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138 閑話 その錬金術師の変わり行く評価

 この回にはグロはありません。

 名前が出てきてないけど、高ランクな冒険者視点。

 黒衣姿で黒髪黒目で褐色という、黒尽くめなあの人です。


「――何だこれは?」


 城に四つある塔の内の一つから放たれる、異様なまでに大きな魔力。

 夜番だったという見張りの兵に尋ねて見れば、そこには、昨夜から陣取ったままだという優男がいるらしい。

 なんでも過去にはこの辺りの窮地を救った事があるらしく、御大層にも『救世主』などと呼ばれて尊敬までされていた。


「――そんなに凄い人物なのか?」

「ええ、草原や森の中に沸いていた魔物の掃討も一人で行われましたし、その後は治安維持にも努めて下さっています。」

「ほう。」


 話を聞くに、実に素晴らしい人物かのように語られる。

 だがしかし――そんな話は冒険者の間では眉唾ものとばかりに一笑に伏せられているものでしかないだろう。

 大体、背後にある領主の思惑も絡み合っている。この為に、ほとんどのものが真に受けてはいなかった。

 その上、当人の態度がそれに拍車をかけている。聞いた限りでは腰が低く、どんな挑発にも乗らない為に腰抜けだとさえ言われていたのだ。

 そもそもが生産職だと言い切る辺りに、実際に肩書は分不相応だと思っているのも伺える。

 だが、しかし、


「――奴は底無しか?」


 当人がどう思っているかはともかくとして、周囲は今直ぐにでも認識を改めざるを得ないだろう。

 これで『救世主』?馬鹿げている。


 ただの『化物』じゃないか。


「なんつー魔力だよ……。」

「何の話?」


 実際、俺と同じくこの馬鹿げた魔力に気付いた者達が出始めているようで、誰も彼もが塔へとその視線を釘付けにし始めていた。

 勿論、俺とてその例から漏れないが、実際こうして目の当たりにしても尚、信じきれない思いでいる。

 何せ時折塔の最上階から感知されるのは、背筋が凍る程に大きな魔力の固まりだからな。一発だけでも、並の魔法使いならば全力投球しているようなものだろう、あれは。


「――これでは、噂は本物と思わざるを得んな。」


 気付いた後では、最早笑い飛ばす事等誰にも出来無い。それ程には圧倒的な魔力量。

 鈍い奴だと普段と変わらずに居るようだが、気付いている者達の中には、どうやら夜中もずっと起きていた者まで居たらしい。


「勘弁してくれよ――何なんだよ、この魔力。化物か何かか、あいつは。安眠妨害も良いところだぜ、全く。」


 ぼやきながらも頭を掻いて起き上がってきたのは、つい最近懲罰室に放り込んだばかりの問題児。見れば、目の下にはくまを作っていた。

 コイツはどうやら一晩中起きていたらしいな。魔物が蔓延る森の中ですら余裕で眠っていた事さえあったというのに、不機嫌そうな様子まで見せている。

 それくらいには、脅威と見なしたという事だろう。実に面白い話だ。


「お前にも分かるか?」

「分からない方がどうかしてるっての!」


 声を掛けてみれば、やや苛立った様子で返してきた。

 相も変わらず沸点が低いらしい。

 更には、


「なんだってんだよ、この薄ら寒い魔力は!眠れ無ぇっての!」


 尚も喚かれて、呆れた視線を向けた。

 誰に当たっているんだ、コイツは。


「それを俺に言っても意味は無いだろう?」

「そうだけどさ――そうだけどさぁ!」


 そもそも、当たる相手を間違えているだろう。

 当たり散らしたいならば、それこそ塔の最上階まで言って告げてやればいい。

 もっとも、それだけの度胸があるなら、だが。


「――大体、夜間の討伐を一人で担ってくれていたそうだぞ。感謝こそすれ、文句はお門違いというものだろう。」


 この言葉に、


「そう言ってもさぁ、限度ってもんがあるだろ……。」


 尚もブツブツと文句を垂れてきた赤毛へ、俺は肩を竦めて返す。


「まぁそこは知らんな。俺にどうにか出来る事でも無いし、現状ではむしろ助かる程だ。是非ともこのまま掃討を済ませて欲しい。」


 問題児を放置して、早速、新たな凍結薬を受け取り何時もの面子と顔を合わせる。

 まずやるのは装備と荷物の見直しだ。

 最悪の場合、ここを見捨ててでも逃げ出す事さえあるだろうからな。そういった展開まで視野に入れなければならない状況の為に、点検は念入りに行なって済ませていく。


「――凄いな。見た目によらず、結構やるじゃん、アイツ。」

「あれならもう長耳族エルフって言われても、信じるの。」

「そうだな。」


 仲間二人の言葉を受け流しつつも、愛用のダガーと投擲用のナイフを確認して、確りと身に着けると携帯用の食料と水の確認を行った。

 そこに、


「居住区の方で井戸に潜んでたのが一匹居たらしいぞ。あと、貧民街の方で数名生存者が隔離されてるってさ。」

「――ほう。」


 遅れてやってきた最後の一人が情報を持ち込んで来て、仲間の二人が顔を見合わせた。


「まさか、生き残れたの?」

「驚きだの。貧民街はほとんど手付かずだったし、どうせ言う事を聞かない奴らは全滅したと思っとったのにな。」


 兵士達が何度も避難勧告を出していたそうだが、頑固な連中は首を縦に振らなかったらしい。

 同じ頑固者でも、ドワーフ達は何故か従ったらしいが、一体この差はなんなのだろうな?


「生きていたなら、首根っこを引っ掴んででも連れ出さないとならなくなるぞ。おそらくだが、塔の奴が夜通し護っているはずだからな。」


 そう口にしてやれば、


「――うっそ、マジで?本当ならそれもう化物じゃん!?」


 仲間の一人が素っ頓狂な声を上げて、つい先程俺が思った感想を述べた。

 それに肩を竦めつつも、準備が済んだところで伝えておく。


「何でも魔力回復薬を大量に飲んでるらしい――バックがここの領主だけあって、金に糸目を付けないやり方をしているみたいだな。」


 体力回復薬よりは安いとは言え、魔力回復薬だってそう数は揃えられるものではない。

 おそらくは、ほとんどが自身の魔力量によって補われている事だろう。

 ただ、


「えー、ポーション漬けかよー。」

「夢の無い話だの。」

「流石王族、やる事が俺等なんかとは違うしそこに痺れるけど憧れない。」


 三者三様に反応が返ってきて、俺は更に口を開いていた。

 時間は有限だ。


「さっさと準備を済ませて行くぞ。増えるスピードが速いから、今日中に倒しきれなければおそらくジリ貧だ。」

「うひぃ。」


 ただのスライムではないし、ジェリー・マンと呼ばれるスライムの変異種か更に進化した種という見方が強い。

 更に言うならば、進化の形態は既に五段階はあると言われているし、凍結薬を使っている為に分かり辛いものの、実際の強さもそのくらいはあるだろう。

 そんな予想も合わせて伝えてみれば、


「俺はもう準備は終わっているぞ。」


 と後からやって来た奴が親指で背後を指差し、


「え、ちょっと待った!僕はもう少しかかる!」


 最年少の双剣使いが、アタフタと荷物を纏め始めた。

 それに最後の一人が、


「――話の合間でも手を動かしておけば良いだろうに、何故止めていたのかの?」


 年長者故か、余裕のある態度で荷物を背負って立ち上がってきた。

 そこに一人がぼやき、会話へと乗るようにして話が広がっていく。


「――武器が通じないのが痛いなぁ。」

「そうだな。」

「スライムだと、双剣でザクザク!とはいかないしねー。」

「お前はそうだろうな。俺だと真っ二つだけど。」

「ふん。鈍器の良さが分からんとは、まだまだだの。」

「爺さんはそれ好きだよねー。」


 それぞれが携帯している武器について語りだす。

 扱っているのは、主に刃物と鈍器だ。

 おかげで前衛と中衛しかいないようなパーティーだが、それぞれが得意とする手段によって持ち回る為にカバーし合え、総崩れになり難いのが最大の利点だろう。

 実際、盾役も居ない面子であるにも関わらず、危なげも無く戦闘をこなせているのが俺達である。

 攻撃役アタッカーだけな為に討伐への時間も余りかからないし、疲労が貯まり難いという利点もある。この為に、常に最速で事に当たれてきた。


 ただ、今回の相手には流石にそうもいかない。


 相手が物理攻撃の効かないスライムだからだ。

 この為に、入手したばかりの新たな『武器』を手に声を掛けた。


「この凍結薬、今後は持ち歩くようにしよう。」


 そう提案してみれば、


「そうだね、あると絶対便利だよね、これ。」

「異論無し。」

「どうせだから、数本持ち歩きたいところだの。」


 全員が揃って頷いて返してきた。

 各々が普段扱う武器では、今回のような魔物相手には何の役にも立たないどころか無駄になる。

 この為に、倒せるようになる『武器』が他にあるなら、喉から手が出るほど欲しかったところだ。

 それを確りと手に持ちながら、


「さぁ、二日目と行こう――。」


 各々手に携えて、都市の中に紛れ込んでいる人型をした魔物の掃討を再開しに向かった。


 2018/12/12 加筆修正を加えました。タイトルも微修正。後、一部文章がおかしくなっていたところも合わせて修正。


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