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137 その錬金術師は本領を発揮する

 この回にはグロはありません。


 協力が取り付けられた冒険者達と、兵士による合同作戦。

 これにより、住民への説明は伏せられたままに、見つけ次第都市に紛れ込んでいる魔物を掃討していく作戦が始まった。

 まず最初は、城と冒険者組合を中心とした探索が行われていったのだが、すぐに問題が発生してしまう。


 予想以上に潜伏していた魔物との遭遇率が高かったのだ。


 この為に、冒険者組合側の凍結薬は午前中で空になる事態が起こってしまい、若干の混乱を来したらしい。

 その後、補充先を求めた冒険者達が城へと殺到して来てしまって、徐々に城を中心とした探索へと切り替わっていく事となってしまった。

 結果、


「――くっそ、幾ら作っても終わりが見えない!」


 俺は日中はずっと凍結薬を作り続ける羽目に陥ってしまい、城へと常駐する事となった。

 その事に愚痴っている間に、話が伝わった領主であるサイモン殿が外出を中断して城へと帰還してきたらしい。

 それで、昼前にはちょっとした混乱が生じてしまっていたというのは、後に聞いた話。

 何せ、彼の発言によって、冒険者組合も従わざるを得なくなったからな。この為のちょっとした混乱だった。


「緊急事態の為、領主権限による命令を下す。探索と討伐は、先に居住区と商業区を優先せよ!」

「――え?」

「住民の安全確保が先決だ!安全を確保次第、貧民街の者達も移動させて全員を居住区と商業区へ押し込めよ!」

「「は、はいっ!」」


 ――なんて新たな指示が領主命令として入ってしまったわけだ。

 だが、当然、これには冒険者組合側からの反発が起きた。

 何せ、広さも人の出入りも多い居住区と商業区では、全員でかかっても日中に終わらせられるかどうかといったところだったらしいからな。

 この為に不安も大きかったし、一部、不満まで持ってしまった冒険者達も居た為に、領主側との間で若干の衝突が起きてしまったらしい。

 その冒険者達の言い分としては、


「装備の修理や補充が出来なくなるだろうが!」


 というものである。

 いや、武器や防具は今回の敵相手には大した意味を持たないんだが、装備が有るのと無いのとでは、やはり精神面への影響が大きく出てしまうものらしくて、見過ごせなかったのだそうだ。

 それでしばらくはゴネにゴネたそうだが、結局は領主の命令に冒険者組合側が折れた事によって、その不満は押さえつけられる形となった。

 これにも不満を持った一部の冒険者が領主に直談判しようとしたらしく、しかしやり過ぎて楯突いてしまったとかで、今現在地下牢行きとなっている者が若干名存在している。

 それが原因で、かなり険悪な空気が流れたのが昼以降らしく、未だにちょっとギクシャクとしている有様だった。


「――何やってんだか。」


 呆れつつも、情報をくれた兵士に礼を言って離れる。

 一応は夕方になる前には安全が確保されたらしくて、住民への避難勧告も出された後らしい。おかげで、今は居住区や宿へとほぼ全員が押し込められているのだそうだ。

 そんな話を聞いた俺は、現状入手出来た情報を纏めていく。


(民の避難誘導とある程度の安全確保が完了、か――でも、都市全域で見ると、凡そ半分。その半分から出てくる魔物と、取り零した魔物の対処で挟み撃ちにならないか?これ。)


 中でも思うのは、今回出した領主の命令の結果だ。

 とりあえずは、居住区と商業区の安全確保は重要な事だったのだろうとは思う。

 少なくとも住民のパニックを抑えるのには有効だろうからな。あっちもこっちもってなると、確実に手が回らない。

 それを半分とは言え抑えられる状況。これは正しいとも誤りとも思える判断だ。

 何せ、


(夜になってもスライムは活動するし、寝ている間に喰われる奴が出るはずだからなぁ。)


 それを未然に防ぐのは、現状派手重要だが難しいと思えるからだ。

 それでも、一般市民が邪魔にならないよう、ある程度の安全を確保した上での移動は大きな効果を齎す。

 ――もっとも、フォロー出来なければ明日には大パニックだろうが。


(後終わっていないのは、確か工業区と貧民街だったな。)


 聞き出した話から情報を整理しつつも、頭を悩ませる。

 この状況で、どう動くのが得策か。

 自分の手持ちの札と見比べつつ、可能な範囲を模索して最善と言えるだろう選択肢を選ばないとならない。

 でなければ、俺も死ぬかここを見捨てて逃亡するかになるだろうからな。後者の場合ではメルシーを守りつつの移動になるから、確実に追いつかれて終わるだろう。

 ――そんな未来は、御免被りたかった。


(工業区の方は明日なんとか出来るとしてもだ、問題となるのが貧民街だよな。あそこだけは、兵士も冒険者も行かせられないだろ。下手に喰われて強化されても困るし。)


 何せ、建物等の中の確認は色々と問題が多い。死角となる場所も多く危険だし、そもそも襤褸ぼろい小屋ばかりだから隙間なんかも多いだろう。

 となれば、そういった場所から侵入されて来て、攻撃を受けるケースもある。少なくとも、確認だけでも難易度が高いと思えるので、斥候は文字通り命がけになるだろう。

 大体、路地だって狭くて入り組んでいるんだ。目視で確認するには時間がかかり過ぎるだろうし、戦闘になった場合には立ち位置の入れ替わりにも難が出る場所だと思われる。

 向き不向きで言えば、俺がやってしまった方が確実に犠牲者も無く終わらせられて良いと考えられた。


(うん、貧民街は犯罪者達の隠れ蓑になってるケースも多いしな。それを考えてみれば、どうかすると建物の中へ入る事すら難しい事も有り得るだろ?兵士だろうと冒険者だろうと、拒む奴は出てくるはずだ。)


 となれば、住民が移動していて不在である今がチャンスだと言える。


(少なくとも貧民街は――俺の方でやってしまおうか。)


 どう考えて見ても、兵士や冒険者に任せるのは厳しいところがある。

 そう思って作戦会議室に出向いたのだが、貧民街の方で既に問題が発生していた。


「――は?居残った連中が居る?」

「え、ええ。一部ですが、こちらの説得にも応じず、留まってしまった者達が居ます。」

「マジで?」

「はい。」


 詳しく聞いてみれば、貧民街の住民にこぞって兵士や冒険者がやって来る事を不審に思われたらしく、一部が領主の命令でも従わず強硬に残ってしまったらしい。

 正直「死にたいのか?」と問いたい気分だった。


「幾ら知らないとはいえ、立て籠もるとか、自殺行為もいいところだろ……。」


 思わず、その場で頭を抱えてしまう。

 何があっても自業自得とはいえ、正直言って勘弁して欲しい話だ。

 敵はスライムなんだ。いくら立て篭もっていようと、壁でも床でも天井でも穴を開けて侵入してくるし、物理的な攻撃がほぼ無駄になる為に魔法使い以外では抵抗すらまともに出来ない。

 そういった情報も含めて、今はパニックを起こさない為にも住民ヘは伏せられているんだが、どうもこの辺りが不信感を植え付けてしまった原因になってしまったらしい。

 その上、危険性にも気付いてもらえないという悪循環を招いてしまっているようだ。


「おいおい――。」


 本当に、頭の痛い話である。


(ああもう、何でこんな面倒な事に――。)


 現状、貧民街を含めて工業区共々後回しにされている理由については、一応納得のいくものがある。


 まず、工房は出払わせるだけで良い話だからな。住宅街とは違って住み込みの人数は少ないし、宿にでも押し込めてしまえば良い話だ。これだけでも、工業区は無人に出来るだろう。

 貧民街に関しては入り組みすぎていていて死角が多い為に、直接確認するのは危険なのは先に上げた通り。この為に後回しにするのは理解出来るし、優先度としては商業区に滞在する余所者と正規の住民である居住区の人間達だ。


 優先順位としての「致し方ない」という話な為、別に見捨てたとかそういう話では無いのである。

 ただ、その辺りを説明したところで劣等感や不信感を抱いた人間には何を言っても無駄だし、説明が出来る現状でも無いので何も言えない結果、更に不信感を増す結果となる悪循環を招いてしまっていたが。


(現状、重要なのは犠牲を出さない事なんだよな――けど、それよりも大事なのは事に当たる者達から犠牲者が出ない事だし。とりあえずは、昼間働いていた者達は、やれるだけやったと言えるか?)


 どう言おうとも、優先順位というものは出てくるのだから、指示に従ってくれない限りはもうどうしようもない。

 その結果、見捨てる事だってあるだろうが――それが今回は言う事を聞かなかった奴らだったのだから、最早自業自得というだけの話だった。

 それでも、


(あんまり、気分の良い話じゃないな。)


 そんな風に思ってしまうのは、俺が上に立つ人間じゃないからだろう。

 とりあえず、冒険者としても錬金術師としても頼まれている事は現状無い。完全にフリーの状態だ。

 寝ても良いところなんだろうが、それはあまりにも不安が過ぎる。

 この為にある程度の情報を求めたんだが、得られた情報にはちょっとばかり頭が痛い案件もあって考えものだ。

 それをどうするか悩みつつ、通路の途中の壁へと寄りかかる。


(胃の中がタプタプだなぁ。)


 昼間、散々凍結薬を作ったせいで、ややぐったりとしている。

 それでも、まだやる事があるからと――魔力回復薬を一本煽って、魔力の回復を行った。

 その瞬間、

 

「うぷっ――当分、柑橘系はいらないな。」


 日中にも散々飲んでいたせいで、最早うんざりを通り越して吐き気が込み上げてきてしまい、慌てて口元を抑えた。

 この味にはもう飽き飽きとしているし、少なくとも柑橘系は今後やめようと思う。

 それくらいには、胃の中が魔法薬ポーションでいっぱいで気持ち悪かった。


「他の味付けを今度にでも考えるか――。」


 幾ら魔法薬ポーション類へ頼っていても、胃が先に受け付けなくなったら意味が無いだろう。

 更には、朝にも吐いたりしたし、その後、胃に収めるのがこればかりという状況は結構辛いものもある。

 何せ、ようやく量産が終わって一段落したのは、夜になってからだしな。それまではずっと魔力回復薬へとお世話になる羽目に陥った為に、色々と辛いものがあったのだ。


「うっぷ。」


 そうして、再び込み上げてきた吐き気を堪えて、胃酸を飲み下しつつも抑える。

 しゃがみこんで良くなるよう試みたりもしたが、余り効果は無さそうだ。冗談抜きに胃の中が水分でいっぱいで辛い。

 更には喉が焼けつくように熱くて、目尻には涙まで滲んできた。


(きっつー。)


 昼食も夕飯も抜いていたんだ。込み上げてくるのはほぼ魔力回復薬であり、しかも柑橘系である。つまりはゲロマズだ。

 そんな今の状況を鑑みるに、マジで今後は味違いや味無しで作っておいた方が良いのかもしれないなと思う。

 いや、絶対そうした方が良い。

 少なくとも、味付け用の果汁を入れないだけでも、多少胃には優しい物になるだろう。間違っても、柑橘系は二度と入れない――!


(と、とにかく、柑橘系ばかりは胃に負担がでかいし、今後は避けよう。)


 そう決意しつつ、落ち着くのを待つ。

 この後にも俺にはやるべき事がまだ残っているんだ。流石にこれくらいでダウンするには、些か早すぎるというもの。

 過去、師匠の下でサバイバルやら実験に付き合わされた時の辛さに比べればなんて事は無い。学校に通っていた時の徹夜に比べても可愛いもんだ!

 そう思っていても収まらない吐き気に必死に耐えていると、突然、声が掛かってきて伏せていた顔を僅かに上げていた。


「――あと、どれだけいますかな?」

「ん?」


 壁にもたれかかってしゃがみ込んでいる所へと声を掛けてきたのは、冒険者組合の支部長その人だった。

 篝火かがりび燭台しょくだいに火が付けられている為にか、夜でも城の中や周囲は明るくて、彼の憂いを帯びた表情が良く分かる。

 それに、俺は軽い調子で返しておいた。何とか、込み上げた物は引っ込んでくれている。


「やっと、半分てところかなー。」


 これに、


「そんなにまだいるのですか!?」

「うん。」


 驚いた様子で返されてしまったが、俺は吐き気との戦いの真っ最中な為、再度口元を抑えつつも返しておく。

 余り、口を開きたく無いところである。胃の中のものをリバースしそうだ。


(なんでこんな事態に陥ったんだろうなぁ?)


 ゲロの方じゃなくて現状だ。

 考えられる原因としては、スライムの繁殖スピードが早い点と、進化が早い点だろうか。

 特に今回の敵は、それに輪をかけたような速さで増殖してる節がある。おかげで、夜間だろうと何だろうと油断が出来ないものがあった。

 多分だが、このまま何の手も打たずに眠れば、翌日には揃って奴らの腹の中という可能性すらあるだろう。

 それくらいには増殖していても何もおかしくは無いし、現状はかなり危ない状況である。

 それを思考の片隅においておきながら、口を開く。


「ええと――今夜が正念場って、ところかな?」

「なん、ですと……。」


 この言葉に、衝撃を受けた様子を見せられたが、俺は何とか吐き気が収まってきて、そっと息を吐き出していた。

 ああ辛かった吐き気。リバースしそうになるゲロが込み上げてこないって素晴らしい。


(次から作る自分用の魔力回復薬は味無しか胃に優しいのを選ぼう。絶対そうしよう、うん。)


 決意し直しつつも思考を働かせていく。

 まず、スライムというのは夜中でも活動する。ゴブリンみたいに寝る事も無ければ、夜目だって効くと言われている為に、夜間に増殖していても何らおかしくはない。

 この為、掃討作戦は続行しないとならないんだが――。


(肝心の冒険者も兵士も疲労してるし、下手に夜間動かすのは悪手だろうな。犠牲者が昼より増えるのは確実だし、下手をしなくても死者が出るだろ。)


 さっきまで考えた結果と同じ結論に達する。

 大体、下手に喰われる奴が出たら、より知恵を付ける事となった敵を相手する羽目にもなる。その結果、確実にジリ貧になって負けるだろう。

 そんな結果は、既に目に考えた事だった。


(これらを防ぐには、夜間安全に処理出来る奴がやるしかない――が、出来るのが、現状俺だけなんだよなぁ。)


 冒険者達の中に探索魔法が使える狩人を一人見つけたので聞いてみたのだが、人と人型の魔物となると、その区別は余りつかないらしい。

 この為に、夜間にカバー出来そうなのが俺一人という事態に陥ってしまっているのが非常に痛かった。


 大体、見落としているところだってあるだろう。

 中には、上手く擦り抜けて潜伏に成功している奴だって居るはずだ。

 それらは当然、誰かがフォローする必要があり、強いて言えば――俺の役目だと言えた。


(精度の高い探索魔法が使える奴が居ないからな。しょうがないとは言え、負担大き過ぎないか、これ?)


 日中は凍結薬作ってたし、夜間は安全の確保の為に取り零しや昼に回せない箇所の掃討だ。

 こんなの、今夜中にでも終わらせないと、俺が過労死しかねない。

 そんな思いを告げると、


「――余り、無理はしますな。避難という手も有るでしょう?」

「確かにあるね。」


 返されて、軽く頷きつつもその話には乗らなかった。

 いや、乗れないんだよ。

 何せ、それをやれば確実に犠牲者が増える。現状でも事に当たった兵士や冒険者の中に被害に遭った奴らが出ているんだ。幸い、死者は出てないとは言え、腕や足を失ってる奴だっている。それを思えば、放っておけるわけも無い。

 大体、この現状を黙って見ていられる程、俺は白状じゃないんだよな。

 この為、


「ご心配、有難うございます――けれど、今俺にやれる事って、ここに居る人達の明日を繋げる事だと思うし、多少無理してでもやるよ。」


 そう言って笑い飛ばしておいた。

 出来る事があって、出来るだけの余裕があって、それでやらないというのは後々後悔しやすい。

 そんな考えで告げたんだが、


「すみません。我々が不甲斐ふがいないばかりに――。」

「気にしないでくれ。」


 直ぐ側から隊長の声が聞こえてきて、立ち上がりながらも首だけを向けて告げる。

 どうやら見回りを行っていたところらしい。手にはカンテラの明かりがあり、この辺りは明るいものの、念の為に携帯している様子が伺えた。

 そんな彼へも軽く片手を振りつつ、返しておく。


「これは誰のせいでもないだろ――えて言うなら、結界石の事を知らせなかった俺の責任だろうしな。」

「結界石――?」


 そのままその場を去る間際に後ろから疑問の声が聞こえてきたが、俺は気にせずに城で一番高い塔の上を目指して歩いた。

 城の前庭には、テントや寝袋に包まった者達でいっぱいだ。怪我人は体力回復薬で対処したとは言え、それでも失われた血液までは取り戻せない。この為、収容場所がどうしても必要になった事から、今や庭には人で溢れ返ってしまっていた。

 見ていると、怪我人達の多くは絶対安静を強いられているらしい。更には、昼間の内に休んでいた兵と思われる者達が、彼等の護衛と見張りを行っていた。

 それを眺めつつも、ふと、不思議な気分になって目を瞬く。


(明日を繋げるか――自分でも大きく出たな。)


 仮死の魔術陣を起動する前の俺なら、決して口にしなかっただろう言葉だ。

 しかし、魔力の総量が増えたからか、どうにも気が大きくなっているような気がする。それに僅かな違和感を覚えつつも、目の前の事へと意識を向けていく。

 塔を目指す途中の城内の広いホールでは、重病人達が寝かせられていて、その家族らしき者達が付き添っていた。彼らへは毛布や暖かな食事も提供されているらしく、概ね人道的な扱いを受けているようだ。

 あちこちの住民も、住宅区や冒険者組合、それに一部の宿へと押し込められていると聞いている。

 それはまるで――地震が発生する前のあの港町の前夜を彷彿とさせるものだった。


(あの町は、結局は滅びたんだよな――翌日に起きた地震で、壊滅的な被害を受けて、更には津波と魔物との板挟みに遭ったし。住民で逃げられた奴は、居なかったみたいだしなぁ。)


 嫌な過去を振り払いながらも、塔への階段へと足をかける。

 登って行くものの、中々最上階には辿り着かなかった。


「結構、長いな――。」


 石の階段を踏む度に固い靴音が鳴り、反響する。下の喧騒なんて、とっくに消え去って静寂ばかりが包み込んでいるかのようだ。

 そんな塔の中の階段は螺旋状で、途中に部屋が幾つかあるらしくて扉もあったが、今目指すべき場所は最上階な為に無視して進む。

 そうして、ようやく辿り着いた塔の最上階、開いた扉の先の窓から見えた都市は、シンとした静けさに包まれているようで、妙な緊迫感が漂っていた。


(出歩いている奴は、皆無、か――。)


 一応、塔の最上階の窓を開いて、発動させたままの探索魔法を用いて念入りに確認してみる。

 幸い、城の近辺や冒険者組合、それにおっちゃんの店周辺に入り込んでくるあの魔物は居ないようだ。

 だがしかし、敵の方も異変を感じ取ったのか、今のところ夜道には出てきては居らず、嫌な予感が胸を過る。


(一体、何処だ?)


 探しに探して見て、ようやく見つけたのは、貧民街に一部強硬に居座っている連中の所だった。

 しかし、既にそちらでは悲惨ひさんな事態へと陥っていて、息を呑む。

 思わず、


「【凍結】!」


 遠隔で攻撃魔術を叩き込んだ。

 丁度、まだ小さい子供へ向けて、スライムが触手を伸ばしているところだった為だ。

 凍りついたその中には、既に犠牲になったらしき他の子供の手が突き刺さるようにして飛び出しており、間に合わなかった事に気付いて舌打ちする。


(くそっ、やっぱり喰われてるのがもう居る――。)


 避難勧告をしてもこれだ。最初から聞いてくれる奴もいるが、聞かない奴だっている為に、全員の護送はおろか、移動だってままならなかったと聞いている。

 聞いてくれた前者はともかくとして、効かなかった後者はもう本当にもうどうしようもなかった。

 この子供の場合、上から命令されたか、あるいは貧民街から出るのを躊躇ったのか、そのどちらかなのだろう。しかし、かなり不味い状況にある。


(餌にされても奴等を増やすだけだったってのに――どうする?見捨てるのも、寝覚めが悪いし、ここを動いて助けに行くのは愚策過ぎるし。)


 とりあえず、助けられた子供の安全は確保しておこう。

 入っていたボロい建屋ごと、土魔術のゴーレムを応用して覆い隠すと、朝になるまで近づくものを決して中に入れないようにと命じておいた。

 これで、当分の間は大丈夫だろう。

 敵の居場所も分かったし、後は虱潰しに潰して行くだけだ。

 ただ、


(他の優先順位はどこからがいい?工房は全員が避難済みって言っていたし、多くの住民は住宅街と冒険者組合、それから宿と城に居るんだっけか。なら、まずはここからがいいか――?)


 今回の敵はスライムでありながらも、その上位種のジェリー・マンから更に進化した種だ。人間に擬態するのが上手く、傍目では見落とす可能性が高い。

 それを防ぐ為には、一人ずつ確認していく他無いのだが、それこそ大変な作業だった。

 しかし、いずれにしてもやっていくしかない現状に、おれは 頭をフルに働かせるしかない。


(疲れたとか言ってる場合じゃないな――。)


 目を閉じてから、壁に背を預けて床の上へと座り込む。

 そのまま、おかしい点がある奴が紛れていないか、隈なく探して行った。

 貧民街はどの道多くの者への助けが間に合わないだろう。それよりは、避難してくれている民を守る方に尽力したい。

 そうして探りを入れて見るも、城は問題無かった。冒険者組合にも、小屋と地下で倒したの以外には見当たらず、特に危険も無い。

 後は住宅街――。


(居た!)


 広い範囲だったが、井戸の中、うごめくようにしてい出そうとしていたところを見つけて、魔力を練り上げていく。

 そのまま、練り上げた魔術を叩きつけるようにして放ち、倒しにかかった。


「【凍結】!」


 瞬間、抜け出したところで凍りついたそれが、その動きを止めて固まっていく。

 活動だけでなく、完全な死による停止だろうと思わせる状態だ。

 このままだと、朝になったら大騒ぎになるだろうから、それに向けてもう一つ魔術を放っておいた。


「――【粉砕】。」


 続いて放つのは、本来は乾燥した薬草や木の実を粉に変える為の魔法だ。だが、使い方次第では攻撃魔術としても一応は使えるものである。

 ただこの魔術に関しては、属性そのものが苦手な風系統な為に、余り多用はしたくないというのが難点だと言えるだろう。

 魔力の消費も多いし、精神的にも疲れやすいからな。どうせなら、他の属性で代用したいところだった。


(よし、完全に死んでるな。これなら、俺でも倒せそうだ。)


 凍らせたはいいが、実はまだ生きてました――なんて事になったら、洒落にならない。

 この為に冒険者組合で半溶け状態の二体を確認してみたが、動き出す様子も無ければ周囲を溶かす様子も無かった。

 もともと、魔術の氷は溶け難い性質を持っている。それでも冷気に耐性がある場合なんかは、魔物の場合だと後で息を吹き返す事もあって危険だ。

 例えば、かえるなんかがそうだろう。あいつらは越冬する為に、全身凍った状態で冬を越す為に、冷気に対しては滅法強かったりするからな。この為、確認は必須だった。


(それにしても、隠れるだけの知恵はやっぱりあるみたいだな。報告通りだ。)


 蛙はともかくとしてこの魔物、天井に貼り付いていたり、ベッドの下に隠れていたりと、スライムにしてはやけに知能が高い様子を見せている。

 時にはドアのすぐ後ろで待ち伏せまでしている事があるようで、舐めてかかっていた者が何人か腕や足を失っていた。

 これらの事から考えて見ても、十分に知能が高まっている傾向が伺えて、全然嬉しくない状況だった。


(どうやら、犠牲になったのは一人や二人じゃ足りないようだな――都市に潜り込む前に、外でも人を喰らっていたか。)


 あるいは、中に入ってから一気に人を食い殺した事でもあったのか――というところだろうか。

 何にしろ、普通のスライムじゃない。ジェリー・マン系統になっても、最早別の魔物として扱うべきだと言えるだろう。

 確実に、進化の形態は第五段階まで進んでいるように思えるし、並の魔物とは区別した方が良かった。


(危険度が鰻登うなぎのぼり過ぎる。何とか、早めに終わらせてしまいたいな。)


 時間が経つにつれて不利になるのは、確実にこちら側なのは間違い無い。

 箝口令かんこうれいを敷いたとしても、住民がパニックを起こしたら意味が無いし、討伐に奔走する冒険者や兵士だって何時かは限界が来る事になる。

 そんな中で一匹でも残れば――そこからまた増殖して元の鞘どころか、マイナスからのスタートになるのは間違い無かった。

 それを防ぐ為にも、


(よし、出来るだけ夜中に減らそう。限界を超えたら、もうその時はその時でいいや。)


 俺は確実に潰す為に、夜通し、この魔物の掃討を始めていった。


 2018/12/23 加筆修正を加えました。

 一気に文字数増えた、だと!?流れは変わってないはず。あれ、それなら何で増えたんだ(・v・?)オカシイナー


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