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167 その錬金術師は魔女の里を訪れる

 樹齢千年は超えていそうな大木が立ち並ぶ中、その集落はひっそりと存在していた。

 あちこちが苔に覆われていて、石と木材とが混ざり合う建物の群れが雑然と並んでいる。水車もあれば畑だってあるし、家畜小屋や放牧の場所も見られた。

 完全に自給自足なのはしょうがないのだろう。ここは起伏の激しい谷間に出来た集落だし、他所との交流が難しくもある。

 何よりも此処に暮らしているのが、『魔女』と呼ばれる特殊な女性達だけともなれば、その身を守る為にも交流がし難い方が良かったはずだから当然とも言えた。


「山からはね、山菜とか金属が採れるの。」

「薬草だって、この辺りは豊富なんだよ?」


 そんな里の中へと案内しつつ、魔女であるドロシーとリリィがそう口にしては引っ張る。


「ちょ――引っ張らないで下さい。」


 今の俺の姿は、ここに来る前に着替えさせられた女物の旅装姿だ。男言葉は厳禁である為に、王都でメイドをしていた時の言葉遣いをしているが、何分女体化したばかりなせいで足元が覚束ない。

 身に付けている衣類は、若草色をしたマントに、丈夫な革製の手袋とブーツ、それに生成り色のワンピース。

 これらのおかげで、何時もは感じる事の無い涼しさもが足元にあり、どうにも落ち着かない気分にさせられていた。


「お願いだから、もう少しゆっくり歩いてくれない?」


 加えて、グイグイと二人に手を引っ張られて歩く為に、どうしても歩き難くく、時折段差や木の根等に躓いて転びそうになる。

 そんな俺に、


「「はーい。」」


 二人共大人しく手を離してくれるが、しばらくすると再びこちらの手を引っ張ってくるので、ほぼ無意味に終わってしまっていた。


(返事だけは良いんだよな。返事だけは。)


 風属性特有の気質というか、言った側から忘れてくれる。おかげで、何度も同じ言葉を繰り返す羽目になっていた。

 その状況に溜息を吐きつつも、里の中を連れられて、何処かへと向かう。

 時折、黒いトンガリ帽子の女性を見かけるが、こちらを見ても会釈してくるだけで終わっていて、男だとバレていなくて安心するやら、疑問に思われない事に空しいやら複雑な気分だ。


「――ここ、ここがおばば様の家!」

「まずは挨拶しましょう!」


 そうして、ようやく辿り着いた一件の家。茅葺屋根のその家は、こじんまりとしたもので、隣接するようにして幾つかの小屋が建てられていた。

 その内の茅葺きである母屋と思しき建物の中へと、半ば引きずられるようにして連れ込まれる。

 家の中は仕事場でもあるのか、染み付いた薬草の匂いが充満していて、そこかしこには薬草が吊り下げられていた。


「おばば様ー!」

「おばば様、起きて!起きて!」

「錬金術師さん連れて来たよ!」


 すぐに奥へ向けて駆け出すのを眺めつつ、そっと溜息を吐き出す。


「――病人ではありませんでしたっけ?」


 少なくとも、不治の病とやらで呼ばれたはずなんだが、俺――。

 彼女達の後を着いて行くと、頭髪が真っ白な一人の老婆が、ベッドで静かに眠りに就いていた。

 余りにも静かな眠りだったので、一瞬、死んでいるかと思ったくらいだ。


「大丈夫、まだ息はある!」

「それに、私達がいない間に起きたみたい。置いていった保存食がちょっと減ってるよ。」

「布団も動いてるよね。」


 口々にそう告げる双子の魔女の肩へ手を置いて、場所を譲って貰うべく声をかける。


「はいはい――分かりましたから、そこを退いて下さいな。診れないでしょう?」

「「はーい。」」


 二人が動いたので、とりあえずは診察だ。

 見た感じ、顔色も悪く無いし、呼吸だって規則正しい為、何処が悪いのかさっぱりである。

 保存食だとかいうのは、堅焼きしたクッキーというか、ビスケットみたいなもので、これを齧れる辺り顎の力だって衰えてはいない。

 脈拍も測ってみるが異常は見られない為、俺は少しばかり首を傾げた。


「――特に、おかしい点は見当たらないのですが。」


 高齢による起きている時間と寝ている時間が伸びたとか、その系統だろうか――?

 しかし、その程度で俺が呼ばれるとも思えないので、何か特有のものがあるのかと二人へ尋ねる。

 これに、


「おばば様は魔人種だって言ってたよ。」

「人の間に生まれるけど、特に魔力が強くて生まれてくる人なんだって。」

「魔人、ですか――。」


 何らかの理由で、多くの魔力や魔素を妊婦が浴びてしまい、それらを凝縮したかのようにして生まれてくる存在がいるが、そういった人を先天性の魔人と呼んでいた。

 この魔人は魔力が高い為に、魔法使いとしては最高峰の存在となりやすいのが最大の特徴だ。

 ただしそれは、決して良いものではないというのが付く。

 何せ、善悪の区別が付かない、それも赤子の内から大量の魔力を持って生まれてくる為に、ちょっとした感情のブレでも多大な被害を齎すからだ。

 それ故に、並大抵の人間なら育てるよりも、身の危険を感じて例え産みの親でさえもが捨ててしまう事が多かった。


(魔女の里に流れ着いた理由はなんとなく分かるんだが――病との因果関係としては、薄いよなぁ?)


 そう思いつつも更に尋ねてみたんだが、


「――八百歳!?」


 まさかの年齢を聞かされて、俺は目を剥いた。

 人間の寿命なんて、百年かそこいらがせいぜいだ。それが、まさかの八倍である。


「それ、本当ですか?」


 恐る恐る尋ねてみるも、


「本当も本当。勇者と賢者の死闘も見た事があるって言ってた。」

「私が聞いたのは、賢者の弟子が錬金術師だって話だよー。その錬金術師さんに魔法薬の作り方を教えて貰ったって。」

「はぁ。」


 何とも壮大な話が飛び出して来たが、エルフの上をいくハイ・エルフは千年は生きていたという話もある。

 大体、高い魔力を保持した者程その寿命は長いと知られていたのだから、ありえない事でもないのだろう、きっと。

 それでも、


「凄いですね。」


 と感嘆の声が漏れていってしまった。

 八百年も生きれる人間なんて、それこそ初耳だ。魔人自体数が少なく、迫害された時代もあったとは言え、後世でここまで生きられるならば、また違った目が向けられていたかもしれないと思う。

 とはいえ、不老の研究への実験台にされかねないので、この事は伏せていた方が良いだろう。マッドサイエンティストは、何時の時代にもいるしな。

 そんな俺を他所に、


「「おばば様だしね。」」


 双子の魔女ドロシーとリリィが揃って言う。

 とりあえずは、色々と診てみたものの原因は特定出来ないし、確かにこれは他に頼るしか無かったのだろう。

 魔女達が作れるのは、錬金術としては劣化品。何処かで衰えたか、あるいは教えを授けた過去の錬金術師が対して知識を持たなかったのだろう。

 この為、二人に請われて、俺は秘薬の製造を行う事とした。

 作るのはエリクサーと呼ばれる万能薬――の劣化品。

 それでも、怪我も病もたちどころに癒やすという品としては効果を発揮する物である。


「エリクサーって赤いの?」

「赤いのはポーションじゃないの?」


 そんな二人からの質問に、俺はメイドの時の口調を心がけつつも返していく。


「若干、色合いが違うって話ですよ。私が作れるのは、その劣化品で紫色ですが。」


 これに、


「紫って毒じゃないっけ?」

「毒薬が紫だよね?」


 魔女二人から疑問の声が上がってきた。

 ただ、それは当たっているけども外れてもいる。

 故に、ここでは否と伝えておく。


「劣化品のエリクサーは、透明度がある紫色に仕上がります。毒の場合はこれが濁っている為に、清濁で見分けがつくのですよ。」

「「へぇええ。」


 そんな二人を前にして、材料を取ってきて貰う為にメモを書いて手渡す。

 流石に魔女の里の中を彷徨いたりは出来ないし、やりたくもない。何よりも何が何処にあるかさっぱりだしな。調達は二人にやってもらう。


「「なになに――これ、全部材料なの!?」」

「ええ、お願いしますね。」


 使われる材料は山程ある。しかも、一回分の材料だ。

 それでも膨大になった種類なんだが、流石というべきか、錬金術を継承した者達が集う場所なだけあって、魔女の里は素材が豊富なようだった。

 何せ、牧場にはユニコーンが放し飼いになっていたしな。これだけでも期待も出来るものだったんだが、まさかの鮮度良し、保管状態良しで文句の付けようが無かったくらいだ。


「凄く多いね、これ。」

「台の上に乗り切らなかったよ。」

「まぁ、手順はそれ以上に多いですけどね。」


 メモを覗き込み、持ち寄った素材が置ききれなくて床の上も占領している状態に、二人が口を開く。

 ただ、俺の言葉でピシリと固まってしまった。

 前準備の時点で大体二日は潰れるとか、その後の煮込みで更に半日が潰れるとか、しかも製造に入ったら一睡も出来ないだとか、伝えてみたら色々と思うところがあったらしい。


「手伝える事があったら手伝うぅぅ。」

「何でも言ってー。『粉砕』なら得意だよー。」

「有難う。けれども、こういう魔法薬の製造では、他者の魔力が介入してしまうと、反発して副作用が出る事があるので、今回はそのお気持ちだけで十分ですよ。」

「「あうう。」」


 呻く二人を他所にしつつ、早速秘薬の調合に取り掛かる。

 容態は安定しているようにも見えるが、何時ぽっくり逝くかも分からんからな。さっさと作ってしまった方がいいあろう。


「ええと、竜種の血に、ユニコーンの角の粉末、人魚と氷精の涙、フェアリーの鱗粉、マンドラゴラ――うえ、まだ粉にするの?」

「え、え、氷精の涙は真珠でもいいの?何で?」

「ある意味同じ物ですから。」

「「ええええっ!?」」


 氷精――別名、雪女とも呼ばれる吹雪を引き起こす人型の精霊とも魔物ともされている存在。

 時折、人間の男と恋に落ちてしまい、人に転生するとも言われているが、嘘か本当かは定かではない生物だ。

 彼女達氷精が時折零す涙は即座に冷えて固まり、真珠と同じ成分の淡い色彩を放つ珠玉となる事があるらしい。これを材料とする魔法薬はそれなりの数があるのだが――これが馬鹿みたいに高価だった。


「だから、真珠で代用なの?」

「そうです。見つかるかも分からない存在に、材料を提供してもらうのは難しいですからね。」

「なるほどー。」


 高すぎる薬は需要があっても売れない――。

 この為に、過去の錬金術師達は、常にコストを抑えようとあの手この手だった。

 それが結果的に、同じ輝きを放つ真珠に目を付けて、成分が同じである事を突き詰めてから代用するようになったらしい。

 それを語って聞かせながらも、


「【凍結】【脱水】【粉砕】【粉砕】【凍結】【脱水】【粉砕】――。」


 片端から粉へと変えていく。

 既に乾いている物はそのまま【粉砕】だけで良いのだが、水分が多いものやそもそもとして液体のものである場合には、【凍結】からの【脱水】と【粉砕】が必要でちょっと面倒臭い。

 こういった手順行程が多い上に使われている属性等も違う為、この錬金術という分野はどうにもなり手が少なくなりがちだ。

 今回の事をきっかけにして、魔女達の間だけでも技術が継承されていってくれると嬉しい。


「まだやるのー?」

「ええ――前準備で二日は潰れると言いましたでしょう?眠いなら寝て良いのですよ。」

「「見てる。」」


 眠そうな二人だが、どうやら最後まで付き合うつもりらしい。

 それくらい気になるのか、あるいはおばば様の容態がそれだけ気がかりなのか。


(まぁ、両方だろうなぁ。)


 徹夜した翌日は流石に持たなかったようで、揃ってぐっすり眠ってしまっていたが、こればかりはしょうがないだろう。

 二人が寝ている間も一人作業を続けて、そうして、ようやく終わった前準備。


「――煮込む為の道具は?」


 二人をそっと起こして、尋ねてみる。

 しばらくぼんやりとした様子を見せていたが、慌てて口を開き始めた。


「大鍋がいい?」

「小さい鍋もあるよ?」

「では、大鍋で。」

「「こっち。」」


 二人の言葉に返すと同時に連れられて向かったのは、家の裏手。

 そこには巨大な鍋が、石の上へと鎮座していて、迫力満点だった。


「ええと、これ、火力の調節はどうしています?」


 確かに大きな鍋なんだが、鍋というよりも鉄製の壺と言った方が正しい気がする。

 あれだ、魔女の大釜みたいなやつだ。

 それがドーンと置かれているわけだが、これで火加減を誤って焦がしたりしたらここまでの苦労がパーになる。

 この為に、二人にいつもはどうしているかを聞いたんだが――まさかの言葉に思わず頭を抱えたくなった。


「――火魔法ですか。」

「う、うん。」

「ここでは皆、そうしてるから。」


 良く良く聞けば、ここに集まってくる魔法の使い手は、火と風への適正が高い者ばかりらしい。

 この為に、多少の火を扱う事なら火魔法でやってしまうらしく、薪を使ってやる事すら滅多に無いと言われて、今度こそ頭を抱えてしまった。


「何か不味いの?」

「これも手伝っちゃ駄目なんだよね?」

「そうですね――ただ、火属性が苦手なのですよ、自分……。」

「「え?」」


 俺の瞳は紫色だ。故に、生まれ持った性質的には、火と水への適性がある事になる。

 しかし、とある事情から火はどうにも苦手だった。使う度に、脳裏を嫌な記憶がチラつくせいで、本能的な恐怖心が湧き上がってくるのだ。

 とは言え、


(――うん、頑張るしかないよな。)


 ここまで来たらもう、後はやるしかないだろう、きっと。

 大体、材料だって持ち主に許可なく使ってる状態だしな。ドロシーとリリィが持ってきた材料は、ほとんどがおばば様の物らしいから、後で揃って怒られるかもしれない。

 そんな状況の中で失敗するのは――流石にちょっと、不味いだろう。せめて成功させないと。

 この為に、ひとまずは小さな火の玉を浮かべてみて、それを徐々に大きなものへと変えていき、心理的な負担を抑えようと頑張ってみる。

 ただ、意外に平常心を保てて、内心で少し首を傾げた。


「おー、凄い凄い。」

「これで苦手って、絶対嘘だー。」


 そこに、魔女二人の言葉が飛んできて、現実に引き戻される。

 違和感が何かを考えるよりも先に、この作業を終えないとだ。粉末にしてるとはいえ、一部は真新しい物ほど成功率が上がるって話だしな。さっさと終わらせよう。


(何より、作業工程はもう終盤だし。)


 気が散りそうにも思えるが、幸いながらも忍耐力だけは無駄についている為、二人の声もそこまで気にはならないようだ。

 何せこの火属性を得意とする奴に、散々迷惑をかけられた後だからな。あれに比べれば、二人の声なんて可愛いものだ。


「うん、大丈夫そう――。」


 その火を使って、大鍋で材料を順番に炒ってから、スライムの油脂を中和した物と混ぜ合わせる。

 混ぜた物を再度火にかけて油脂分を飛ばしたら、今度は水魔法で少しずつ水を加えてから、只管に練りつつも煮込んだ。

 この作業を延々と繰り返して――出来上がった物を今度は濾し、僅かに残った液体を瓶へと移せばとりあえずは完成だ。


「出来た……。」


 時刻はお昼過ぎ。

 結局、完成までは丸三日掛かってしまった計算になるも、出来上がった品の注意事項を告げて、二人へと託した。


「「――おばば様!」」


 これに駆け出した二人を横目に建物の中に入ると、板張りの床の上で横になる。

 本当は効果まで確認してからが良いのだろうが、流石に睡魔には勝てなくて、呆気なく眠りの中に落ちていってしまった。


 劣化エリクサー製造回。

 効果は万病や怪我を癒やすもので、主に肉体の異常を治す。ただし、時間を巻き戻したりといったものは無いので、老化には効果無し(老化は異常ではなく生物としては当然の現象扱い)。

 完全なエリクサーの場合は、魂の異常も癒やす効果があるとされていてまさしく伝説となっている品ですが、作中では出ないので割りというどうでもいい設定だったり。

 ユニコーンは乙女に懐くとされますが、ただの乙女よりは魔力が強い乙女に懐きそうなので、魔女の里で放牧されているというこちらもどうでもいい設定&チラ裏。


 2019/01/04 加筆修正を加えました。伏線ちょっと混ぜ混み。


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