるんだ。魔法使いの数が少ないし、何より劣化してるとはいえ魔法薬が作れるからな。その技術と知識を門外不出にしているのもあって、喉から手が出るってくらいに欲しがる連中は少なくない。だから、ちゃんと町の中でも注意しろよ。」
「「はーい。」」
実際、過去には魔女を捕らえようとした貴族だっていたのだし、それらを自力で撃退し、時には自害さえ選ぶ魔女もいたのだから、身を守る事には慎重になりすぎってくらいで丁度良いはずだ。
何せ、過去の魔女達の努力と犠牲の上で、今の魔女達の安寧があるとさえ言えるんだからな。
それを破るのは、築いてくれた者達に対して余りにも酷い仕打ちだ。自分達以外の魔女にも危害が及ぶ可能性くらいは、二人にも理解させておかないと不味いだろう。
その為に色々語って聞かせてはいるが、
「二人は一般人からの弟子って事にしておくし、当面はまぁ安全だろうけどな――俺の弟子なら、王の書状が効果を発揮するし。」
表立って魔女として知らせるよりも、二人の身の安全を確保する為の方法は他にもある。
その一つである物として、メルシーを保護した際にも役に立った書状を休憩中に見せて、保存食として買ってきた乾パンみたいなのを齧って休憩にした。
固いし味も何も無くて美味しく無い乾パンもどきだが、一緒に買ったピーナッツバターをつければ話は別だ。
魔女の二人もこれには飽き飽きしていたようで、こぞって瓶の中身を塗っては、この乾パンみたいなのを口に運んではしゃいでいた。
「これ美味しい!」
「甘くて幸せー!」
そんな二人の横で、
「後はここにお茶でもあれば最高なんだがなぁ。」
水筒の中の水を口にしてぼやいた俺は、自宅のハーブティーが恋しくて呟く。
空を見上げてみれば、梅雨明けの青空がどこまでも広がっていた。
本日の天気は晴れ、時々人間が降ってくる。
そんな中で、残りの道を双子の魔女と進む道程。俺達はやがて街道を逸れて、アンデッドが沸くという沼地へと向いていた。
2019/01/08 加筆修正を加えました。




