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136 その錬金術師は伝令としての役目を果たす

 この回にはグロはありません。


 貿易都市の領主は王弟サイモン殿だが、生憎と外出中だった為に領主婦人が対応に出た。

 だが、彼女は以前、草原のゴブリンにすら手を焼いていたくらいだ。余り期待は出来ないだろう。

 それよりは、サイモン殿が信頼を置いていた兵がいるはず。

 確か、隊長と呼ばれていた人物で、彼を探したいところだったんだが――壁際に待機している兵士の全員が、フルフェイス型の兜を被っているせいでどれなのかが分からない。


「――隊長殿はいらっしゃるか?」

「ここに。」


 領主婦人に話しても時間の無駄と判断した俺は、兵士達へと向けて声を掛けてみる。

 そうしたら、丁度真正面に当たる所に彼が居たらしい。

 声が返ってきた事に、正直この場に居合わせてくれてホッとしたくらいである。


「悪いが、貴方に現場の指揮を任せたい――都市の中に、人を喰らい、人や動物に擬態しようとする魔物が紛れている。」

「!?」


 一瞬、動揺したのかガチャリと音が鳴り、沈黙が降りた。

 それにも構わずに、先を続けていく。


「既に何体かは討伐済みだが、氷山の一角に過ぎない。冒険者組合にも協力を仰げないか、今後の対応の検討を頼んではいるが、こちら側で急いで対処した方が良いのは間違い無いだろう。」


 冒険者っていうのは、大体が団体行動を苦手とする。

 パーティーなんてものを組んで、十名程までの集団で動く事は出来ても、それ以上の人数となると途端に纏まりが悪くなりがちなのだ。

 一人一人がアクが強いし、個性が際立っていたりするせいで、集団の中では上手く動けなかったりする為に、こういった大規模な都市戦闘においては動きが悪かった。


「既に城及びこの周辺は危険は排除済みだ。しかし、どこから入り込んでくるかも分からないから、油断は禁物だろう。それに、対象はおそらくジェリー・マンよりも上の変異種となる。」


 この言葉に、


「ジェリー・マン?とは、何ですの?」


 領主婦人が口を挟んで来た為に、一度説明をした。

 おそらく、ここに残って領主である夫へと伝える役目をするのが彼女になる。

 故に、ある程度の情報と動きは知っておいて貰う必要があるだろう。


「ジェリー・マンとは、人型のスライムの総称です。今回現れたスライムも人型でしたので、一応その括りには入るのですが、頭部だけが精巧に人間を模している為か、声帯までもが兼ね備えられていました。」


 これに、


「ええと、それで、どうして上になるのです?」


 理解が出来なかったらしく、もう少し噛み砕いて言葉を重ねた。


「普通のスライムもジェリー・マンも声帯を持たない為に、声を発する事はありません。また、精巧に人間の顔を真似る事も出来ません――つまりは、人に紛れるという事がそもそも出来ないのです。それが出来るのは、中位から上位の種だけです。」

「上位……。」

「例えば、吸血鬼ヴァンパイア人狼ワー・ウルフと呼ばれる種が、この上位種に当たりますね。今回はその一歩手前ですから、一応中位には留まりますが、もう少しで上位種になる為に危険度としては大差ありません。」

「な、な――。」


 下位の魔物ですら、普通の人間では手が出し辛い。

 何せ、ただのスライムですら物理が無効だし、下手をすれば分裂させるだけに終わってしまう。

 ゴブリンなら集団で襲ってくる為に、連携も知らない素人では対処が困難だろう。

 他にも魔猪ボア魔熊ベア魔狼ウルフといった四足の魔物だって危険だし、毎年のように喰い殺される人間が出ていると聞いてる。


 そんな中、今回現れた種は中位に該当する。


 先に上げた下位の魔物とは、この時点で比べ物にもならないくらいに危険だ。

 それどころか、上位種への進化にあと一歩というところまで来ている状況だし、早急に手を打たないと取り返しがつかなくなる事態だった。


「――対抗策か何か、ありますか?」

「凍結薬が効果がある。兵士達でも、唯一攻撃手段として使える手だ。」

「成る程。」


 隊長に質問されて、即座に返す。

 しかし、ここで選択を誤れば、犠牲者が増えるだけになる。

 ――これ以上、地下で亡くなった者のような成れの果ては、見たくは無かったし見せたくも無かった。


「大きさに応じて、数本は必要になると見た方が良い。いざという時も考えて、四人以上で組んで数本は所持して虱潰しらみつぶしに確認かな。待ち伏せするなどの知能があるのが伺えたし、十分注意させた方が良い。」

「それは厄介ですね。最悪、徒党を組んで対抗してる可能性も?」


 問われて「あると思う」と返す。

 俺が直接対峙したのは一体だけだが、その一体だけでも十分に知性の欠片が伺えた。

 被害者となった男性職員なんて、気付かぬままに背後から襲われて死んでいる。その間、ほぼ無音で忍び寄れた事といい、上でもう一体が待機して待ち伏せしていた事といい、連携が取れないという事は無いと思う。


「一人でも殺られたら、即座に撤退を下した方が良い。声を発した事から、すぐ近くに増援が呼べないとも限らないし、人数を増やして対処すべき事態もあるだろう。無理して犠牲者が増えるのだけは避けるべきだ。」

「確かに、声が出せるならスライムといえども仲間を呼び寄せられますか――。」

「それに。」


 一度言葉を区切って、再度口を開く。


「犠牲が出れば、その分余計に知恵を付けさせ兼ねない。こちらの手の内が分かるだけでなく、取り込まれた者の知識や能力を身につける可能性もあるし、危険だと判断した時点で下がるべきだ。」


 この言葉へ、


「それは、スライムの能力か何かですか?」


 領主婦人から返されて、確りと頷いた。


「スライムには、取り込んだ相手の記憶や、力を自身のものにする事があると言われています。特に厄介なのが、魔法使いが喰われてその力を身につけてしまうケースですね。」

「魔法――?スライムが、魔法を使うのですか!?」

「ええ。」


 叫び返されるものの、淡々として返す。

 本来は弱い魔物だが、だからこそか進化するにつれて様々な事を習得していき、脅威が跳ね上がるのがスライムの特徴であり厄介なところだ。


「使えるようになりますよ――それこそ、どんな技も魔法も戦略もね、覚えるようになるんです。」

「……。」


 沈黙して固まる領主婦人に「これで失礼します」と告げておいて、隊長を部屋の外へと呼び寄せる。

 そうしてから、


「凍結薬の残りは?」


 と尋ねた。

 現状、魔法使い以外の戦闘員が唯一使える攻撃手段がこの魔法薬だ。

 毒薬の類は必ずしも効くとは限らないし、あのスライムは自身の体の一部を木の葉で覆う等、毒草の類を食していた可能性もある。

 もしそれが事実だとしたら、毒への耐性が極めて高い可能性もある為、攻撃手段としては使えそうに無かった。


「――確か、三百といったところですね。」

「となると、動かせる兵士の数は百ってところか……。」

「そうなります。」


 返ってきた返事に、どうやら大半の兵士が城に残る事となりそうで、頭を悩ませる。


「ただ――。」

「ただ?」


 言い澱んだ彼に先を促すと、確りと返された。


「缶の方にはまだほとんど手を着けていませんから、負傷者や疲労した者と交代しつつやれば、それなりに調査と討伐は進むかと思われます。」

「ふむ。」


 希望は無いわけではなさそうだが、まだまだ考える事が多そうだ。

 都市の人口が、滞在者も含めると大体百十数万人といったところ。今からその出入りを封鎖したとしても、日が暮れてからどうするかといった問題が残るだろう。

 俺の魔力だって無限じゃないし、休み無しにはやっていられない。

 冒険者組合で協力を仰げるとは思えるが――果たして、どれだけの効果があるやら。


「王都から借り受けてきた魔法兵は皆戻ってるんだよな?」

「そうですね。彼等は元々ここに常駐してるわけではありませんし、王の私兵ですから危険が無いと分かれば戻されます。」

「となると、現状戦力となるのはこの城の兵士と冒険者達か――。」


 間違っても一般人を巻き込んだりは出来ない。

 彼等の多くは非力だし、仮に武術を嗜んでいたとしても、今回の相手とは相性が悪過ぎる。


長耳族エルフでもいればなぁ。」

「エルフですか?」

「ああ――彼等なら、魔法が得意だからこういった場面では特に役に立つだろ?」

「確かに。」


 長耳族エルフというのは、魔法との親和性が特に高い人型の種族だ。

 人間から突然変異によって生まれたとも、それよりも上の上位種であるハイ・エルフと呼ばれる種との混合で生まれたとも言われている。

 どちらにしても排他的で、人前には滅多に姿を現さない事で知られており、今どの辺りに暮らしているのかすら俺には分かっていなかった。

 そこに、


「しかし、森から出てくる事は滅多にありませんし、協力を仰ぐにしても現状では間に合わないでしょう。」


 隊長から返されてしまい、援軍としても期待出来ないと諦めざるを得なかった。

 都市の中に他に居る異種族となると、ドワーフの親方達が確か居たはずだが、彼等は魔法との親和性が非常に低い。

 真逆と言って良い程に相性が悪く、魔法を使える者事態まず滅多に居ない為、今回は協力も頼めないだろう。


「どうしたもんか――。」


 そう頭を悩ませていたところに、


「――昨日の駆け出しではないか。」


 兵士に連れられて、先日絡んで来ていた赤毛を止めてくれた黒衣の男性がやって来た。

 それに、俺は目を瞬かせる。


「奇遇――ってわけでも無さそうですね。冒険者組合からの使いですか?」

「ああ――もっとも、お前がここにこうして居る時点で、俺の役目は杞憂にだったようだが。」

「うん?」


 どういう意味か分からずに軽く首を傾げると、


「報告に向かう途中で死んでいたら話にならん。飛び出すにしても、せめてもう一人くらいはつけて行け。」

「ああ。」


 若干、呆れたように言われてようやく理解した。

 つまりは、伝令として走った俺が途中でくたばってしまったら、伝わる事も伝わらない為に、現状で最高戦力だろう高位の冒険者である彼が来たというわけだ。

 せめて二人同時に移動するなら、片方が殺されるなり対処なりしている間にもう片方が動ける。その後取って返すか、あるいは城を目指すかはそいつ次第だろうが、伝令としての役目がきちんと果たされる可能性はこの方が高まるだろう。

 そこが抜けていて、独断行動に出た俺の動きは確かに褒められる事じゃない。素直に謝罪しておいた。


「すまない――道中の安全は確保済みだったとはいえ、迂闊うかつでした。」

「分かれば良い。それで、報告はもう必要無いんだな?」


 確認を取られて、確りと頷いて返す。


「領主婦人が対応に出たから、戻り次第か、あるいは今から伝令を走らせれば伝わると思います。」

「なら、俺の役目はここで終わりだな――案内していただき、感謝する。」

「はっ!お戻りは――。」


 兵士のこの言葉に、


「覚えているから大丈夫だ。」


 黒衣の男性はあっさりと告げてきびすを返したところで、何かに気付いたらしくて振り返って来た。


「安全を確保済みと先程言っていたな――一体、どうやった?」


 問われて、俺は目を瞬かせる。


「探索魔法に幾つか魔法を組み込んで精度を上げた状態にして、発見次第遠隔で順次【凍結】させて潰しました。俺は前線は立てないので、よく使う攻撃方法ですよ。」

「直接戦闘は出来ないのか?」

「向いていません。氷属性も水属性も、余り攻撃向きの属性ではありませんから。」


 そう告げると、


「――それでは、その内命を落とすぞ?」


 鋭い視線で返されてしまって、若干困惑しつつも返しておいた。


「冒険者一本で食っていくつもりはないですから――俺は生産職ですし、本業は別にあります。」

「ふむ――。」


 考え込みそれでも動かない様子に、もう一声掛けておく。


「本当は、後方支援へ組み込まれるタイプですよ。間違っても、直接の戦闘の場に出るのには向いていませんから。」

「そうか――分かった。」


 この言葉でようやく納得してくれたのか、そのまま彼はこの場を後にして去って行った。

 おそらくは冒険者組合へと戻るのだろう。報告が確り出来たと上に報告までして、初めて依頼達成だろうしな。俺の場合は自分からやると申し出ているので、依頼でも何でも無いしこのままここで動くのが良いだろう。

 立ち去っていく黒衣の男性に、慌てて「案内します!」と行って先頭を進みだした他の兵士共々を見送っていると、


「とりあえず、都市の見取り図と兵の編成を。それから、凍結薬の配布にどこまで安全圏を保てているかの共有をしないとなりません。」


 隣から隊長の声が聞こえてきて、体ごと振り向いていた。

 何はともかく、兵士達による人海戦術が鍵となるだろう。今夜は確実に山場になる。


「それについては勿論協力させて頂きます。そちらから要望があれば、叶えられる範囲で動きますので仰って下さい。ただ、凍結薬を入れる容器の製造だけは間に合わないですが。」

「ええ、ご協力頂けるだけでも感謝します。早速こちらへ――。」


 促され、別室へと通される。

 その間に発動させた探索魔法によって、安全圏として確保した中に入り込んで来た者を逐一確認しては、人ならざる者の選別を俺は再開していた。


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