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169 閑話 その錬金術師と大魔女の予言

 リリィ視点。ドロシーでも変わらないという。


 集会場はごった返しになっちゃった。


「――ぬぁんですってえええ!?」

「おばば様を焼き殺そうとしたですってえええ!?」

「あんのお馬鹿、何処までお馬鹿なら気が済むの!」


 ――訂正、般若の巣窟になっちゃった。

 下っ端でしかない私達を放り出して、上位の魔女達がこぞって駆け出して行く。

 その顔にあったのは、まさしく鬼の形相。冗談抜きに般若のお面を被ったみたいになってて、凄く怖かった。


「今の何あれ。」

「初めて見た。」


 ドロシーと顔を合わせて口を開く。

 そこに、


「おばば様を放ったらかしにして騒いでいたのにね。」

「邪魔に思ってたわけじゃないのかな?不思議。」

「本当、不思議だよねー?」

「あんなに文句ばかり言ってたのにね。」


 他の残っていた魔女達と、魔法が使えない女性達も揃って口を開いてくる。

 てっきりおばば様を目の上のたんこぶだと感じていて、邪魔者扱いしてるんだと思ってたんだけど、なんだか違うみたい?

 突進するように走って行く姿を見て、揃って私達も遅れて着いて行くけど、


「――なーに、あれ?」

「おばば様の魔法?もしかして起きたの?」

「なんかちょっと違うんじゃない?」

「魔力が違うよね。あれって水の気配が濃厚だし。」


 口々に言い合っている内に、押しかけてきた魔女の派閥は、あっと言う間に抑え込まれちゃっていた。


「この!よりによっておばば様を亡き者にしようだなんて!」


 言葉と共に、誰かが蹴り飛ばされる。

 そして、


「な!?私達はそんな事――。」

「焼き殺そうとするなんて、アンタこそ火炙りの刑よ!」


 更に誰かが蹴り飛ばされて、しかも軽く宙を舞った。


「そんな事は私達はしてな――。」


 誰かが反論しようとする度に、その誰かが蹴り飛ばされる。

 そして、偶に誰かが宙を舞ってポンポン飛び交う。

 ――多少の怪我くらいなら治せるからって、皆乱暴しすぎっ。怪我を治す薬だって、売り物だっていうのをちゃんと理解して無さ過ぎるぅ!


「許すまじ!絶対に許すまじ!」

「いや、だからしていないと――。」


 そんな上の魔女達の騒動に、下っ端の私達はただ見守っているしかない。

 若干、治療に使う薬代があれば、美味しいお菓子とか手に入るのになっていう不満も沸く。だけど、文句言えるような雰囲気じゃないから、沈黙しておくしかなかった。

 だって、派閥は一つじゃないんだもの。全部で六つはあったのに、その内の五つが結託して、残りの一つを叩き潰そうとしてるんだから、本当にポカーンだわ。

 前は三対三でやりあってて、しかも協力しあってるようで、その実出し抜こうって工作しまくりだったしね。

 それが、一つの派閥を潰すのに五つの派閥が協力しあってるのだから、下っ端は何が起きているのかもいまいち飲み込めないよ。


「もしかして、敵の敵は味方ってやつ?」


 そう口にすると、


「シッ――今は黙ってた方が良いわ。」


 コソコソと後ろで話す他の人達が、こっそりと耳打ちしてくれたので、もう一度口を噤んだ。

 黙るついでに、遥か上空に上がっちゃってるおばば様の家を見上げる。

 そこに、


「――あ、ようやく気付いた。」


 上から手の平をヒラヒラとさせながら、此処まで連れて来た錬金術師の人が、声を投げてきた。

 それに合わせて、ゆっくりと、持ち上がっていたおばば様のお家が降りてくる。


「うわわわっ。」

「ひえー!お助けー!」

「何これ何これ凄い凄ーい!」

「いかん、立ち眩みが……。」


 無邪気にはしゃいでいるのは、小さい子だけ。

 それ以外は頭を抱え込んだり、その場に尻もちを着いたり、ただ口をポカーンと開けてるだけでいたりと、とにかく皆、動きを止めてる人が多い。

 それでも上の魔女達は、派閥を一つ叩き潰すのに未だに躍起になってるようだけどね。


「おばば様は無事!?」

「お家は焼けて無い!?」


 家から出てきた錬金術師の人に尋ねる。

 これに、


「中は何も変わりありませんよ。」


 と返ってきて、喜んで良いのか、それとも落ち込むべきかで迷っちゃった。


「えっと、どっち?」

「とりあえず、殺されなかったから喜ぶべき?」


 ドロシーと顔を見合わせて相談する。

 私達の願いは、おばば様が何時ものように過ごしてくれる事。

 眠ったままじゃなくて、起きて活動してくれている事、ただそれだけ。

 だから、


「まだ目が覚めないんだよね?」

「あれだけ煩かったのに、覚めなかったんだよね?」

「うん――。」


 錬金術師の人でも、おばば様を治せなかった事が痛かった。

 それに、この騒動でも目を覚まさないなんて――、


「「おばば様、大丈夫かな?」」


 私達の願いは、どうやら叶わないみたい。

 思わず、暗い気持ちになって揃って同じ悩みを口にする。


「「どうしよう。」」


 そこに、


「お二方ともこちらへ。」

「「え?」」


 錬金術師の人――ルークさんから腕を掴まれて、家の中へと引きずり込まれた。

 その事へと驚いていると、


「私の事は絶対話さないように――。」


 そう小さな声で言われてしまい、思わず疑問の声を上げてた。


「え?」

「どうして?」

「さっきみたいな騒動になりかねませんからね。」

「「?」」


 でもだって、錬金術師だよ?おばば様が教えを乞うて、なんとか劣化魔法薬を作れるしかなかった技術の保持者なんだよ?それを伝えれば、里で一番にだってなれるんだよ!?

 だから「なんで?」ってもう一度尋ね返したんだけど、すっかり頭の中から抜け落ちていた事がある事に、私達は遅れて気付いた。思わず、血の気が引いていく。

 里は男子禁制。その男子禁制の場所に男性を招き入れたら――招き入れた者だってただじゃ済まない。


「良いですか?決して、私が錬金術師である事は話しては駄目ですよ?――本来の性別が性別ですので、此処に留まるわけにもいきませんから。」

「「あ。」」


 そうだったよ、この人、男の人だったんだ。

 女の人よりも綺麗だから、すっかり忘れてた。だけど、元々は男の人だから此処に留まる気は無いし、出来ないんだよね。

 その事をすっかり頭から抜け落ちてた私達。思いっきり集会場で『錬金術師の人』って言っちゃった!


「うわわ、どうしよう!?」

「本当にどうしよう!?」

「――何か、問題がありましたか?」


 問題と言うか、大問題。 

 だって、私達、盛大に錬金術師って皆の前で言っちゃってるんだもん!


「――なんでこうも後先を考えないんですかっ。」

「「ごごごごめんなさーいっ。」」


 怒られて、思わず土下座しちゃう。

 だって、おばば様よりも上の魔法薬が作れる人ってだけでも、里では重要人物扱いになっちゃうんだもの。それが錬金術師その人なら――一生此処を出られなくなっちゃう!

 だから全力で謝るんだけど「口止めしなかった自分も悪い」なんて言って許してくれるこの人は、どれだけ懐が広いんだろう!?


「最悪、強硬手段になるでしょうが――まぁ、ここに技術を残すにも、水属性の魔法使いは集まって来ないという話しですから、教える事も継承させて行く事も難しいでしょうし、もう構わないでしょう。」

「「え。」」

「とりあえずは、材料と道具はそちら持ちでしたし、今回の依頼は金貨一枚でいいですよ――手持ちが無いのでしたら、出世払いにしときますね。」

「「う。」」


 金貨一枚って、宿が食事付きで三日泊まれて、お釣りまで貰えちゃう金額だよ!

 安いんだけど。安いんだけど!

 下っ端魔女の私達だと、何時になったら返せるかも不明なんだよね――。

 ほ、ほら、道中は野宿だったし?都に着いてからは、冒険者支部にお世話になってたから、基本的にはお金いらなかったし!

 そんな私達が狼狽えている間に、体力回復薬を並べた錬金術師さんは裏口に向かって言った。


「とりあえずは、私は今の騒動の内に里を抜け出るので、後は頑張って下さい。」

「「え?」」

「今の状況以外で、此処を脱出するのは難しいでしょうからね。後の事は任せますので、こちらに被害が及ばないよう、十分注意して上手く煙にでも巻いて下さい。」

「「ええ!?」」


 そう言われてしまい、思わずポカーンとして見送って、取り残されちゃう。

 裏口からスタスタと出て行ってしまった錬金術師さんだけど、来た道覚えてるの?それとも、そこも魔法で何とかなるの?おばば様は治せなかったみたいだけど、なんかとんでもなく凄いんだね!?

 そこに、


「――ドロシーとリリィかえ?」

「「おばば様!?」」


 待ち望んでいた人が目を覚ましたみたいで、二人揃っておばば様の部屋へと飛び込んでいた。

 ついさっきまで離していた錬金術師の人の事すら、頭から一瞬で吹っ飛んじゃったくらい、おばば様の事でいっぱいになる。

 飛び込んだ部屋の先、ベッドの上で身を起こしていたおばば様は、何時もと変わらないような微笑みを浮かべて私達を手招く。


「良かった!目が覚めたんだ!」

「おばば様、具合はどう?どこか痛いとか無い?大丈夫?」

「何か欲しいものがあったら言って!取ってくるから!」

「ふふふっ――。」


 矢継ぎ早に声を掛けた私達に、おばば様が笑う。

 その様子に思わずホッとしたけど、次の瞬間にはギョッとした。


「もうすぐ、あたしはこの世から居なくなるし、何もいらないんよ。」

「「え!?」」

「それよりは、二人が貰っていきなさい。その方が、有効に活用できるからねぇ。此処に有る物は、全部持って行っていいからねぇ。」

「「ええ!?」」


 一体、何を言ってるんだろう。

 居なくなる?この世から?何それ!?

 何で、おばば様が居なくなるの!?


「どういう事!?」

「何で居なくなるの!?」


 慌てて尋ねるけど、おばば様は動じない。

 何時も通りに笑ってて――でも、違和感が凄かった。

 今にも消えてなくなりそうな、そんな違和感が。


「だからね、その前に二人にはお話しないとって思って、起きたんよ――今、里を出て行った人がいるでしょう?」

「「う、うん。」」


 言われて、揃って頷く私達。

 疑問を口に挟みたいけども、それよりもおばば様が話す方が速い。


「その方は、どんな人だった?分かるだけでもこのおばばに教えてくれないかい?」


 問われて、二人交互に口を開く。

 こういう時も息ぴったりな双子。互いに何を口にするか、息継ぎの間にお互いに言葉を口にしていく。


「錬金術師さんだよ。」

「おばば様を治す為に来てもらっていたの。」

「劣化品だけどエリクサーを作って貰ったんだよ。」

「でも、効果が無かったみたい?」

「言われた通りにしたのにね。」


 口々に言いつつも、何で居なくなるのかとか、本当は尋ねたくはある。

 でも、それを聞いちゃったら、何だか駄目な気がしてきて、段々と聞くに聞けなくなっちゃった。

 ドロシーも一緒みたい。お互いに、視線だけで「どうしよう?」って会話する。

 そうして、


「そう、やっぱり、あの感じは――。」


 話の中で何かを懐かしむようにして、でも微笑んだままで、おばば様が出ていった方角を眺めて動きを止めてしまった。

 それは、何時もと変わらないおばば様にも見えた。

 だけども、どんどんと顔色が悪くなっていって。まるで、血液の流れが止まってるみたいに、お顔が真っ白になっちゃって。

 思わず口を閉ざせば、おばば様の唇は青くなってしまい、思わずその手を握っていた。


「――冷たい!?」

「お、おばば様!?本当に大丈夫なの!?ねぇ!?」

「どこか悪いのなら言って!皆を呼んでくるから!今、すぐそこにいるし!」


 慌てて声を掛けて飛び出そうとしたけど、思いがけない程強い力で、その場に引き留められた。

 振り返ると、


「いいんよ、いいの――これは必然だからねぇ。」

「「え?」」


 おばば様が何処か遠くを眺めながらも、口を開いて再び動きを停止する。

 その様子に、もしかしたら目が見えていないのかと、ドロシーと目を見合わせた。


「見えて、無い?」

「もしかして、目、見えないの?」


 片手を顔の前で動かすけど、何の反応も無くて、相変わらず微笑んだままのおばば様。

 そこに、ほんの少し前に話した言葉。それが、脳裏に蘇ってきて、思わず唇を噛みしめた。

 

゛――寿命の場合は、どうしようもありませんよ。それが自然の摂理ですから。”


 そう口にしたのは、錬金術師さん。

 あの人が向けてきた、あの時の眼差しだけど、あそこにあったのは――もしかして、同情だった?


「――二人共、その錬金術師の人の後を追いんさい。里長として、命じるからね。」


 思わず呆然としているところに言われた言葉に、ハッとして我に返る。

 命令?命令って今言った?何時もはそんな事したいのに、どうして――?


「意味がわからないよ!」

「おばば様、何で?何で後を追う必要があるの!?」


 どうしてなのか分からない。しかも、里長としての命令とか、私達はされた事一度も無かった。

 その事へ戸惑ってばかりでいると、


「ここはね、もう後が無いの。終わりまではそんなに長くは無い。けれども、二人は巻き込まれなくていい縁を繋いでくれた。だから、二人だけでも行きんさい。ここは後がもう無いからね。」

「「おばば様――。」」


 突然、訳の分からない事を言われてしまって、更に混乱しちゃう。

 終わりって何?巻き込まれるって何?里はどうなっちゃうの?その時、おばば様はどうするの?


「「ねぇ、おばば様はどうするの?」」


 同じ思考しか出来ない双子って、こういう時は不便。相談しても同じ結論に達しちゃうし、分からない場合はどっちも分からないまま。

 おかげで、疑問ばっかりがグルグルと渦巻いてくる。


 だけども、おばば様にはもう声も届いていないみたいだった。


 自分一人で話してて、一向にこっちの言葉には耳を傾けてはくれない。軽く肩も揺すってみるけど、その口は止まらずに動いていた。

 まるで、とても重要だとでも言いたげに、何度も何度も、同じ言葉を繰り返しては私達に言う。


「私はもう十分に生きたからねぇ。此処に留まるよ――だけど、二人は行きんさい。行って、戻って来なくて良いからね。ここはもう後は無いのだから――。」

「だから、その『後』って何なの!?里はどうなっちゃうの!?ねぇ!?」

「おばば様!お願いだから教えてよ!何に巻き込まれるの!?皆は!?何で私達だけ!?」


 外から騒ぎを聞きつけて、他の魔女達もやって来たけど。

 けれども、おばば様が最後に口にしたのは、


「二人は、あの人の後を追うん――。」


 繰り返されていた、同じ言葉だけだった。

 最後の最後まで、微笑んだままに言われてしまって。

 そのまま動かなくなってしまったおばば様に、私達はただ、呆然とするしかなかった。


 ちょっとした伏線回。


 2019/01/05 加筆修正を加えました。


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