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130 その錬金術師は無茶振りされる

 交戦している中に、突然聞こえてきた声。


「――何だこれは。」


 それと同時に、赤毛がゆっくりと前に崩れ落ちて来て、俺は慌てて下がっていた。

 顔面からのダイブは避けられているものの、倒れ込んだ赤毛の顔は、半分近くが泥に埋もれてしまっている。

 そのまま起きて来ない様子に、俺は狼狽うろたえて手元の棒を持て余した。


「な、なんだ?」


 気付けば、赤毛の後ろから現れた黒衣の人物が一人、呆れたような視線を足元へと向けていて、目を瞬かせている。

 それを見て、俺も目を瞬かせた。


「馬鹿がまた新人にイチャモンをつけてると言うから来てみれば――一体何の騒ぎだ?これは。」


 周囲を眺めて、再び足元へと視線を向け、こちらへも視線を転じてくる。

 俺と同じ黒髪だが瞳までもが黒く、鋭い。肌は褐色なのか日に焼けているのかとにかく全身が黒いし、まるで闇から抜け出したかのような風貌をしていた。

 そんな男は、どうやら呆れが多大な比率を占めているらしい。壮年に差し掛かっただろう顔には、見るからに呆れと面白がっているような好奇心の色が浮かんでいた。


「おい、お前。」

「お前――って、俺の事か?」

「そう、お前だ。」


 声をかけられて、自分を指差しつつも首を傾げて見せる。

 ついさっきまで、狂人に絡まれていたからな。そういった理由もあって、これ以上の面倒事は御免被りたかった。

 敵じゃないだろうが、別に味方ってわけでもなさそうだし、この状況的にはどう転ぶのかも分からない。この為、下手な反応はしたくなかったのだ。

 これに、


「この状況を説明しろ。」


 淡々と言われてしまって、俺は詰まる。

 何せ、説明しようにも、原因と言うか元凶が伸びてしまっている。おかげで、説明も何も少しし辛い状況だ。

 大体、こちらは巻き込まれたわけだし、出来ればこのまま見逃してもらいたいところというのが本音である。

 それを読んだのか、


「――コイツが元凶なのは分かっている。ただ、ここまで被害が甚大になる事は無い。どういう事か、それを説明しろ。」

「はぁ。」


 怒りも何もなく、静かに返されてしまい、手に持っていたスタッフの構えを解いて俺は頭をガリガリと掻いた。

 泥だらけだったが、ところどころ乾いているせいでちょっと痒い。戦闘中は気にならなくても、一度痒みを覚えてしまったらそういうわけにもいかなくて、頭を掻きつつも整理していく。

 見れば全身が泥だらけで、国王から頂いたローブなんて、最早地の色が分からなくなってしまっていた。


「――一応先に言っとくが、そのイチャモンつけられた新人って、俺だからな?」


 そう告げてみせると、


「分かっている。それで、説明は?」

「あー……。」


 変わらずに淡々としたままで尋ねられてしまって、とりあえずは何でこうなったのかを順を追って説明していった。

 いきなり殴りかかられた事。

 途中から棒術で応戦する羽目になった事。

 全く解放されない状況に焦れて、鎮圧する為に氷魔術を使った事。

 それに相性の悪い熱魔法で対抗された事。

 氷で対抗しきれない事から水魔法に転じた事。

 結果、周囲が水浸しになって沼地状態になった事。

 ところどころ凍っているのは、自分の足場にしたせい。


 ――うん、少しやり過ぎたかもな。


「正当防衛を主張する。」

「却下だ。」


 即答で返されてしまい、うーんと唸る。


「そもそもそいつが絡まなければこんな事態には陥らなかった。」

「気持ちは分かるがやり過ぎだ。過剰防衛の範囲になるだろう。」


 正論だ。

 しかし、理屈で何とかならない場合だってあるんだよ!


「なら、水魔法でどうやって対処したら良かったのか具体案を下さい、先生!」

「俺は先生じゃないが――。」


 そう言って、溜息を吐き出した黒衣の男は、予想の斜め上な回答を投げて来た。


「顔にでも水を貼り付けて、窒息させてやれば良かっただろう?」


 窒息=溺死ですね、分かります。

 ――って、分かりたくないわ!


「いやいや、それなんて鬼畜?下手しなくても死ぬぞ!?」

「むしろ溺死させるくらいで丁度良い、コイツは。」

「えええ。」


 思っていた以上に乱暴な回答を本気で返されてしまって、俺ドン引きなんですけど!?

 その赤毛はというと、話している間にグルグル巻きにして縛り上げられて、やってきた組合の職員達によって運ばれて行った。

 ――なんでも、懲罰室なるものがあるらしく、そこでしばらく絞り上げるらしい。


「新人だからペナルティは今回は無しにしてやる。だが、地面は元に戻しておけ。」

「いや、それ、普通は無理だろ?」


 突然の言葉に、俺は食って掛かる。

 だがしかし、


「これだけの広範囲を水浸しにするだけの元気があるなら、戻すくらいの元気もあるだろう?」

「いや、それおかしいから。その理屈は、絶対におかしいから!」

「おかしかろうと何だろうと、戻せ。他の利用者の迷惑になる。」

「ええええ。」


 何この無茶振り。

 正論だし理解も出来るし後始末もするけど、そもそもとしてその発言に至るのがおかしいって事には気付かないんだろうか。


「戻すけどね?ちゃんと戻すけど、でも、普通は出来ないからね!?」


 これに、


「何だ、出来るのか。」


 意外といった様子で返されてしまって、俺は脱力しきって泥沼に両手を突っ込んで膝をついていた。


「本気で無茶振りするつもりだったのかよ、あんた……。」

「なに――出来なければそれを口実にでもして懲罰室送りにするところだっただけだ。」


 俺のこの発言には、飄々とした態度で返される。

 どうにも掴みどころの無い人物だ。


「勘弁してくれよ、全く。」


 ペナルティは無いと言いつつ、その実確りと課すつもりだったのが丸っきり隠されていない言葉だ。

 そんな権限を持つこの真っ黒な男は、どうやら高位の冒険者らしい。

 更には、問題を起こす下の冒険者達の処罰の際には駆り出される事があるらしく、こうして出張って来ては、何かと事態を収拾させるのだそうだ。


 尚、そんな話を聞いたのは、訓練場の地面を乾いたものにする為に、散々水魔法の【脱水】で戻した後。

 正確には、疲れ切った俺が地面に転がった直後だった。


「――ふむ、本当に出来てしまうのか。」

「これで、チャラにしてくれよ――こっちは、巻き込まれただけなんだから。」


 魔力枯渇による疲労感でぐったりとしていると、


「残念だ。懲罰室で可愛がれるかと思ったのに。」

「残念がらないで!?」


 思った以上にヤバそうな性格が伺えて、俺は悲鳴を上げていた。

 尚、この後、宿で丸洗いされたのは言うまでも無い事だろう――。


 冒険者に良くいる高位の冒険者に関する回。

 人格を無視して上のランクに上がれるなら、ただの荒くれ者でも上に上がれてしまい、冒険者全体の評価が下がります。

 逆に人格を重視して上のランク引き上げが行われるのなら、それなりに礼儀作法が身についた人物が上に上がり、全体としての評価が上がります。

 作中ではどっちかになるか?――正直作者側から見ても、微妙な判定になりそうです(をい


 2018/12/07 サブタイトルを変更しました。気付いたら説教っぽくなくなってたっていう。


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