152 その錬金術師は訓練を課せられる
梅雨を前にして、スライムの増殖への対応策が次々と打ち出される中、その対応の一つとして白羽の矢が立ってしまった俺。
なるようにしてなったと言えるんだが、勘弁して欲しいとしか言えない状況だ。
それでも一応の抵抗を試みたんだが、上からの指示だとかでよりによって高位の冒険者達をぶつけられた。
結果、あっさりと捕獲されてしまって有無を言わさずに引きずられかけて慌てる羽目になる。
――力量差有り過ぎるだろ!?
「ちょ!?首締まるっ、締まるから!」
「良いから来い。」
「自分で歩く!歩くよ!」
流石、高位の冒険者といったところだろうか。身のこなしが速くて、全然目が追いつかなかった。
気付けば首根っこを捕まえられていて、逃げるに逃げ出せない状態だ。
流石にそこまでされたら、大人しくするより他無い。
(首締まってる!死ぬ!死ぬぅ!)
コートの下の服まで纏めて掴まれ、グイグイ引っ張られるせいで気道が塞がれて窒息しそうだ。
せめて、引きずられるよりは自分で歩いた方がマシだと訴えて、解放してもらい渋々と彼らの後を着いて行った。
それでも、
「――俺は生産職なんだけど?」
「問答無用だ。」
愚痴を口にしてみたが、バッサリと切り捨てられてしまい、思わず溜息を零した。
一応、メルシーを不安にさせないように、予め連絡を入れるようにだけは頼んでおいたが、これで連絡不備とかあったらまたパニックだろう、きっと。
そうならない事を祈りつつ連れ出された先は、以前、赤毛にも連れ込まれた事のある訓練場だった。
「マジでやるのか……。」
「後進の育成は先達の務めだからな。」
広い訓練場は都市の中にある為に、何時も違和感が半端無い。
塀を築くのも補修するのも、全てが人力だ。そう考えれば、その塀の内側にある土地は馬鹿みたいに高くなるのは分かるだろう。
その馬鹿高い土地を手に入れて、こうして訓練場として使える冒険者組合というのは中々にやり手か、金が豊富にありそうだった。
「前回の騒動では馬鹿げた魔力で目立ってしまったし、仕方が無い事だろう?むしろ、しばらく平穏だっただけでも有り難いと思え。」
「はぁ。」
「大体、お前は自分がどれだけの強さを秘めているのか自覚が足りん。ビシバシ行くから覚悟しておけ。」
「マジですか。」
どうやら俺に訓練を直接施すのは、高位の冒険者の中でもトップクラスの強さを誇るというAランクのこの男性らしい。
Aランクって言えば、冒険者組合の中では最高位に当たる所謂ランカーというやつだ。そんな人物が、まさかの手解きの相手だというのだから俺の腰も引けるというものである。
見た目は何時もの全員黒尽くめで、目立つ事この上無い人だが、その威圧感は半端無い。
何とか引き延ばそうと時間を稼ぎ、彼から色々と話を聞いている内に、もともとは魔法使いだったという話が飛び出してきた。まさしく驚きである。
「魔法使いなのに前衛!?何だそれ!?」
この為に、素っ頓狂な声を上げたのだが、
「お前は知らないのか――身体強化に魔力を回していれば、前衛並の事は出来るぞ?」
「はぁ!?何その無茶無謀論!?」
魔法を扱う職業は非力。体力も腕力も脚力も、どうかすると子供並には貧弱だ。
それを補う為に普段から魔力による身体強化を行い、体力は体力回復薬で誤魔化したりしつつ暮らすのが、錬金術師の中での常識だった。
勿論、これは魔法使いや魔術師、魔導師ですらその例に漏れない。体力回復薬はともかく、現代でも行軍の際や長距離の移動等では魔力を使って補うらしい。
しかし、それを常にやれるかというと答えは否だ。
そして、前衛職である人達くらいの力を手にしようとすれば、すぐに魔力が切れて倒れるのがオチである。
そう思ったんだが、
「無茶なのは分かるが、冒険者をやるならそのくらいの無茶を為せなければ、安易に生命を落とすぞ。分かったら訓練だ。」
「ええええ。」
思いっきり無茶振りしてきやがった。
実際、彼は前衛から後衛までを熟すオールラウンダーらしい。
メインウェポンは短剣を選んでいるが、刀身の長い武器は苦手らしく、専ら肉弾戦と投擲、それに魔法による妨害と攻撃を得意としているという。
明らかに、今まで俺が思っていた魔法使いの常識からは、ズレてしまっている。
まるで俺の中にあった魔法使い像をぶち壊すかのような発言だ。
「普通、魔法使いって固定砲台じゃないっけ?」
顔を引き攣らせつつ口にすれば、
「何時の時代の話だ、何時の。そんなのは兵士として大規模戦闘の時くらいしか役に立たん。」
「マジですか――。」
一刀両断されてしまい、思わず目が遠くなる。
確かに、魔法を扱う職業は動きのトロさや体力の無さがネックだったし、それ故の固定砲台としての使い方が編み出された程である。
だがしかし、問題点であった動きの速さや体力そのものを魔力でカバーするのなら、別にその使い方はしなくても良いという理屈は分かる。
ただこれ、実際にその身体強化を続けられるかと言うと、こればかりは人によりけりだろう。
実際、常時発動させられないような者は、国に仕える道を選んだりするものらしく、そこが冒険者との違いらしい。
「――冒険者である以上は、敵の攻撃を受け流すくらいは出来るようにならないと確実に死ぬ。常に前衛職が護ってくれるとは限らないんだ。自分で自分の身は護れるに越した事は無い。」
「いや、言いたい事は分かる。分かるんだけどさぁ――。」
言われつつも、俺は構える事無く頭をガリガリと掻いた。
別に俺はランカーと呼ばれるような上位を目指したりはしていないんだよ。ただ、金を稼ぐ上で冒険者組合が使い勝手が良かっただけで、それ以上でもそれ以下でも無いんだ。
(どう言えばこの状況切り抜けられるんだ?)
そう思ってごねるも、こちらの言い分はどう足掻いても通らないものらしい。
投げ渡された武器を手に、そっと溜息を吐き出した。
「規格外過ぎるだろ、今時の魔法使いって……。」
この言葉が届いたらしくて、何故か怪訝な表情をされる。
なんていうか、お前が言うのか?と言いたげな視線だ。
思わず、俺の方まで怪訝になってしまった。
「何を言ってる?お前も既に十分規格外だぞ。なんだあの馬鹿げた魔力は。それでいて暴発も一切しない等、常識外れも良いところだろう。」
確かに、魔力量と暴発させない為の腕は、常識の範疇から外れる点かもしれない。
ただ、前者はともかくとして、後者は俺自身が頑張った結果だ。
過去は魔人と呼ばれて高魔力保持者が迫害されていた時代もあったので、そうならないように必死で威力の微調整を森で繰り返したおかげである。
故に、
「別に――俺は、魔力操作だけは得意だったんだよ。昔からそれには自信があったし、使いこなせての魔法だろ?」
反論兼ねて言葉を返しておく。
暴発は本人以外にも危害が及ぶ危険な行為だし、それを防ぐには魔力の操作に長けておく必要があった。
それに、魔力量に関しては実質、俺は何もしていないんだよな。
単純に千年も仮死状態で眠りこけた結果であって、増やそうと思ってそうしたわけじゃない。
単に魔素が身体に浸透し過ぎて魔力量が跳ね上がっただけだから、そこに文句を言われても困るという話だった。
「魔力量に関しては、ちょっとした事故みたいなもんだとはいえ、自分でもどうかしてるとは思うけどさぁ。」
この愚痴に、
「事故で増えるものなのか?」
疑問に思ったのか、彼から質問が返ってくる。
それに確りと頷き返しつつも、俺は口を開いた。
「死にかけたら増える事がある――って言えば、通じるか?」
「ふむ……。」
特に返事は無かったものの、少し考えた後に、何故か半ば呆れた視線がそのまま投げられる。
多分、過去に自殺願望持ちだったとか思われたのかもしれないが、一々訂正するのも面倒で、げんなりとしつつも、俺は一応武器を構えた。
「構え方で護身用と攻撃用に分かれる傾向にあるが――。」
ただ、その構え方一つ取っても、どうやら注文が入るものらしい。
即座に細かく指示されながら、姿勢と武器の構え方を指導される羽目になった。
「棒術の場合は刃が無い為に安心して足で蹴り上げて速度を乗せる等、トリッキーな技が使える。だから防御一辺倒ではなく、攻撃も意識して行えるように型を覚えていけ。」
「え。」
思わずその言葉に向けて、
「――それって絶対に?」
「絶対だ。」
「うげ。」
疑問の声が上がったが、断言されてしまって俺の口から情けない声が漏れた。
それを無視されて、ただ只管どれが何に向いているかを叩き込まれながら、眼の前で演じられる型を真似るようにしてなぞっていくのを強要される。
(きっつ――っ。)
渡されている武器は、冒険者組合にて訓練中に貸し出される棒が一本だ。これはスタッフと呼ばれる真っ直ぐな木製の杖で、主に魔法を扱う者が護身の為に身に着ける武器の一つである。
この他にも、先端が折れ曲がったりしていて手を掛けられる部分があるステッキとか、宝石や魔石をくっつけたロッドという物もあるが、こういった武器は多少癖があって初心者には扱い辛いらしい。
結果、渡されたのは棒状のスタッフが一本だけとなっているんだが、それでも俺の背丈を超えるか超えないかくらいのサイズの物だし、これを言われた通りに振り降ろしたり、足で蹴り上げて勢いを付けつつも振り上げたりするのは結構疲れる。
それを補う為に魔力を循環させろって言われるが――同時進行とか、一朝一夕に身に付くものじゃないっての!
泣き言も許されない状況で延々と叩き込まれた。
「――少なくとも、魔法が使えるだけの余裕くらいは持てるようになれ。でなければ、先に魔力が尽きてジリ貧だぞ。」
そう告げられるが、
「いや、言いたい事はさっきから分かるんだけどさ――。」
俺はぐったりとしつつも返すのが精一杯だった。
型を何周かするだけで、かなり疲れてしまったんだよ。一体、この型、幾つあるんだ……?
まだまだ始まったばかりのようだが、長物は大体遠心力が加わったりするので、それをピッタリ止めたりしようとしたりすれば、余計に力が必要になって結果的に魔力でブーストする羽目になり疲れやすい。
早いところ終わらせて宿に戻りたいところなんだが、どうにも解放してくれる気配が無かった。
――これならいっそ、別の日にでも尋ねれば良かった。
「――まぁ、多少はマシか。」
「ソ、ソーデスカ。」
そうしてしばらく稽古を付けられてしまい、息切れしたままに返す。
そこに、思いがけない言葉が返ってきた。
「あの馬鹿も最初は今のお前みたいな感じだったからな――途中からは前線に突っ込むのを楽しんで行えるようになったが。まぁ、戦闘では尻込みする事は無くなるし、そこは安心すると良いぞ。」
「――は?」
冗談抜きに「は?」としか言えない。
彼の言う馬鹿とは、多分でも何でも無く、間違いなく以前俺に絡んできた赤毛の事だろう。
実際、奴も訓練場の隅で何やらやろうとしていたが、そちらに黒衣の男性の視線が向いていた。
「まさか、ああなったのって――。」
そちらに余り視線は送らないままに、俺も口を開く。
尋ねてみれば、
「素質だ。」
「えー。」
あからさまに誤魔化しの言葉が返ってきてしまい、俺は突っ伏しかけた。
まさかの元凶がここにいたとは――っ。
しかも、どう考えても素質では済ませられないと思う結果を作り上げているし、この人絶対ヤバイ。指導員としては少なくとも向いて無い人物だ。
何せ、確実にこの人が何かやらかした結果が、あの暴走状態なんだろうからな。そうして、組合に迷惑を掛けている、と――。
何故、組合側は止めないだろうか?
「――戦闘狂にはなるつもりは無いんですが。」
そうして、思わず頬を引き攣らせつつもそう口にする。
彼が問題児である赤毛の歯止め役として動いているのは、自業自得な面があるというのは分かった。
ただそれでも、黒衣の男性から返ってくる言葉にはしつこく『素質』の二文字が混ざっていて、俺は今度こそ完全に突っ伏して倒れ込んだ。
主人公が強者になる為の第一歩。苦手克服の為に導入される回です。その結果、最強(?)への道に至るかもしれないし至らないかもしれない。
武術の基礎で棒術を使った止め(受け)、流し、攻撃、回避が叩き込まれる事となります。尚、拒否権は無い模様。
黒衣の冒険者さんは良く出てきているけど、この章までなので特に名前は登場しない方向です。あれだ、国王様達と一緒なんだ。
故の名無しの権兵衛さん状態。
2018/12/23 加筆修正を加えました。




