131 閑話 その錬金術師が齎すもの
タイトルの『齎す』は『もたらす』と読みます。
度々使っている漢字で振り仮名を入れてきましたが、そろそろ読めなかった方でも読めるようになっていそう。
尚、今回は冒険者組合支部長の目線です。
スライムの大量繁殖は、冒険者組合にとってはどこの支部でも頭の痛い問題でしょう。
特に魔法使いが常駐してくれない程に小さな所では、死活問題と言っても良いくらいですからな。
スライムに殺されてしまう駆け出しの数だって一気に増えますから、火でも風でも土でもとにかく攻撃魔法が使えれば、魔法使いは囲い込んでしまうに限ります。
それくらいには、スライムの相手が出来る魔法使いの確保はどこも重要でしょう。
何せ、戦士も弓使いもスライム相手には手を出し辛いですし、大半が放置して戻ってきますからな。
――しかし、それでは困るのですよ。
このスライムと呼ばれる魔物は、一度でも進化を許してしまうと、進化したその種がそっくりそのままに増えてしまう特徴があります。
ねずみ算式に増える事でも知られる為に、冒険者組合では見つけ次第に潰すくらいの勢いが必要だと、森での増殖の件で痛い程に分かってしまった後ですからな。
中には凶悪な進化を遂げるケースもあるらしく、見た目程には決して弱くは無い魔物がスライムというもの。
そもそもとして、例え小さくとも、魔物というだけで非常に危険な存在だという認識は持っておいた方が良いのです。
――これを我々職員も、駆け出しも、履き違えてしまったようですがね。
「おお、スゲェ!マジで凍った!」
ですが、それだって最早過去の話になるやもしれないと、訓練場を覗き込んで認識を改める事となりました。
何せ、対スライム用として凍結薬と呼ばれる魔法薬が手に入るようになりましたからな。
今では、冒険者達がこぞって詰めかけていて、試しにと使っております。
反応は――上々といったところですな。
これからは、誰もがスライムを倒せるようになる時代へと変わる事でしょう。いやぁ、良かった良かった。
「――良いなぁ。俺も欲しいー。」
「Dランクまでの辛抱だってさ。後ゴブリン何匹分だ?」
「さぁ?Dからは試験もあるんだろ?受かるかなぁ?」
――どうやら一部、駆け出しと思われる若者達が羨ましげに見ていますね。
しかし、これは単に無料に釣られただけでしょう。
凍結薬は初期配布のみが無料ですし、この謳い文句のおかげか、何時も以上に冒険者達が多く、それに釣られてやって来たように見えます。
嬉しい事に、冬から行ってきた宣伝の効果は上々のようですな!
中には早速使った者がいたようで、訓練場のあちこちでは声も上がっています。
非常に活気付いていて喜ばしい。
「これ、本当に藁でも地面でも何でも凍るんだな。」
「こっちは混ぜようとした水が容器ごと凍りついたよ――地面に張り付いてて取れないし、どうやって薄めればいいんだ?」
あちこちで試されている状況の中で、試し切り用の藁人形のすぐ側では、誰かの持ち物らしき竹筒が凍っておりました。
今時、竹筒を水筒にするとは随分と粋な事をしますな。大半の者が金属製か革製だというのに、珍しい事です。
そんな珍しい竹製の水筒を前にして剥がそうとする冒険者へ、違う冒険者が呆れた調子で声をかけるのが見えました。
「薄めてどうすんだよ。効果が薄れたら、意味が無いだろ?」
これに「否」と返した冒険者が、地面ごと水筒を掘り起こしながらも口を開きます。
「いざって時には鈍足にさせれるようにして使うとかさ、色々と使い道があるかもしれんだろう、これ?」
「ああ、確かにそういう使い道もありそうか――。」
常日頃から様々な事を試し、生存率を高めるべく努力をしている彼等です。そうでない者は自然淘汰される厳しい世界ですし、そんなところに冒険者達は常に身を置いています。
この為に新たな武器となる物を与えてみれば、自分達で考えて活用法を模索していくのはある意味当然の流れでしょう。
実際にそう思って配布したこちらの目論見通りの展開が広がっています。どうやら、見事に読みは当たったようですな。
しかしながらも、
「これ、液体ではあっても水溶液とは違うらしいぞ。だから、水は駄目らしい。」
「すいようえき――って何だそれ?」
多少詳しい話を聞いてきたらしい他の冒険者が口を挟んで、あれこれと会話が広がっていきます。
試すにも有料です。ならば、まずは知識を得てからの方が良いのは当然。
少し賢い者ならば、他の者が使っているのを実際に見て観察し、そこからどうすべきかと考え込んでいます。実に良き方法ですな。
「――水溶液ってのは、水に何かが溶け込んでる液体なんだってさ。んで、ポーションとかがこの水溶液になるって話だったよ。」
「んじゃぁ、この液体は何なんだ?油みたいに原液って事になるのか?」
「らしいんだが、俺も詳しくは知らん」
この疑問へ言葉を返しつつも、口を挟んだ冒険者が更に語って聞かせます。
どうやら彼はそれなりに考えて行動し、そして他にも情報を流して共有する事が出来る人間のようですな。
場合によっては、より上の位を目指せるでしょう。
「――水だろうと油だろうと、とにかく他で薄めるのは無理って話だったぜ?」
「それじゃぁ、このまま使うしかないのか?」
「とりあえずは、浸透する物なら片端から凍らせる事が出来る魔法の液体って話だった。浸透しないのは鉄とかガラスだってよ。だから、缶に入ってるんだと。」
「へぇ――。」
彼が語る通りに、凍結薬と呼ばれるこの魔法薬には魔法が籠められているそうで、触れた傍から【凍結】させるのだとか。
浸透率も高い為に劇物指定ですが、その効果は見るからに価値がありそうですな。
「何にしろ、薄めて使うのは無理か――。」
ガッカリした様子を見せたのは、竹筒を回収しようと訓練場の地面を掘っている男性。
話題となっている凍結薬ですが、納品した人物はつい先日この広い訓練場を水浸しにしてくれましたな。
もっとも、今は綺麗に乾いて平らに整えられています。
余り魔法に詳しくない者からすれば大した事が無いように感じられるやもしれませんが、実際にはかなりの規格外な事なのですよ、これは。
一体、どれだけの者がその事に気付くでしょう?
観察を続けていると、
「――げっ、支部長。」
こちらに気付いた冒険者の一人が、顔を引き攣らせました。
良く見てみれば――おやおや、駆け出しの頃に随分やんちゃした問題児じゃないですか。
ここ最近は大人しくなったのか、懲罰室では顔を合わせる事もめっきり無くなりましたね?実に良い事です。
「これはまた、随分と派手にやりましたなぁ。」
そうして、笑って見せると、
「あ、えっと、凍ってるだけだし?ほら、溶ければ問題無いって!大丈夫大丈夫!」
「――ふむ。」
慌てた様子で凍りついた藁人形や的を指差しますが――まぁ良いでしょう。
備品は貸し出しの際に破損したら弁償ものですが、凍っているだけならば確かに溶けて元に戻るでしょうしな。これは、請求しなとくとも良い案件に思えます。
「――まぁ、凍っているだけですし、構わないでしょう。」
「「ほっ。」」
「地面の方は、元に戻しておくように。」
「りょ、了解です!」
発したこの言葉に、居合わせた冒険者達の多くが揃って安堵の吐息を漏らしました。
こういった備品も、決して安くはありませんからな。懐が寂しい者からすれば、少しでも出費は抑えたいところでしょう。
彼等が弁償する羽目に陥るのは、こちらとしても望んではいない事態です。
――まぁ、水筒は自業自得といったところでしょうが。
「使い勝手は良さそうですが、持ち運びについてはどうですかな?」
とりあえずは藁人形を凍らせたと思われる者に尋ねてみます。
名は――知らない者ですな。普段、うちの支部を使っていない者ですか。それでも凍結薬を手に入れましたか、そうですか。
もっとも、宣伝効果にはなりそうですし、これを機に他でも広まると良いと思いますから、うちを贔屓にしてなくとも目を瞑りますぞ。
「使い勝手はかけるだけだから悪くは無いかな――です。でも、持ち運びは少し注意した方が良さそうだ、です。」
こちらの言葉にそう言って、無駄に丁寧な言葉遣いをしようとして失敗した彼は、自分のバックパックを背負って見せます。
その様子を見て、頷いて返しました。
「成る程。入れた場所が、必ずしも体から一番遠くになるとは限らないわけですね?」
「そう、そうです。」
確かに背負い袋の類だと、背中に当たる面がその都度変わってきてしまいますか。
かと言って両肩に背負うタイプだと、咄嗟の時には邪魔になりそうですね。この辺りは、何か考える必要がありそうです。
「ふむ。やはり、中型以上の魔物相手には、持ち運びが少し気がかりになりますか。」
「ああ、効果はスゲェ良いん――ですが、下手に持ち運んでる時に攻撃を受けると、最悪自分が死ねそうだ、です。」
「ふむぅ。」
言葉遣いに失敗し続けていますが、彼は中堅ってところですかね。
駆け出しの低位の者へは配布も販売もされない決まりですし、かと言ってこの言葉遣いでは高位とは成り得ない。
もう少し、礼儀作法を身につけた方がよろしいですなぁ。
「君の言葉遣いはともかくとして、持ち運びにはもう少しアイデアが必要ですな。」
「あ、ああ。ちょっと危なそうだが、荷物の中心か体から一番遠い場所に置けるようにすれば、何とかなりそうだです。」
とりあえずは、冒険者達の反応は上々で間違い無さそうですね。
持ち運びは、先に配っておいた高位の冒険者達からも案を出していただきましょうか。
丁度一人、滞在している者がおりますし、彼に頼んでみましょう。
「――支部長、これってスライムだけじゃなく、他の魔物の足止めにもなるって聞いたんだが、マジ?」
「おや?貴方ですか……。」
やって来たのは、燃えるように赤い髪が目立つ若者。
我が支部きっての問題児、戦闘馬鹿の火魔法使いです。
「話は本当ですが、もう少しその言葉遣いについては、なんとかなりませんか。そんな話し方だから、何時まで経っても昇進出来ないのですよ?」
これに、
「うえー、お説教かよ。それはもう懲罰室で耳にタコが出来るくらい言われたって。」
見るからに嫌そうな表情を浮かべて、片手を振られます。
その振られるのに合わせて、彼の手の中に握られた缶の中身が、揺らされて幾度も音を立てました。
流石に見逃せる事では無く、眉を顰めます。
「劇物を振らない、粗末にしない。下手に誰かにぶつけたりして破損させたら、どうするのです?」
この問題児は、少し考えれば分かりそうな事ですら考えませんからな。
更には口酸っぱくして言わないと、記憶にも残らないくらいには頭の出来がよろしくない。
故に、誰もがこやつに関しては口煩くなるのですよ。
「はいはーい。分かったよ――ったく。」
それに分かっているのかいないのか、一向に変わらない態度。
思わず溜息も出てしまうというものです。
「――返事を返す時に使う『はい』は一回で良いのですよ。何度も繰り返さないでも伝わります。」
「は、い!」
巫山戯ているのか本気なのか分かり難い生真面目な表情を作りますが、どうせ三歩も歩けば忘れる鳥頭です。期待するだけ無駄でしょうね。
こう見えて、この若者は元々はそれなりに高貴な家の出。反抗期に家を飛び出して、そのまま冒険者になった経歴を持ちますが、魔法使いとしての腕は確かです。
ただ、言葉遣いが年々悪くなっています。一体誰の影響でしょうね?
「――どうせだから、これで大型の魔物の討伐まで出来たら最高なんだがなぁ。」
聞こえてきた声に、少し思考が逸れた隙きに、赤い鳥頭が何時の間にやら姿を消していました。
相も変わらず、動きだけは素早い。
いえ、逃げ足が速いと言うべきですか?
それとは入れ違いのようにしてこちらへとやってくる壮年の男性が見えますしな。どうやら、鳥頭は彼から逃げ出したようです。
全身黒尽くめな彼へと、手を挙げて呼び寄せようとします。
そのすぐ傍で、
「いやいや、流石にそれは量が持ち運べねぇよ!?巨人種とか一体幾ら必要になるんだよ!?」
という突っ込みが入り、
「なら、圧縮して詰め込めるようにとか出来たらいいのか?」
と、どうやって圧縮するのかを考えもせずに語る者が、すぐにその危険性を知らされて口を閉ざしました。
「それをやったら、容器が破裂した時に危ないんじゃね?主に戦士系の俺等までかかって、敵と一緒にご臨終って流れになってさ。」
一瞬、シンッと静まり返る訓練場。
冒険者の多くは余り頭が良くありませんからね。
特に、前衛を努めている戦士系は、後ろの事を忘れて突っ走る傾向にあります。この為に背後なんて全く気にかけていない者が多い。
そこに向けて、一気に降り注ぐ凍結薬――どう考えても、致命的ですね、ええ。
所謂脳筋と呼ばれる方々が戦士系ですし、背後から攻撃を受けるなんて考えも及ばないでしょう。
果たして、圧縮されている凍結薬が配布されたとして、果たして自分や味方に振りかける事無く皆が扱いきれるでしょうか――?
この疑問には、
「「有り得る、それ、めっちゃ有り得るな!」」
その場に居合わせた戦士系が揃って同じ可能性に気付いて、口を揃えました。
それに頭を抱えるのは弓使い達。彼等は主に戦士達のブレーキ係ですからね、普段から振り回されている分、戦士達にどうやって扱わせるかで頭が痛いのでしょう。
そもそもとして、戦士系の冒険者達の頭の悪さは、鳥頭に通じるところがあります。
――そういえば、言葉遣いまで何だか似ていますね?
おや?どうやら、鳥頭の口が悪くなった元凶は、彼等の中に居ましたか――?
※ここまでの回については、残酷に思える描写は閑話で済ませて来ました。が、ここから先は本筋(閑話以外)でもバンバン出てきます。
少しでも耐性が無いときつくなる可能性がありますので、苦手な方は『残酷な描写の有無』をまえがきで確認して読み進めて下さい。
疑問や気になる点などへは気軽にメッセージでも感想欄でも書き込みしていただければ、質問やネタバレ等を含めてお答え出来ます(長文で返す癖がありますが)。
尚、表紙絵と属性表に関しては、世界観が多少分かるように入れただけですので参考程度のものとなります。
今後入る予定の挿絵に関しては、地図と建物の見取り図以外では掲載の予定がありませんので、絵が入っていたら前者の二つ同様、参考資料だと思って下さいませ。




