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016 閑話 その錬金術師は見せつける

 名も無き兵士のとある日に起きた非日常。

 主に主人公の言動が理由で起きたともいう。


 戻ってきた斥候の話から、魔物の繁殖が確認されたのは去年の事。

 それからあれよあれよという間に奴らは草原へと居付き、そして行方不明者達が出だした。

 勿論、領地を守護する我ら兵だって黙って見ていたわけじゃない。少なくない被害を出しながらも、魔物の掃討作戦は行ってきたのだ。

 しかし、魔物が出てくる森の中は視界が悪く、また、奥地に向かった隊は戻って来なかった。誰一人として、だ。

 以降、そこから続々と出てきたゴブリン共の進出を許してしまい、今では草原に奴らの集落があちこちに点在している有様だ。


「ああ、ここにも、氾濫が押し寄せてきたのか――。」


 それは、スタンピードの兆候。

 誰もがそう呟き、絶望に顔を曇らせる程の、最悪の事態だった。

 かつては、勇者と呼ばれる者が救ったとされる地がここである。それを守るよう、皆一丸となって携わってきた。間違いなく、努力はしたのである。

 だが、かつて濁流に飲まれ、数多くの村や町が飲まれた際に、栄えある王国が滅亡してから興された今の小さな国に、満足な兵力は期待するだけも無いだろう。

 せいぜいが、平和な時に高く築き上げた防壁が、ゴブリン共の進行を阻む程度だろうか。

 しかし――それだって何時まで保つ?奴らは狡猾だ。それこそ、人間よりも遥かに悪知恵が働く。捕らえられた人々を連れてきて、目の前で人質にしだしたら、果たして、我らに何が出来るだろうか?


「どっかに姿を晦ましたとかいう勇者がまた救ってくれたらいいのにな?」

「ははっ、そんなのあったら――更に魔物が活性化するんだろう?で、ますます俺らの手に負えなくなる。」

「そうなったら死ぬしか無いな。しかも、何も出来ないままに犬死だ。代わりに颯爽と現れた勇者様が全部手柄は持ってくんだぜ?俺らが命を張って前線維持してたのも、世間には知られずにな。」

「違いないっ。」


 女神信仰の聖職者共は、こぞって神を崇め奉り、そんな勇者の降臨をと訴えている。

 だが、その勇者がこの地に訪れる度、何らかの大災害が巻き起こっているのも事実だ。実際、この地は勇者召喚の儀と時同じくして前身が滅んでいる。誰も耳を傾けはしないだろう。


「でも、勇者じゃなくても誰か、どうにかしてほしいよな。」

「俺らじゃもう、手に負えないどころか完全に焼け石に水になってるもんなぁ。」


 増え続ける魔物の群れ。

 森の中はゴブリンよりも遥かに危険なのが棲み着いている。それが外に出てきた時が――俺達の最期になるんだろう、きっと。

 先に兵の俺達が死んで、街の若い衆がその埋め合わせに死んで、老人が、女が、子供が、そして赤子までもが皆飲まれるんだ。

 ――領主婦人だって、夫の帰りを待つ事も出来ずに命を落とすかもしれん。


「なぁ、何か騒がしくないか?」

「うん?そういや、門の方でうるさいな。」

「――って。」

「「まさか。」」


 慌てて非番の者まで武器を手に詰め所を飛び出し、薄闇が降りた街の中を駆け出す。

 少し前から魔物の出現が広まってからというものの、誰も彼もがこの街を捨てて逃げ出してしまった。残っているのは逃げるだけの金や体力の無い者か、ここに愛着があって残ってくれている者だけだ。


(彼らだけでも守らねば――!)


 その為に、我々兵士はここにいる。鍛練を積み、日々の糧を十分に腹に収めて、いざという時の備えとして人よりいい暮らしをさせてもらってきたのだ。

 そんな我々の力が及ばなかった為に、ゴブリン共が定着した。それから既に一週間が経つ。奴らが近場を襲い始めてももうおかしくない頃合いだし、何時、被害者達の無残な姿が見つかるか分かったものではない。

 それに、草原の中にあるこの都市は目立ち過ぎる。高い塀はゴブリンくらいの低身長なら越せないが、それでも油断は出来ないだろう。


「何だ!?何があった!?」


 門の前には人だかりがあった。

 多くは荷車を引き、馬ではなく牛に引かせている。開拓民達だろう。ここまで逃げ込んで来たのだ。

 しかし、その中に、一際大きな――異形の姿が見えて、思わず息を飲んだ。


「ヒッ!?」


 見えたのは、石と土の塊。目も鼻も無ければ、そこには口となるものも存在していない。

 首らしきものも存在せず、まるで頭部が胴体にめり込むようにして仁王立ちしている。手足は太く、短く、それに対して胴体だけが異様に大きかった。


「あー、やっぱ、目立つ?」


 そんな土塊の上から、声が降ってきた。見上げれば、そこには薄闇よりも尚暗い――漆黒の髪を持った人物が、悠然と足を組んで座っている。

 石の巨人と、土の巨人。どちらもかなりの大きさだ。自然と、我々の方が見上げる形となる。


「な、何者だ!?」


 職業柄、慣れていた対応のはずが少し吃る。

 何せ、そこにいたのは高位の魔術師だ。石と土の塊だと思われたのはゴーレムで、それを使役しているだろう存在等、貴族か王族しか有り得ない。


「今、そっちに降りる。」


 それでも意を決して誰何の声を上げれば、当の人物は何とものんびりした様子で――するりとゴーレムの肩から、滑らかな動きで滑り落ちて来た。

 そして我々の方へ、洗練された動作で軽く会釈をして見せる。

 余りにも優雅なその仕草に、思わずこちらの背筋が伸びてしまう程だ。どうにも、平民の出とは違うように思える。


「高位のお方とお見受けします。どうか、お名前をお聞かせ願いたい。」


 別の兵がそう口にすれば、何とも言えない柔らかな笑みが向けられて、一瞬ドキリとする。

 微笑みを浮かべるその顔は美しい。しかし、聞こえてきた声は低かったので男性だろう。見れば、下はスカートでもドレスでもなく、ズボンを履いている。

 ただ、間違いなく、これだけの相手を前にして全く動じぬ態度、洗練された動き、そして滲み出る気品が、相当上の位を持つお方だと示していた。


「お名前をお聞かせいただけますか?」

「ああ――錬金術師のルークと申します。この度、少女が魔物に捕らわれているところに遭遇した為、その救出と安全圏までの護衛でここまで来ました。通していただけますか?」

「――はい?」


 今のは聞こえ間違いだろうか。この方は、今、我々に「通していただけますか?」とお尋ねになられたか?

 高位の方なのに?お忍びとかそういうものなのか?いや、しかし、随分とボロボロになってはいるが、身に付けられている衣類は金糸も鮮やかな赤い衣装だ――間違いなく高級品だろう。

 大体、仕草一つとってしても非常に美しい。その作法は、古い作法をなぞったものではあるものの、間違いなく上流階級の者が行うであろう動作だ。平民の俺達ではこうも上手くはいかない。

 

「え、ええと――。」

「何か、問題がありましたか?」


 首を傾げた瞬間に、サラリと揺れた黒の髪。それに松明の明かりが反射して、暖かな色を照り返す。

 身分証の類はと尋ねれば、持っていないと言い、姓を尋ねれば、これまた持たないと言う。

 ――あり得ないだろう?どこの世界に尋問されている状況の中で、こんな洗練された動きで優雅に言葉を交わす人種が平民の中にいるというのだ。

 ましてや、今は魔物の氾濫が控えている。これが夢で無いなら、それこそ荒唐無稽なものだった。


「――氾濫?」

「ええ。」

「そうですか。」


 ――そうですかって、それだけで済ませるのか、この御仁は!?

 氾濫だぞ!?魔物が溢れて押し寄せてくるんだぞ!?幾ら魔術師と言えど、魔物の群れ相手には為す術も無いだろう!?


「ふむ――。」


 そのどこかずれた様子の彼を避難してきた開拓民共々、見送る我々は、思わずボケっとして見送ってしまう。

 そんな彼の後ろ姿を眺める中――非番だったはずの隊長が、どこかへと駆けて行くのを、この時しがない兵であった私は理解していなかった。

 何せ、隊長はこの時「希望があったぞおおおお!」なんて叫んでいたのだ。

 それがどういう意味か等、かなりの時間が経ってからでないと、ただの一般兵である私では理解出来ないものだった。


 真面目な兵士君その① 主人公のゴーレムにビビる。

 魔力のみで動かす技術は逸失しています。この時代のゴーレムは魔石に手を加えた物を核としている為、大変高価な上に余り出回っていない代物でした。

 それでも知っているのは、この時代では一騎当千の強さを発揮するからです。戦略的には知ってないと兵士としてどうかという話になります。なので、早めに登場させておきました。


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