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145 その錬金術師と魔道具~結界石編~

 相当心配をかけてしまっていたようで、先日離れなかったメルシーは、今朝からというもののべったりだ。

 動き難いんだがそれを伝えても「やだ」の一点張り。

 甘えてくれるようになったのは嬉しんだが、流石に歩き辛くて困る。

 仕方無いので、歩く時だけは手を繋ぎ、他の時は好きにさせる事にしたんだが――。


「それでその状況か。」

「ええ、まぁ。」

「いいんじゃないか?兄妹らしくて微笑ましいだろ。」

「はぁ。」


 早速、おっちゃんの店で笑い者になってしまった。

 当の本人は気にした様子も無くて、好奇心の赴くままに動こうとしている。

 しかも、がっしりと手を掴んだままなので、あっちへウロウロこっちへウロウロする度に、つられて俺が動き回る羽目になっていた。


(どう見てもこれ、振り回されてるよなぁ?)


 嫌だとは思わないが、かといって嬉しいとも思わない状況。

 ちょっと面倒臭い感じがするが、それでもこれで落ち着くなら安いものだろうと、思いこむ事にしておく。


(にしても、女の買い物はやっぱり長いな――。)


 その間、どうやら遠慮するのを辞めたらしくて、メルシーはあれこれと眺めつつも、値段も見比べて買う物を決めようとしていた。

 高いと感じた物は棚へと戻しているようだが、安い物の中からどれを選ぶかでじっくりと見定めている感じだ。

 冒険者組合へと卸した薬草の金と、今回の討伐による報酬でそれなりに今は金があるし、高くても良いので一番気に入った品を選んで欲しいんだが、そこは何か譲れないものがあるらしくて長い長い。

 ひたすらに、安い品の中からどれを選ぶかで吟味し続けていた。


「――これにします。」

「お?決まったか。」


 そうしてようやく選んだのは、何の変哲もないヘアピン。

 白と黒、それに赤と青の塗料が塗られた物で、おそらく一年も持てば良い品だろうと思う。

 お値段は驚きの大銅貨二枚。四つ一組でたったの大銅貨二枚である。

 ――あれ?パン二個分って思ったら、高く無いか?


「これ下さい。」

「はい、こちらの品ですね。」


 俺の疑問もよそに、そのままカウンターまで持ち込み、彼女は会計まで確り済ませていた。

 そうして、何を思ったのか、


「ルークさん、しゃがんで下さい。」

「うん?」


 こちらを見上げて頼み込んで来たので、膝をついてその場にしゃがんでやる。

 直後に買ったばかりの品をその場で取り出して、手櫛で俺の髪を整えてピンを着け始めた。


(自分の分じゃなかったのか――?)


 疑問に思いながら着けられたピンを指先でなぞっていると、残っていた赤と黒を片手に、彼女が口を開く。


「えっと、これでお揃いになるかなって――。」

「ん――?ああ、成る程。」


 ようやく、彼女の意図を掴んで納得する。

 以前、兄と妹という設定で、彼女に無茶振りをした事があったが、あの時もそれっぽく見えるようにと、服の色を合わせたりしていた。

 それを覚えていたのだろう。同じ型のヘアピンで、兄妹という設定を持ち出してきたわけだ。


(うん、こういう妹っていうのは有りだな。弟でもいいが、悪く無い。)


 前髪も邪魔になっていたし、そう散髪しに行くような場所で暮らしてもいないので助かる。

 俺同様に伸びっぱなしになっていた彼女も、多分鬱陶しかったのだろう。

 買ったばかりのヘアピンで前髪を横に流して留めており、幾分、すっきりした印象に見えた。


「お揃いだな。」

「お揃いですね。」


 笑って口を揃えたものの、普通はこういうのはペアルックといって、付き合っているような男女がするようなものだと思う。

 ただ、今の時代での常識はどうかも知らないし、年の差もあるから間違われるような事も無いはずだから良いだろうと、嬉しそうな様子を見せたのでその考えは放り投げておいた。

 その後も買い食いしたりして過ごしていると、


「ああ、こちらにいましたか。」

「――何だ?」


 屋台で買ったばかりの団子を片手に、サッと姿を隠したメルシーがしがみついて来たところで声が掛かってくる。

 やって来たのは城に務めているはずの兵士だった。

 何かあったのかと訝しんでいたら、冒険者組合で頼んだ手紙を領主が読んでくれたようで、結界石の作成の依頼を持ち込んできたらしい。

 その事に、過去に蘇った錬金術師達の事が思い浮かんできて、思わず呟いていた。


「やっぱり、作らないんじゃなくて作れなくなってたのか――。」


 師匠はともかくとして、兄弟子達の多くは、錬金術そのものへはそこまで精通していないと思う。

 どちらかというと魔術師寄りだったし、それに問題を感じた師匠が戦闘力も無い俺を弟子としてとったくらいだからな。これだけでも向き不向きが良く分かる話だろう。

 それに、錬金術といっても大半が魔剣を作る事へと精を出していた。

 当時は危険だったので、分からないでもない。

 それくらいには、得意としていたのは専ら鍛冶だが、その仕事と研究の為に金を稼ぐ事で頭がいっぱいになっていたように思える。

 この為に、結界石の作り方なんて知らなくてもなんら不思議じゃなかった。


「弟子も一緒になるが、構わないかい?」


 そんな貴重な製造工程を見せられるとあって、ここぞとばかりにメルシーを巻き込んでおく事にする。

 上手く行けば覚えられるかもしれないしな。結界石は、魔石に魔術陣を刻み込み、それを中心として魔物を弾く防壁を生み出す魔道具だ。

 材料が高価な分、早々制作の現場に立ち会う事等出来ないし、この機会に見せておきたいところでもある。


「はっ!多分、大丈夫だと思われます。」

「そっか、良かった。」


 そんな俺の思惑が叶い、兵士から返ってきた言葉にホッと息を吐く。

 そうして、しがみついている件の弟子を見やった。

 ――何か凄い不安そうな表情を浮かべているが、あれか?

 貴族の居る場所に向かうのは気が引けるとか、畏れ多いとかそんな感じか?


「じゃぁ行こう――ほら、メルシーも行くぞ。」

「う、はいぃ。」


 渋々といった様子の彼女の手を引いて、兵士の先導を受けて城へと向かう。

 領主であるサイモン殿は未だ会議中だとかで、製造用に落ち着ける部屋を一室借り受け、そこで【空間庫】を開いた。

 メルシーは居心地悪そうにしているが、これから作業をすると理解してくれているようで、しがみつくは辞めてくれている。


「しかし、白金はっきんを使うのが痛いなぁ――まぁ、しょうがないんだけど。」


 材料は魔石、七竈ナナカマド、白金の三つだけだ。

 この内、白金がやたらと高い。

 産出量も少ないから仕方無いとは言え、いざという時の為に買っておいて良かったと心底思う程だ。

 それと、魔石の加工には魔術のみを使う為にかなり特殊な工程となるので、魔力を弾きやすい黄金は余り使えず、かといって錆びるような銀も駄目になるのが早いので使えない。

 故に、この白金を使うのは仕方の無い出費と諦めよう。催促してもいいが、現状サイモン殿は予算も足りないだろうしな。メルシーに作り方を見せられるだけマシだ。


「さて――魔石は屑が多いのか。まぁ、大丈夫だろ。」


 錬金術師が薬師とも、鍛冶職人とも、彫金師や魔術師とも分けられているのには理由がある。


 それが『魔道具の製造を可能とする唯一の職』だからだ。


 魔術師も魔道具は作ろうと思えば作れるのだろうが、その為には鍛冶や彫金を習わないといけない。

 何せ、金属の硬さとか融点とか知らないと、失敗するだけだからな。

 そして、その他の職業では魔術を扱えるようにならないと、この道に進む事がそもそもとして不可能だった。


 つまりは、錬金術師というのは複合職となる。

 魔術師であり、彫金師であり、鍛冶職人であり、そして薬師等の医療従事者であるわけだ。

 それをメルシーに伝えつつも、魔石等の屑石を結合させ、一つの塊にする方法を教えていく。


「錬成っていうんだが、この為にまず魔術陣でもある錬成陣を描き、それに魔力を伝えて一つの効果を生み出す必要がある。」


 魔術陣へと刻まれる文字は、特定の意味を持たせないとならない。

 この時、持たせた意味を理解出来ていなければ、魔術そのものは発動しなくなる為に注意が必要だ。最悪、暴発して生命を落としかねないからな。

 勿論、これは錬成陣でも同じ事。そこに刻んだ文字の意味を正しく理解して、それによって効果を高めさせるのだから、根本的な考え方は一緒である。


「えっと、魔術を使うには、魔法で陣を刻んでそこに魔力を流し込んで発動させる――であっていますか?」


 そんな俺の講義に、メルシーが口を開いて考えを纏めようとする。

 その様子に、俺は確りと頷いて返しておいた。


「そう。それであってる。魔法は頭の中だけでイメージして発動させるものだから、この時のイメージがうまく出来ないと発動しない。これは前に言ったよな?」

「はい。」

「対する魔術は、魔法で刻んだ文字から意味を読み取り、円陣の大きさで威力の高さを決めている。つまりはイメージの補佐を視覚情報から得て発動させるので、何度も繰り返す内に失敗し難くなる技術なんだよ。」

「へぇ。」


 この辺りが魔法と魔術の決定的な違いと言えるだろう。

 頭の中でのイメージというのは、とても曖昧ではっきりしない。蝋燭の火を見つめ続けたからといって、全く同じ情景を常に浮かべられるものじゃないのだ。

 それを補うのが魔術であり魔術陣である。陣の中に刻まれた文字で『何を』『どうしたいか』を明確にイメージ出来るよう補佐して、更には威力の大きさや範囲を決めている。

 紙なんかに書いても良いが、その場合はその紙を紛失したら使えないという欠点があるし、余り一般的じゃない。

 せいぜいが仮死の魔術陣のように残しておく事を前提に作る物くらいだろう。


「――んで、これを利用した技術の中に、錬成陣と呼ばれる魔道具専用の魔術陣があって、これが魔道具を作る上での重要な技術となっている。今は見ておくだけでいいから、確り作業工程を目に焼き付けておいてくれな。」

「はい!」


 元気良く返事を返したメルシーを横に、魔石の屑が置かれた場所を四つに分ける。

 その内の一つを片手に山盛り持ったら、水魔法による錬成陣を空中へと浮かべて刻んでいった。


「【浮遊】【融解】【撹拌】【結合】――と。」


 使う属性は重、熱、風、金の順。

 そうして、このままだと熱くて持てない為に、氷属性による冷気で熱を冷まし、手の平へと戻した。


「――一個目はこんなもんか。」

「うわぁ、綺麗ー。」


 出来上がった魔石の色は、色んな色が混ざり合っていてステンドグラスみたいになっていた。

 極彩色とも言える状態だが、それを一旦横に置いて、他の魔石も同様の手法を用いて拳大の大きさへと次々に変えていく。


「で、ここからが結界石の作り方だな――。」


 色が混ざり合っている魔石を手にして、違う錬成陣を空中へと刻む。

 錬成陣へと描かれている文字は【彫刻】。

 これから使われる属性は風だ。俺が最も苦手としている属性だ。

 魔道具作りの多くは、風と火と土属性を良く使う。おかげで凄く大変だし、面倒臭いし、俺との相性とは最悪だしで何一つとして良い事は無い。

 それでも集中して魔石に『結界』の文字を刻もうとするものの、中々上手くは行かない。

 途中、もう飲みたくないと思っていた魔力回復薬まで飲み干し、何とか一つを成功させた。

 その頃には既に若干息切れしている有様。これは、既に数個、失敗して駄目になってるからしょうがないだろう。


「つ、次がだな――。」


 呼吸を整えつつも七竈を水に浸すと、今度は破魔や破邪といったイメージを定着させる為に魔力と効果を魔石へと浸透させていく。

 この七竈には魔を払う効果があると言われている。そこに、魔法で生み出した水と一緒に漬け込む事で、水属性の魔力と共に魔石そのものを変質させる事が出来るらしい。

 ――らしいというのは、実際作ったのは今回が初めてだからだが、果たして合ってるのかどうかは実際に確認してみるしかないだろう。

 勿論、失敗する可能性も高いので、予備は必須だ。


「漬け込みが終わったら、白金で刻んだ文字の部分へと蓋をする。そこまでいって、とりあえずこの結界石は完成だな。」

「えっと、とりあえず?」

「そ、とりあえずだ。これを安置する場所とか効果を及ぼす範囲とかをこの後はやらないとならないからな。今回は都市の周囲にある防壁に使うから、その防壁に効果が及ぶように更に加工になるか。」


 都市の防壁は東西南北に向けて以前作ってあるし、形としてはほぼ正方形だ。

 その壁に新たにゴーレムでも作って内部に抱え込ませ、回路を刻んでしまえばいいだろう。

 これに関してはまっすぐ伸ばすだけなので、流石に失敗はしないと思う。多分。


「た、大変な作業になるんですね。」


 メルシーの言葉に頷きつつも、更に錬成陣を刻む。

 どうせだから、得意な奴が現れる事を祈るよ。俺もメルシーも、風属性への適性はほぼ期待出来ないからな。


「小さい村とかなら祠でも作って祀ればいいんだけど、大きなところになると、効果範囲が足りなくなるから仕方無い措置だよ。」


 そう伝えつつも、予備も含めて十個作っておく。

 失敗したのは更に纏めて、一つの塊にしておいた。


「うん、とりあえずはこれで安心かな――。」


 実際に試してみたところ、効果を持ち、都市を魔物『からは』護ってくれるようになった結界石を見て、この時、満足に頷いた俺。

 ――だが、それも長くは持たずに壊されるなんて、この時は知る由もなかった。


 伏線回。


 2018/12/19 加筆修正を加えました。

 2018/12/26 ご指摘いただいた誤字を修正しました。教えてくれた方ありがとうございます。


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