135 閑話 その錬金術師が見た魔物
この回にはグロはありません。
支部長視点。
都市の中に、それもよりにもよって我が冒険者組合支部の敷地内に魔物が出没したという情報。
その情報が持ち込まれた際には、既に職員の一人が殺されて二体が討伐済みという、前代未聞の事態が起きていました。
「俺は今から城に行って伝えてくる――。」
そう言って駆け出した彼を気遣う余裕すら無く、見送ってしまったのは果たして良かったのか。
この辺りでは『救世主』等と呼ばれて持ち上げられていますが、そもそも彼は生産職です。魔法は扱えても、戦闘は得手では無いでしょう。
その彼に伝達要員を任せてしまったこの状況――最悪の展開を恐れれば、他にも頼むのがよろしいでしょうな。
しかし、その前に。
「ここはもう駄目ですね。破棄しましょう。」
地下へ続く扉を閉め、元々取り壊す予定だった小屋の扉も閉めたら外へと出ます。
小屋は倉庫として使ってはいますが、地下への侵入を許したとなれば、これはもう場所を変えるべきでしょう。
何よりもそこで一人犠牲者が出ているのですから、下手な事をして彼の安眠を妨げてはいけません。
地下には未だ、体力回復薬等のポーション類が置かれていますが、持ち出す際にはその辺りを言い含めるべきでしょう。
――もっとも、やりたがる職員等居ないでしょうが。
「さて、困った事になりました。」
支部の本館へと入り、緊急事態宣言を出して職員達を集めてもらいます。丁度高ランクの冒険者が依頼表を眺めて居たので、彼に頼んで城への使い走りを願いました。
さてさて――集まった職員達へは、滞在中の中ランクの冒険者達、更にはあの戦闘馬鹿の火魔法使いも訓練場に集まるよう、連れて来てもらうようにと頼み込みませんとな。
何せ出没した魔物はスライムですからね。攻撃魔法が使える魔法使いは問答無用で来ていただきますとも。
「頼みましたよ、皆さん――。」
去っていく職員達が声を掛けて集めて来るまでの間、私はありったけの備品を荷台に乗せて訓練場まで運びます。
ただ、既にそこに居合わせていた者達を見て、一瞬動きが止まりました。
(――そう言えば、彼等の多くは凍結薬の配布に合わせてやって来ていましたね。これは好都合。)
早速彼等を呼び集めて、緊急招集である事を知らせます。
「現在、異常事態が発生しています。危険もありますので、皆さんしばしここで待機を。一般人へ知らせるのはパニックの元ですので、どうかそのままに留まって下さい。」
「一体、何があったんだ?」
怪訝そうな顔で返されますが、今説明するのも手間です。
一度に全員に話した方が早い為、押し留めておきます。
「他の者が集まり次第にお伝えします。ですので、今はどうか、しばしお待ちを。」
これに、
「異常事態って、魔物の氾濫かもしかして?」
「けど、この辺りの魔物は数が少ないだろ?大半が他所から流れてくる奴だぜ?」
「魔猪とか魔熊程度なら招集する程の事でも無いしなぁ。」
各々が推測を口にしながらも、その場で装備や荷物の点検を始めます。
流石冒険者達。常日頃からの武器の携帯は勿論、防具だって確りと身につけております。最低限の荷物も持ち歩いているようですね。
――もっとも、今回の相手には武器や防具は余り意味を為さないでしょうが。
(唯一効果があるのは凍結薬でしょうな。早くこれを運んでしまわねばなりませんか。)
我々非戦闘員が前線に立っても意味はありません。
無用な混乱を齎すばかりか、足を引っ張り、更には悪戯に死者を増やすだけでしょう。
そうならぬよう、このような場合では後方支援として冒険者組合は動くのです。そして、冒険者達の手を借りられるように、常日頃から良好な関係を築いておく。
運搬くらいなら、今の私が出来る仕事ですな。情報も組合の中に居れば自然と集まりますし、好都合。
(今こそ我ら冒険者組合の本領が発揮される時!――まぁ、他所から来た者もいますが、他の場所で良好な関係が築けて居れば、留まってくれる事でしょう。)
そんな彼等の攻撃手段としての凍結薬をせっせと訓練場内に運んで行きます。
その途中、
「――それ、運ぶんですか?」
「手伝います。押せば良いんですね?」
後ろから声が聞こえたかと思えば、汗を流しながら引いていた荷車が途端に軽くなります。
振り向けば、そこには駆け出しらしき二人の少年。腰にナイフを収めた短い鞘を下げているところを見るに、どうやらつい最近登録した者達のようですな。
「これはこれは、有難うございます。訓練場まで、ご一緒願いますぞ。」
「「はい!」」
二人揃って返事をする少年二人に荷台を押して貰って、最後の一本まで訓練場へと持ち込みます。
そこに、
「支部長!揃いました!」
「有難うございます。では、これを中に入れておいてもらってもよろしいですかな?」
「了解しました。」
丁度最後の一本まで運んできた荷車を秘書の女性に頼み、ここまで一緒に何度も往復してくれた少年二人へとお礼を告げて名前を聞いておきます。
それから、ポケットマネーからお駄賃を出しておきました。
「あ、有難うございます。」
「すみません、何だか催促してしまったみたいで……。」
「いえいえ。助かりました。」
渡したお駄賃は、それぞれへ大銅貨一枚。
報酬としては破格でしょうが、今は彼等には退散しておいてもらった方がよろしいでしょう。
支部の敷地内には飲食店もありますからな。そこで、寛いで居てくれた方が、お互いの為です。
「貴方方の誠意への感謝の気持ちですし、これは私個人からのもの。ですから、それで何か美味しい物でも食べて来なされ。」
この言葉に、
「は、はい。」
「お言葉に甘えて――それじゃぁ!」
揃って離れて行く様子を見送って、訓練場へと入ります。
そこからは表情を引き締めて、支部長権限で告げていかねばなりません。
まずは、
「お集まりの皆さん、突然の招集にも関わらずお越し頂いた事、感謝いたします。」
言葉を発して、一礼。
これに、
「前置きは良いから、本題を進めてくれよ支部長。俺達は一体何をすれば良いんだ?」
「何があったかを先に教えてくれ。それ次第では荷物を取って来ないとならなくなる。」
「何でも良いから早くしよーぜー。」
それぞれから声が上がってきますが、彼等はこういった集まりを苦手としますからな。
無駄に待たされるようなら、食い扶持に直結しかねない為にこれも嫌われる。時間は有限です。時は金なりといったところですか。
故に、黙らせるにはまず、報酬を提示すべきでしょうな。
「参加するならば、一人銀貨一枚。貢献出来れば、それに応じて大銀貨一枚を加算。参加可能ランクはDランク以上。尚、場所はこの都市内部となります。」
「――は?」
最後の言葉で、呆気に取られた顔が幾つか見えました。
どうやら、普段やっていたように外での仕事だと思っていたようですな。
勘違いするのは分かりますが、今回の仕事は都市の内部での仕事ですぞ、皆様。
「その上で、魔法使い以外は全員凍結薬を所持し、それによる攻撃を命じます。物理攻撃は禁止。何せ――。」
小屋で見たあの異形。
人の姿を出鱈目に真似たとしか思えない、精巧な人間の頭部とは正反対に、いい加減に作られたとしか思えない、崩れ落ちた腕と幾本も生えた触手だらけの下半身。
身に纏っていたのは木の葉。それがまるで衣服のように一見して見えるのだから、悍ましさも増すというもの。
おかげで、凍りついていて尚、得も言われぬ気味の悪さがあり――思い出しただけでも、思わず身震いしてしまいます。
「対象は人や動物に良く似たスライムの変異種です。もう一度述べます、対象は人型や動物型のスライムの変異種となります。」
この言葉へ、
「んな!?よりによってスライムに侵入されてんのかよ!?」
「一体門兵は何してたんだ!スライムの侵入とか洒落にならないだろ、これ!?」
怒号が飛び交い、混乱した様子を見せます。
冒険者達ですらこれです。それなのに、一般人である戦闘能力を持たない者達が知ったら――一体、どれだけの混乱が起きるでしょうな。
そう思えば、倉庫で口を塞いでくれたのは、実に良い判断でした。
「――前に人型のスライムが見つかったって噂があったけど、アレってマジだったの?」
ざわつく中に、噂話の域を過ぎなかったものが事実であった為か、狼狽えている者がいますね。
彼等を奮い立たせる為にも、両の手を再度打ち合わせて注目を集めて確りと声を発します。
出来る限り、参加人数は多い方がよろしいでしょうからな。
「参加表明者は必ず四人以上のパーティーを結成し、凍結薬を一人三本は所持する事。配布はこちらで無料で行いますぞ。」
「補充もこの場所です。パーティーを結成した者達から順に並んで下さい。確認出来次第配布していきます。」
横から秘書が口を挟んで来ました。
うむ、相変わらず阿吽の呼吸で合わせてくれますな。助かりますぞ。
「尚、詳しい魔物の姿が見たい者は、敷地内にある壊れた備品を一時保管する小屋で確認が出来ますぞ――既に、一体が氷漬けでありますからな、今の内に見るとよろしいでしょう。」
「げ!?組合の中に沸いてたのかよ!?」
その言葉へは、
「組合の中に沸いたのは二体ですが、その二体とも討伐済みです。ただし、地下への扉は決して開かないように!」
厳しい声を返しておきます。
どうか、彼の魂が安らかな眠りに就かん事を祈ります――。
「地下では既に犠牲者が出ておりますからな。下手に騒ぎ立てて彼の魂を揺り起こさぬよう、十分に注意を願いますぞ。遺体の回収は、後回しとなっておりますので。」
「……。」
この言葉で、全員が神妙な顔付きへと変わりました。
きっと、理解出来たのでしょう。
都市に侵入し、潜んでいる魔物が、人の血の味を覚えた化物である事を――。
「再度告げます。参加表明者はDランク以上で四人以上のパーティーを必ず結成。魔法使い以外は攻撃手段として一人三本以上の凍結薬を所持する事。配布も補充も現地にて行う。対象は人型もしくは動物型のスライムの変異種。人喰いである為に十分注意する事。」
これに、秘書から追加で言葉を補っていただけました。
「補足します。報酬は参加で銀貨一枚、貢献の度合いに応じて大銀貨一枚を加算します。場所はこの都市内部。殲滅するのが今回の目的となります。」
やはり、この女性は優秀ですな。
私にも合わせてくれますし、非常に助かります。
「野に逃げられるような事があってはなりません。また、一般市民に知れ渡るのも良くありません。パニックになれば、それこそ敵の思うつぼですぞ。」
「さぁ、決まった者から順に受け取りを。」
「「この地の治安を取り戻すのです!」」
一拍遅れて、訓練場内には野太い雄叫びが響き、行動が開始されました。




