013 閑話 その錬金術師は観察される
元は何度も重ね染めされたんだと思う、色褪せて尚赤く見えるコート。縁取りには解れてはいても金糸が縫い込まれていて、それは見るからに高級品だった。
何があったのか分からないけど、酷くボロボロな格好でも、その人はとても上品な佇まいを見せる。
漆黒の艷やかな髪は光輪が浮いていて、知的な印象を抱かせる赤紫色の瞳が見るから甘さを孕んでいて、柔らかく、そして優しく笑みを浮かべているんです。
そんな人は、まさしく美人さんと呼ぶに相応しく――ただ、見惚れていたら聞こえてきた声は、低くて男性だったのに気付いてビックリしちゃいました。
何ていうか、余り男臭さを感じないのが不思議です。そしてそんな人が、何時の間にか私達の傍にいるという事が、もっと不思議です。
――これは一体どういう状況でしょうか?私は目を瞬かせるしかありません。
「いやああああ!ゾンビー!」
「変態!あっちいけー!」
「???」
そんな人に気付いたのは、単に村で歳が近いというだけで何かと連れ回す二人組が、騒々しく騒ぎ立てていたからです。
でも、次の瞬間、美人さんはそんな二人へと拳骨を落としました。それも、情け容赦無く目一杯力が籠められていたように見えます、ええ。
実際、ゴツンッと、それなりに痛そうな音が周囲に響き渡り、二人が頭部を抑えて涙目になります。
「――いったぁい!」
「女の子に手を上げるなんてサイテー!」
それでも尚叫ぶ二人。見た目はともかくとして、村でも手を焼くと悪い方で評判な二人です。大変なんです。
けれども、それに対して「うるせえ!」と凄む美人さんがいた。もう一回、二人の頭を叩いて物理的に黙らせます。強い!
美人が怒ると怖いっていうけど、本当だったんですね。私にはすっごく優しい表情してたから、尚更その変化にビックリしました。ちょっと、意外性もあって、思わずぽけっとしちゃう。
「クソガキに育った淑女の一文字も無いマセガキはすっこんでろ!ただでさえ魔物が徘徊する森の中で叫ぶとか自殺行為にも程があんだろうが!いっそもう口塞いで黙ってろ!」
「な!?」
「ええ!?」
そうです、ここは村の中じゃありません。
すぐ傍にはお日様の光が燦々と降り注ぐ草原が見えてるけど、周囲には木々が乱立してます。林ですらないです。下草ボーボーです。ここはどこですか?
森というのは、人の手が入っていない自然の場所を言うんですよね。そこには木がたくさん生えていて、食べ物だっていっぱいあると聞きます。でも、油断は出来ない場所なんです。
だって、おっかない魔物だって生息しているところなんですもん。間違っても、入ったりしちゃいけないところでした。食べ物欲しさに入って、帰って来なかった人がたくさんいますから。
「――ここに来るまでにも散々ゴブリンとブラッディー・スライムを潰して来てんだ。あんまり騒ぐなら囮にしてでも捨てていくぞ?」
「ひ!?」
「い、嫌ぁ!?」
実際、そんな魔物がいたんでしょう。だからボロボロなんですね?見るからに激戦をくぐり抜けてきたって感じです。凄いです!
そんな彼の言うゴブリンという生き物は、私も見ました。そして、あっという間に簀巻きにされて――息が苦しくて意識を手放しちゃいました。
ブラッディー・スライムっていうのは知りません。でも、スライムっていうからには、何でも溶かしちゃうんでしょうね、きっと。
確かに、そんな魔物が居るかもしれないところで騒ぐのは、自殺行為です。私も静かにしておきましょう。お口はチャックですっ。
「分かったらお前達二人はもう喋るな。ただでさえキンキン声で響きやすいし、助けたのに礼の一つも言えん奴じゃ、今後口を開くのも時間の無駄だ。以降、少しでも何か喋ったら、魔物の群れの中に放置して行く。」
「そ、そんな――。」
「待って、私達は――。」
「黙れっって言ったんだが?」
「「――はい。」」
うわぁ。怖いです。
言いかけた二人に、美人さんが凄むと、途端に周囲の気温が心なしか下がりました。寒いですよ、すっごく寒いです!
「お前らが死のうが生きようが知った事じゃないんだよ、こっちは。善意で助けたのを恩を仇で返してきた時点で切り捨てられんのは当たり前だし、こっちには元々お前らを助けてやる義理も責任も何も無いんだからな。知り合いか何かと勘違いすんな。期待する事自体お門違いだ。」
「――……。」
後、俺はお前らの保護者じゃねぇ、と、吐き捨てるように言われて、冗談ではなく本気で魔物の中に放り込みかねないと、危機感から身体が竦み上がります。
流石にこれは不味いでしょう?だって、助けていただいたのにまさしく恩を仇で返しちゃったみたいなんですもの。それどころか、騒いで魔物を呼び寄せそうになってたんですからね、怒られて当然です。
同時に、私だけでなく彼女達も現状の不味さが伝わったらしく、珍しく大人しくなります。
どうせなら、普段からお淑やかにしてくれればいいのにと思わないでもないですが、今までも言っても聞かなかったので、この場限りでしょう、きっと。これを機に変わってくれれば――なんて思いますが、多分無理でしょうね。
「はぁ。面倒臭い――こっちはボロボロで大変だっつーのに、お守りまでさせようとすんなよ、ったく。」
愚痴愚痴言ってますが、正直言って、もう耳が痛いです。心も辛くなってきます。私も絶賛、彼女達と似たようなものというか、間違いなく彼の中では同じ扱いでしょうからね、ええ。
そんな風に思ってたのですが、思いもよらない言葉を次の瞬間にかけられて、思わず固まってしまいました。
え?え?なんでですか?何で?
「で、君は自分の家までの道は分かるかな?方角だけでも分かれば、後はこちらで何とかしてやってもいいんだけど?」
キラッキラの笑顔が向けられたんです。それも突然に。
これは、一体、どういう意味でしょうか!?
あの、そんなにお綺麗な顔を振り向けられても、私は戸惑うしかないですよ!?何でこんなに笑いかけられてるの、私!?
「――ええと、はい?」
おかげで私はしばらく、まともに返事も返す事ができませんでした……。
絶対、面倒臭い子って思われちゃいましたよぉ!わああ!
だって、街で見たお人形さんみたいに綺麗なんですよ、この人。それが突然振り返ってくるんです。直前まで、凄い怖い顔してたのに、キラッキラの微笑み浮かべて。
――何でですか、ねぇ?
「え、えっと、えっとっ。」
「ああ、焦らなくて良い。まだ少し、余裕はあるからな。」
その余裕が無いのは私の精神の方なんですよ!?
そんな内心なんて伝わるわけもなくて。
私はその後もしばらく、この綺麗な人の微笑みに、現状も大して把握出来ないままでただ慌てるのでした。
メルシーちゃん戸惑う。
見ず知らずの人がやたら好意的に接してきたらそりゃビックリするっていう話ですね。ましてやそれが、男でも美人に見えたら尚の事。なので「なんでこんなに気にかけられてるの!?」ってなってる。だって普通の子だもの。
逆に見た目が整ってる側はそういう態度取られると、ちょっとしょげるんです。壁作られてるみたいに思えるんですよ。
故に、見た目がいいからって得するとは限らないという話でした。むしろ、普通に人間関係築く上では邪魔になりかねません。利用価値ならありますがね……。




