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129 閑話 その錬金術師と棒術の相性

 赤毛♂(狂人)視点。


 やけにヒョロっちい奴だなとは思った。

 そしてスゲェ体力が無さそうだなとも。


 しかし、そんな奴が冒険者に登録してるってんだから驚きだ。

 何時からこの仕事は文官向けになったんだよ?


「――何でお前、冒険者なんてもんになっちまったんだ?」


 疑問に思うのは、とにかくそいつが冒険者に向いているようには見えなかったせいだ。

 細くて頼りない上にお綺麗な顔立ちは、その辺の女でも早々見ない組み合わせの瞳と髪色で目立つ。

 一言で言うなら、女みたいな野郎だった。

 まるで盗賊ホイホイか何かかよと口にしてしまいそうになるくらいには、女っぽく見えて男らしさが全然無い。


「――どう考えても就職先、間違えて無ぇか?」


 正直なところ、見事なまでに期待外れだったせいで、俺のテンション自体は下がっている。

 見た目とは裏腹に――って奴は居ないわけじゃないし、期待してたっていうのもあるんだろうな、きっと。

 一応、それなりの速度に対応できるだけの動きは出来るらしいが、決定的に力も技も足りていないから、その辺りは正直言ってつまらん奴だ。

 これだと、中型の魔物にすら押し切られて殺されるのがオチに思えるし、そんな奴が冒険者に登録するなんて理解出来ず、俺は内心で首を傾げまくっていた。


「悪い事言わねぇからさ、違う仕事探した方が良いぞ?『救世主』さんよ。」


 こいつのどこに『救世主』の要素があるんだろうか――?

 俺のこの口が悪いのは今に始まった事じゃないが、それでも『救世主』なんて御大層に呼ばれるようなものとは思えない。

 ただ、先に口で言っておいてなんだが、最後の一言だけは余計だったかと遅れて気付いた。

 もっとも、言われた当の本人はというと、


「――好きで、そう呼ばれてるわけじゃ、ないんだがな。」


 怒る様子も無く、ただ淡々と口を開いてくるだけだったが。

 若干面倒臭そうな表情を浮かべてはいるものの、別に怒りに染まってる様子も無ければ、憎々しげに睨みつけるなんて事も無い。

 漆黒の髪も灰色のローブも泥で汚れていて、見るからにボロボロになっているが、その点にも余り気にした様子が無かった。


(――面白ぇ、その面を変えてみたくなる。)


 つまらなくても起き上がってくる度に数度拳を打ち込み、足を引っ掛けて転がすのはこのせいだ。

 どうやら忍耐と根性だけはあるらしい。ガッツがある奴は伸びるから、俺としては大歓迎だぜ。何より絡みたくなる。

 そうして、面倒臭そうにしながらも結局は上体を起こして来る為に、俺の口元には思わず笑みが浮かんでくる。

 やっぱり良いわ、こういう奴って。

 ――叩きがいがある。


「はぁ――いい加減、新人イビリはやめてくれない?」

「ヤダね。」


 口にされた言葉へと即答で返しておいて、風魔法で空気の抵抗を極限まで減らし、更に加速して爆発的に突っ込む。


「――っと。」


 これにも反応をして見せて、すぐに腕でガードをする『救世主』。やっぱり、反応速度は悪く無いようだ。

 もっとも、この程度の攻撃で顔を顰めるところを見るに、どうやら鍛え方が足りないらしいがな。


「お前、柔過ぎんだろ。」

「無茶言うな!こっちは生産職だって言ってるだろうが!」

「えー。」


 見た目美女が顔顰めるとかご褒美なんだが、一応、男なんだよなーコイツ。

 スッゲェ残念だわ、そこだけは。


「なぁ、お前、得意な武器とか無ぇの?」

「――剣すらまともに握った事も無いよ。」


 更に数度転ばした後に尋ねてみたら、どうやら腰の短刀が余り役に立っていない発言を返された。

 それに、俺は適当な棒を放り投げて手渡す。


「っと。」


 思わずといった様子で受け取ったのを見て、再び突っ込んで拳を叩きつけた。


「う、ぉ、お!?」

「結構扱えてんじゃん?」


 投げ渡したのは、訓練場に置かれていた一本のスタッフ。

 所謂ロング・スタッフとかポールとか呼ばれる類の棒だ。

 それを両手で持ったまま、こちらが打ち込んだのに合わせて、少しバックしながらも受け止め、受け流して見せる『救世主』。


(――なんだコイツ、やっぱり典型的な魔法使いじゃねぇか。)


 刃物は駄目でも、どうやら打撃系の武器なら使えない事は無いらしい。

 それを見て、俺は益々攻撃の手を増やした。


「お前そのままその棒でガードしてろ。今度は足元も確りな?」

「はぁ?いきなり何を――。」


 怪訝な様子で口を開くところに向けて、足払いをかける為に体を沈めこむ。

 それから、


「余所見してると、また転ぶぞ?」

「んな!?」


 注意がそれた一瞬の隙きに、下がろうとした片足を引っ掛けて転倒させた。

 ご丁寧にも棒を持ったまま倒れる律儀な様子を見て、思わず笑いが漏れ出ていく。


「あっははははっ。お前、結構似合うじゃんか、その格好。」

「そりゃどーも。」


 ようやく熱くなってきたのか、表情が幾分険しさを増していて、やや憮然とした表情だ。

 面倒そうな表情の中には苛立ちが見つけられるし、思わず「良いね良いね」と両の拳を打ち合わせていた。


「そうやって最初から熱くなってりゃ、転ばされる回数も減るんだぜ?」

「――今更それを言うのかよ。」


 息を整えて、疲れたように溜息を吐き出す姿に、ニカリと笑ってやる。


「おう、言われなくても、色々と察するもんだ。そういう意味でも、アンタはまだまだだな。」

「そうか――【氷柱】。」

「うぉ!?」


 話しの合間に、勢いよく突っ込んできたものを殴り付ける。

 瞬間、砕け散った破片が周囲に散らばって冷気が吹き抜けた。


「氷かよ!?」

「俺には、狂人を察する事が出来る程、狂っちゃいないんでね!」

「はっ、言ってくれる――!」


 叫ぶ俺に、次々と現れる氷が飛びかかってきて、それを叩き落とす為に拳を叩きつけていく。

 砕ける音色がやけに澄んだ音を奏でるが、それ以上に思ったより硬い手応えに嬉しさが込み上げる。

 これだけの強度の氷を生み出す氷魔法使いなんて、初めての相手だ!


「面白ぇ!全部叩き壊してやるよ!」


 そう告げて、片端から飛来してくる氷の切っ先を逸し、躱し、迎撃していく。


「いや、それは無理だろ――無理だよな?」


 そんな攻防の最中、途中から眉を顰めた『救世主』が訝しげな声を上げた。


「何で拳が傷まないんだ――?」


 氷を素手で殴っていれば、当然冷気で痛む。

 霜焼けとか凍傷とか言うあれだ。あれになる。酷いと切断ものだぜ。

 けれども俺の両手は何時まで経っても健在だ。何せ、秘策があるからな!


「――まさかお前、拳に熱属性を纏っているのか!?」


 どうやら気付いたようで、一瞬、氷の槍が止まった。

 その隙きに、俺は回し蹴りによってほぼ全てを蹴り砕いていた。


「ご明答!よく分かったな!」


 魔法使いの場合、自分の手札は決して見せないルールがある。

 これは、味方であろうと同様だ。何時、置き去りにされて囮にされるか分からないからな。

 こういった事情もあり、仲間からは余り歓迎されないのが魔法使いだ。

 その辺りも含めて、図ろうとしたんだが――、

 

「くっそ!どこまでも相性悪いな!」


 思った以上に、こいつは『使える』。冒険者として『やっていける』。

 俺の得意とする属性は火だ。風は速度を早める為のブースト用でしかない。

 故に、両手に熱を纏って殴れば、氷の冷たさなんざなんて事は無い。

 しかし、大半の生き物は氷の冷たさには為す術も無い。特に小型の魔物なんかはイチコロだ。スライム退治に駆り出すのには使える!


「そーら!距離も詰まったぞ!」


 そうして、攻撃の手が一瞬だけ怯んだ事で、形勢は容易く逆転していた。


「ったく、冗談抜きに面倒臭い奴だな!」

「はは――ぶふぅっ。」


 そう思って笑って殴りかかろうとしたんだが、顔面に何かが付着してきて動きが疎外された。

 ――何だ?何が起きた?


「つまり、水は効果があるって事だな?」


 聞こえてきた声と、滴り落ちる水滴で、何が起きたかを把握する。

 ――水か。


「お前も中々やるじゃん?」


 一瞬にして水球を生み出すとか、コイツ、水魔法使いとしても高位って事になるのか。

 氷魔法も使えて水魔法も使える――て事は、危険を顧みなければ相当厄介な技を持ってるな?

 そう思って、


「よし、お前、広範囲攻撃魔法を見せろ!」


 とせがんだら、


「無理に決まってんだろうが!?」


 と即答で返されてしまい「えー」とブーイングしてそのまま打ち合う。

 足元がぬかるみ、動きが疎外される中で、気付けば『救世主』の足元には氷が出来ていて、全く影響が無い状態にあるのに気付いた。


「ずるいぞ!それ!」

「やかましい!いきなり殴りかかってくる奴になんて言われたくない!」


 その後も「ずるいずるい」と連呼している間に、気づけば思い切り背後から誰かに殴られて俺は泥沼目掛けて倒れ込んでいた。


 昏倒させた人物は次回。

 貴族らしくない元貴族のお坊ちゃんですが、見事に破天荒な性格で自分の欲望(戦闘)に忠実です。

 尚、冒険者組合では頭の痛い問題児。今後、主人公を巻き込んで、更にやらかす予定です。


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