015 その錬金術師は貿易都市に宿泊する
馬糞回(違
都は良い。
ただ、広々としてる道の上に、馬糞がこれ見よがしに落ちて無ければ、だったが。
「んー、やっと入れた!」
それでもそんな言葉と友に通り抜けられた俺は満足している。
何せ、
(こんにちは、安全。さようなら、サバイバル。)
だからだ!
(やーっと人の生活圏まで戻ってこれた。これで今日はゆっくり寝れるぞー。)
そんな思いとともに門を潜った俺へと向けられたのは、苦笑いと何か良く分からない羨望の眼差しだったのが腑に落ちなかったが、まぁいいだろう。細かい事は気にしたら負けだ。
(多分、クレイ・ゴーレムごと通り抜けようとしたせいだろうしな。魔法は珍しいもんなぁ、多分、今も。)
少なくとも仮死の魔術で眠りに就く前までは、割りかし珍しいと騒がれるものだったのが記憶に新しい。
それが分かっててそのまま通ろうとした俺に、困るのはある意味当然だっただろう。
何せ、クレイ・ゴーレムがそのままだ。あの図体では門がくぐり抜けられない。軽く3m超えてるからな。
(羨望の眼差しについては――よく分からんな。一体、何に羨んでるんだろうか。)
人は多かれ少なかれ、魔力を保持している。それを使いこなせるかどうかは別問題にしても、使えないからといって羨ましがられる程のものじゃないはずだ。
実際、人間凶器のようなものなのだ、魔力を自在に使えるというのは。あえて言うならば、抜き身の刃を常に持ち歩いているようなもんである。
怖がられる事はあっても、羨望には成り得ないはずだった。
(変なの。)
故に思うのは場違い感。なんだろうか、すげぇ居た堪れない。
ただ結果として、俺はラッキーなのかもしれないとも思う。指定された場所でクレイ・ゴーレムを解除しただけで、新たな塀の増設の材料として提供する事になったからだ。その見返りとして、入場料が無料となった。やはりラッキーだろう。
(しっかし、入場料って何よ?これから都市や街に入る度に、毎回徴収されんの?あれ?)
それって一体どんな横暴ですか?治外法権のとある都市ではそれもあったそうだが、少なくとも俺の知る限り、昔では有り得ない話だったぞ?
――って思ったが、これが街を囲っている塀を維持するのに使われているのだと言うのなら、まぁ理解出来なくもない話だ。
何せ、ゴブリンが出たってだけで開拓民が逃亡を始めるんだ。きっと、人類は全体的にか弱くなってるんだな!
(笑えん。非常に笑えない話だ。)
とは言え、理解は出来ても徴収される事への感情は納得出来ないのだ。
まぁ、今回は払わずに入ったけど!
(金、金、金、金――か。王国が滅亡しても結局は金なんだな。そして、権力者はそれを搾取しながらふんぞり返る、と。)
随分と良いご身分である。
しかし、直接関わらなければいいだけの話。必要な物を入手したら、さっさとおさらばするに限る。落とす金は出来る限り少なく。そして手に入れる金は問題ない範囲で多目にして、だ。
(うん、俺は永住する気はさらさら無いからな。ここは馬糞が落ちてるし。何よりも王国滅亡後の国だろうと、国って組織な時点で信用に値しないってのはもう分かったし。)
何せ入場税なるものが施行されているのだ。抜け道も無いなら、本当に出入りを制限している事になる。民はさぞかし窮屈な事だろう。
これは、仮死の魔術を使う羽目になったかつての故郷、港町ですら同じである。あんな籠の鳥の生活は二度と御免だ。
(窮屈なのが嫌で、祖国を飛び出して王国の民になったってのに――結果があれだったしなぁ。)
残念な事に、第二の故郷として選んだ地は、領主が最後にとった策が裏目に出た。
目前に迫る大津波に対処できなかったのだ。あれでは町に残っていた者は俺を除いて全滅した事だろう。非常に痛い点である。
地震発生で諸々へとガタが来ていた領主館なんて、津波が引いた後には地下を残して何も残っておらず、おそらくはあの時あそこへ避難していた人々ともども皆流されてしまっている。
別に悔やむわけではないが、しばし黙祷を捧げて、かつての故郷を去ってここまで来た俺に、再び籠の鳥になる生活はご遠慮願いたいものがあった。
(つっても、何処に移住する?あそこはまあ、流されなかっただけ俺はマシだったしなぁ。あれよりマシな状況って、この世界の何処にあるよ?)
あの場に一緒にいて、それでも生き残れたのは単に運が良かっただけだろう。それも、仮死の魔術陣を師匠が餞別としてくれたのがでかい。
何せ、俺一人では描けるだけの技量がギリギリ足りていなかったのだ。どれだけ頑張っても失敗する事の多い代物で、完成には至れなかった可能性が高い。
(仮死の魔術は失敗したら塩になるっていうしなぁ。実際、実験でやったネズミは尽く塩になったし。)
どうも俺の腕ではあの魔術陣は描ききれないものらしい。
さて、果たして、それがない状態で、俺はどれだけ保てただろうか?
押し寄せる津波には無力だろう。只の波であれば、触れた瞬間に魔力を浸透させ、自身を浮かせるなりする事は出来る。
しかし、押し押せる水の壁ではそうもいかない。あれは質量が遥かに大きくて、魔力が先に底をついて浮くよりも溺れる方が早いはずだからだ。
魔物の包囲に対しても無力だろうな、きっと。一対一であれば、弱い魔物相手には立ち回る事も出来るが、それが――数千、数万という軍勢ならば、対処する前に飲まれて殺されるだけである。
(戦闘に関しては本当、無力だよな、生産職って。例え魔法が使えても、魔術を極めても、絶対的な魔力量の上限という枷があるし、対処するには限界がある。武器を持って闘うにしても、体力だって同じ事になるもんな。戦闘職とは初めから土台が違うんだよ。)
多少戦えてもしょせんは多少なだけ。俺には咄嗟の判断とかがまだまだ甘く、師匠にもそれは指摘され続けた。
(そんな俺が津波と魔物の包囲に何が出来るか――精々が玉砕覚悟の特攻くらいだろ?本当、仮死の魔術陣があって助かったぜ。)
ちなみに、そんな仮死の魔術陣は一つで一人分にしかならず、これは絶対だとされている。下手に他を巻き込むと、目を覚ます事が出来ずに死に至ると師匠に聞いた。
故に、助けたくともあの状況下では俺にはどうしようもなく――自分の命を優先する事にしたのだ。
何しろ、くれた師匠がそうしろって言ったんだしな。一応は師に従う事にしたのである。責任転換ともちょっと違うが、まぁそういう事だ。
大体、俺自身、死にたくはなかったし、まだまだこれからだったんだ。故に、一番は自分の命だと、優先させてもらったわけである。
(そもそもとして、地下に行く前に見た光景では、街の外へ殺到する人々で溢れかえってる門は大混雑してたし。そんな中を逃げ出す最中に老人は邪魔だとばかりに跳ね飛ばされてたもんなぁ。しかも、そんな人を踏みつけて、親と逸れた子を見捨てる大人達がわんさかと居た。まさにあれは、人間の汚さを目の当たりにした気分だ。)
そんな奴らを眺めて、迫り来る津波から、誰かを自分の命と引き換えに助ける事無く見捨てた俺も、きっと汚い人間の部類になるんだろう。
しかし、吹き飛ばされて幸先の短い老人も、踏まれて少なくない重症を負った大人も、右も左も分からない年端の行かぬ子供でも、助けたところで一人甦った今の状況ならば、遠からず命を落とした事だろう。自己中心的で逃げ惑ってるだけな人間なら助けるだけの価値も無い。
それに、助けた意味も何も無いのだ、甦った後に生き残る事が出来なければ。
(結局、あの時のあの判断は正しかったって事で良いのか――それに、後悔はしてないしな。)
俺は自分が生きる選択肢をとった事に、罪悪感はあっても別に後悔はしていない。
死んだら人間終わりだ。そこで最期なのだ。
そして、自分の身が誰だって一番大事だろう。自己犠牲なんてものは、実はそうそういいものでもないのである。
(代わりに死ぬのが分かっていて了承しても、それに耐えきれずに押しつぶされる人間だっているしな。)
それは大人でも同じ。何より、仲の良い奴程その傾向に陥りやすい。かといって、見知らぬ誰かを助けるとか、餞別をくれた師匠の好意を踏みにじるようなものだ。
仮にあの時、俺が仮死の魔術陣を持ってる事を誰かに知らせたならば、どうなってたか。
――そこから奪い合いが始まっていただろう。
もしもそうなってしまえば、最初から誰も助からない状況に陥る。魔物の群れを突破し、少ない人間が生き延びるかもしれない可能性すら潰えるのだ。
ならば、俺には助けないという選択肢しか取れなかったとも言える。
(っと、そんな言い訳はここまでにして、と。)
俺は再び目の当たりにした、都市の状況を確認する。
一応ここは貿易都市、という事になっているらしい。多くが商人で、遠くから買い付けにくる行商人や裕福層で、それなりに賑わっている場所、らしい。
――らしいんだが。
(なんか、俺が直前まで住んでた港町よりも人が少なくないか?)
人口そのものというよりも、行き交う人の密度が極端なまでに低い。
港町では見慣れた光景の、あのゴミゴミとした様子が嘘のように、大通りだというメインストリートには時折馬車が通るくらいで、それ程人の通りが無く侘しいものだった。
(都市なんだよな、ここ?ここは都市なんだよな!?それとも、歩行者は別の道を使ってるから見当たらないとかなのか??)
しかし、それは一体何の為に?
大体それなら、たまに見かける歩行者は何だというのか。
(あれ?何か変だぞ、ここも。)
商人が多いのだから、馬車があるのは分かる。ピークが過ぎているだろうから、その馬車の通る量が少ないというのも理解出来る話ではあるのだ。
では、活気が無いのは何でだろうか。普通、貿易を謳う都市ならば、それなりに賑わっていても良さそうなものである。人の往来は、それなりにあってしかるべきだろう。少なくとも、たまにしか通行人ともすれ違わない状況というのは明らかにおかしい。
(なんか、厄介ごとの予感がしてきたぞ……。)
魔物の次は誘拐された子供達。誘拐された子供達の次は焼け落ちた村。そして、人気を余り感じない、どこか寂れた印象さえある都市の様子。
俺は着いて早々に抱いた嫌な予感を拭い切れないままに、案内された宿に足を踏み入れたのだった。
毎回思うけど、田舎の者はともかく都会の人は転生・転移で古代~中世を思わせるファンタジー世界への移住はきついんじゃなかろうか。
地球は科学が発達してそれなりに衛生的な環境が築かれてる。特に日本は最も衛生方面では厳しいと言わざるを得ないだろう。つまり、世界的に見ても綺麗な環境なんです。
そんな中、ある日ひょっこり転移したとして――果たして慣れる事が出来るの?って疑問が。
よくてボットン便所が当然の環境に、それこそ農村とかに行けばその辺に牛の糞が積んでるとかザラなんだよ?いきなり放り出されて大丈夫なんですかねぇ。
あと、家畜の匂いって結構厳しいと思います。現代でもストレスフリー謳ってるような畜産家はともかく、小屋と牧草地だけのところなんかは獣臭い&糞尿の匂いが強いですからね。
動物好きでペットも飼ってて獣臭くても気にならないような人間でさえも、流石に家畜小屋の周囲は不快な匂いだと感じるんですよ。尚、ソースは私です。
なのに、道端に犬の糞が落ちてる事さえ滅多に無いだろう都会の人が、衛生概念すら怪しい異世界ファンタジーでやっていけるかというと、微妙な気がするんです。
果たして、馴染めるんでしょうか??




