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146 その錬金術師はモテ期を喜べない

 こっそりというか何というか、宿先で突然連れ込まれた部屋で持ち込まれた依頼が、凄かった。


「――顔が綺麗だから、女にしたい、と。」

「ええ、性別さえ女なら、速攻でプロポーズしてたんです!」

「はぁ。」


 城での依頼をこなした翌日、勢い込んで頼まれたその依頼に、俺は気のない返事を返す。

 何せ、


「相手の了承は得てないんだろ?それ。」

「うっ――。」


 完全に犯罪コースだったからだ。

 相手が望んで薬を呷るなら、それは当人の責任だ。別に何も問題は無い。

 だがしかし、無理矢理だったり騙されて飲まされたならば、それは傷害罪になる。

 この辺り、ちゃんと理解してないと医者だろうと処方した薬剤師だろうとヤバイ案件である。つまり、俺まで共犯者扱いになるわけで、


「んじゃま、とりあえずは詰め所まで行こうか?オッサン。」


 この為にバッサリと依頼を蹴って、彼を拘束するべく魔術を唱える。

 どこで俺が薬を作れるなんて知ったかは知らないが、まぁそのあたりはサイモン殿が上手く聞き出してやってくれる事だろう。

 それで結界石の作成と設置はチャラにしても良い。

 なんて思いつつ、


「ま、待て、待ってくれ!」

「問答無用な?」


 往生際悪く逃げ出そうとしたオッサン目掛けて、金属性の魔術を行使する。

 氷だと手足が壊死しかねないからな。金属性でポケットへ入れていた鉄の板を手錠よろしく輪っかを作って、それを無理矢理手足に装着させる形で縛り上げていく。


「あ、そうそう、ちなみにこれ簡単には壊れないから。」

「え!?」


 何せ魔術で作った輪っかだ。魔力が霧散しない限りは、ついでのように強度が跳ね上がる。

 金属性の厄介とも言える点で、例え鉄の薄い板だろうが分厚い金属のように固く折れなくなるんだよな。

 それで縛り上げると、


「待て待て待て!頼むから!」

「――そう言って待つ奴がいるわけないだろ?」


 騒ぐオッサンを無視し、部屋から引きずり出しておいた。

 とりあえずは、宿の外にでも置いていればいいだろう。

 後は兵士がやって来るまで見張りだな。


「他人に傷害を与えかねない奴なんて、さっさと牢にでもぶちこんでおくに限るし。」

「待ってくれー!」


 騒ぐオッサンを尻目にして、宿の人へ事情を説明し兵士を呼んで来てもらう。

 すぐにやって来た兵に彼を引き渡しつつ、


「何時もご苦労さまです。」

「いえいえ、今回は未遂との事で、被害者が出る前で無くて良かった。」

「本当ですよ――。」

「うぐっ。」


 なんて話してる横で、オッサンが何故か泣き出した。

 思わず「うえっ」なんて悲鳴が口から漏れ出す。

 メルシーが昼寝している間で良かった。こんな情けない男の姿とか見せられないし、男の沽券にも関わりそうだ。


「何で泣いてんだよ――。」


 呆れてそう口にしたんだが、


「うぐっ、ずっ、ずっと、ずっと、好きだったんだっ。」

「はぁ?」


 要領を得ない言葉に、兵士が手錠を掛けるのを見て、手足を縛っていた金具を外しつつも話を聞いてみる。

 好きなら何でもしていいとか言い出さないよな?こいつ――。

 なんて事を思っていると、


「あ、あんたの事が好きだ!この際男でも良い!結婚してくれぇ!」


 往来のど真ん中で同性に告白されてしまい、俺の顔から表情という表情が抜け落ちていった。

 瞬間的に、周囲から好奇の視線やら、ヒソヒソと話す声が聞こえてくる。

 それに視界を閉ざし、耳を塞いで、一拍、呼吸を整えた後で叫んでおいた。


「ふざけるなこのホモ野郎!」

「そ、そんな。」


 オッサンが泣くのも落ち込むのも気にせずに、更に口を開いていく。


「誰が同性に告られて喜ぶっていうんだ、この変態!」

「――ぐふぉっ。」


 これに、耐えきれなくなったのか、そこかしこで笑い声が上がった。

 部屋に連れ込む時からやたら気色悪いなとは思ってたよ?

 しかし、よりによって当人に薬の依頼をして、しかもそれを飲ませようと画策しているとか、一体誰が思うんだよ!?


「ふざけんな!俺は男だ!なんで女にならなきゃならないんだよマジふざけんな!クソが!」


 それでも、


「な、なら俺が女に――。」

「余計お断りだボケェ!」


 三十路どころか四十路過ぎたオッサンがオバサンになったところで何も変わりはしないのに、変な事を口走られて更に笑いの渦に巻き込まれてしまった。

 どこで本当に性転換薬を作れるのを知ったんだよ。しかもそれを依頼して飲ませようなんて考えたんだよ。頭沸いてるだろう!

 何をどうしようとお断りだと告げておき、兵士に連れて行ってもらう。


「ったく――何考えてるんだよ、本当に。」


 そう口にしつつも愚痴愚痴とやっていたんだが、勘違い野郎は未だ他にも居たらしい。


「――一目惚れです!どうか貰って下さい!」

「あぁ”?」


 昼食を摂っている最中に、真っ赤な薔薇の花束が突き出された。

 突き出されたのは女の子のメルシーにじゃない。男の俺に、だ。

 それを目の前に突き付けられてしまい、思わず胡乱な声が飛び出るのはある意味当然の事だろう。


(眼の前に女子がいるのに、それよりも男の俺に告るとか絶対頭沸いてる!)


 故に、一刀両断の元「俺は男だ」と告げ「同性愛者じゃないから他を当たれ」とさっさと潰しておいた。

 何せ、


(変な恋心向けられても迷惑だっての。)


 俺に同性愛の気は欠片も無いからなっ。

 故にそう思って断ったのだが、その後も「これを」「好きです」「結婚を前提に――」等と好き勝手宣う奴等がどんどんと沸いて来た。

 全員が男。女でもいらないが、男はもっといらない。


「なんなんだよ、こいつら――。」


 どうやら、往来で告白されたのがきっかけで、一部に変なのが沸き出したらしい。迷惑な。

 買い物の最中だというのに、散々邪魔をされてしまい、しかもしつこい奴まで出てきたりして、俺の怒りは頂点に達していた。


「――ああ、鬱陶しい!イライラする!」


 勿論、最初は丁寧に断り続けていたさ。

 ――いたんだが、流石の俺も穏便になんてしていられなくなるんだよっ。

 眼の前でメルシーを人質にされたり、路地に連れ込まれそうになったり、酷いと家の中にまで引きずり込まれそうになったからな!

 それにブチ切れて数人を氷魔術でやり返したんだが、まぁ、束の間の平穏は得られた。

 得られたんだが――、


「正当防衛とは言え、何をしているんですか……。」

「すみません。ついカッとなってやってしまいました。」


 都市の中は基本的に攻撃魔法や魔術の使用は禁止。

 それを行なった為に、俺は当然兵士達にお呼ばれして、詰め所へと連行される事となったのである。

 正当防衛だからとすぐに釈放されたものの――解せない思いを抱えたのは余談だ。


 2018/12/19 加筆修正を加えました。


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