表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/302

168 その錬金術師は騒動へ対処する

 ドロシーとリリィがエリクサーを飲ませた後も、俺が眠りから目覚めた後も、目を覚まさないというおばば様。

 それに不安になっている二人を前にして、俺はそっと嘆息する。

 何せ、薬自体は失敗はしていないんだよ。その証拠に、鍋の底に残る薬液を目が覚めてから水で薄めて飲んでみたところ、怠かった体があっと言う間に良くなったくらいだしな。そこから考えれば、目を覚まさない理由なんて一つしかないだろう。


 老化に伴う老衰だ。


 老衰は別に病気でも異常でもない。生物が辿る自然の現象だ。この為に、エリクサーの持つ万病と怪我を癒やす効果の恩恵は無い。

 だからって効かないからと責められても困るし、現状これ以上の打つ手は無いとしか言えないんだが。


「――寿命の場合は、どうしようもありませんよ。それが自然の摂理ですから。」

「「でも!」」


 これに、二人から揃って抗議の声が上がってきそうになっていた。

 それを片手で押し留めつつも、結局ははっきりと言葉を告げるしかない。

 若返りの秘薬だって、脳までは若返らせる事は出来ないからな。脳の機能が衰える事による衰弱には、最早どうしようもないのだ。


「それとも、お二方はアンデッドとして蘇らせる事を望みますか?それこそ、当人の希望も聞かずに?」

「「……。」」


 黙り込む二人組。

 アンデッドとして甦ったとして、果たして喜ぶ人は居るかという話である。

 ましてやそれが、生前の記憶も感情も欠落して、生者を無差別に襲うかもしれない存在と化してまで、現世にしがみつく事となるのを喜ぶ者はそうはいないだろう。

 何よりも、蘇った際に親しい者を手にかける危険性も高い。それが分かっていて、現世へと蘇る事を願う愚か者は、そうは居ないはずだった。


「劣化品とはいえ、エリクサーは病と怪我を全て癒やします。」

『それは知ってる。」

「病気じゃないって事なんだよね。」

「ええ。あくまで寿命による状態のようですからね――完成品ならば、老化現象への効果もあるかもしれませんが、それが過去、誰かが作ったという話も製造法も伝わっていません。ですから、現状では作りようが無いんですよ、これは。」


 諦めて下さい、と口にしつつも、後片付けを済ませて行く。

 現状、二人共何も手が付かないという様子で、時折保存食と水を口にするだけで、ほぼおばば様へ付きっきりだ。

 夏だから気にせずに寝ていられたものの、これが冬だったら確実に俺は風邪を引いてた。その事に、若干恨めしい気持ちが湧き上がったりもする。


「ううー。」

「そんなぁ。」


 それでも、この二人は未だ諦めきれないらしく、後片付けをする俺の後をついて回って来た。

 おばば様を救いたいという気持ちは分かるんだが、現状としては俺もこれ以上は打つ手が無いのだから、どうしようもない。

 その事に何とも言えない気分でいると、複数の足音が響いてきて、引き戸が勢い良く開かれて誰かが飛び込んできた。


「ドロシーとリリィ!帰って来ているんだろ!?さっさと集会に顔を出しな!」


 そう言って顔を覗かせて来たのは、黒いローブを身に纏い、同じく黒いトンガリ帽子を被った集団だった。

 集団である。此処が魔女の里だからおかしくはない格好なのだが、流石にこれだけ同じ格好の者達が集団でやって来るとなると、ちょっと異様な光景にも映る。

 冗談抜きに、どこかの宗教団体だとでも言われそうだ。そして、納得しそうなくらいには、この集団は一種異様な雰囲気を纏っていて、似通い過ぎていた。

 そんな事を思う中で、


「――ああん?何だね、そこのは。見ない顔だね。」


 こちらへと目を向けた先頭の魔女が、ジロジロと眺めて来る。

 どうやらこの集団の中心人物らしい。赤茶色の髪には白いものが多く混ざって入るが、それ程歳というわけでもないだろう。

 しかし、正直言って面倒臭そうな相手だとしか思えなくて、こちらは渋面だ。確実に揉め事を持ち込んできた上に、更に巻き込もうとしている感じがする。


(なんか、厄介な事が多すぎないか――?)


 そう思っていると、


「こっちの人は錬金術師さんだよ!魔女じゃない!」

「里とは関係無いんだから巻き込まないで!」

「何だってぇ!?」


 ドロシーとリリィが二人揃って、何やら口を開いてきたので、思わず黙り込んでしまった。

 下手に喋って泥沼化するよりは、当事者同士で解決して欲しいところだが、ちょっと雲行きが怪しい。

 これ、確実に里のトップ争いとかそんなところだろう?


(なんて傍迷惑な――。)


 薬を作って容態を診ておさらばしようと思っていたのに、後片付けの最中に揉め事が転がり込んで来やがった。


「錬金術師だとぉ!?お前達、今どんな状況か分かってて連れて来たのかい!?」


 二人の言葉は、どうにも火に油を注ぐものになってしまったようだ。

 見るからに怒りで顔を赤く染めた一人の魔女が、キンキン声で怒鳴り散らす。正直、煩いし外でやって欲しい。


「長を決めるのに揉めているところなのに、本物かどうかも分からん人間連れてくるんじゃないよ!更に揉めるだろうが!」

「偽物じゃない!本物だもん!」

「ちゃんと確認も取れたもん!」


 騒々しく喚き散らしていても、周囲が止めない辺り、普段からこんな感じなのだろう。

 他を引き連れてただの取り巻きにしている事といい、正直、上には向かないタイプが乗り込んできたようだ。

 確実に、地雷みたいな人間である。


(持ち上げられてチヤホヤされてる内に、苦言も何も聞かなくて自滅街道まっしぐらってパターンだよな、コイツ。)


 こんなのと揉める『程度』の他のトップ争い連中も、どうやら大差無さそうだ。

 思わず、息を吐く。


「巻き込まないでって言ってるでしょ!」

「おばば様を治してもらう為に連れて来たんだから、この人は此処に移住するわけじゃないの!」


 そこに、言わなくて良い事を魔女の二人が言った。今、間違いなく言いやがった。

 魔女の里に外者が入る場合は、移住する事が大前提。この為、一度入ったら二度と外には戻れない。

 その掟を破る話を口にした二人に、案の定というかなんというか、


「――何だってこのクソガキ。」


 既に怒り狂っていた魔女が、途端に激怒して魔力を渦巻かせ始めた。

 いや、冗談抜きに渦巻いてるし、視覚で見れる状態だ。もしかして、この辺りは魔素濃度が高いのだろうか?


(何にしろ面倒臭い展開だな、これ――。)


 取り巻きの連中は慣れているのか、サーッと波が引くように離れて行っている。

 つまりは、これもまた普段どおりというわけらしい。

 それを見て思うのは、里の将来だ。現状でも微妙だが、時が経てば経つ程に劣悪な人間環境が出来上がっている事だろう、きっと。


(流石に、此処にメルシーを預けるっていう線はもう無いな――。)


 日常的に攻撃魔法が飛び交い、しかも放火に殺人未遂を平然とやらかす――。

 そんな場所に預けようと思っていたのかと、思わず自分で自分に呆れて遠い目になってしまったが、同時に俺の精神も随分と図太くなったもんだと、変な所で感心してしまっていた。

 仮死の魔術陣で眠りに就く前だったら、確実にアタフタとしていた状況だ。幸いというか、死にかけたり殺されかけたりといった事があったおかげで、妙な耐性が付いてしまったようだが。


(嬉しくないな。)


 そんな事を思いつつも、


「キエエエエ!」

「【水壁】。」


 奇声を発しつつ、練り上げた魔力で火球を放ってきた魔女の攻撃を生み出した水の壁で全て防御する。そうして、そのまま水の壁で魔女を外へと押し流しておいた。

 茅葺屋根の木造住宅で火を使うとか、完全にアウトなのに何やってんだって話だろう。火事どころか、寝ているおばば様を殺害目的と断言されても文句は言えないし、確実にこいつはトップから落ちそうだ。

 何よりも、同じ里の人間を殺そうとした現行犯。さっさと里の掟とやらで、魔女達による断罪をしておいた方が良い。

 ――下っ端魔女すら、集会所に顔を出させるくらいには、現状一部の場所へ人間が集まってるみたいだしな。


「――ドロシーさん、リリィさん。」

「え?」

「はい?」


 この好都合な状況を逃すのもどうかと思ったので、呆けている二人を裏口へと招き出す。

 そうしてから、やって来た二人のその背中を押し出して、家から出しておいた。


「「え?」」

「お二人とも、集会所で今の方がやられようとしていた事をお話しして来て下さいな。放火の現行犯で更には殺人未遂ですから、法に則れば重罪行為ですよ。」

「「え?」」


 未だ呆けている二人に、分かるように伝えてやる。

 何せ、さっきの奴がやろうとしたのは、間違いなくこの二人の殺害だからな。あわよくばそれで現状のトップである『おばば様』も殺害しようとしていた。そのついでに、新たな里長の候補になりそうな錬金術師の俺も殺害である。

 一石二鳥どころか、一石三鳥を狙ったかのような行動。そこまでは考えて無いにしても、やろうとした事はそういう事なので、二人に証言を頼んで他の『上』の魔女の指示を仰いで来いというわけである。

 もっとも、道中邪魔をしてくるだろうし、此処で足止めと注意の引き止めくらいはした方が良いだろうが。

 それでも未だ二人は呆けているので、言葉を重ねた。


「殺されかけて理解が未だ及んでいないようですが、この里は現状危険ですよ。おばば様はこちらでお二人が戻られるまでお守りしつつ、追手を引き付けます――ですが、道中については十分に注意して下さいね。殺害されかねませんから。」

「「――!?」」


 これで、二人ともようやく気付いたようだ。

 ついでに、探索魔法を展開して周囲を良く良く確認しておく。表でも異変には気付いているようだけども、動きは遅いようだ。

 それを良い事に、地面に手を付いて魔力を浸潤させていく。


「【泥人形生成】――命令です、私とドロシーとリリィ以外のものが、この家とおばば様へ近付く事を阻みなさい!中に入ってくる場合は、問答無用で追い出す事、分かったら開始!」


 こちとら面倒事に巻き込まれ過ぎて、いい加減に鬱憤も溜まっている。正当防衛を主張出来る状況なんだから、それこそ盛大にやらせてもらおう。

 何よりも、ここに留まるつもりも無ければ、最早メルシーを預けるという考えも起きなくなってしまった。候補はまぁ――他に無い事も無いし、此処は切り捨ててしまっても良いだろう。

 そんな思いで命じた泥人形への命令に、表の方から盛大な悲鳴と怒号が響き出した。とりあえずは、注意はこれで引きつけられている事だろう。


「さぁ、この隙きに二人共行って!」

「「う、うん!」」


 こちらの意図を汲んで駆け出した二人を見送りつつも、泥人形へと命じてその場で立ち上がらせる。

 泥人形と言いつつもやったのは、家の土台ごとゴーレム化する土魔術だ。この為に、のっそりと幾本もの足で立ち上がったゴーレムは、おばば様が眠る家を俺ごと高みへと持ち上げて、下からの攻撃を阻む高床式の要塞と化した。


「おーおー、結構いるなぁ。」


 最早口調は気にしない方向で、有効的な関係すら放置して高みの見物と洒落込んでおく。技術の継承も何も出来そうに無いしな。場合によっては全面対決も視野に入れる事になるだろう。

 ただ、流石魔女というべきか、数人が箒に跨って空を飛んで来た。そのままこちらを目指して飛んでくるが、それをゴーレムが鬱陶しそうに追い払って、時折叩き落とす様がちらほらと見受けられる。

 ――流石にそれを見ていたら、何とも言えない気分になってしまい、思わずぼやく。


「まぁ、怪我人はしょうがないか……。」


 飛べるのは風属性だけだろうし、飛ぶ事に意識を向けているせいか、他の魔法が使える様子も無いからこっちは安全だ。

 後ろに誰かを乗せて飛ぶという事も無い辺り、多分、箒の耐久性とかバランス感覚とかが問題なのだろう、きっと。


「とりあえずは、怪我人には後で体力回復薬でもぶっかけてもらえば良いか。」


 そう独り言ちて、ドロシーとリリィが駆け出した方に多少注意を割く。

 潜伏している奴とか居ないかと思ったが、どうやら一箇所にほぼ集まっているようで、道中は誰も居ない。

 その事へ多少ホッとしつつも、怪我人が出ている場合に備えて、体力回復薬を作りながらも時折眼下の様子を眺めた。

 偶に魔法が飛んでくるが、それもゴーレムの足が払っていたりする。物質的な土や水じゃないので、火魔法も風魔法も払うだけでかき消える有様だ。どうやら、誰も有効な手段を持っていないらしく、地上ではヒステリックな声が響いていた。


「降りてこんかー!この卑怯者がー!」

「なんか拍子抜けだな――。」


 その声を受け流して眺めつつ、練り練りと作業を続ける。

 過去には苛烈な攻撃魔法で貴族の私兵を蹴散らしたとか、王都の書物にはあったんだが、どうにもコイツらは弱い。

 あの話が多少脚色されていたにしろ、今ゴーレムを相手にしている連中では脚色のしようがないくらいには、差が有り過ぎるように感じてしまった。認識を改めるべきだろうか――?

 何よりも、


「やけに魔素濃度高いよな、此処?」


 魔力として少し多めに放出するだけでも、波のように空気がうねって、見える景色が揺らぐ程の密度が此処には有る。これだけの密度なら、そこまで魔力を籠めなくとも魔法は発動する環境だろう。

 だがしかし、魔女の使う【火球】は正直ショボかった。あれでこの場所の恩恵を受けていたとすると、本来はもっと低い威力になるのは間違いないし、下手をしたら蝋燭の火くらいの大きさしか作れないんじゃないだろうか?

 そんな奴がトップの座を争ってるという魔女の里。正直言って、期待外れも良いところだった。


(少なくとも、錬金術を継承して貰うのには向いていない可能性が高い、か――宛が外れたなぁ、これ。)


 メルシーを預ける先の事といい、錬金術の継承先としてといい、そして敵対した場合のデメリットといい、予想していたのが完全に外れてしまった感じがする。

 おかげで、最早脅威も何も感じない状況だし、ただ只管に面倒だった。

 そっと、息を吐き出す。


(とりあえずは、この場所は何かしらの魔素溜まりとなる要因があるから、魔法を使える者が多いんだろうな。)


 正直、それ以上でもそれ以下でも無い気がする。

 何故魔素溜まりが出来ているのかは気にはなるところだったが、それよりも強い魔物が生じているという様子が無いのが気がかりだ。

 どうにも此処は違和感が拭えない。何か理由でもあるんだろうか――?

 それとも、


(俺の感覚がおかしいのかねぇ――?)


 なんとなくだが、そう思ってもしまう。

 ただ、それもまた、何かが違うような気もして考えを振り払っておいた。

 そのまま黙々と体力回復薬を作り上げて考え込んでいる間に、地上ではどうやら決着が着いたようで、疲れ切った魔女達が他の魔女達に捕らえられて、次々に捕縛されていっていた。


 2019/01/05 加筆修正を加えました。誤字をちらほらと発見。修正しました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ