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132 その錬金術師は魔物と対峙する

 ※グロ描写が入ります。

 苦手な方はあとがきの纏めで把握出来るようにしている為、流してご確認下さい。


「人型のスライム――?」


 赤毛に訓練場で転ばされまくった翌日、冒険者組合からお呼びがかかった。

 何でも予想以上に凍結薬の売れ行きが好調らしく、その補充に来て欲しいと言われたのだ。

 実際に向かってみると、缶の中は残り四割を切っている。一応、一か月くらいは持つだろうと思っていたのだが、大きな誤算だ。

 その補充をしている最中に、


「君、スライムに詳しいのだろう?何か知らないかい?」


 組合の職員だという男性に尋ねられてしまって、俺は手元の魔術を一時中断していた。

 記憶を漁りつつも、危険を排除する為に缶の蓋は締め直しておく。


「人型ねぇ。」


 考えられるのは、ジェリー・マンとか呼ばれる奴だろう。

 たまにスライムには他生物の姿形を真似まねる奴がいるが、そういうのが人型を取る事もあり、それがジェリー・マンと呼ばれていた。

 女型でも男型でも『マン』扱いなのはどうかと思うが、まぁスライム自体には性別が無いのだから、そもそも人型って分かればそれで良いのかもしれない。

 ただ、


「ジェリー・マンが可能性あるが、あいつらの進化形態は確か第三段階以降のはずだろ?通常のスライムからだと、何かを一度経由しないとならないし、進化するにもそれだけだと体積が足りなかったはずだし――。」


 幾ら考えてみても、俺の中の知識からすると、間に挟まるはずのスライムの第二段階の形態がこの辺りだと抜け落ちてしまうせいで、とてもじゃないが無理な気がした。


「――森に繁殖していたブラッディー・スライムは全部潰したし、そもそもそこまでデカくなかったしなぁ。」


 首を傾げて思考を中断する。

 ブラッディー・スライムは以前討伐してからは全く見ていない。偶に見かけるのは、上流から流されてくる生まれたてほやほやの小さなスライムくらいである。

 そんなわけで、有り得ないなと思っていた俺に、


「人と同じくらいの大きさのスライムである必要性があるって事だね?」


 と言われて、俺は「そうそう」と返していた。


「体内に空気や水を取り込んで河豚フグみたいに膨らんだりとかは出来ないからな。人型になる時点で、同じだけの体積が必要になるよ。」

「成る程――となると、どこかから流れてきたか、取り零したのが何らかの理由で急激な進化をげた――?」


 それに「かもな」と返しておく。


「後は、変異種の可能性とかだな――変異種だけは、データが少なすぎてお手上げだよ。」

「うーん、絞り込むにも難しいねぇ。」

「そうだな。」


 困り顔の男性だが、聞けば春になってから失踪者しっそうしゃが増えているらしい。

 実際、彼の友人の中にも行方が分からなくなっている女性が一人いるそうだ。

 それも、街の中で、である。


(誘拐の可能性もあるが、身代金の要求とかは無いって話だし――。)


 一家全員がまとめて行方不明になるケースもあるらしく、最近では警備が厳重になっているのだとか。

 しかし、この貿易都市の中で忽然と人が姿を消すなんて、怪奇現象か何かだろうか?

 詳しく聞いてみると、人間みたいなスライムが出たという情報もあったとかで、今回の凍結薬の配布がそれに向けて早まったらしい。

 ――なんか、きな臭い話だな。


「これ以上は何も起こらないと良いんだけどなぁ。」


 ぼやく様子の男性へ、俺は若干呆れつつも返す。


「それ、フラグって言うらしいぞ?」

「フラグ?フラグねぇ――どうせだから、誰か叩き折ってくれないかな?」

「更にフラグをたてるのか。」


 笑いつつも、止めていた作業を再開する。

 話すだけ話して気が済んだのか、地下にあるこの倉庫の管理人へ抜擢ばってきされたという彼は、唯一の出入り口となる階段に座り込むと、それ以降は黙ってこちらを眺めてきた。

 そんな中で、注意しつつも凍結薬を作っていく。混ぜ合わせるだけで良い作業とは言え、風属性への適性が無い俺にとってはちょっと大変だ。

 その最中、上から微かな物音と気配がして、俺は首をひねった。


(――確か、この上は使えない備品置き場だったよな?)


 特に危険性のある魔法薬な為に、保管場所を選ぶのにかなり気を遣う事になったと聞いている。

 この為に上の階には廃棄予定の壊れた備品等を置いているだけなので、人が訪れる事自体滅多に無いと聞いていたんだが――。


(凍結薬を試した冒険者が、備品か何かを壊したか?)


 有り得そうな事だとすると、この辺りだろうか。

 まぁ、上の建物はともかくとして、元々あった地下室を改造して保管庫へと変えたらしく、この保管庫自体は見るからに頑丈そうになっている。


(大丈夫か――これなら、盗まれる心配はしなくても良いだろうし。)


 ちょっとやそっと穴を開けた程度では早々忍び込めないはずだ。

 上には価値があるような物も無かったし、多分、気にしなくて良いだろう。

 ――そう、思っていたんだが。


「ぎギュぇ。」

「――え?」


 突然聞こえてきた声と共に混ざってきた『異音』に、思わず振り返る。

 そこには――最早『何か』としか言いようのない存在が居た。

 赤い色彩と共に広がってくるのは、鉄錆の匂い。

 それに、溶けるようにして――否、溶けて行く人型の中へと、つい先程見ていた人の手と袖を目にして、驚愕しながらも口を開く。


「な!?【凍結】!」


 一拍遅れで、こちらへと伸びてきた手のような触手が、ギリギリで凍りつく。

 氷魔術を発動したとほぼ同時に、俺は壁側まで一気に後退っていた。


「何だ、コイツ!?」


 声に反応したのか、あるいはこちらの攻撃に脅威を感じ取ったのか、ギヂュっと音を立てた『それ』が飛び退った。

 それに伴い、その場に残った――出来損ないの、人体模型みたいな『何か』が、眼球を剥き出しにして崩れ落ちていくのが、視界へと映り込む。


「――っ。」


 喉に込み上げてきた物を飲み込み、吐き気を催すのを堪える。

 今は、吐いてる場合じゃない。

 先に――その背後の対象へと対処するのが先だ!


「【凍結】しろよ!」


 崩れ落ちたモノから視線を逸して、その後ろで目を見開いている人に似た存在へと、もう一度魔術を発動する。

 瞬間、肌色と赤い色とが混ざって溶け合った、出来損ないの人間みたいな『何か』は凍りついて、固まっていった。


「ピ、ぎぃ、ゃあっ。」

「さっさと死ね!【凍結】!」


 形状は人の形に似ていて、それでいて腕や腹の当たりがグズグズに溶けているような状態で、間違っても人とは呼べない【何か】。

 それなのに、顔はとても人間らしくて――それがかなり異様に思える。

 まるで鳴き声のような、声帯そのものがあるかのような素振りさえ見せる異常さ。

 更には、断末魔の叫びまで上げて見せる。

 それに、俺は顔面を引き攣らせて叫んだ。


「――ィイイイイイイイイイイイイイイイイ!」

「何なんだよ、コイツは!?」


 その姿には、溶かされたばかりの犠牲者の、つい先程まで声を交わしていた人物の特徴があった。

 薄い茶色の髪に、高い鼻。ご丁寧に顔まで似ているときている。

 完全に凍りついて動かなくなったのを見て取ったが、込み上げてくる吐き気へ思わず口元を押さえ込む。

 それでも、もう一つだけ、魔法を唱えておいた。

 まだ、まだだ。吐くのは、まだだ――っ。


「【空間庫】っ。」


 吐き気を堪えて、腰のポーチの体力回復薬を全て階段下で崩れ落ちている『モノ』へとかける。

 その後も【空間庫】の中からありったけの体力回復薬を出してきてかけた。

 効果の有る無しなんて、後回しだ。 

 それよりも――、


「うううえええっ。」


 限界が来たところで、離れた位置で胃の中のものをひっくり返すようにして、全てを吐き出した。

 怪我なんて見慣れてたと思った。外科手術としての知識も技術も叩き込まれたし、そういったものへの耐性はあったはずなんだ。

 でも、これは、これは無理だろう!?


(ついさっきまで、話してたのに――っ。)


 密室に近い、地下空間。

 そこで吐けば、当然据えた匂いが鼻を付く。

 しかし、それよりも濃い、薬の匂いが混ざって悪臭へと変わっていた。


(気持ち悪い――。)


 それでもその中に交じるのは――間違えようもない、血の香り。

 それだけは、どうしても誤魔化しようが無くて。

 吐ききって、幾分落ち着いたところで、ゆっくりと振り返って、後ろへと視線を向けた。

 そして、


「あ――。」


 そこに、何一つとして変わらずに転がる『モノ』を見て、俺はその場に崩れ落ちた。


「間に、合わなかった――。」


 そこにあったのは、何も効果を示さずに、赤く広がっている液体。

 皮を剥かれたようにして転がる『赤い物』。

 それは、息絶えた冒険者組合の男性職員の――遺体だった。


 以下、作中の纏め。

・冒険者組合の凍結薬を補充。

・男性職員との会話で人型のスライムの情報ゲット。

・男性職員が犠牲になる。


2018/12/08 加筆修正を加えました。


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