140 その錬金術師は可能性を潰す
※グロ注意。
下水への入り口は扉二枚によって塞がれるものらしい。
おそらくは匂い対策か何かだろう。ただ、どの区画でも一枚目の扉は何の問題も無く開くんだが、二枚目の扉には大抵鍵が掛かっているようだ。
おかげ様で、中に入れず仕舞いでここまで来ている。
(――ん?)
しかし今回は、その扉のすぐ横に待ち伏せをされているらしくて、二枚目の扉に触れる前に手が止まってしまった。
咄嗟に探索魔法で感知した為か、まだ相手には気付かれていないようだ。
鍵の有無を確認するよりも先に、片手を上げて一同を静止させておく。
そうして、一気に魔力を練り上げた。
「【凍結】!」
扉の横で待機している魔物へと照準を合わせて、それとほぼ同時にして凍りつかせにかかる。
生物を主食としているこいつらの体は、体の中に木の葉やら何やら内包している事はあるものの、油脂分と水分でほぼ構成されているのは間違いないだろう。
それくらいには比重が偏っているようだし、摩訶不思議な生態をしてはいるが、厄介な事に普通のスライムよりも遥かにデカイ為に魔力の消費が大きい。
それでも何とか凍らせて、動かない様子を確認してからそっと息を吐き出した。
(感覚的に言うと、ブラッディー・スライムよりは凍り難いってところか――ただ、他の中型以上の魔物よりは凍らせやすい分マシだな。)
この魔物の場合だと、油脂分は凍らせるのには時間がかかり過ぎる。この為に、氷魔術の影響が余り出ないようだ。
その代わりと言うわけではないが、水分の方には水の適正さえあれば魔力による干渉が容易なようで、氷魔術の予備として使えていた。
例えば、魔力を浸潤させた状態からの【凍結】である。これが一気に可能となるので、水魔法による魔力の影響を与えた後で、一気にそれを氷魔術で変換して凍らせる事が出来るのだ。
おかげで、
(ま、このくらいの芸当なら、お手の物だしな。)
俺にとっては対処がしやすい相手と言えた。
少なくとも、こいつらを相手取る分には、そこまで難しくは無いと言えるだろう。
魔力を多めに込めればいいだけだから、俺からしてみれば倒しやすくさえある。
(他の奴だと、そうもいかないだろうがな――。)
何せ、敵はスライムだ。どんな物理攻撃もほぼ無効化するし、更には武器さえ喰らう性質を持つ。まさしく、物理職泣かせだった。
この為に前線とも言える場所に俺が立っているわけだが、丁度二枚目の扉へ手を触れたところで、背後から声が掛かってきた。
「――早速か?」
声を掛けてきたのは、下水道の探索に着いて来る事になった冒険者達の内の一人、黒衣の男性である。
名前は特に聞いていないが、名乗らないままに行動を始めてしまっているし、今回限りの共闘なので別にこのままでも構わないだろう。
そんな名も知らぬ彼へと、
「ああ、扉の横に一体な。」
「ふむ。」
返事をしておきながら、扉の方へと向き直って確認する。
鍵は――掛かっていないというよりも、どうやら壊されてるみたいだ。
物理的な手法で壊されたようで、鍵穴があっただろう場所が歪に凹んでしまっていて、機能していない。
思わず、首を傾げてしまう。
(過去に地下に潜り込んだ奴でも居たのか――?)
疑問には思いつつも、扉は未だ開かないでおいて、手だけを添えた。
鉄製なので頑丈だしな。隙間が多少あるとは言え、ここが地上との境目になるし、安全の確保は扉越しにやってしまう方がより確実になるはずだ。
そう思って探索魔法でざっくりと中を確認していき、より内部を詳しく探ろうと探索魔法を強化していく。
次々に魔法を唱えて、目を閉じて内部を確認だ。
「――っと、扉の先はすぐに汚水が広がっているな。どうせだし、ここから一気に凍らせていくか。」
この言葉に、
「ならば、少し離れて待とう。」
一緒に潜る事となった四人が、後方へと下がって待機してくれた。
正直有り難い。すぐ傍に人が居ると、気が散りそうになるんだよな。だから、こうして離れてくれるのは非常に助かった。
(さて、中はどうなってる――?)
いざ、中をじっくりと確認してみると、左右に人一人が通れる程の道幅はあるものの、それ以外は汚水が流れる溝となっていて足場が少ないようだった。
しかも、溝の方へは魔物が紛れているかもしれないし、さっさと凍らせてしまうのが良さそうに思える。
そう考えていると、
「なんじゃい、まだ中には入らんのかい。」
ドワーフの爺さんが声を掛けてきた為に、俺は扉に手を押し当てたままに、中を探索魔法で探りつつも口を開いた。
「それは後でな――まずは、安全を確保するのが先だ。」
「出来るのかの?」
「多分な――【凍結】。」
言葉を返しつつも、また鼠型の魔物を見つけた為に、速攻で凍らせておく。
やはりこの魔物、デカイ気がする。人の腰までの高さがあるし、後ろ足で立てばほぼ人と変わらないくらいの体高になるだろう。鼠型だろうがなんだろうが最早体積には関係無さそうだ。
それらを見つける度に逐一凍りつかせつつも、全容を把握しようとして確認を進めていく。
途中、魔力回復薬を口にしたりして回復を行い、ようやく全容を把握すると、今度は魔力を練り上げていった。
(生存者は中には居ないから、やるなら一気にだな――。)
途中、嫌なものが見えたが、それごと凍らせてやろう。慈悲なんてものはない。
大体、ここで逃走先が無いとバレて、暴れられても困るしな。
(全部ぶっ潰してやる――その為には、汚水から何から全部氷漬けだ!)
照準先は下水道内全域。
かなり広いが、汚水を含めて通路が全部凍ればそれで良いだろう。
そう思って、魔力を練りに練っていく。
(まだ――まだ。もうちょい――。)
幾重にも魔術陣が広がっていくが、都市全域となるだけあって消耗する魔力量も相当だ。
立ち眩みさえする中で、書き上げきったそれをどうにか放った。
「よし――【凍結】!」
おそらくは、過去最大になる威力だろう。
最後の呪文で、残り僅かだった魔力が抜け落ちていくのが分かる。
だが、その代わりに下水道が一気に凍りついていった。
「ぃよし、いけた!」
一瞬だけフラついたものの、直ぐに壁に凭れ掛かるようにして踏み留まっておく。
そうして、更に魔力回復薬を呷ると、そっと息を吐き出した。
「はぁ――。」
眠いしきついし胃の中がチャプチャプしてるしでもう本当に辛い。
何で俺こんな頑張ってるんだっけ?それも、生産じゃなく戦闘方面で。何かおかしくない――?
なんてつらつらと考えていると、
「何やらすごいの。」
「更に寒くなった!?」
想像しく聞こえてきた声に背後を一瞬だけ見る。
脳内で変だなーおかしいなーとは思いつつも、眠気覚ましに西洋薄荷を加えた飴を口へと放り込んでおいた。
清涼感のあるその味に、僅かに眠気が薄れて空回っていた思考が正常に戻ってくる。
(ああ――このままだと死ぬかもしれないからか。)
最悪、都市滅亡からの国滅亡だ。そのまま他の国も巻き込んで滅亡しかねないし、滅亡フラグがもうヤバイ。
そんな事を思いつつも、逸れた思考を戻して無理矢理頭を働かせた。
(このまま下水道探索は無謀だよなぁ?)
俺は戦闘職じゃないから、気配を察知するのだってそう上手くは無い。
小さいスライム相手ならいざ知らず、今回対峙する事となった魔物は少なくとも第三形態に進化したジェリー・マンから、更に進化を重ねた変異種である。
もしもそいつがの中に、先程の【凍結】から上手く逃れられたのが居たなら――反応する以前に気付く暇も無く死んでそうだ。
流石に、そんな可能性が残るのに寝不足でふらついたまま探索するのは御免被る。
(――しょうがないか。)
色々と考えたものの、余りやりたくは無いものの、体力回復薬を二本、纏めて飲み干す。
その不味さにえづきそうになるが、必死に堪えた。
幾分良くなったところで薄荷の成分が混ざる水溶液をマスクに散布して付ける。
口の中のヤバさは飴と水で何とかしておく。
そうして、準備が整ったところで、再度中の確認を始めた。
(さーて、どうなってるかなぁ。)
生き残りが居ると確実に危険な為、念入りに探索魔法で内部の確認を進めていく。
冒険者達が完全に放置状態だが、まぁ安全が確認出来たら今度は彼らの出番だろうし、それまで待機してもらうしかない。
(彼らは放置するとして――中は凄い入り組んでいるんだよなぁ。)
凍結させる際にも確認したが、この下水道の入り組みようには頭が痛い。
確実に今ここが正念場なのは間違い無いとはいえ、中の確認まで済んだら、多分俺はぶっ倒れるだろう。
どうせなら、そのまま数日くらい寝込みたいくらいだ。
(しっかし、面倒臭いなぁこれ。地図に起こした方がまだ早くなるか?)
下水道は地上とは違って迷路上になっているし、確認するにしてもマッピングした方が早そうに思える。
仕方なく、俺は藁半紙へとどんどん記載していった。
「こっちはT字路で――こっちは十字路?あ、微妙に斜めってる。クソ、面倒臭いな。」
何やら言いたげな視線を向けられたが――探索魔法で感知した範囲を確認する上でもこれは有効っぽいと気付いて、どんどん記していく。
とりえあえず、スライムらしき物体が動いていないかを確認する上でも役には立つし、これから乗り込む上でも使えるだろう。
「うん――地図はこんなもんでいいか?」
そうして出来上がった一枚の地図。
中は凄く入り組んでいた為に、非常に分かり難かったものの、何とか書き上げ切ったそれは、非常に複雑だった。
それを見せてみると、
「――もしかしてこれ、下水道のか?」
「うん。」
すぐに近付いて来た青年が覗き込んできた為、頷いて手渡しておく。
後は実際に見て確認だ。
彼らが地図を眺めている間に、俺はまた魔力を回復させてポーチの補充を済ませておく。
「一応、下水道全域の地図だけど、中は全部凍っているし足場が狭いから注意な。魔物は全部死滅させたとは思うが、油断は禁物だ。」
そう伝えてみれば、
「へぇ――良く出来てるな。これなら迷う事は無さそうだ。」
「どれどれー?」
しげしげと眺めた彼へと、すぐに近寄ってきたメンバーへと青年が地図を手渡していた。
少年からドワーフの爺さんへ、ドワーフの爺さんの次は黒衣の男性だ。
彼は手元に収めると、俺が持っていた鉛筆を催促してくる。
「これ、俺の鉛筆なんだけど?」
「後で返す。」
どうやらマッピング係は彼らしい。
ただ、消耗品を返すって、どうやって返すんだろうな?使った分の補充は出来ないわけだし、新品か?それとも使った後のをそのままか?
もし後者なら損する事になるわけだが――一々そんな事で言い争うのも馬鹿らしい為に、違う言葉を掛けておいた。
「素人が書いたものだから、余り当てにはしないでくれよ――実際に見て抜け落ちが無いか確認してもらった方が良いのは間違い無いしさ。」
これに、
「その素人がここまで書き上げて言うのか。」
ペラペラと書き上げたばかりの地図を振りながら黒衣の男性に言われた。
それには構わず、俺は二枚目の扉へと手を掛けて開く。
中は――探索魔法で確認した通りの光景が広がっていた。
左右に人一人が通れそうな細い道があり、その中央は汚水が凍りついて真っ白に霜が降りた状態になっている。
勿論、道にも霜が降りている為に滑りやすいだろう。足元は注意しないとならいのは間違いが無い。
「おう、そういや、いたな。」
そんな下水道の中に入ってすぐ、扉の横に凍りつかせたばかりの魔物の姿があって、ちょっとビビる。
なんていうか――進化している様子が伺えて、空恐ろしく感じるんだよな、コイツ。
「二頭か……。」
「マジかよこれ。もう進化してしまってるんじゃね?」
「有り得る。有り得過ぎてもう笑えなさ過ぎる。」
スライムの進化形態の一つ、ジェリー・マン。
そこから更に進化したように見えるそいつは、太い首の上にそれぞれ別人の頭部を乗せるようにして生やしていた。
何を考えていたのかさっぱりだが、顔には薄気味の悪い笑みを浮かべていて気持ちが悪い。
「表情がもしかして感情とリンクしてるのか?まさかな?」
そう独り言を呟くと、
「そういうのって有り得るの?スライムって、知能低いんじゃないっけ?」
少年に尋ねられて、答えを返しておく。
「人に擬態するんだから、表情とか真似てても不思議じゃないよ。」
「へぇ――。」
何やら考え込む様子を見せたが、彼にはとり合わずに、前任先を確認するべく進んでいく。
「あ、待ってよー!」
それに、一拍遅れて彼が着いてきた。
流石に汚水の上を誰だって歩きたくは無いのだろう。
しばらく階段を降りた先にあった狭い道では、隊列を組んで順に見て回る事になった。
「幾つか広場みたいになってるところがあるな――。」
黒衣の男性が二番手を歩きながら、地図を確認しつつも進む中、聞こえてきた声へと返す。
「袋小路になってるところもある――そこには、何体か人型もいた。」
「マジ?」
それに声を上げたのは、四番手の少年。
俺は三番手な為に、足元に注意しつつも少しだけ振り返って口を開く。
何せ、ここから先は冒涜的な光景が広がる場所だ。最初に見つけた二頭なんて目じゃないくらいのものが見つかる事になるからな。心の準備くらいさせておいた方がいいだろう。
「大体居るのは人型と鼠型、それにジェル状の三種だな。ただ、人型はさっきみたいに異常な見た目になってるから、今の内に覚悟しておいた方が良いぞ。」
これに、
「覚悟?」
と、軽く首を傾げた彼だが、俺は「すぐに分かる」とだけ返して前に向き直った。
道中、凍りついた鼠型のスライムがいたが、やはり完全に死滅しているようで活動を停止している。
それに向けて、
「とりあえずは問題無さそうだぜ。」
「そのようだな。」
先頭を歩く青年が『とりあえず』で真っ二つに叩き切る。
切断された氷像は、芯まで凍りついているのを確認されると、今度は溝へと蹴り落とされていった。
それを横目にして更に先へと進んで行くと、最初の広場。
そこには、異様な人型の魔物が凍りついたままで、あちこちへと手を伸ばして立ち竦むようにして凍り付いている。
その様子に、全員の足が思わず止まってしまっていた。
「おいおい、マジかよ――。」
何せ、そこに居たのは、凍りついてはいても顔が引き攣る程の異形。
胴体に巨大な牙を生やしていて、まるで口のような裂け目を作り固まっている人型だったが、頭部はもっと異様だった。
何人もの顔がどの方角から見ても見えるのだ。
膨れ上がったその頭部には、一様にして薄っすらとした笑みさえ浮かんでおり、統一感の無いバラバラな腕が太さも長さも不揃いなままにあちこちへと向けられている。
腰から下は触手と人の足の群れだ。いっそ、清々しいまでに異常さを全面に押し出しているようで、しかもそれが被害に遭った人物の特徴を捉えているようだった。
「子供も混ざって無いか?なぁ?」
「言うな。胸糞悪くなる。」
「このくらいで胸糞悪いなら、この先は怒り心頭か?まだ序の口だぞ。」
「……。」
押し黙る面々だが、確認の為に氷像となった『それ』を青年が叩き割る。
ゴトリと音を立てて転がったそれは、完全に中まで凍り付いていた。
「なぁ。これって、人を増やしてやった方が良くないか?」
気が滅入るのか、青年がそんな事を口走るが、俺は首を左右に振って返した。
「安全の確認が済まない限りは人を増やすわけにはいかない。これ以上の進化は滅亡フラグ一直線だぞ?」
スライムの最終形態はグラトニー・スライム。
暴食を冠する魔物となるだけあって、何でも喰らうし馬鹿みたいに肥大化していく事になる。
それを相手取れるのはそれこそ英雄クラスの奴だし、更にはその中でも攻撃魔法に特化した奴って事になるので、進化を許した時点で詰みそうだ。
「えっと、これ、進化の形態って何段階目か、誰か分かる?」
少年のこの言葉に、
「少なくとも五段階目は軽く行っとるようだの。嬉しくないが。」
「最悪、八段階目あたりまで行くだろう。最終形態は、確かグラトニー・スライムだったな?」
ドワーフの爺さんと黒衣の男性が口を開いて来て、俺は確りと頷いて返した。
「スライムの最終形態に関してならそうだな。ただ、こいつはジェリー・マンに進化したから、完全に人間や動物そっくりなスライムになる可能性もあるし、何とも言えないぞ。」
これに、
「この牙、凍ってるから固いんじゃなくて、そもそも固いっぽいぞ?」
と青年が胴体に生えている牙を叩き折って告げてきた。
思わず、全員が「うわぁ」と声を上げてドン引きする。
「液状の魔物が個体化するのか。人型を真似てはいても、あれだってまだ液状を保ってるだけのはずだよな?」
「少なくとも昨日の時点ではそうだったんじゃないのか?俺は詳しく見てないから分からないんだが。」
「何でも良いけど、全滅させるのが先決だし、確認を急ごう?」
青年と言葉を交わしていると、少年がそう言って先を指差す。
立ち直るのはどうやら彼がこの中では一番早かったらしい。やや青ざめながらも、全員揃って更に先へと進んで確認していく。
見つかるだけでも、手や足が異様に多かったり、頭が二つ以上あったり、体の一部が口に変わってる等様々だ。
薄気味の悪い笑みを浮かべているのが多かったが、途中からは何かに気付いたかのように目を見開いたものへと変わり、やがてそれが恐怖に引き攣った表情へと転じていった。
「なんなんだよコイツら――。」
それを片端から切って確認するのは、主に青年と少年の役目だ。
青年は顔色が悪く、度々愚痴や弱音を吐いている。少年の方は逆に口数も少なく、無表情で無口へと変わっていった。
それでも進み、ここが最後だと――特に酷いと言わざるを得ない場所へと足を踏み入れた。
時刻は、おそらく深夜を回った頃だろうか。
全員に疲労が伺える中、
「うえええっ。」
最初に見た青年が横に逸れて嘔吐し始めた。
「何だこれは――。」
その直後に、俺の眼の前で黒衣の男性が地図と鉛筆を片手に固まって立ち止まる。
そんな彼を横に移動させてから、俺もその場へと確り足を踏み入れた。
既にここは探索魔法で『見た』後だから、そこまで衝撃は無い。
それでも、最悪な光景だと思う。
「――やっぱり凄いな、コイツは。」
何故なら、広がっているのは凄惨な光景だったからだ。
地面には食いかけの人間や獣の体の一部が転がっており、臓物や骨も数多く散らばっている。
おそらく、これは上から引きずり込んだ者達の慣れの果てなのだろう。
何時からここに居たのかは定かではないが、凍り付いていて尚漂う異臭には、紛れもない血の匂いが混ざっている。それが、下水道に充満している悪臭と混ざり合って更に酷い匂いとなっていた。
「犠牲者は確認のしようがないが、しかしよくもまぁこれだけ喰らったもんだな。」
出入り口を塞いで、貧民街にある下水道入り口から順に凍らせていった為か、しばらく死に物狂いで暴れまわったらしい。
周囲には瓦礫も散乱していて、逃げ場を求めて壁にめり込むようにして、その異形は存在していた。
無数の触手が地上へ向けて伸ばされている辺り、途中で生き残れる場所へと気付いたのかもしれない。
(そうなる前に凍りつかせられたのは幸いだったな。)
触手の中には幾つもの手足も混ざっていて、地上に向けてそれらも伸ばされている。ただ、その手足の先には、ここまでに見たように、口や目玉があるのが見て取れた。
巨大な胴体の上、出鱈目に浮かび上がっているのは血の気の失せた頭部だ。そこには苦悶の表情と、薄ら寒い笑みが浮かんでいて心底気持ちが悪いし胸糞悪い。
何せ、これらは全部犠牲者の顔だからな。それを模倣するだけでも胸糞に感じる話だ。
しかも最悪な事に、この魔物に関しては胴体部分には女性の乳房もぶら下がっており、良く良く見れば赤ん坊の首も混ざって浮かび上がっていた。
「見境なく全部、か――知能の低い魔物は本当、手が付けられないよなぁ。」
「これ、死んでると見て大丈夫かの?」
「ん?」
最後尾だったドワーフの爺さんだが、途中から全く喋らなくなったせいですっかり忘れていた。
しかし、質問されたので「多分な」と返しておく。
もしこの状態でも生きているなら、既に動き出しててもおかしくはないだろう。
「なんなら更に凍らせておくか?」
そう冗談半分に尋ねると、
「是非ともやってくれい――ここにいる者達の総意になるだろうて。」
「あー、うん、分かった。」
真剣な眼差しで返されてしまい、頭を掻きつつも魔力を練り上げていく。
どうせここで最後だったし、工業区の方はもう終わっているだろう。
そう思って、
「【凍結】!」
この日最後となる魔術を放って、俺は壁にめり込んだままの異形ごと壁一面を分厚い氷で覆ったのだった。
以下、作中の纏め。
・地下下水道へと逃れた魔物ごと地下を【凍結】。
・直後に高ランク冒険者達と安全を確認。
・主人公最後に氷魔術を盛大にぶっ放す。
2018/12/15 あとがきにこの回の纏めを記載しました。抜け落ちてたー。




