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170 その錬金術師は魔女の再訪を受ける

 魔女の里を何とか抜け出し、都市まで戻ってきた俺。

 余り頼りになりそうにないというか、色々と不安が多い双子に後を託して来たが、他に方法も無かったので最早なるようになるしかないだろう。

 それよりも、


「――あー、きっつい。」


 二度目となる女から男へと戻る為の性転換薬を宿で飲み干し、呻き声を上げながらもベッドの上で寝返りを打つ。

 全身が汗だくで気持ちが悪いんだが、つい先程まで襲ってきていた激痛でグッタリだ。

 せめてこれが、自分の意志で性転換した後に戻るのなら、まだ感情だけでもマシになるんだろうが、今回はそうじゃないので本当に最悪だった。


(全く、夏のこのクソみたいに湿度が高い時期に汗塗れとか、誰得なんだよ――。)


 汗臭いのを好むのは、せいぜいが特殊な性癖の持ち主くらいだろう、きっと。

 そのまま転がっていたが、流石に何時までもそうしているわけにもいかず、汗臭くなった衣類を脱ぎ捨てる。それらを水魔法で洗濯し、乾かした後は男物と取り替えて着替えていった。


(二度と女物のパンツは履かない。絶対にだ!何がなんでも絶対だ!)


 服は都市に入る時は男物だったが、流石に下着は男女では別にする必要があった為にそのままだった。この為、下着はようやく今、取り替えて着替える事が出来たわけである。

 女物の服は勿論なんだが、下着は特に二度と履きたく無いってくらいには、履き心地が嫌になる。何せ、布地面積が少なくてどうにも落ち着かないからな。密着具合も気持ち悪いし、好んで履きたいとは思えなかった品だ。

 服の方だって、スカートの類はどうにも足が涼しすぎる。それに気を取られて視線が下がり気味になる為に、探索魔法を展開していないと、周囲の確認も疎かになりがちで危険だ。通りを歩くだけでも、当たり屋やスリに狙われやすくて一苦労した。最早デメリットしかない。


(まぁ、これでもう性別を変える事も無いだろうけどな――。)


 とりあえずは、今後は魔女の里にはもう立ち寄る必要性も何も無くなった。全くもって、こちらの収穫はゼロだったとさえ言える。

 何せ、肝心の水属性持ちの魔法使いが、あそこには居なかったからな!

 錬金術をどうにか継承してもらいたかったんだが、その錬金術が魔法薬の製造では水属性を必須にする。その使い手が居ない以上、完全に宛が外れてしまった状態で、頭の痛いところだった。


(どうするかねぇ、この問題――。)


 そもそもとして、水属性持ち自体を未だ見ていない気がするんだよなぁ。

 黒衣の冒険者は闇だったし、他の者も水は使える様子が無かった。都市まで護衛してきた『アホード』は火属性だし、魔女の里に居たのは風と火属性。メルシーは多少水への親和性があるとは言え、基本的には土属性だ。

 何だか違和感しか覚えないところだが、元々不遇な扱いを受ける傾向にあった属性なので、そもそもとして伸ばそうとする者も滅多に居ないし、見つからないくらいには埋もれている可能性なんて幾らでもあるのだろう、きっと。

 その内、孤児院とかあるなら訪れてみて、後継者として引き取るとか考えた方が良いのかもしれない。


(でも、なーんか違和感が有りすぎないか?今の状況って。)


 全く見ないっていうのも変なんだよな。王都に居たのだって、元冒険者のサラって子は土属性だったし、王城の魔法使い達は火と風で偏っていた。

 まるで、水属性だけを省かれているような感じだ。青い目をした者はいるので、全く居ないというわけでは無いと思うのだが、何か理由があるのだろうか――?


(うーん?必要性を感じないって事は、無いと思うんだが。)


 そんな事を思いつつも、水筒に補充した水を飲んでいると、


「すいやせん、ちょいと良いですかね?お客さん。」

「んあ?」


 泊まっている宿の店主がやって来て、何処か困った様子で顔を覗かせて来た。


「どうしました?」

「いや、お知り合いだという方がいらっしゃったんですが――そのぅ。」

「何か問題でも?」


 声を掛けてみるものの、どうにも歯切れが悪い様子で、思わず尋ね返してしまう。

 しばらくはこちらの顔色を伺ったりしていたが、やがて意を決した様子で口を開いてきた。

 ただ、小声で周囲を気遣う様子で告げられた言葉に、俺はそっと嘆息する。


「どうやら魔女みたいなんですよ、そのお知り合いって方が。」

「ああ――そういう事ですか。」


 魔女達の立場は、現状とても危ういものだと言える。

 トップの『おばば様』と呼ばれる大魔女が危篤状態だったし、他の魔女達はその後釜狙いで派閥争い。下っ端は右往左往している状態だ。

 里の中がそんな状況なのに、更には外では彼女達が持つ技術と魔法に目を付けた連中に狙われやすいという問題がある。


 言ってみれば、揉め事を持ち込む可能性が高いのだ。


 この為に、大抵の場所では彼女達との接点を快く思わなかったりするらしい。

 此処の店主も、多分そういう類の人間なのだろう。しきりに周囲を気にしているので、そこまで外れた予想でも無いと思われた。

 その様子に、謝罪の言葉を口にしながら銀貨を一枚握らせた。


「すみませんね――外で会ってくるので、とりあえずは迷惑をかけるような事は無いと思います。悪いんですが、これで。」


 余計な出費だが、宿を叩き出されるのはそれはそれで困る。

 確実に面倒事になるので、そっちの方がこっちとしてもお断りだった。


「はぁ――それならいいんすがね。」


 若干、決まりが悪そうな表情を店主が浮かべたのは、罪悪感からだろうか。

 何にしろ取った行動は理解出来るとは言え、ちょっと褒められたものではないしな。気にするくらいなら、今後は気に掛けてくれたら有り難いと思う。


「最悪、宿泊をキャンセルするから、そこは安心してくれ。」


 この言葉に、


「――まぁ、キャンセル料を払ってくれるなら、構いませんがね。」


 多少渋りつつも頷いた店主の様子に苦笑いしつつ、部屋を出た。

 やっぱりというか何というか、魔女へ対する迫害は少なからずあるものらしい。

 もっとも、今回の場合は宿に危害が加えられたりして、評判が落ちたりするのを避けたいというところだとは思うが。


(それにしたって、もう少しやりようはあるだろうに――まぁ、保身に走るのは何時の時代の人間も一緒だし、言ってもしょうがないか。)


 俺だってそうだし、直接責めるつもりはさらさら無い。

 ただ、それでも『魔女だから』という理由だけの店主の言動には、ちょっとばかり不快に感じた。

 その感情を振り払いつつも宿を出ると、反対側の通りに佇む二人組を見つけて、片手を上げて口を開く。


「リリィとドロシーじゃないか――里に留まっていなくて良いのか?」


 真っ黒なトンガリ帽子に、同じく真っ黒なワンピース風のローブ。手には杖を持ち、古めかしい魔女の姿を取る二人は、里で別れたはずの双子の魔女だった。

 ただ、後釜を決めるのに、今里は騒動になっていたはずだ。下っ端の魔女ですら集会に参加するよう告げられる程、状況は良く無かったように思えたのだが、あれから解決でもしたのだろうか?

 そう思って声をかけたのだが、


「おばば様からの最後の命令。」

「貴方の後を追えって。」

「――は?」


 表情が固く、感情を押し殺したような声で二人が言う為に、思わず警戒心が込み上げてきた。

 少し離れた位置で足を止めると、慎重に尋ねる。


「――掟を破ったからか?」


 これに、


「「違う!」」


 即座に二人から、揃って声が返ってきて訝しむ。

 ただ、そこからは、まさに立板に水だった。


「おばば様はただ追えって言ったのっ。」

「二人だけでも行けって。ここはもう後が無いからって。」

「行って、戻ってくるなとまで言われたっ。」

「巻き込まれるって何?ねぇ、なんで、貴方との縁が巻き込まれない事になるの?」

「訳分かんないよぅ。何がどうなってるの?ねぇ?」

「私達、貴方の後を追った後はどうすれば良い?」

「どうしたら良いのか教えてよ。ここからどうしたら良いのか、さっぱり分かんないよ。」

「何か、分かる事があったら、何でも良いから言って。お願い。」

「状況も何も分からないの。だって、」

「「おばば様は、何も説明してくれなかったからっ。」」

「ああ、待て、待て待て。」


 怒涛の勢いで喋る二人を宥めつつ、注目を集めている為に少し周囲へと視線を走らせる。

 幸い、建物と建物の間に、すぐ袋小路になっている場所を見つけたので、そこへと二人を連れて行った。

 その間も二人は喋り続けていたが、


「――落ち着け、落ち着けって。」

「「もう訳分かんないよぉ。」」

「何でも良いから教えて!」

「一体、どうしたら良いの!?私達!」

「――はぁ。」


 パニック状態のままにしまいには泣き出されてしまって、俺は嘆息した。

 メルシーにも泣かれたが、俺は子供を泣かせるような運命にでもあるのか?もしそうなら、凄く嫌な運命だぞ。

 ひとまず、二人が落ち着くのを路地で待つものの、正直頭が痛かった。


(何でこうなった?)


 大体、何故、そのおばば様は、俺の後をこの二人に追わせたんだ――?


(掟破りの責任の取らせ方ともなんか違うよな、これ?)


 それに、巻き込まれる巻き込まれないって話も変だ。

 まるで、先の未来を知っているかのような言動。違和感が凄過ぎる。


(まさかな――先読みって事も無いだろ?)


 預言者とは異なり、確定した未来を告げるという存在を先読みと呼ぶ。

 その未来が破滅である場合には周囲を助ける為に奔走し、そうしていつの間にか姿を消している為に、実在するかどうかすら議論が分かれる存在だ。

 なんでも、遭遇した者の話では、何もかも先を読んで動く様子を見せるらしい。その事から付いた呼び名が『先読み』だった。


(まぁ、おばば様の髪は白かったけど、もしも赤い瞳を持っているのなら、確実に魔女の里は国の保護下くらいにはあったはずだからな。多分違うだろ――。)


 先読みの特徴は、体毛が白い事、瞳が赤い事、そして、種族性別年齢問わずに、その特徴を備えている事だ。

 彼らは重要視されているというか、確定した未来を教えてくれる存在である為に貴重である。この為に、保護という名の囲い込みを誰もがしようとするのだ。

 だがしかし、その気配は里には全く無かった。それどころか過去には自力で窮地を脱して来ているのだから、あの場所だけでなくおばば様自身が、国との接点はそこまでのものはないと言えるだろう。


(大体、考えられるのは、過去に会った事があるとか、人伝に何か聞いていたとかだろうしなぁ。)


 八百年も生きているというのだから、一度くらい遭遇するなり、先読みの言葉を人伝で聞いていてもおかしくは無いと思える。

 俺の師匠もそんな感じがあったし、そこまで不思議な事では無い気がした。


「「ぐすっ。」」

「――少しは落ち着いたか?」

「「うん。」」


 ひとまずは、考え込んでいる間に多少落ち着いたらしい魔女二人を冒険者支部へと連れて行く事にする。

 未だ滞在している査察官と秘書の男性を巻き込もうという魂胆だ。

 そんな二人の所在を訪れた冒険者支部で、受付に尋ねてみれば、未だ新しい後任が来ていない為に、今も支部長室で跡継ぎの仕事へ追われていると言う。

 これ幸いとそこに双子の魔女を連れて行ったんだが、開口一番、


「なんじゃい、早速手を出したんかい。色男は早くていかんのう。」


 思ってもいなかった言葉をかけらえて、うんざりとした溜息が溢れていた。


「――何でそういう考えに至るんだよ!?全く別の案件で二人は泣いてるんだから、茶化してないで相談位乗ってやってくれ!」


 室内に足を踏み入れると同時に、飛んできた馬鹿げた言葉。それに叫び返すも「やれやれ」なんて言って返される。

 それにもうんざりとしていれば、更にうんざりとする声が聞こえて来てしまって、俺の目は半眼に据わっていった。


「いよう!数日ぶりじゃねぇか!俺に会いに来てくれたのか?嬉しいぜこのヤロー!」

「んなわけあるかこのアホ!」


 聞こえてくる声と共に、飛びついて来ようとした赤毛を素早く振り払いつつも、


「違うからな!?絶対に、それだけは、違うからな!?」

「えー?」


 全力で否定しておく。

 隙きあらば人を抱えあげて、訓練場に連れ込もうとするような奴だ。そのまま訓練という名のバトルに付き合わされるつもりは当然無いので、全力で押さえつけて言葉でも否定しておく。

 これに、


「はははっ、照れ屋さんだなー。」

「だ・れ・が・だ!このアホ!」

「ぐえっ。ちょ、ギブギブ!」


 床へと足で押さえつけてるというのに、至って呑気に笑うアホの代名詞である『アホード』が、まさしくアホみたいな事を宣ったので思い切り踏みつけてやった。

 それでも全く凝りない様子だ。相手するのも面倒なので、早々に鎖で拘束して、部屋の隅へと転ばせて放置しておく。


「ったく、邪魔するなよなっ。」


 そのまま『アホード』が蓑虫姿で藻掻いていたが、


「おーい、これ外してくれよー。ちょっとした冗談じゃねぇか、俺とお前との仲だろ?」

「喧しいわ!」


 本題に入りたいのに邪魔されて、怒鳴り返していた。

 それでも、


「そうカリカリすんなって。どうせだし、訓練でスカッとしようぜ、スカッと!」


 無駄に爽やかな笑みを浮かべながら、蓑虫化した『アホード』が喋る。

 本当に邪魔ばかりしてくるな、コイツ。全く人の話を聞かないし、一々絡んできて鬱陶しい。


「お前は黙ってろ!」


 苛立ってそう叫ぶと、


「騒々しいぞい――アルフォード、お前は少し黙っておれ。」

「えー。」


 査察官からも注意が飛んで、不満顔で『アホード』が食いついた。


「ちょっとくらいいいじゃんかよ。ストレス発散に訓練だよ、訓練。」


 これに、


「黙れと言ったんだが、聞こえなかったか?なんなら、懲罰室送りにしても良いんだがな。」


 監察官からの脅しが入る。

 流石に懲罰室とやらには行きたくないのか「うげぇ」と呻いた『アホード』が引いていた。


「分かった、分かったって――ったく、揃って扱いが酷いんだからなぁ、もう――。」


 愚痴愚痴と文句を垂れる『アホード』に、自業自得だと返したくなる。

 しかし、こちらが口を挟むよりも査察官の方が早かった。


「黙れと言ったのが聞こえなかったか?」

「へーい。」


 現状、この部屋の主となっているのが査察官であるご老人だ。つまりは、この支部でのトップである。

 そんな人物に数度、注意された為に『アホード』が表面上は大人しくなった。

 その内また騒ぎ出すのだろうが、一時的とは言え静かになったんだ。さっさと本題に入って此処を立ち去ろうと決意し、苛立ちを何とか抑える。

 そんな俺の側では、魔女の双子がビックリした顔で固まっていた。


「さて、本題へと入ろうかの?」


 そんな俺達へと向き直った査察官がそう口にして、ようやく話が本筋へと戻ってくる。

 それに、俺も頷いて返した。


「――そうだな。こちらとしてもさっさと済ませたい。」

「ぐすっ。」

「すんっ。」


 泣き腫らした様子の双子を促し、席に着いて、聞いた範囲の話を査察官へと聞かせていく。

 それを間違いが無いか二人からも確かめ、騒々しい奴が静かな内に話を進めた。


「えっとね。」

「確かね。」

「おばば様が言ってたの、里はもう後が無いって。」

「終わりまでそんなに長く無いらしいの。でも、何でかは教えてくれなかった。」

「もう耳も聞こえてないみたいで、聞いても駄目で。」

「説明しないまま、逝っちゃったの――。」


 再び泣き出した二人に、ハンカチを貸しておいてやる。

 話を聞いた査察官は微かに唸ったかと思うと、そのまま黙り込んでしまった。


「「ありがどう。」」

「おう。」


 そこに、揃って二人から礼を言われたのだが――遠慮なく鼻を噛むとか、汚いな、おい!?

 しかもそのまま鞄に入れようとするが、ちょっと待て。流石にそれは待て。

 慌てて、二人から回収して魔力を練り上げる。


「「――?」」


 揃って首を傾げられたが、


「いや、不思議そうにしなくて良いから。俺は水魔法が得意だから洗濯も出来るんだよ――こんな風にな。」


 空中に浮かべた水球の中、水流を起こした中へと回収したハンカチを放り込んでおいた。

 これに、二人から揃って簡単の声を上がってきて、なんとも言えない気分になった。


「「わぁ。」」


 洗っているのは勿論、二人の涙と鼻水でグショグショになったハンカチが二枚だ。

 ――まぁ、幸いというか、水気のあるものが付着しただけなので、洗うのはすぐに終わる。

 そうして、洗い終わった水を誰も居ない外の地面へと撒き、洗い上がったハンカチには【脱水】をかけて乾燥してから戻しておいた。

 そんな俺達を前にして、


「――どうにも原因が分からんなぁ。」


 査察官のご老人がそう口にして、溜息を吐き出す。

 どうやら、こちらでは何の情報も掴んではいないらしい。魔女の里の未来が無いというのに、正直困った状況だ。


「原因そのものでなくとも、不穏な話とかは無かったのか?」

「うーむ。」


 原因自体は定かではなくとも、何かしら関係するものや予兆なりが出ている可能性だってある。

 死ぬ間際に何度も口に出してまで、双子を里から脱出させたおばば様だ。ただの世迷言とかではないだろう、きっと。

 ただ、その考えが何だったのかは、最早故人となってしまったようなのでさっぱり不明なのが惜しまれる。


「――里を出てくるのに何も言われなかったのか?少なくとも、部外者を里に招いた事の処罰くらいはされるだろ?普通。」


 この二人は俺を里へと招き入れ、しかしそのまま里から出るのを見逃してもいるのだ。

 掟を破った行動にも繋がる為、二人が里を出るにあたっては妨害なり工作なりがあってもおかしくはない。

 しかし、実際の所は、上の魔女達は何も言わなかったらしく、そのまま素通り出来たらしい。


(――どうにも腑に落ちないな。)


 疑問点だらけだ。

 しかし、考えるにしても推測の域しか出ない上、情報も少なすぎて正確性に欠ける。

 悩んでいると、


「多分、部外者を入れたからなのかも?」

「それって、一体どういう意味だ?」


 リリィに言われて、俺は目を瞬いた。

 そこに、ドロシーからの捕捉が入って、有り得るかもしれないなと思う。


「錬金術師だったから、トップ争いの邪魔になるって思ったのかもしれないね。」

「うんうん。それに、おばば様の最後の言葉だったもんね。文句は言えなんと思うよ。」

「皆、おばば様にだけは従うから。」

「ふーん?」


 随分と慕われていたらしいおばば様。

 どうせだから、言葉を交わしてみたかったところだが、最早故人である為にそれも叶わない。

 一先ず話を戻そうと思い、査察官の方へと視線を向ける。秘書の男性は跡継ぎの仕事が溜まっているそうで、今はそっちに集中していて会話には加わってこないからな。この為、何か聞くならこっちだろう。


「――それで、こっちで何か掴んでるとかは本当に無いのか?」

「うむ。無いな。」


 断言されてしまい、今度は俺が呻く番だった。完全に打つ手無しで、後手になるだろう、これは。

 魔女の里は終わる――その終わりに関して、冒険者組合側で掴んでいる情報があるとすれば、魔女の里から一番近いこの都市で間違いない。

 だがしかし、古い遺跡が見つかった以外は、特に何も変わりは無いというのだから、最早どうしようもなかった。


「特に不審な情報も無いしな、沼地で高位のアンデッドが沸いているという噂はどうやら嘘のようだし――まぁ、早々沸かれても困るのだがね、あれは。」

「まぁなぁ。」


 その言葉に、頷いて返す。

 アンデッドっていえば、生者の敵。どうしようと相容れない存在だ。

 それに、


「高位のアンデッドって言えば、リッチとかヴァンパイアになるし、彼奴等に人の身で勝つのはほぼ不可能に近いだろ?レッサーヴァンパイアくらいなら、犠牲覚悟の上なら、何とかならないでもなさそうだが。」


 言われて同意を示しつつも考えた。

 アンデッドで高位となれば、確実に厄介な手合だろう。魔法に特化してたり、無駄に体力があったり、毒ガスを吐いたり、あるいは被害者を同族に変えたりといった厄介さだ。

 最上位に至っては天災レベルでただ通り過ぎるのを待つしか無い。倒そうと考えるだけ無駄だ。逃げるのも無駄に近いが。

 ――何にしろ、真っ当な勝負になる事は無いので、相手するような事が無いのなら、それに越した事は無かった。


「犠牲覚悟ならいけるのか。」


 ただ、これに食いついてくる査察官。

 しかしそれには、


「戦士系が百人近く逝く計算になるがね――一体を相手にして。」

「ううむ、それはちょっと――。」


 返す言葉に難色を示された。

 唸る査察官だが、話が脱線してきていいる。

 軽く手を打ち鳴らして、ズレた話を本筋へと戻す事にしよう。


「とりあえず、だ――里の状況は何にしろ、外野からは早々手出しは出来ないだろ?救援要請が出てから動くなり、異変を察知してから動くなりすればいいんじゃないか?」


 現状だと、他にやりようがない。

 下手に周囲をうろつけば、それだけで刺激しかねないからな。今は特に神経がピリピリしている状況だろうし、そう思って提案しておく。

 これに、


「それは当然だが、果たして間に合うのかね?此処から、歩いて数日の所なんだろう?」


 査察官から突っ込みが即座に入ってきて「さてな」と返した。


「一応は攻撃魔法を得意とする火と風属性の魔法使い集団の集まりだ。余程相性が悪いとかもでなければ、早々遅れを取るような事も無いだろ、きっと。それよりも気になるのは――。」

「気になるのは?」


 言いかけた言葉に、査察官から先を促されて息を吐く。

 あの里はあれが『普通』なのだろうが、外から見たら『異常』だ。双子も気付いていないみたいなので、この際と思って口にしておいた。


「――彼処が、やけに魔素濃度が高かったって事が気になる点かな。その割には、強い魔物の発生も無いみたいで不思議だけど。」

「ふむ?それは本当かね?」

「「うん。」」


 途中で問われた双子が、鼻をズルズルと言わせつつも、揃って頷いて返す。

 未だ表情は暗い。それでも、こちらの言葉は聞いているし、反応を返すくらいの余裕はあるようだ。

 親代わりを失ったとは言え、既に半分自立していたようだし、メルシー程立ち直れないショックでふさぎ込むという事もなさそうだった。


「えっと、スライムとかゴブリンくらいかな?」

「どっちも弱いよね?私達の魔法で大体即死するし。」

「へぇ。」


 魔素濃度が高い場所では魔物の発生が多く、そして強い個体が生まれやすい。

 それが見受けられなかった魔女の里は謎だが、そこはまぁ、魔物の発生を抑えるなんらかの措置が取られているとか、あるいはこっそり上位の魔女達が始末しているとかなのだろう、きっと。

 どちらなのかまでは定かではないが、推測の域に過ぎない事を此処で話しても仕方が無い為、今は省いておく。


「何にしろ、こちらで出来る事は無いな。下手に手出しして神経を逆撫ですれば、全面的な対決にもなりかねないし。」


 これに、


「――何かあったかね?」


 問われた為に、俺は双子を見る。

 二人共、ちょっとバツが悪そうな顔だ。それで、俺の目が更に据わる事となった。


「こいつらが俺を錬金術師だって言った直後に、焼き殺されかけたよ。今はトップ争いで内部分裂しかけているし、かなりピリピリしている。だから、様子を見るに留めるのが正解だろうな、今は。」

「な、なんとまぁ――大変な状況にあるもんだ。」


 そんな中に引きずり込んだ双子も双子なんだが、それよりも冒険者組合側の方が俺としては苛立ち要素である。


「で、そんな場所に人を誘導しといて、何か言う事は無いの?俺、殺されかけたんだけど?」

「何の事だ?」

「すっとぼけるなら――覚悟はあるんだよな?」

「――!?」


 少しばかり魔力を漏らして脅しをかける。

 実際、茅葺屋根の家で火球を放とうとした馬鹿が一人いたんだ。狙いは双子だったとはいえ、木造建築でもある家は燃えやすい。その上、二人の属性は風なので、火をぶつけられれば逆に勢いを増す結果になりかねない危険な状況でもあった。

 つまりは、あの時俺が対処していなければ、一緒に火に呑まれて死んでいた可能性も高いわけである。


「殺しかけといて、言う事は無いのかな?」


 その事へ、苛立ち紛れに気温を下げて更に脅してみれば、


「――正直、すまなかった。まさかそこまでとは思わず。」

「「ごごごごめんなさーい!」」


 共謀して人を送り込んだ事を揃って自白して、ようやく謝罪の言葉を得られた俺は、そっと溜息を零していた。

 チラリと視線を動かすと、話だけは聞いていたらしい。秘書の男性まで、揃って頭を下げている始末で、もう一度、俺は溜息を零していた。


 2019/01/06 加筆修正を加えました。


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