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134 その錬金術師は危機的状況へ気付く

 この回にはグロはありません。


 まさかの都市内部で魔物に襲われるという事態におちいったが、犠牲を出しつつも何とか排除出来た。

 しかし、その事に安堵なんて出来るはずも無く――【空間庫】から一枚の布を取り出すと、犠牲となった男性職員の遺体へとそっと被せて軽く手を合わせる。

 体力回復薬を掛けたものの、既に事切れていて意味が無かったのだ。


(御免な、間に合わなくて。)


 彼へ向けて黙祷する暇さえほとんど無くて、おかげで落ち込んでいる余裕も無かった。

 それでも、後で丁重に葬ってやろうと決心だけはして離れる。


(たった一体で終わりじゃないはずだ――他にも未だ居るだろうな。)


 そう思うのは、このスライムという魔物の特性にある。


 他の魔物とは違い、こいつらは一体でも分裂して増える事が出来るのだ。


 この為に、都市の内部で出没している現時点で、十分都市の中で増殖している可能性があると言えた。

 とてもじゃないが、そんな現状には不安しかない。


(とりあえずは探索魔法を使って、一気に感知範囲を広げて確認していくしかないか。)


 安全の確認の為にも、周囲を調べておくのは必須だろう。

 下手に飛び出して喰い殺されたりはしたくないからな。

 そう思って発動させてみたんだが、


(――これじゃぁ、何も分からんな。)


 俺が普段使っている探索魔法では、どうやらこの人型のスライムと人とを区別出来る程の精度が無いようだ。

 このままでは探し切るのは無理そうだと判断して、一時中断するしかなかった。


(どうするか――。)


 冒険者組合は人の数が多い。出入りも多いし、その中で一人ずつを確認するには、今の魔法じゃとてもじゃないが判断が難しい。

 何せ、この探索魔法では、伸ばした魔力の糸に触れたものの形や大きさを大雑把に読み取るくらいの精度しかないからな。

 この為に、多少でも人に似てしまっていると、それだけで人型の魔物か人間かの判断が付き難いという難点があった。

 大きさはともかくとしても、形が衣服なのか異形なのか、判別出来ないのだ。


(厄介だなぁ、人と区別が付かないってのは――。)


 ゴブリンは子供くらいの背丈しかないので、まだ区別しやすい。

 しかし、つい先程倒した魔物は、成人男性並の大きさを持っていた。これだけでも十分、人か否かの判断が付き辛いしとても頭が痛い話である。

 そもそもとして人混みの中に紛れている場合だと、全く区別も付かないだろう。

 このままだと、先手イニシアチブが取れないで詰む。


(隠れ潜んでいれば怪しめるのだが――はてさて。)


 仕方無く、精度を高める為に複数の魔法を発動させて組み込んでいく。

 魔力の消費量が増えるが、この際しょうがない。


「【千里眼】、【立体地図】、【座標固定】、【映像化】――。」


 唱えた魔法で組み上げ直した探索魔法を向ける先は、上の階だ。

 保管庫である地下室の丁度真上で、ガラクタ置き場となっている小さな倉庫である。

 地下という空間というのもあってか、犠牲者の流した血の匂いや、自分が吐いてしまった吐瀉物としゃぶつの匂い等が混ざっているこの場は、袋小路なのもあってとにかく留まるのに適していない。


(匂いで集中力が切れそう……。)


 だからって、今ここで飛び出すのは危険でしかないだろう。

 何せ、下手をしなくてもばったりと遭遇して『こんにちは、いただきます』なんて事になりかねないからな。

 まずは上を探ってみて、何が居るのかを調べておくのが先決だ。

 そう思って魔法を組み込み、複数の魔法を発動させたんだが――。


(早速居るのかよ!?)


 件の魔物を上の階に見つけてしまって、大慌てて魔力を練り上げていった。

 そいつは、一見するとうずくまっているかのようにも見える。まるで、何かに耐えるかのような姿勢だ。


 しかし、それはあくまで人なら。


 人でない時点で、ただ蹲っているわけがないし、死んでいるわけもない。

 確実に、こちらが出てくる機会を伺っている体勢だった。


(――どうやら、知能が低いとは余り思わない方が良さそうだな?)


 何せ、地下への階段がある場所からすると、丁度死角になる場所に居るからな。このまま上がれば背後を取られる。

 そこに飛びつく体勢を取って陣取っていると見て、ほぼ間違いは無いだろう。


(厄介な――っ。)


 姿形は何度確認してみても名状しがたい形状をしており、一部が崩れた人のような『何か』だった。

 その下半身はまるでたこのような肌色の触手が無数に生えているし、非常に気味が悪い。

 上体は伏せてはいても、階段の所で既に凍りついてる奴ととても似ているのは分かったし、同じ種の魔物と見て間違いは無いだろう。


(二匹居るって事は、やっぱり増殖してやがったな!?)


 確認を済ませてから、練り上げていた魔術を解き放つ。


「【凍結】!」


 瞬間、今回は普段以上に魔力をめた為か、蹲っていたそれが見る見るその身を硬直させて、直後にしもが降りていくのが分かった。

 そうして完全に凍りついたのを確認し、冒険者組合の敷地内に他に居ないか再三チェックしてから、上の階へと移動する。

 空気がまともになって、少しだけホッとした。


(とりあえずはこれで、二体の駆除が完了か――さっさと注意喚起して、次を探していかないとだな。)


 何せこのままだと増えすぎて都市ごと乗っ取られかねない。

 全住民が喰い殺された挙げ句、人型のスライムと摩り替わる事態だって有り得るのだ。

 そんなの、冗談じゃない話だった。


(多分、未だ未だ居るだろうし、たった二匹で終わりって事は無いだろう。見つけた傍から凍らせていくか。)


 とりあえずはと、自身の周囲とメルシーを残してきたおっちゃんの店の周り、それに城の辺りを重点的に調べて行く。

 そうしたら――出るわ出るわ、この『人もどき』。

 更には人間以外の家畜を模した奴まで見つかってきて、嫌な汗が流れ落ちていった。


(変異種までいるのか――ちょっと、多すぎないか、これ?)


 この都市の人口は、大体百万人前後。そこに、他所からやって来た者が滞在したりしていて、大体百万は超える人数が常にいると聞いている。

 それらを俺一人で確認するには、流石に無理があるだろう。


(ヤバイな――予想以上だ。)


 ある程度周囲の駆除をして、流石に手に負えないと判断した俺は一気に外へと飛び出した。


(何処だ――?)


 探すのは、この場所の最高責任者である支部長である。

 その人物を探し回っていると、訓練場に居る事を伝えられて咄嗟とっさに駆け込んでいた。


「支部長!ここに居るか!?」


 声を張り上げてみれば、訓練場内の視線が向かって来て何事かと問われる。

 それにも構わずに視線を動かして、白髪混じりの身なりの良い人物を目で探した。

 そこに、


「――おや?どうされましたか?」


 支部長その人が後ろから現れて、俺は即座に言葉を返して彼の腕を引いて歩き出す。


「すまない、こっちまで来てくれ。」

「は?」

「説明は後だ。すぐに分かる。」

「――はぁ。」


 走り出したくなる衝動を抑えながらも、元の建物まで戻る。

 丁度、入口側からは丸見えなガラクタの中に、凍りついて固まっている人のような『何か』が蹲った姿勢のままに凍りついていた。

 これに、


「何ですかこれは!?」


 後から入ってきた支部長が大声を出し、怒声が響き渡る。

 それに、俺は慌ててその口をふさいだ。

 パニックは御免だ!こんな広い都市で起きたら、収拾がつかなくなる。


「スライムの変異種だとは思うが、一人殺られているんだ。頼むから大声を出さないでくれ、パニックになる。」

「む、ぐ。」


 上が慌てふためいていたら、下はもっと慌てふためくからな。

 不安は伝染するし、下手をしなくても暴徒化したり、都市の外へ人が雪崩込んで怪我人なんかを出し兼ねない。

 この為に、支部長にはむしろ普段通りで居て欲しかったのだが、流石に都市の中で魔物が沸いているのに気付けば平静ではいられないのだろう。

 しかし、余り悠長にもしていられない為、俺は言葉を重ねていった。


「俺はこの事を城に行って報告してくるが、良いか、良く聞いてくれよ――この魔物は、まだ他にも居るんだ。だから、パニックだけは、勘弁してくれ。」


 これに、しばし狼狽うろたえた様子を見せられたが、程なくして落ち着いたのか、塞いでいた口元を片手で軽く叩かれて、手を離す。


「――他にもまだ居る、ですと?」


 そう言って、険しい表情を引きらせた彼に、頷いて返した。

 

「都市の中にウジャウジャしてるのが分かった。人間っぽいのから馬っぽいものまで様々な。それの対処やら何やらが必要だから、俺は今から城に行って伝えてくる。その間にこっちはどうするか、方針だけでも固めておいてくれ。」

「え、ええ、分かりました――それで、犠牲は?」


 問われて、一瞬詰まる。

 最期がフラッシュバックしてきたが、何とか声を抑えて伝えた。


「ここの管理に抜擢ばってきされた職員だが――地下室の方は見ない方が良い。今は布を被せてあるから、後で弔おう。」

「何て事だ……。」


 若干、気落ちした様子を見せられたが、すぐに表情を改めた支部長へ、地下には入らない方が良いと伝えておく。

 それから、俺は猛ダッシュして城へと向かった。

 予め、特定の場所は危険を排除済みだから、ルートを間違いさえしなければ大丈夫だ。


(間に合ってくれよ――。)


 スライムという魔物は、増殖するスピードも、進化するスピードも、桁違いに早い傾向にある。

 そんな魔物が一度血の味を覚えた状態で、大量の人間エサがある場所に紛れ込んだらどうなるか――。

 その最悪の展開を避けるべく城へと辿り着いた俺は、兵に告げると同時に顔パスのままに中へと入って行った。

 2018/12/10 加筆修正を加えました。


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