149 その錬金術師は洗濯に勤しむ
冒険者は仕事柄常に危険と隣り合わせだが、リルクルもその限りじゃないらしい。
「――ただいまぁ。」
高ランク冒険者でありながらも配達業を生業にしている彼が、その日帰ってきた時はボロボロだった。
上から下まで泥まみれ。
そのままフラフラと部屋に行こうとするので、慌てて止めに入る。
「風呂入れ、風呂に!」
「えー?やだよー。もう寝るー。」
「そのまま寝たらベッドが泥だらけになるだろうが!良いから入って来い!」
「ぶーぶーっ。」
文句を垂れるリルクルを脱衣所へと放り込み、彼が被っていた着ぐるみや衣類等を取り上げる。
「あ!?ちょっと!」
それにも文句を言われそうになったが、構わず浴室へと押し出して、その場で水魔法を使用した。
「ったく、洗うのも手間が掛かるんだよ。乾いてからだと余計落ち難いんだから、先に汚れを落とすのは当然だろうがっ。」
脱衣所の中、生み出した水を盥に突っ込み、熱魔術で温度を高める。
そこに、彼の衣類と着ぐるみを放り込みながら、更に水魔法による【水流】を用いて汚れを落としていった。
ある程度汚れが落ちたら、今度は石鹸を入れて殺菌だ。そこまで終えてから、水分を取り除く【脱水】で彼の服と着ぐるみを綺麗にした。
「よし――って、鞄も残ってたか。」
こちらも泥だらけの良く分からない植物の汁付きだ。
加えて、一つは水が浸透してしまっていた。
「マジか……。」
本来、革製品は濡れるのは駄目なんだよな。カビが生えやすくなるし、痛みやすくなる。
この為、泥だらけだろうとなんだろうと、水浸しにするわけにもいかない。
なので、丁寧に布で拭って汚れを落とした後、蒸留酒を持ってきて軽く布に染み込ませて拭いた。
それから、風通しが良い場所に陰干ししておく。
これでも駄目ならもうどうしようもないだろう、きっと。
「全く、凄い事になってたなぁ。」
盥の水は何度も変えたし、布だって何度も洗っては拭き取りに追われてしまった。
鞄の中は携帯食料と水の入った竹製の水筒、それに凍結薬だけのようで、凍結薬はともかく先の二つはもう口には出来ないだろう。
何せ、どちらにも泥が浸透してしまっているからな。これじゃぁ下手に口には出来ない。
「携帯食料ねぇ。」
冒険者が主に持つ携帯食料は、大半が固くて塩辛い干し肉と、固い黒パン。もしくは乾パンと呼ばれるビスケットみたいな物だ。
どれも美味しいとはとてもじゃないが言えない代物で、正直クソ不味い時すらある。
この為、野営する程の長距離を移動したりする場合は、途中で仕留めた魔物や動物を捌いて食べるのが一般的だと聞いている。
「せめて、蜂蜜でも加えればまだ多少はマシになりそうだが。」
その肝心の蜂蜜が現状、砂糖並に高価なのだから、市場に出回る事すら有り得なかった。
「うーん。」
悩んでいると、
「上がったよー。」
水を滴らせたまま、リルクルが脱衣所から出てくる。
素っ裸だが、同性だし気にしないのだろう。耳も尻尾もふにゃりと垂れていて、完全に寝ぼけ眼だった。
そんな彼に向けて、タオルを投げて渡しておく。
「ちゃんと拭いてから寝てくれよ。でないと風邪を引くぞ。」
「ふぁーい。」
眠そうにフラフラしつつも、身体を拭いて着ぐるみを被る。
ついさっきまで汚れていたのが綺麗になっているんだが、それすら気にしていない様子だ。
多分、気付けないくらいには現界が近いのだろう。
何があったのかは知らないが、無事だっただけ良かったと思っておくべきだろうか。
(知人が亡くなるのは、余り見たくもないしな。)
港町で暮らしていた頃には、少なくない数の人間が生命を落としたし、訃報を聞く事もあった。
それからしばらくして、今度は町ごと住民が壊滅だ。
生き残ったのは俺だけのようだし、それを思えば生きててくれる現状はまだマシだろう。
そう思って、俺は残りの衣類と鞄を持っていくリルクルを見送っていた。
久々のペンギン着ぐるみ(聖獣のリルクル)登場。
居候していても、朝以外は基本的には家にいません。この為、主人公達とは若干、すれ違いな暮らしだったりします。
野宿も多い彼は、戻って来ない事も多々。加えて、帰って来ても疲れている為にそのまま部屋へ直帰という。
居候としつつも、偶に寝泊まりに来る客人みたいな感じになっている現状。




