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160 閑話 その錬金術師と護衛対象の安否

 高ランク冒険者(黒衣の人)視点。


 都市での貢献が有り、最低でもCランクには上げておかないと体裁が整わないという支部長の言葉に、居合わせた面々が揃って頷いたのは、ついニ週間前の事だ。

 ランクを飛ばして引き上げる事は別に珍しくも無い話だったが、ここで問題が一つ生じる。


 貢献があるからと、ただそれだけで周囲が納得するわけもないという点。


 良くも悪くも目立つ話になる。大抵の者は、確実に妬む事だろう。幾ら功績を残そうとも、燻っている連中からすると面白くも無い話なのは間違い無い。

 結果的に、彼の者の引き上げる作業には、一つの試験を課せられる事となった。


 それが、他所の都市に移される事となる一人の魔法使いの護衛だ。


 魔法使いが魔法使いを護衛するという前代未聞の依頼だったが、それを成し遂げられれば誰もが口を挟む事は難しい。

 何よりも、件の魔法使いが問題児なのだ。アイツを連れての長旅は、忍耐に次ぐ忍耐になるのは間違いが無いだろう。

 しかし、そういう問題を抱えた存在である為に、これ以上無い打って付けの人材だと誰にもが思った。

 ――少なくとも、出発前は、そう思えていたのだが。 


「――未だ着いて居ない?」

「ええ、そのような報告はありませんね。」

(おかしい。)


 旅に関する知識も技術も叩き込んだはずだ。

 他にも、武力面においての甘えだって叩き潰してある。

 それにも関わらず、先に出発しておいたアイツらが、俺達に途中で追い抜かれる事も無かったのに、辿り着けていないだと――?


「間違い無いのか、それは?」


 脳裏に浮かぶのは、普段ヘラヘラとした笑いを浮かべて問題ばかり起こす赤毛と、その護衛を強制された黒髪の青年の姿だ。

 揃って顔立ちが整っている二人だが、前者はともかく後者の黒髪であるルークに関しては、それなりに慎重な面もある。

 何よりも、先に敵を発見し対処出来るだけの力を持つ規格外な奴だ。その辺でくたばっていたりはしないだろう。

 しかし、


「ええ、記録にはございません。未だ、完了報告はされていませんね。」


 受付から返ってくる言葉に、思わず呆然として呟いていた。


「そんな馬鹿な――。」


 一体、何処で見落としたというのだろうか。

 試験を行うに当たって、感知範囲が広い事が分かっているあの『化物』とでも呼ぶべき氷魔法使いの目を誤魔化す為に、わざわざ一日遅れで出発したというのに、まさかの事態。

 未だ目的地へ着いていないというこの状況は、途中で何かあったのは間違い無いのだろう。だが、果たしてそれが、一体どういうものなのか検討も付かない。


(依頼を放棄したか――?いや、それならそれで、どちらかだけでも辿り着いているだろう。底無し沼がある沼地に向けて、駆けて行ったというのは道中で噂で聞いている。だが、それで死ぬようなヘマは絶対にしないはずだ。)


 何せ、壁一面を凍らせられるだけの力を持つ氷の使い手が護衛者なのだ。

 通り抜けるのが難しければその時点で引き返すだろうし、逆に通る事が可能ならばこちらよりも速く目的地へは辿り着けているはず。

 問題児とは違って考える頭くらいはあるのだし、揃って嵌まり込んで溺死するような事も無いだろう。


(情報が足りんな――これは、集めるしかないか。)


 そう思い、仲間達の元へと一旦、戻った。

 これに、


「リーダー、難しい顔してどうしたの?」

「途中で追い抜いてしまったかの?」

「まさか、依頼終わってないとか言わないよな――?勘弁してくれよ。」


 仲間達から次々に声がかかってきて、思わず溜息を吐き出した。

 最後のダーク・エルフ混じりはともかくとして、先の二名は楽しげな表情だ。

 ドワーフの爺さんは何時も通りに酒を飲んでいて機嫌が良いし、最年少の奴は単にトラブルを楽しんでる様子だ。

 こういう状況下で面倒なのは確実に後者のトラブル待ちだ。酔っ払いはただ置いて行くだけでもいいので、それよりも残る先の一名にだけ目配せをして、当たり障りの無い会話で食事をした後に動き出す。

 まずは周囲の冒険者達からの聞き込みからだろう。適当な酒を注文して、テーブルへと乱入する。


「何だ?」

「奢りだよ。その代わりに、ちょっと話を聞かせてくれ。」


 幾つかのテーブル席を回りつつ、この辺りの事を聞いて行く。

 最近は貿易都市を中心に動いていたせいで、こちらの領地での事は疎い。

 その話の中、ようやく当たりかと思える会話を引き出す。


「――この辺で変わった事?そういや、ストーン・ゴーレムっぽいのが徘徊してるって噂だったな。」


 胡乱げな視線を向ける相手に対して、酒を一杯眼の前に置く。

 これだけで大抵の者が口が軽くなるのだから、情報量としては安いものだ。


「なんでも蜘蛛みたいに足がいっぱいあるんだと。どう考えてもゴーレムじゃねぇよな?」


 ガハハと笑ったのは、体格の良い男だ。

 相当飲んでいるようで顔が赤く、かなり酒臭い。

 そこに、


「んだよそれ、初耳だぞおい。」


 同じテーブルへと着いていた奴が口を挟んで、徐々に険悪になっていく。


「噂だよ噂。そうカッカすんじゃねぇ。」

「ああ?噂にしてももう少し上手い嘘吐けよ。」

「俺が考えた話でも無いのに、ケチつけるってのか、手前?」

「別にケチなんてつけてねぇだろうがっ。喧嘩売ってんのか?」

「売ってるのはそっちだろうが!」

「んだとこら!やるかこの野郎!」


 聞き込みしていたところで話の流れがズレてしまい、勝手に乱闘を始めた奴等に呆れつつも、その傍をそっと離れる。

 現状、微妙な噂くらいしか無く、結びつきそうな話が出てこない。

 噂も沼地に高位のアンデッドが沸いているという噂と、ストーン・ゴーレムっぽい魔物が徘徊しているという噂だけだった。

 そのどちらもが信憑性が低く、実際に見たという証言も無く無駄足に感じられる。


「――そっちはどうだ?」

「駄目だな。酔っぱらいの戯言しか出てこないよ。あっても噂話の域だ。」

「そうか――。」


 聞き込みをその後も続けるも、特に何も出て来ない為に翌日、朝の内に一品奢りながら聞いて回る。

 それで聞けたのは、ここの支部を切り盛りしているトップの話だ。最初は依頼を理由にして話を聞いてみるかとも思ったが、それで依頼が勝手に失敗したと見做されそうで断念した。

 思慮深い方ではなくむしろ短気なタイプと聞く。それでなくとも、普段から短絡的な思考でお飾りと評判なのだ。間違っても、相談等出来はしない相手だろう。


「さて、どうするか――。」


 その後も冒険者や酒場で情報を仕入れるも、大したものは出てこない。

 昼食の時間に差し掛かり、一度全員で集まったところで、今度は異様な魔力を感じた。

 思わず、今後の行動を口にする前に、全員が口を閉ざしてしまった。

 魔力が感じられた場所は――足元から。

 それも、確実に地下と思われる箇所で、かなりの広い範囲からだった。


「――何だ?」

「今のすげぇ嫌な感じしたんだけど?」

「めっちゃデカイ魔力だったな。何だったんだ、今の反応は?」


 魔力によって魔術が使われる際、多少なりとも余波が生まれる。

 その余波による魔素の変動を一部の人間は感じる事が出来るが、大抵は大した変動も無い為に気付かない事も多い。

 しかし、今回のは規模も強さも違った。

 以前、都市で感じた時の魔力の変動と同じくらいの動きだ。急激な流れは風を巻き起こして、ところどころで悲鳴や怒号が飛び交っている。

 俄に騒がしくなった支部を飛び出して外に出てみると、異様な光景が目に映って、思わず呆気にとられてしまった。


「また、派手にやらかしたものだな――。」


 見えたのは、氷の柱。

 それも、天に向けて高く聳え立つ、巨大な氷が塔のようにそびえている光景だった。

 おそらくは、目印か何かのつもりなのかもしれない。そう思ったのは、その柱の中に何体かの灰色の物体が混ざっていたからだ。


「一体、何だあれは――。」


 場所は、おそらく都市に程近い森の中だろうか。

 呆気にとられたものの、すぐに仲間達を集めてその場所まで駆ける事にする。

 これに、


「ううえっぷ――一杯引っ掛けた後に走るのは、流石に辛いぞい。」


 都市を出たところで、仲間の一人から愚痴が上がってきた。

 上げたのは当然、支部に戻ったのを良い事に、勝手に一人で酒を飲み始めていたドワーフの爺さんだ。

 日中である事もあり、他は一切酒を口にしていないのだから、ある意味自業自得だろう。


「文句を言うくらいならば、仕事が終わったのを確認してから飲んでくれ。」


 その為に放つこの言葉に、


「そうは言うてもの、飲むのが生きがいなのだから止められんのだ――げぷっ。」


 時折ゲップをしながらも返して来て、短い両足を動かして懸命に走って追いついて来る。

 それを横目にしながら、楽しそうに口を開くのは最年少の双剣使いだ。


「ドワーフって、本当に酒飲みが多いよねぇ。」


 彼は余裕のある表情を浮かべたままに、剣の柄を撫でて見せる。

 この中で一番身軽で走るのを得意とする為に、真逆であるドワーフの爺さんを事あるごとにからかっているが、年の功故か全く相手にされない。

 むしろ、しんみりと呟いたこの皮肉にも、


「そういう種族だからの!」


 生真面目な顔をして爺さんは速攻で返していた。

 そこへ、ツッコミ担当の青年が声を掛ける。幾分、慌てた様子だ。


「おいおい、軽口叩いてる場合かよ――ありゃ、相当にヤバイぞ!」

「ん?」

「何だ――?」


 聞こえてきた声に良く良く見れば、氷の柱の下、灰色の岩に錐状の足を無数に着けた何ものかの姿が見える。

 それへと近付いてみれば――どれもが異様な形をしたゴーレムだった。

 まるで、蜘蛛のような姿形をしている。それが、片端から巨大な氷の中へと閉じ込められていた。


「噂は本物だったのかよ!?」

「凄いねぇこれ、丸ごと冷凍してるよ。」

「しかし、倒せてはいないようだの。」


 少なくとも酔っぱらい達が口にしていた噂は本当だったらしい。

 見るからに、ストーン・ゴーレムの変異種が氷漬けの状態で転がり、中には抜け出そうと藻掻いているのか罅を入れて行っていた。

 そこに、


「――やべぇ!数が減ら無ぇ!」

「文句言ってる暇があったら攻撃しろボケ!色々とお前のせいだろうがこれは!」


 聞こえてきた声に、無事だったのが確認出来て幾分ホッとした。

 死んだりはしていないだろうとは思っていたが、まさかゴーレムの変異種を食い止めていたとは驚きだ。

 おそらく打ち漏れたのも居るのだろうが、ゴーレムの多くは火も氷も効き難い。良くもまぁそれで止めようと思ったものだ。

 目を向けた先には、見慣れた赤毛と最近良く見ていた黒髪。揃って怪我も無いようで、片端から魔法で対処しようとしている。


「助太刀するぞ、良いな?」


 その様子を見て、即座に尋ねれば、


「これ全部八つ裂きにして良いんでしょ?やるやる!」

「他の奴にも残せよ?一人で全部やるなよ?絶対だからな!?」

「なーに、一匹二匹くらいは当たるはずだから、心配はいらんだろ。」


 三者三様な言葉が返って来た。

 普段からこんな感じだが、ふざけているのではなくて目だけは真面目だ。

 即座に指示を出すと駆け出す事にし、荷物をその場に放り捨てて動き出す。


「出来るだけ繋ぎ目を狙って戦うぞ!手足を切断してしまえば、あの系統のゴーレムは再生し難いはずだ!」

「「了解!」」


 聞こえて来た返事を受けて、更に声を張り上げた。


「助太刀致す!聞こえるか!?助太刀に入るぞ!こちらAランクのパーティーだ!状況を見て加勢させて貰う!分かったか!?」

「――っ!?助かる!凍ってる奴だけでも何とかしてくれ!」

「了解だ!」


 一瞬、驚いた顔で振り向かれたが、気にせずに仲間達は反応して、足を切り落とすべく手近な個体を削り始めた。

 ただの短剣では到底対応出来ないが、幸い俺達は魔法を扱える者が三人も居る。

 ドワーフの爺さんだけが純粋な物理アタッカーではあるものの、残りは状況に応じて臨機応変に魔法を操る為に、相手が石の塊だろうと関係が無かった。

 この為に、


「早速頂き!切り捨てろ【風刃烈斬】!」


 先陣を切った最年少がこれ幸いと風魔法を使って次々に倒して行く。

 そこへ向けて、


「ああ、ずるいぞ!こっちにも残しておけよ!」


 ダーク・エルフ混じりの青年が騒ぎ、手当たり次第に駆逐し始めた。

 そんな横を通り過ぎて、こちらも魔法を唱えて進路上の邪魔な個体を潰しに掛かる。


「【闇より出る拘束手】。」

「――どっせぇえええいっ。」


 拘束して動きが止まった所へ、間髪入れずに爺さんが突っ込んで行って、手にしていたメイスを叩きつけていた。

 斧も背負っているが、それを使わないのは刃毀こぼれさせたくないからだろう、きっと。

 メイスなら修理もほとんど必要が無い。固くてタフな相手には刃物よりも鈍器の方が効果的だ。積極的に繋ぎ目のやや細い場所を狙っては砕いていき、壊していく。

 流石は、物理アタッカーという感じだろうか。軽々と宙を飛んでは、重い一撃を打ち込んでいった。


「――無事か!?」

「おう!」

「何とかな!」


 何体かを粉砕し、ようやく合流したところで返って来た言葉には疲労の色が伺えるも、未だ大丈夫だろうと判断し迎撃に加わる。

 どうしてこのような事態が起きたのかは後回しだ。先に潰してしまわないとならない。

 その後も目に付くのを片端から潰しては、動けなくして行ったのだが――、


「古代遺跡か?」


 地上に現れたのを粗方潰し終え、周囲を確認している内に、地面に空いている穴を見つけた。

 天高くにあるのは、崩すのも溶かすのも遺跡が埋まる可能性がある為に後回しにする。

 ただ、空いている穴の先に見えたのは――灰色の空間。

 丁度ゴーレムと同じ色の石だ。

 それについて尋ねてみると、問題児である赤毛がやけにいい笑顔を浮かべて、黒髪が額に青筋を浮かべて即座に突っ込みを入れていた。


「多分、未発見の新しい遺跡だぜ!凄いだろ!」

「お前は反省しろよ!人に迷惑ばかりかけやがって!」

「痛ぇ!?」


 漫才をしているのを横目にして、地面に空いている穴の先に入り込むと、途端に繋ぎ目の無い灰色の壁や床が広がっていて、見るからに古代の産物であるのを伺わせた。

 軽く壁を叩くも、硬質な音が返ってくる。ひんやりと冷たい空気は、中にまで氷が見えるからだった。


「おい――まさか、ここを通って来たのか?」


 その様子に、思わず呟いてみれば、


「そのまさかをやらされたんだよ、この『アホード』に。」


 護衛を請け負っていたはずの黒髪――ルークの方から言葉が返ってくる。

 直後、護衛対象であるはずの赤毛であるアルフォードからも声が発せられた。


「俺の名前アホードじゃなくて、アルフォードなんだけど?後、これって俺のせいなの?」

「完っ全にお前のせいだろ!遺跡に落ちるような事になったのは、どう考えてもお前のせいだ!」

「えー。」


 そんなやり取りがツボに入ったのか、


「あ、あほーど。」

「あほうどりみたいだね。」

「あっはははっ、こりゃ良い名前だ。アホード、アホードか!」


 仲間内からドッと笑い声が漏れ出した。

 とりあえずは、この氷の柱は巨大な遺跡を一時的にでも埋めようとしたものらしい。

 相変わらずの桁違いな魔力量に一瞬黙り込むも、中の調査はどうせしないとならないだろう。

 一応地上は天空を除けば討伐済みだが、中から未だゴーレムが沸き出して来る可能性もある。

 此処は都市に程近い場所だし、こんな魔物が彷徨くとなれば死活問題。間違いなく、騒動になるのは目に見えていた。


「多少なりとも確認は必要か――。」


 その結果、


「二人はしばらく此処で待機していろ。出てこようとするのが他に居ないか、少しだけ中を覗いて確認してくる。日が暮れても戻って来なかったら、都市まで行って、俺達が戻って来ない事を報告しろ。」

「へーい。」

「了解した。」


 地上に問題児であるアホードならぬアルフォードと、その護衛であり依頼達成を見届ける必要のあったルークをその場に留まらせておいて、中を軽く確認していく。

 ところどころが凍っているのは、おそらくはここを強行突破でもしてきたからだろうか。氷の破片も多く、荒削りされた氷がそこかしこで散らばっている。

 そこをくぐり抜けて探索を続けてみるも、特に目ぼしい物は見つからない。

 せいぜいが、かつての技術を伺わせるものが僅かにあるくらいだった。


「確かこれって『こんくりーと』っていうやつだよね。」

「そうだな。」


 灰色一色な天井や壁、床は、遥か昔に栄えたとされる文明時代の産物。作り方としては、態々石を砕いて粉にした物を再度固めてあるらしい。

 そんな建造物のところどころには穴が空いたりしている。おそらくは、あのゴーレム達が開けたりでもしたのだろう。

 見た目によらず、かなり器用だったりするようだ。くり抜かれたような通路を抜けると、壁に穴を開けて押し広げた様が良く分かった。


「元は大分狭かったのか?」


 そう思うのも、通路を抜けた先は広い空間だったからだ。

 左右に伸びたそこは、天井が十メートル程はある。幅も同じくらいで、通路にしてはかなりの広さがあった。

 そこを進むも、どこも似たような光景ばかり。どうやら廃墟感漂うこの場所には、ゴーレム以外の魔物は居ないのか、見るからに殺風景で寂れた印象を受けた。


「遺産らしいものは――期待出来無さそうだなぁ、ここ。」

「どこも瓦礫しかないよー、あと氷。」

「こっちには崩れた土砂が入り込んでおってこれ以上は進めんの。」


 ちょっとした高さのある場所をよじ登って見るも、各々が呟く言葉には大した期待も変化も無い。

 転がっているのは何かの破片ばかりで、後は上から流れ込んだと見える土砂の山に埋もれてしまった階段くらいしか見当たらない。

 どこを見てもひび割れているし、その内原型も留めずに崩れ落ちてしまうのだろう。

 そう思い、立ち去ろうとした所で、突然、異様な音と光景が広がって警戒する。

 見えたのは、光。そして、音は――、


《――駅、な----駅ぃ、間もなく到着します。》


 男性の声と、何やら不明瞭な音色だった。

 音と共にやって来たのは――半透明な箱状の『何か』で、固唾を飲んで見守る中、それは僅かに俺達の前を通り過ぎて止まり、その内の何箇所かを開いて中を覗かせた。

 それに、


「何だ、これは――。」


 思わず、狼狽えてしまう。

 煌々と照らすのは、おそらくは明かりだろうか。しかし、火を使わない見慣れぬ明かりは、見るからに真っ白に輝いていた。

 中にはソファーが詰め込まれており、金属製の棒が巡らされていて、そこには丸い何かがぶら下がっていて奇妙なデザインをしている。

 そこに、


《――明日どこ行く?》


 突然に聞こえてきた声と共に、俄に周囲が騒がしくなって目を瞬く。

 その僅かな隙きに、左右を見渡せば、そこには人、人、人の群れ――。


《やっと休日だぁ。》

《すみません、通して下さい。すみません。》


 あちらこちらから聞こえる声。

 それは間違いなく母国の言葉だが、妙な訛りというか、発音のズレを感じる。

 誰もが見慣れぬ格好をしており、忙しなく動くも、どれもが半透明で、しかしこちらの事には全く見向きもしない。


「見えて、いないのか?」


 それどころか、皆がこちらにぶつかる事も無く擦り抜けて行き、吸い込まれるようにして箱の中へと入って行く。

 思わず、呆然として眺めた。


「ゴーストじゃない――?何これ。」

「危険は無さそうだけど、幻影か?これって。」


 聞こえてくる声に、擦り抜けて行く人々の顔を眺める。

 随分とのっぺりとした印象を与える顔が多いが、それでも一人一人違う顔だ。


「幻にしては良く出来ている――見ろ、一人一人の顔が判別出来る精度だ。しかも、全員が違う顔だぞ。」

「うわぁ、本当だ。」

「しかし、どれも小さいな?」

「それでもドワーフよりは大きいの。」


 どうやら、他の者にも同様のものが見えているようだ。

 ただ、唖然とした表情で、誰もが目を瞬いていて意識が追いついて来ない。

 危険は無さそうだが、しかしだからといって油断出来るはずもなく、手元の武器を確り手に握っていた。


「しかし――白昼夢を見せられてる感じだの。過去の記憶か何かかもしれんが、些か気味が悪いぞ。」


 そんな中、爺さんが呟いたこの言葉に、


「「あっ。」」


 まさしく夢幻だったようにして見えていた光景が消え失せてしまい、元の灰色の光景が広がっていた。

 同時に音も声も聞こえなくなり、静けさが戻ってくる。

 知らず知らずに全員の視線が爺さんへと向いてしまい、


「すまんの……。」


 非難がましい視線に晒される事となって、萎縮させていた。

 しばし、沈黙だけが周囲を満たす。


「――まぁ、良く分かんないけど、報告に行けばいいんじゃないか?」

「今の幻も一緒にか?」


 青年が発したこの言葉に返すと、


「あそこの支部長はアンデッド苦手って噂だよー。お化けなら、逃亡するんじゃない?」


 ニヤニヤと笑いながら、底意地の悪い双剣使いが会話に乗ってきた。

 視界の端で、爺さんだけがホッとした表情を浮かべたのが見える。

 それを受けて、軽口を叩きつつも最年少である双剣使いを諌めるべく口を開き、この会話を打ち切らせる方面へと誘導しておいた。


「それで逃げ出すくらいなら良いが、無駄に下を使いっ走りにして問題を起こす方が有り得るぞ。しかもその使い走りにされるのは、確実に俺達のはずだ。」


 何せAランクは半分組合側の人間だ。

 加入しているだけの下っ端では無く、準職員という立ち位置にある。

 これに気付いた面々が、それぞれに口と表情へと嫌そうな感情を乗せて呟いた。


「それはやだな。」

「俺も勘弁だな。」

「どうせだし、他の奴にやらせる方向に持っていきたいの?」

「「うんうん。」」


 揃って、誰も彼もが面倒事は御免だと言いたげだ。

 それに同意な俺としても、勿論、異論等無い。


「では、戻るか――。」


 会話を切り上げて、特にゴーレム以外何も見当たらない遺跡を出て、軽い調査を終え上へと戻る。

 そうしたら、護衛対象である赤毛が鎖でグルグル巻きにされて転がっていた。


「何これ!うっけるんだけど!」


 最年少の双剣使いが、その様子を見て面白そうに突付く。

 ご丁寧に口も塞がれており、みれば金属製の板を巻き付けてあった。

 それに呆れていると、据わった目つきをしたルークが現れ、周囲の温度を更に一段と下げる。

 どうやらまた迷惑を被ったようで、額には青筋が浮かんだままだった。


「氷を溶かそうとして、遺跡を水没させるところだったんだよ、この『アホード』。」


 それに、笑っていた仲間の顔がピタリと固まる。

 突付いていたのが揺さぶりへと代わり、しまいには足蹴りになっていたが、誰も見ない振りをしておいた。

 何せ、


「流石『アホード』。問題児の名に相応しく問題ばかり起こすな。」

「しかも何?僕らを溺死させようとしたんだって?いい度胸してるじゃーん?」

「そんなんだから万年Cランクなんだよ。いい加減気付けって。」

「何でこうも毎回毎回問題ばっかり起こすのかの。お前さんには、学習能力ってものが無いのかの?」


 待機を命じたはずなのに、余計な行動を取ろうとしてこちらに被害が出るような事をしようとしたのだから、蹴られるくらいは当然だろう。

 普段から迷惑を掛けられていたのをこれ幸いと発散する為に、揃って蹴り飛ばす。

 そんな中、何時の間にやら降り出していた霧雨が、季節外れな雪へと変わっていた。


 地上に残り、探索中の高ランク冒険者達が戻ってくるまでの間の主人公達の行動が以下。


 赤毛のターン。

 赤毛は氷ごとゴーレムを焼いた!

 ゴーレムは氷から脱出した!

 ゴーレムのターン。

 ゴーレムは落下していて何も出来ない!

 主人公のターン。

 主人公はゴーレムを再度凍らせた!

 ゴーレムは凍り付いていて動けない!


 以降、最初から同じ事が始まりそうになり、主人公によって全力で止められるという状況に。

 ようやく次でこの章のラストになります。


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