154 その錬金術師は買い出しで振り回される
早速問題起こす赤毛。そしてそれに振り回される主人公の図。
「――だから、なんで肉ばっかり買おうとするんだ!」
「肉は大事だぞ?筋肉疲労には一番これが効果あるからな!」
「そういう問題じゃないっ。」
約半月分の食料となれば、厳選して普通は持ち歩く物だ。
特に糖の不足は危険だ。頭が働かなくなるし、体温を上昇させるのにも脂肪として燃焼される。一日のエネルギー源である。
この為にも普通の冒険者達が買う保存食としては、乾パン・黒パン>米・芋類>干し肉・干し魚>チーズ>その他生鮮食料品という構図になりやすい。
そこに最近俺が卸している保存食も加わるようになったが、こちらは値段的にも嗜好品に分類されている。何せ匂いで魔物が寄ってきたりするケースもあるし、値段も少し割高になるからな。故の嗜好品扱いだ。
その内真似する奴が出てきて安くなるだろうが、それまでは現状の手間暇も値段に反映して卸している為に割高である。なので、先に述べた法則としては、チーズと生鮮食料品の間くらいに収まるだろう。
そんな食料品の買い出しに、
「生肉なんて、そう長く保たないだろう……。」
保存食として購入する予定だというのに、赤毛は何故か生鮮食料品に分類される生肉を大量に買い込もうとしていた。
それを行く先々で止めつつ、保存期間だとか黴や腐敗による食中毒の可能性だとかをコンコンと説明する羽目になって頭が痛い。
普通、こういうのは先に冒険者になった赤毛の方が詳しいはずである。それを考えれば、知っててやってるのか――と思うんだが、どうにも素で知らないのか、こちらの説明にはきちんと耳を傾けてくれるので訳が分からない。
うん、一応は聞いてくれるんだ。くれるんだが――、
「おい、見ろよ!ミノタウロスの肉だぜあれ!」
「買わないからな?絶対、買わないからな!?」
食料品店で買い物をしている最中、肉のコーナーから中々離れようとはせずに、一人騒ぎ立てる赤毛。それに、俺は出発すらしてない前準備の段階で既にげんなりとしてしまっていた。
これが後二週間程続くんだ。まさしく前途多難という言葉が思わず脳裏を過る程だった。
(勘弁してくれよ――俺一人でコイツを見るとか、どう考えても無茶振り過ぎるだろう、コレ。)
前みたいに「やりあおうぜ!」とか言わないだけマシだったが、それにしたって酷過ぎだ。
リードにでも繋いでおきたくなる衝動を抑えつつも、何とか二人分の会計を済ませて店を出る。
寝袋すら保たない赤毛は当然、背負袋とか収納道具なんて持っていない。それも買って来て、更には寝袋代わりにマントを購入させておいた。
これに、
「なんか金ばっかりかかってねぇか?」
赤毛から愚痴が飛び出してくる。
げんなりしつつ、俺は口を開いて返しておいた。
「――普通は先に自分で揃えてるもんだぞ?何で持ってないんだよ。」
「えー。」
「お前、それで本当にCランクなのか?」
「マジ金足りなくなりそうなんだけど。まだ何か買うのかー?」
こちらの突っ込みには全く引っかかる様子も見せずにぼやく赤毛。それに「むしろぼやきたいのはこっちだ」というのをぐっと堪える。
集る気満々というわけではないようだが、思いがけない出費になったようで不満が噴出していた。
流石にそれをこちらが負担するわけにもいかないし、何故必要になるのかも丁寧に説明せざるを得ないのが面倒で溜息を吐く。
「マントは毛布代わりに使えるから、寝る時に包まれば翌日風邪を引いたりして体調が崩れるのを防げるだろ?防水加工も施されているから、雨天でも濡れずに済む。」
「うーん。」
何やら納得いかない様子だったが、既に購入済みだし返品だって効かない。
それに、買ってきた保存食は容れ物が無いと移動の際大変になる。この為に背負い袋は購入したのだ。
保存食だって肉だけだと確実に栄養が偏って体調が崩れやすくなるし、それを避ける為の選別と購入だったのだが、全く知らないというのもおかしな話だろう。この為に、再度突っ込んでおく。
「お前、本当にCランクか?普通、このくらいは旅をする職業なら知っていて当たり前な知識のはずだぞ?」
これには、
「道中は適当に獣狩ったり山菜取ってたしなぁ。火加減だけなら得意なんだぜ?」
「いや、それはもう聞いたから……。」
微妙にはぐらかすようにして答えられる。
狂人だとばかり思っていたが、頭はやはり良いらしい。
ただ、魔法を扱う職の特徴だが、変なところで知能が高いというか、変人な事が多いので人物像が掴み難いんだよな。
まぁ、少なくともこの赤毛――アルフォードに関しては、戦闘狂というのだけは間違いが無いようだが、他の部分はさっぱりだ。
「とりあえずは買い物についてはこれで終わりだ。道中の飯に関しては、朝と夜は作ってやるから安心しろ。昼間は保存食を齧る事になるだろうが。」
そう告げると、
「げっ。あの黒パンを食うのかよ。」
アルフォードことアルが顔を顰めた。
この辺りは貴族らしいと思う。黒パンは専ら下級層の人間か、長期移動をする者が購入していく食べ物だしな。柔らかい白パンに慣れ親しんでいる貴族にとっては、固くて酸っぱい黒パンは嫌にもなるだろう。
そんなアルに関してだが、長い名前なので縮めて呼ぶ事にしている。これに、本人は至って気にした素振りも無いんだが、本当に貴族なのかと疑問に思うくらい、名前をフルネームで呼ばれない事に気にもしていなかった。
(貴族扱いは嫌がるし、本当に訳分からん奴だな。)
普通は貴族としての誇りが多少なりともあるはずなんだが、コイツに限ってはそういうのは無いようだ。
そんなアルに向けて、俺は意味深な言葉を掛けておく。
「ま、普通はそうだろうな。普通は。」
「――?」
これに、若干首を傾げたアルを無視すると、出発を促した。
「さ、行くぞ。本当は朝一に出発するところだったのに、妙に時間を取られたからな。巻き返さないと。」
「えー、それ、俺のせい?」
自覚症状が無いのか、文句を言われた事にだけ反応を返してくる。
それに呆れた視線を向けつつ、溜息を吐き出した。
「他にあるかよ?どこの世界に寝袋の一つも持たず、水も食料も準備せずに長旅しようとする奴が居るっていうんだ。」
至極真っ当な正論である。
少なくとも、常識のある人間には通じる言葉のはずだった。
しかし、
「ここに居るぜ!」
「……。」
元気良く答えて親指を突き付けてくるこの『アホ』にはどうやら通じない事のようで、俺は更なる溜息を吐き出したのだった。
2018/12/24 加筆修正を加えました。ケーキの日来たー!(・v・*)←




