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144 閑話 その錬金術師が記す情報の価値

 王弟サイモン視点。

 後始末な回。


「ですから、それでは予算が足りないと申しているでしょう!」

「それを何とかするのが文官の仕事だろうが!」

「予算額を超えた工事なんて無茶無謀が過ぎると言っているのです!何故分からないのです!?」

「それならば、税を増やすなり手を考えろ!まずはやれる事を口にしてから文句は言え!」

「安易な税の増収は首を締めるだけです!後、文句ではなくて正当な反論です!それすら理解出来ないのですか、貴方達は!?」


 荒れに荒れる会議。

 ここニ、三日というものの、一向に流れの変わらぬ空回った論争が続いている。

 それもこれも、都市の内部に魔物が出現したからというのが最大の理由だ。更には、元第一王妃派に僅かに残っていた工作員共のせいで、領地で使う予定だった予算が食い潰されたせいであろう。

 文官の一部にまで奴等は紛れ込んでおり、最後の悪あがきとしてあの無能共――勝手にツケ払いで豪遊なんぞしてくれていた。

 おかげで奴等を犯罪奴隷として鉱山へと送り飛ばす事となったが、いかんせん金が足りぬ。何をしたくとも、金が無いのだ。


(この非常時に、全く何ということをしでかしてくれたのだ、あやつらはっ。)


 呆れてものも言えないとはこの事だろう。

 私が少し離れていた間に領の予算で勝手に豪遊、更にはこの非常時に勝手にツケ払いで飲み食いし、女を漁っていた。

 それで騎士を名乗るのだから更に始末に負えない。一体、何時、奴等みたいな無能が騎士に任命されたというのだ。

 この事態の収束を図るよりも前に、陛下へと文を届け出る羽目になった程である。


「金、金、金――何か他で代用出来る物は無いか?売れる物は全て売り捌いてでも構わぬ。金庫も確認せよ。あれがまた入り込んだら、今度こそ終わりだぞ。」


 都市の治安維持に、かつて無い程の問題だ。

 高い塀で囲ってあって尚、あの魔物は都市の中へと紛れ込んでいた。更には、そこで人知れず住民を喰らって増えていたのだ。

 その侵入経路すらも分からぬままに、責任の所在すら棚上げになっている状態で会議だけが空回り続けている。

 一体、どうしたら良いというのだ?塀に返しを付けようにも金が掛かる。そして、その金を工面しようにも予算は空に近い有様。

 金庫を確認しても、この都市が出来てからまだ十年。大した物等あるわけもなく、確認して来た文官から渡される目録を見ては溜息を吐き出す。


(家具や私の私物を売り払ってでも構わんから、金を――しかし、それでも足りぬのか?塀に返しを付ける事すら、これでも足りぬと言うのか?)


 大工一人雇うにも、日当たり銀貨一枚はかかるのだ。棟梁ともなれば、銀貨数枚~金貨一枚が相場となる。

 そこから材料費、工事にかかる日数を割り出せば、金貨で数千枚は軽く飛ぶ計算となるだろう。

 梅雨や雨で工事の延期も起こり得るし、それを避ける為に前倒しで進めようとすれば、更に金が掛かってしまう。

 何をしたくとも金。とにかく金。金が無い事には、人も物も集まらずに、何も行えはしない。

 その金の工面が出来ないままに、白熱して尚空回ったままの会議を見て、口を挟んだ。


「一時中止としよう。皆、少し休んで感情を落ち着かせよ。」


 思わず溜息を零しながらも、一向に良案の出てこない会議へと小休止を告げて退室する。

 妻のネメアが実家を頼って金の工面に走る等、現状はとにかく足りぬ物ばかりだ。


 地下の探索も未だ完全には進んでいない。


 中に入る兵士が精神に異常を来たしたり、二度と入りたがらなくなる等、現状は八方塞がりだった。

 冒険者組合へと依頼を出すにも金がかかるし、彼らを送り込んだ所でおそらくは一緒だろう。

 何せ、滞在している高ランク冒険者のパーティーが、二度と入りたくないと口を揃えた程の惨状のようだからな。


(地下に引きずり込まれた犠牲者が居るのだろうが、その弔いもまともにしてやれぬというのは、心が痛む。)


 執務室へと一時戻って、メイドへとお茶の用意を頼む。

 そのついでに、


「ルーク殿は未だ目覚めぬのか?」


 地下から帰還してずっと眠り続けている麗人について尋ねた。

 あれからもう三日だ。流石にこれ以上となると、生命の危機であろう。

 そう思って尋ねてみると、意外な事を告げられた。


「彼の人は午前に目をお覚ましになられましたよ。」

「本当か!?」

「はい。」


 こんこんと眠り続けたままで、彼の弟子に対しても知らせるにも知らせられなかった。

 何せ、死んでいるのでは無いかと思う程に顔色が悪く、血の気が失せてしまっていたからな。

 そのまま目覚めぬかもしれぬと医者からも告げられ、どうする事も出来ずに客間に寝せていたが、意識を取り戻したというのはホッとする思いだった。


「して、今どうしている?」


 この質問へは、


「ご自宅へとお戻りになられたようです。兵士が伝言を承っていますが、お聞きになられますか?」

「なんと――報酬も受け取らずに出て行かれたというのか。」


 貴族として面目丸潰れの行動を取られてしまっていたが、現状では払いたくとも払えそうにも無い。

 この為に、思わず唸ってしまう。


「彼への報酬は――金じゃなく、土地や建物の方が良いか?」


 貴族の位等は望まぬし、金で用意出来る程の功績では無かろう。

 冒険者組合への支払いは、何とか私のポケットマネーから出せたものの、彼が作ってくれた凍結薬等への依頼料金を含めて、この都市の窮状を人知れず救ってくれていた事へは感謝してもしきれない。

 何せ、夜通し民の安全を確保してくれていたというのだから当然だろう。

 貧民街の掃討のみならず、地下の掃討までただ一人で行なってくれたと聞いている。確認はそのついでだったとも。

 確実に寿命を削るような行為をしてまで報いてくれたその働きには、何とかして礼を返さねばなるまい。


「して、伝言とは?」


 そう思いつつも、執事の言葉を思い出して再度尋ねる。

 これに、


「当直で実際に言葉を交わした者からメモを預かっております。内容はこちらに。」

「うむ、助かる。」


 執事が預かっていたという紙には、簡潔な言葉が載っていた。


゛丁重な扱い、痛みいる。安全も確認出来たようだから、家に戻る。”


 短い。

 おそらくこれは――兵士との間で交わした当人の言葉をそのままに記したのだろう、きっと。

 そうして、更に渡された二枚目の紙には、驚くべき内容が記載されていた。


゛今回の事態を受けて、魔物を避ける手段として『結界石』の製造と設置の提案をさせて頂きます。

 勿論、他に代替案がございましたら、以降、記された内容に関しては無視して頂いて構いません。


 結界石の材料は魔石ませき七竈ナナカマド白金はっきんの三つとなります。

 この内、魔石に関しては失敗する可能性も考えて、屑石でも拳大程の量四つ分が集められれば何とかなるでしょう。

 その他の残りはこちらで準備が可能ですので、都市の安全性を向上させる為にも、どうかご一考の程、よろしくお願い申し上げます。”


 遥か昔に失われて久しいと聞く『結界石』。

 王都ですらその石の存在は失われ、今では高く分厚い壁が唯一の防波堤となり下がっていると聞いていた。

 だがしかし、昔はその石一つあれば、魔物の侵入を拒む事は勿論、中に入り込んだ魔物の見分けも容易に付いたと聞く。

 それを蘇らせられるというのだろうか、彼は――。

 

「これは、期待しても良いものか?」


 窮地に陥る度に、まるで示し合わせたようにして手を差し伸べられている気分だ。

 勿論、彼がそうなるように仕向けたわけではない事は分かりきっているし、幾度となくこうして窮状を救われて感謝こそすれ、嫌に思う事等有り得ない。

 ただ、


「操り人形に配置された駒、物語の登場人物、か――。」


 かつて聞いた言葉が、ふいに蘇って来て呟いていた。

 英雄も脇役も、等しく運命に雁字搦めにされて囚われた存在だと。

 そう告げられたあの言葉は、果たして本当なのだろうか?


「まさかな――。」


 ただ子供の頃に裏路地で聞いた、意味の分からぬ言葉だ。

 酔っ払いや狂人の戯言だろうし、可能性すらも頭から追い出しておいて、私は急ぎ人を使いに出す。


「彼に伝えてくれ。すぐにでも製造に当たってくれと――設置も可能なら、合わせて頼みたいと言ってくれ。」

「はっ!」


 私の言葉に駆け出していく兵士を見送りつつ、金庫の目録を眺める。

 材料だという魔石は、そう使うようなものではない。魔道具自体が数が少なく、金庫の奥深くへと仕舞われたままだからだ。

 そう思えば、埃を被る程には十分に量はあるだろう。

 それが都市を救う手立てとなるというのなら――喜んで差し出すだけである。


「後は、彼に託す。」


 そうして私は、束の間の休息を終えて、会議へと戻った。


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