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163 その錬金術師は魔女達と出会う

 ――目が覚めたら知らない天井だった。


(何か、以前にもこんな事あったよなぁ。)


 ただ今回は、本当に、全く知らない天井だ。

 木製の板が等間隔に並ぶそれには全く見覚えが無いし、自宅の天井ともまた違う作りである。

 寝かされているベッドも簡素なもので、休憩用か何かのように思われた。それを捲り上げて身を起こし、


「何処だ?此処――?」


 思わず呟く。

 その瞬間、木製の衝立の向こうで動く者の気配が伝わってきて、やけに明るい調子の声が届く。


「あれ?起きました?」


 目を瞬いた間に、衝立の向こう側からそう言ってやって来たのは、やけに渋い男性だった。

 軽い調子の言葉だが、見た目は知的な印象を受ける。オールバックにした頭髪は灰色で、その瞳の色は青灰色。そして、真っ白な白衣を身に付けていた。

 どうやら医療従事者らしい。首には聴診器をぶら下げていて、片手には革製の鞄を提げているし、医者なのだろう。


「起きたのは起きたんだけど、此処何処?病院?」


 彼の格好に思わずそう尋ねてみると、


「いいや、冒険者組合の治療室だよ。倒れた瞬間は覚えているかい?」

「あー、ええと――。」


 問われてしまって、とりあえず記憶を漁った。

 倒れた瞬間と言えば、確か受領証を受け取った時だろう。その後からパッタリと記憶が途切れてしまっている。

 ただ、


(受領証――受領証!?)


 その事へ、思わずハッとした。


「受領証は!」


 アレが無いと困る――!

 そう思って叫んだ瞬間に、軽く肩を叩かれて我に返った。


「うんうん、それは今、君が手に持ってるからね?大丈夫、ちゃんとあるよ。」

「本当だ――良かった。」


 心底ホッとした。

 これが無いと戻るに戻れないからな。依頼完了の報告をするのにも必須だし、荷物を無事届けた事への証にもなる。

 ――その荷物に散々面倒をかけられたが。

 心労が祟ったのもあったのだろう。どうやら本当に倒れたみたいで、途中からの記憶が全く無かった。


「とりあえずは、記憶に問題は無さそうだね。意識も確りとしているようだし、顔色が未だ悪いけど、聞けば君も医療従事者だというじゃないか。駄目だぞ、身体は大事にしないと。」

「ああ、すみません――今回は、余裕が無かったもので。」


 言われて、頭を掻く。

 医者の不養生と同じだ。これじゃぁ医療に携わる者として良くない。

 その事を恥じていると、


「まぁ、あの赤毛一族は何処でも問題児で有名だからねぇ。」


 なんて言葉が聞こえてきて、思わず声を上げていた。


「そう!それ!何でもう一人がここに居るかな!?アレのせいで気力体力だけでなく、魔力まで使い切るところだったよ俺!?」

「――うん、大変だったね。」


 何だって最後の最後まで、あの赤毛に面倒をかけられないとならないというのだろうか。

 しかも一族って。一族であの迷惑行為を行うとか、冗談じゃない。


(いや、一応あの赤毛と最後の赤毛は別人だけどもさ。)


 そんな事を思っていると、再度軽く肩を叩かれて視線を向ける。

 ――どうやら、お仲間は他にも未だ居たらしい。

 気付けば同情する視線に、かつてはこの人も迷惑を被っていたのかもしれないと気付いて、妙な親近感が沸いていた。


「特に君が今回連れてきたのは、トラブルメーカーとしては有名な子だったと聞いてるからね、その気持ちは良ーく分かるよ。君も、早く解放されたかったんだね?」


 それに何度も頷く。


「そう!アレとの縁は金輪際スッパリと切りたいってくらいには気持ちが急いてた。というか、それだけが活動力で動いてたな。」


 この言葉に、


「その気持ちも、良ーく分かるよ。あの一族には、皆大変な目に遭わされて来ているからね。」

「それって、やっぱり貴方もですか――。」

「うん。」


 やっぱり、この人も迷惑を被った被害者だったらしい。

 その後、色々と話をして盛り上がり、


「――何かあったらまたおいで。君とは美味い酒も飲めそうだし、何時でも歓迎だよ。」

「こちらこそ、何かあったら何時でも言って下さい。出来る範囲で手を貸します。」

「有難う。」

「どうかお達者で。」


 面倒な奴に振り回された者同士として、固く握手を交わして別れた。

 幸い、意識を失う前の話通りに、お飾りだった支部長こと赤毛のオッサンは職を失って、実家へと強制送還された後らしい。

 そして新しい支部長が呼び寄せられるまで、査察官が一時的にその後を担う事になったと聞いて、多少はマシな状況になっているという情報が得られた。

 そんな中で治療室を出てすぐに、俺は受付の列へと並ぶ。

 今度は流石に絡んでくるような奴は居なかった。若干、引かれてるだけだ。


(ええと、とりあえずは秘書の男性に話を聞いて、此処での用事は終わりでいいんだよな――?)


 治療室の男性から聞いた話を纏めるに、多分それが済めば貿易都市まで戻れるはずだ。

 後、黒衣の冒険者が率いるAランクパーティーは、既に此処を発っているらしい。お礼を言う暇もい。


(お礼って言えば、もう一人。)


 倒れかけたのを咄嗟に支えてくれた人物が居たそうなので、こちらも探し出しておかないとだろう。

 あの時あの場に居合わせた冒険者の誰かだという話だったが――それがスキンヘッドの男性だったと聞いているので、まさかな?と思う。

 一瞬脳裏に過ったとある冒険者の像は、振り払っておいた。


(いや、流石に居ないだろ――居ないよな?)


 あの人の活動範囲は貿易都市を中心としていると聞いていたし、冬から春にかけては開拓村で農作業の手伝いもしていた。

 それがまさかこちらに来てるとは、余り思えない話だ。


(ランクは高そうだが、それでもこっちに来る事は無さそうだし、あの場に居合わせていたら何かしら声を掛けて来そうだし。)


 それも無かったので、別人だと思って探した方が良いだろう。

 ――もしかしたら余裕がなくて無視してしまったかもしれないが。

 一先ずは、その事の確認は当人に出会った場合にでもするとして、秘書の男性を探そう。


(確か、受付に聞けば分かるんだったよな。)


 本当は支部長との面談が予定されていたそうなんだが、その支部長が職員からの解職請求によるリコールで不在となってしまったので、その代役が秘書の男性になるらしい。

 少なくとも、ここまでは強制的な流れになるらしくて拒否権が無い。

 悪い事は無いはずだから、顔だけでも見せるようにと言われてしまったので、治療室に居た男性の言葉に従い受付で尋ねる事にした。

 そうして訪れた自分の番に尋ねてみると、


「――当組合の秘書ですね。現在新しい支部長を迎えるに辺り、支部長室にて引き継ぎに関する仕事へ当たっている最中のはずですので、そちらに向かってみて下さい。」

「その部屋は何処かな?」

「場所は階段を上がって、突き当りの部屋となります。」

「有難う、行ってみるよ。」

「また、何時でもお越し下さい――。」


 返されてきた言葉に礼を告げて受付を離れ、言われた通りに階段を上がり、突き当りの扉をノックする。

 すぐに、


「どうぞ。空いていますよ。」


 声が返ってきたので、扉を開いて口を開いていた。


「失礼します。面談があると聞いて、やって来たんですが――。」


 これに、


「ああ、どうぞ、そちらにお掛け下さい。すぐにお呼びしますので。」

「――は?」


 思いがけない言葉が投げられたかと思うと、入れ違いのようにして『秘書の男性』が部屋を出て行ってしまった。

 てっきり、護衛依頼の件で何か言われるのかと思っていただけに、思わず拍子抜けして見送ってしまう。


(呼ぶって、誰をだ――?)


 その事に疑問に思っていると、響いてきた咳払いで他に人が居るのだというのに気づく。

 良く分からないままに首を捻りながらも、視線を室内へと移すと、中は木目調が美しい木製品と、布製品で誂えられた居心地の良い空間が広がっていた。

 部屋に入ってすぐの場所には、対面するように長めのソファーが置かれており、その片方へは査察官だとか言う白髪のご老人が座っている。

 どうやら、咳払いは彼からだったらしい。


「それ、そこに何時までも突っ立って居ないで、こっちに来て座らんか。なんならこの爺で良ければ、多少話し相手になってやるぞ。」

「は、はぁ。」


 杖でソファーを指し示されてしまい、曖昧に返事をしながらも対面するようにして座る。

 その瞬間、ニヤリと笑った御老体が、口を開いてきた。


「赤いのとは違って、やはり黒いのは良いな。思慮深く、その癖必要とあらばどんな手でも使いおる。お前さんが運んできた『アレ』は傑作だったぞ。」

「そ、それはどうも。」


 彼の言う『アレ』とは、護衛依頼のはずが最終的には荷運びになってしまったアルフォードこと『アホード』の事だろう。

 最後に運ぶ事になった時には、口を鉄板で塞ぎ、全身を鎖で巻いて南京錠で鍵を掛けておいたからな。かなり目立つ上にやり方がやり方だったので、門兵には止められるわ、冒険者組合では絡まれるわで大変だった。

 それを『傑作』等と言ってるが、勿論本心から言ってるわけじゃないだろう。視線はこちらを探るようにして鋭く、決して、見た目通りの好々こうこうやでは無いと思われた。


「なんなら『アレ』と交換で此処で働かないか?今なら私の権限で、Aランクにまで引き上げられるぞ?」


 突然の話に、俺は一瞬思考が停止しかけたが、すぐに口から否定の言葉を返していた。


「いえ、結構です――ランクには興味はありませんから。」


 これに、


「なんだ、お前さんも断るのかい。つまらんなぁ。」


 そう言って老人が、眦を下げて見せた。

 嘘か本当かは不明だが、俺はランクには興味が無い。

 むしろ、低いままでやっていたかったくらいだ。面倒な依頼を押し付けられる事の方が迷惑だし、薬草で稼げるのだから十分である。


(確実に、何かに巻き込まれてるんだろうな、これ――。)


 そういう予感がひしひしとするが、さて、何に巻き込まれてるのやら。

 考えても想像の域にしか過ぎない為、貿易都市に戻ったら直接聞いてみるしかないだろう。

 そこに、


「――失礼します。」

「失礼しまーす。」

「お待たせしました――それでは、お話を進めましょうか。」


 入れ違いで出ていった秘書の男性が戻って来て、何やら茶器類と共に二人の少女も姿を見せた。

 少女と言っても、メルシーよりは確実に年上だ。年の頃はどちらも十五位だろう。

 顔立ちがそっくりなところを見るに、姉妹というよりは双子なのだろうか。揃って黒い服を身に付けていて、杖を手にしている。

 しかし、それよりも俺の目を引いたのは――提げている大きな革製の鞄から漂う嗅ぎ慣れた匂いと、頭に被っているトンガリ帽子だ。

 その出で立ちは、何時かは遭遇する事となるだろうと思われた人物とそっくりなものだった。


「魔女か?」

「「そうだよー。」」


 そうして思わず呟いた言葉に、揃って同じ返答が返って来る。

 息もぴったりだ。やはりというか、なんとなく納得のいくものがあって、思わず言葉が口を滑っていく。


「双子の魔女さんとは珍しい。」


 これに、


「はーい。双子の魔女のドロシーと。」

「リリィでーす。初めまして、お兄さん。」


 ドロシーが三つ編みで、リリィが二つに髪を結んだおさげ姿だ。

 どちらも黒一色で、質素なワンピース風のローブを身に着けてはいたが、見た目は非常に整っているので下手な言葉はかけない方が良さそうだ。

 美人を美人と言っても、生まれ持ったものなら言われ慣れていて何の意味も無いからな。

 というか、褒め言葉を曲解されてナンパと思われると機嫌を損ねるだけなので、慎重に言葉を選びつつも口を開いた方が良いだろう。


「ご丁寧にどうも。俺はルーク――お二人は、一卵性双生児かな?」


 少し考えてから口にした言葉に、


「おお、お兄さん、結構物知りだね。」

「双子って言えば大抵の人はそれだけで納得しちゃうけど、流石は現代に蘇った錬金術師ってところ?」

(やっぱり知ってたか――。)


 早速本題に切り込まれて、思わず苦笑いが浮かぶ。

 貴族との付き合いがある彼女達だ。接触してくるのならば、このくらいの情報は持っていて当然だろう。

 問題は、どのように俺の事が伝わっているかだが、これについては探っていくしかなさそうだった。


「とりあえずは、立って話をするのもなんですから、座ってしましょうか。」

「「そうだね。」」


 ただ、その話をする前に、秘書の男性によって遮られてしまい、揃って頷いた魔女二人が、どちらに座るかで視線を彷徨わせ始めた。

 現状、ソファーには俺と査察官のご老人が対面するように座っている。その事で、どちらにするかで考えているようだった。

 そこへ、


「どれ、席を詰めよう。お二人はこちらにでも座りなされ。職員には彼の方に座らせるでな。爺の横の方が、まだ落ち着くじゃろう?」


 査察官の男性が三人用のソファーの端に移動して、少女二人を手招く。


「――そうだね。」

「本当は良くないんだけど、お言葉に甘えようか。」


 顔を見合わせた二人は、その言葉に従って老人の方の席へと座った。

 俺が座っている方へは、当然のようにして秘書の男性が座り、何とも言えない感情が湧き上がってくる。

 というのも、


(席順、おかしくないか?)


 査察官の男性+魔女二人と対面する状態で、横に面談の相手だったはずの秘書の男性が座ったからだ。

 普通、面談ってなったら対面した席に座らないだろうか?何故対面する場所に秘書の男性が来ないのかと、内心で首を捻ってしまう。

 そんな中で、


「こちら、粗茶ですが――。」


 と、秘書の男性がお茶を配って回り、それと共に一品、お椀に入れられた物が運ばれて来た。

 出てきたのは蜜豆。

 暑くなってきた時期だからか、冷たいデザートがお茶請けになったらしい。


「その菓子は私からの差し入れだ。若いお嬢さんがたにと思ってな、甘い物を見繕ってみたんだが、口に合うと良いのだがな、どうだろう?」


 これに、少女である年若い魔女達が食い付き、


「美味しいですっ。甘くて最高!」

「このお豆、めっちゃ蕩けるぅ。果物の酸味がまた良い味してるわぁ。」


 早速口にして揃って歓声を上げ、甘味へと舌鼓を打ち始めていた。

 人数分出されている為に、このまま手を付けないというわけにもいかないだろう。

 特に変な物が入っている様子も無いし、聞こえてくる歓声を横にして、俺も匙を手に持った。

 直後、


「おお、気に入って貰えたようで良かった良かった。これを売ってる店なんだがな――。」


 和やかな会話が繰り広げられていき、甘味を楽しむ席へと変わってしまった。

 何とも言えない気持ちになってくる。


(出来れば早いところ家に帰りたいんだが、なんだかそういう雰囲気でも無いな、こりゃ――。)


 というか、面談の席だったはずなのに、何かが違う。何かが。

 しかし、出された菓子が美味いのは確かだ。気付けば、俺もまた蜜豆に舌鼓を打っていて、本題を忘れかけてしまっていた。

 何せ、


「本当に美味いな、これ――白玉の中に、わざわざ三種類の餡を入れてあるのか。」


 普通、白玉は中に何も入れない。そのままでも、十分に食感が楽しめるし美味しいからだ。

 何よりも蜜豆なので、白玉が浮かぶシロップの中には、甘く煮付けた小豆が浮いているし下手をしなくてもくどくなりやすい。

 この為に、わざわざ白玉の中まで入れる必要性も無いはずなんだが――柔からな生地を押し出す度に、違う餡が口の中に広がってきて面白く、時折果物を口にして酸味で中和出来るので、余りくどさが感じられないのだ。

 おかげで、匙を持つ手が止まらない。

 見れば他も同様のようで、全員が美味しそうに食べ進めていた。


「黒の粒餡つぶあんに白のあん、それに鶯餡うぐいすあんの三つだよ――どうだ、贅沢だろう?それぞれに使ってる甘味も別物でな、黒蜜だったり和三盆だったり色々工夫されているよ。」

「別々でも美味しそうだね。」

「でも、一度に食べれるっていうのが本当に贅沢で堪らないかなっ。」

「うんうん。」


 気付いたら、全員が菓子に舌鼓を打っている状況だ。

 合わせて出されるお茶も濃い目だし、渋味と甘味がとても良く合うものだから、食べるのが冗談抜きに止められない。

 結局は全員が完食するまで本題に入れなかったものの、その事へは誰からも文句が出なかった。


「――さて、話を進めるとしようか。」


 それでも話す事は話さないとならない。

 食後ののんびりした空気のままだが、査察官だというご老人が口火を切った。


「まぁ、そうは言っても、大した事は無いんだがね――言えるのは、彼の昇進だけだ。」


 その言葉に、肩透かしを食らった気分になる。

 組合の中で魔法を使って威嚇したのも、元支部長を脅すような事をしたのも、全てお咎め無しらしい。

 それどころか、暑い時期に水浴び等贅沢等と揃って返されてしまった。


「良いんですか?それで――。」


 思わず口にするも、


「あの阿呆は晴れて解雇となったし、代わりとなる新しい魔法使いが確保出来ているので、こちらは特に言う事は無いよ。」


 と査察官。

 そこに、横に座っていた秘書の男性が口を開いて来た。


「護衛依頼、此処までお疲れ様でした。さぞかし大変だったとは思いますが、こちらが新しいカードとなります。今迄お持ちだったカードは仮発行ですので、こちらと交換という形になります。ご確認下さい。」

「はい?」


 そうして、横から差し出されてくる一枚のカード。

 受け取って見ると、ランクのところがおかしかった。


「――Bランクになってるんだけど?」


 確か俺、Cランクにちょっと前に引き上げられたばっかりだよなぁ――?

 しかもその時、一つランクを飛ばして無かったか?なぁ?


「おかしくない?」


 そう呟くと、


「本当はAランクになるところでしたが、そちらがやはりよろしかったですか?」


 ニッコリと笑みを浮かべて、秘書の男性が言う。

 見た目三十くらいのエリートって感じなんだが、何だろう、貿易都市にいる女性秘書を彷彿とさせる何かがあった。

 それでも、


「むしろCランクでも十分過ぎるんだけど。」


 と口を挟んでおく。

 俺はランクの引き上げそのものを望んでいない。何せ、上のランクに上がれば上がる程に面倒な事が増えるからな。特に魔物の氾濫であるスタンピード時の徴収とかは勘弁して貰いたい。

 この為にお断りしたいところだったんだが、秘書の男性が色付きの眼鏡を軽く指で押し上げて、背後から『何か』を取り出して見せた。


(おいおい――。)


 その『何か』とは『何か』だ。それはもう、見た目が鈍器でヤバイ形状のどっかで見た事のある『何か』である。

 ――今、どっから出してきたんだ、それ。


「申し訳ないですが、聞けないお話ですね――最低でもBランク昇進と決まっているものですから、今回の『依頼』は。」

「はぁ。」


 その言葉に色々なものが含まれてるのを悟る。

 やっぱり、上から何がしかの圧力なり思惑なりが加わったり混ざったりした結果のようだ、これは。

 こちらで聞くにも情報は不確かになるだろうし、これ以上は時間の無駄かもしれない。

 そもそも、貿易都市の方が元凶だろうしな。戻ったらやっぱり色々と聞き出さないとならないようだ。

 ただ、


「何その強制――。」


 指名された時もだが、有無を言わさない圧力を加えてくる冒険者組合のやり方には、思わず顔が引き攣ってしまう。

 しかも、若干不穏な気配が漂っているし、冗談抜きに勘弁して欲しいところだった。


「拒否権はありませんよ?どうしてもというのなら、脱退措置を取らせて頂きますし。」

「だからなんでそう極論に達するかな!?」

「当然の結果です。」


 こちらの席が揉めてる横で、他の三人は特に意に介した様子も無く和やかなままでいる。

 チラリと見たら、新たな菓子が提供されていた。

 今度は焼き菓子らしい。テーブルの中央に何時の間にやら山盛りで置かれていて、魔女二人はそれを摘みつつ、キャッキャッとはしゃいだ声を上げていた。


「このクッキーも美味しいー。」

「パサパサしてないね。ジャムも付いてて凄く美味しい。」

(ジャム――?)


 聞こえてきた声に、一瞬だけ思考が逸れた。

 その瞬間、


「では、決まりと言う事でよろしいですね?」

「いや――。」

「よ・ろ・し・い・で・す・ね?」

「あ、はい。」


 笑顔の秘書の男性が横から身を乗り出してきたので、思わず頷いてしまう。

 何せ、背後にチラチラ見えている『何か』が怖いからな。確実にそれで実力行使する気だよな、それって!?


(もうやだ、秘書恐怖症になりそう。)


 というか、なんで秘書が棍棒携帯してんの?マジで理解出来ないぞ!?

 思わず内心で悶々と悩んでいると、そこに、


「それでは、こちらは用事が済みましたので、お二方――。」

「ドロシーさんとリリィさん、どうぞ、彼へ要件をお話し下さい。」


 やけに丁寧な対応で、冒険者組合側から二人に話が振られた。

 やっぱり来たかと、一瞬身構えたが、


「あ。」

「そうだった。」


 肝心の魔女二人が、揃って今思い出したと言わんばかりの反応を示した為に、本日二度目の肩透かしを食らった気分になる。

 それでも注意だけはしておこうと、再度気を引き締め直したんだが、


「「どうか、おばば様を助けて下さい!」」

「――はぁ?」


 突然の頼み事に、俺は今度こそ脱力しきって、間の抜けた声を上げていた。


 2018/12/31 加筆修正を加えました。タイトル間違えてたので修正。

 2019/01/03 加筆修正を加えました。


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