150 その錬金術師は保存食(カレー)を製造する
突っ込まれそうだけどタイトルおかしく無い無い。
保存食のカレーを作る回なので、合ってるはずです。
保存食の多くが塩漬けや酢漬けで、中でも塩漬けは塩分が多過ぎて高血圧になりやすい為に嫌厭されがちだ。
加えて、主食となるパン類は固く、とてもじゃないが歯が立たない代物である。
これら保存食の内、前者は水に漬けるなりして塩を抜けばまだマシになるんだが、後者はそのままじゃ当然食べ難くて、大半の人が口にしたがらない状態にあるらしい。
何せ酸っぱかったりするからな。白パンのような上品な味じゃないし、どちらかというと雑味が多い。
それをリルクルから朝に聞いて、改良した保存食を冒険者組合へ卸せないかと考えた。
ただ、
「缶詰は金属が手に入らないなぁ。瓶詰めだと、硝子は脆いから持ち運びに向いていないし、容器に詰めるのも考えものか――。」
容れ物となる容器で早速躓きだ。
勿論、陶器や素焼きの類だって割れるから、持ち運びとしてはそもそもとして向いていないだろう。
それでも長期保存が出来て、尚且持ち運べる物――となると、精々が一つくらいしか案が思い浮かばなかった。
「一番良いのは乾燥した物だよな?水で戻すなり、スープに突っ込めば良いから、調理も出来るし。手間は明らかに少なくなる。」
幸い、水だけは豊富な土地だ。木材も森林が多くて、山にでも入れば幾らでも手に入る。
王都へ行く時も戻ってくる時もそうだったが、野外での調理は大体スープか串焼きになりやすかった。
それを考えてみたら、乾燥した食材は土地との相性を考えて見ても、とても適していると言えるだろう。
「――よし、作って見るか。」
午前の講義を終えて、養蜂の為の巣箱や防護服を作り、更には空いた時間を使って行動してみる。
乾燥した食料なら、持ち運びや保管には湿気だけを避ければ良いので、紙に蝋を塗るなりして防げば多分楽なはずだ。重さだって減るし、運搬も容易になる。更には嵩張らないという利点さえもあって好都合だ。
それらの条件から、早速、フリーズドライと呼ばれる製法を用いてみる。使う属性は、勿論氷と水だ。
「【凍結】【脱水】――。」
これらの魔術は薬草を乾燥させる際にも用いている。
ただ、食材となるとちょっとばかり問題も見えてきた。
食感も味も変化してしまったのだ。
おかげで、口にするのも躊躇う程の『何か』まで完成してきてしまい、顔を顰めてしまう。
水で戻そうとしてグズグズに溶けた野菜は、触るのも流石に躊躇う程の物体だ。
どうやら、細胞壁が壊れて崩れてしまったらしい。
「うわっ、色が汚い。絶対、味も微妙だよなぁ、これ……。」
原型を留めていない物の内、赤茄子等の水分が多い物に至っては、最早最悪だとさえ言えるだろう。
匂いからして青臭さが凝縮されてしまっていて、余り口にしたくない有様になっている。
反面、果物の類は概ね問題無さそうだった。試しに口にしてみるも、食感はともかく味はとても食べやすい。これなら問題は無さそうに思える。
「結構甘いな――?干し柿と同じ効果って思えば良いのか、これ。」
一応、このままでも果物は売れるだろうとレシピとして残しておく。
ただ、野菜と肉類に関しては全滅に近い有様だ。これを何とかしないとならない。
「どうするかね――とりあえず皮を剥いてから使うか?」
しかし、それで水分を抜いてしまうと、先程同様に味から何から全てが劣化してしまう。
この状態では、とてもじゃないが売り物になんて出来そうも無かった。
そのままウンウンと唸っていると、
「――何してるんですかぁ?」
「ん?」
アトリエ側からメルシーがやって来て、下から見上げて来た。
どうやら染色が終わったようで、手に持った籠の中には、鮮やかな赤から青へとグラデーションする一枚の布が入っている。
良く良く見ると俺の服なんだが、どうやら色褪せていたのを見つけて、染め直してくれたらしい。
それに感謝の言葉を伝えつつも彼女に向け、鍋の中の戻したばかりの食材を見せた。
「乾燥させて保存食を作ろうとしてるんだが、見た目とか味が悪くなるんだよ。こんな風に。」
これに、
「これ、このまま食べるんですか?」
メルシーから疑問の声が上がってきたので、即座に否定しておく。
「そのままだと無理だな。味付けも何もしてないし。」
「味付けですか……。」
今現在、鍋の中へと入っているのは、茶色っぽくなってしまった人参に、食感が余りにも悪い馬鈴薯だ。
他にも崩れて原型を留めていない玉葱とか、霜焼けしている生肉なんかもあって、このままだと当然口には出来ない。
それを覗き込んでいたメルシーが、
「何だか、カレーの具みたいですね。」
と呟く。
確かに、使っている食材はカレーをする時に入れている具ばっかりだ。
夕飯はそれにするかと考えていると、
「カレーにしちゃったら良いんじゃないでしょうか?」
「カレーに?」
「はい――見た目は少なくとも誤魔化せると思いますよ、茶色いですし。」
「ああ、成る程な。色付けか――。」
メルシーから飛び出してきた案が意外と行けそうに思えて、少し考えてみた。
着色料を使うよりは少なくも未だマシになるだろう。生産する上では調理の手間が増えるが、確かにカレーにしてしまえば、色も味も多少誤魔化しが効くだろうし、何よりも味が最初から着いているというのは利点だ。
それに、野外で食べる時には水やお湯で戻せば良いだけになるのだから、より手軽さが出て来て使いやすい。
何よりも食材ごとに分けるよりも一食分ずつの方が保管もしやすいし、売り物にするには理に適っているとさえ言えた。
「うん、悪く無いな。良い案を見つけてくれて有難う。」
「えへへ。」
とりあえずはメルシーを褒めておいて、頭を撫でてやる。
結果が成功するかどうかは別としても、試す価値は十分にある案だ。折角だからこのまま採用させてもらおう。
早速、香辛料を調合する為の材料を取り出しながら、メルシーに告げておく。
「夕飯、これな?」
これとは勿論カレーの事だ。
それに、
「美味しくして下さいね!」
試食を兼ねての発言だったんだが、彼女からは間髪入れずに言葉が返ってきてしまった。
それに「努力するよ」と苦笑いで返しておく。
成功するかどうかは不明だが、とりあえずはカレーで試すとしよう。
カレーの香辛料は基本四種類だが、これに更に他の調味料や香辛料等を追加する事で奥深い味わいになる。
肉に合う香辛料と魚に合う香辛料は違うからな。この為に、具材に合わせて変えるわけだ。
そんなカレーの香辛料の基本は、馬芹、胡荽、鬱金、唐辛子である。
それぞれ、別名はクミン、コリアンダー、ターメリック、チリまたはカイエンと呼ばれているが、全部粉になるまで擂り鉢等で擂る必要があって結構面倒臭い。
というのも、
「作る度に擂らないと香りが飛ぶしなぁ。しょうがないといえばしょうがないんだが、こういう作業はやっぱり面倒だ。」
カレーの場合は香りが特に求められる傾向にある。
その為、香りが飛んでしまわないよう、作る度に手作業で擂る事になってしまうからだ。
一応は魔術や魔法の中には【粉砕】というものもあるが、この効果を持つ属性は土か風な為に、どちらも俺からするとあんまり得意とは言えない属性である。
故に、擂る作業では精神を擦り減らしながらも魔術を使うか、あるいは肉体的に疲れながら作業するかの二択しかなかった。
――個人的には、やるなら後者の方が幾分マシだと思うので、手作業で頑張って擂り潰していく事にする。
「後は何を入れるかな――。」
追加で牛肉に合う丁香、別名クローブと呼ばれる香辛料も加えて粉にしながらも考え込む。
カレーに入れる香辛料や調味料、隠し味なんてものはそれこそ山のように種類がある。
だが、そこから使う具材に合わせた物を選ぶとなると、大過ぎて最早目移りするくらいにはあって悩みどころだった。
「うーん。」
とりあえずは、メルシーに合わせて辛味を抑えた甘辛を目指す事にしよう。
使うなら――牛乳、生姜、赤茄子、大蒜辺りだろうか。
甘味を増す為に馬鈴薯を薩摩芋に変えても良いかも知れない。後は、飴色になるまで炒めたりした玉葱と摩り下ろした林檎も入れてみよう。
そうして作っていると、
「ふええ、良い匂いがするぅ。」
突然、フラフラとメルシーが戻って来た。
手には衣類の代わりに摘み取られた薬草や野草が入った籠。どうやら、外に干したついでに収穫もしてきたらしい。
その様子に苦笑いを浮かべつつも口を開いて伝える。
「匂いで釣られるくらいなら、大丈夫そうだな。」
これに、
「はい!凄く美味しそうです!」
メルシーから元気良く返事が返ってくる。
籠の中身を笊に入れて、そのまま水洗いし始めたところを見るに、どうやら夕飯に使うつもりらしい。
それを横目にしつつ、
「なら、皿を用意してくれ――白飯は炊いてあるからさ。」
「分かりましたっ。」
釜で一緒に炊き上げておいた白飯を指差しつつ伝えた。
カレーに使う白飯は飯櫃へと移してあるが、特に手は加えていない。
咱夫藍を使えば黄色く着色も出来るが、量が余り採れない上に高価だからな。料理に使うには勿体無さ過ぎるし、かと言ってバターなんかを使うのもこってりし過ぎて俺が苦手だ。
この為に白飯でカレーにしてしまうがうちでの定番だった。
「――うん、完成だな。」
そうして出来上がったカレーを味見をしてみて、問題が無いかを確かめる。
そこから、カレー鍋を火から外すとボウルへと半分に移し、魔術を行使していった。
「【凍結】――からの【脱水】!」
本来の目的は保存食作りだ。一応、移し終えたボウルの中身だけに魔術を行使しておく。
瞬間、出来上がったばかりのカレーは徐々に冷えて固まっていき、やがて霜が降りて薄っすらと白くなった。
そこに、更に使った【脱水】の効果で水分が抜け落ちて、木べらで押すとバラバラと崩れて底の方へと溜まっていく。
「いけそうかな?」
現状の見た目としては、小麦粉を入れて固めたような感じである。
そう思えば特に問題も無いようにも思えるんだが、この状態から戻してみても大丈夫かという点についてはまた別の話だろうと思う。
とりあえずは試す為にも新しい鍋を取り出して、水を入れてから火にかけた。
それが沸騰するまでの間に、保存食用に作ったカレーの状態を今一度確かめてみる。
(芋類はフリーズドライには向かないみたいだから、予め摩り下ろして加えたおかげで原型も何も無いけど――赤茄子でちょっと赤みが強いか?)
まぁ、これもも原型が無くなるまで煮込み済みだから、そこまで違いは出ないだろう。
そう算段を付けつつも、ボウルの中の乾燥させたカレーを沸騰したお湯の中へと投入し、溶けて混ざるまで掻き混ぜる。
更にはそれを小皿へと取り分けて匂いを嗅いでみた。
「見た目と匂いには余り変化が無いが、味は大丈夫かな?」
小皿に取り分けた分を味見してみる。
差は――余り無さそうな感じだ。作ったばかりだからだろうか?
一応、ボウルに移し替える前の普通のカレーとも比べ直す為に味見してみたが、出来上がり具合にはそこまで差は無さそうに思える。
味、食感共に違和感は対して無いと言えるだろう。若干、香りが薄く感じる程度だろうか?
「うん、まぁ、大丈夫そうだな。」
とりあえずは問題無いと判断を下して、メルシーが皿に盛った白飯を別途、新しい皿へと半分移す。
そうして、それぞれのカレーを上から掛けて食卓へと乗せた。
これに、
「二種類ですか?」
メルシーが作ったらしいハーブサラダが食卓を彩り、余った牛乳に果汁を混ぜた物が準備される。
何も言わずとも手伝う辺り、ここでの暮らしには彼女も慣れて来た様子だ。
今では自身の家として、置いてある物は自由に使って過ごしている。多分、暮らすだけならもう問題は無いだろう程の馴染みようだ。
その彼女へと向けて、色違いの更に取り分けたカレーを指し示しつつ口を開く。
「そ、片方が特に手を加えてない普通のカレーな。それで、もう一つが一度保存食用に加工してからお湯で戻したやつだ。」
「へぇぇ、見た目では分からないですね。」
マジマジと見つめる彼女を前に、俺は早速取り分けたカレーをそれぞれ口にして比べて見る。
味見した時からそこまで差は無かったが、何でだろう、加工した後の方が美味しく感じられるような?
「こっちの方が馴染んでて美味しいです。」
「だな。旨いのは保存食用に加工した方だ。」
保存食用に加工した物の方が、食材に味が浸透しているみたいで旨い。一晩寝かせた後の煮込み料理みたいだ。
とりあえずは食べ進めてみるものの、食材のままでの加工は上手くいかなかったが、どうやら調理品の加工は具材に気を付ければ問題無い様子だと判断する。
揃っておかわりしつつ、
「旨いな。」
「美味しいですっ。」
二杯目を空にする。
その後、同じ具材でいけるシチューや味噌汁でも試してみて、このスープ類は売りに出す事となった。
料理に関してちょっと以下に追記。本筋ではここまで入れるのも無理がありすぎた。
カレーの基礎となる香辛料の比率は馬芹3:胡荽3:鬱金1:唐辛子1となります。
大匙1:大匙1:小匙1:小匙1で大体四人前ですね。辛くしたければ唐辛子の量を増やすなり、ガラムマサラと呼ばれるミックススパイスでも追加で打ち込んで下さい。
逆に辛さを抑えるのには、唐辛子の量を減らすなり、牛乳や生卵or半熟卵を加えると良い感じです。
子供向けには甘味を強めるのに摩り下ろした林檎や薩摩芋、飴色まで炒めた玉葱(新玉葱だと尚良い)、蜂蜜を使う等試してみて下さい。
尚、小麦粉を入れるのは輸入国だったイギリスまで香りが飛ばないように現地で工夫した結果です。日本に入ってきたカレーもこの系統で小麦粉が入っています。
故に、本場のインドカレーでは小麦粉をまず使わないので、カロリーが気になる方は小麦粉無しで作るのが良いでしょう(市販のルーに比べると水っぽい感じになりますが)。
2018/12/22 加筆修正を加えました。丁香は肉類に合いますが、香りが強いので入れすぎ注意な香辛料です。




