126 その錬金術師は贈り物を配る
本命(恋愛の意味ではない)達への贈り物編。今回は短いです。
ブチブチと草むしりをしていた若い女性から、引き抜かれた薬草と草餅を交換して少し話をした後、村の中心地へと向かった。
完全に春の陽気さが感じられる季節で、七輪を出してくる必要性も無くなるくらいには、暖かな風が吹き抜けて行く。
そんな中、
(いたいた。)
井戸の傍に集まっていた村の女性陣達へと、俺は近付いて行った。
中でも目的の人物を見つけると、挨拶もそこそこにして、俺は取り出したばかりの木箱の紐を解いていく。
「この前はうちの弟子がお世話になりました。」
「――あら?」
そうして、振り向いてきたところで木箱の蓋を開け、そっと差し出した。
差し出す先は、高齢に差し掛かってはいても、背筋をシャンと伸ばして立つ、一人の女性。
そんな彼女へと向けて見せる中身は、折りたたんだ状態で入っている扇子が一つだけだ。
それを見せながらも、
「これ、つまらないものですが――。」
そう言って、蓋を開けたままに差し出した姿勢で俺は静止した。
これに、木箱の中へとそっと手が伸ばされる。
箱は受け取る事はせずに、そのまま中身だけを抜き取られ、俺は空になった箱に紐を収めると蓋をした。
「あらあら、まぁまぁ。」
高齢に差し掛かっている為に白いものが目立つものの、何処か上品ささえある佇まい。
それをイメージした結果、扇子に描かれたモチーフは、鶴と天竺牡丹になった。
苦労が伺えるその指先は荒れ放題だったが、彼女の瞳は濃い灰色をしていて、どこか優しげな色を湛えていて、内面から滲み出る気品が宿っているようにさえ思える。
まさしく、年齢を重ねただけの美しさがそこにはあった。
「素敵な扇子ねぇ――こんな素敵な物、頂いてもよろしいのかしら?」
「ええ、是非ともそうして下さい。染め上げたメルシーも喜びますから。」
これに、
「まぁ、あの子が染めたの?凄いわねぇ。」
女性の笑みが深くなった。
愛しげに、扇子に貼り付けられた布地に指先を滑らせている。
「この前頂いた物へのお礼ですよ。一緒に作ったんです。」
「そんなの、気にしなくても良いのに――。」
「いえいえ、お気持ちがとても嬉しかったので。」
少し遠慮する様子を見せられたものの、元々がお礼の品として作った物だ。
ここで受け取ってもらえないとなると、更に違う物を用意する羽目になるだろう。
故に、気に入ったならこのまま受け取って欲しい、なんて願っていると、
「有難うねぇ。」
こちらを見てから扇子を広げて、再度、柔らかな微笑みを浮かべてくれた。
どうやら好みに合う物だったようだ。しきりに、絵柄を楽しそうに眺めては、陽に翳したりしている。
「見て頂戴な、この模様。鶴ですよ、鶴。」
そうして彼女が口にした通りに、広げられた扇子の絵柄は縁起物の鶴で、漆黒の背景をその背にして凛と佇んでいる。
そんな一羽の白い鳥の姿に、こぞって女性達が食いついた。
「あら、縁起が良くて良いものじゃない。」
「鶴は千年、亀は万年ね。」
「長寿を祝われるなんて、羨ましい話しだわぁ。」
絵柄が派手では無くて特に若い人向けでない為か、そこに籠められた意味には誰も彼もが好意的だが、欲しがる程では無いようで羨む程度の反応で止まっている。
個人的にはこのくらいの反応で良いと思っているので狙い通りだ。
贈り物が他の人の手に渡るのは、それはそれでどうかと思うからな。故に、この展開は望んだ通りの展開である。
「――こっちは菊かしら?とっても華やかねぇ。」
そうして、更に描かれている花に女性の視線が止まり、絵柄にそっと指を這わせていく。
右と左で絵柄が違うんだが、鶴とは逆側の場所には丸い線が幾つもあり、その中を浮かぶ大輪の花達がある。
その花が天竺牡丹で、そこに籠められている花言葉は『感謝』だ。
メルシーが持ち直したのは、間違いなくこの村の高齢女性達のおかげだと思う。
その為に、お礼も兼ねて敢えて選んだ花だった。
「――女性には花が似合いますからね。キク科の天竺牡丹を添えてみました。」
「まぁまぁ、こんなオババにそんな華やかなお花を?」
「ええ、似合うと思ったので。お気に召すでしょうか?」
天竺牡丹は夏から秋にかけて花が開く、花弁が多い美しい花だ。
特徴としては、大きな花輪と色鮮やかな花色とその咲き方だろう。
ただ、今回は花言葉の兼ね合いもあり、純白のものを選んでいる為に清楚な雰囲気に仕上がっている。
「とっても嬉しいわ。どうかしら?これ、私に似合うかしら?」
「ええ、とてもお似合いですよ。」
「ふふふ。」
扇子を広げて、口元を隠しながらも尋ねる彼女に向けて、にっこりと笑みと賛辞を送っておく。
髪も瞳も色味が無い女性だから、色鮮やかなものだと当人の魅力を損ねかねない。
この為に漆黒の生地へと浮かび上がるよう、白を貴重とした鳥と花を選んだのだが、思った以上に似合っていた。
「これなら、夜会へお連れしても話題の中心になりそうだ。」
「あらあら、お世辞でも嬉しいわ。有難うねぇ。」
「いえいえ、こちらこそメルシーの事、有難うございました。」
お互いに頭を下げて、俺は次の人物を探す為に移動する。
贈り物である扇子は未だ未だあるからな。一つ一つ、違うデザインで色使いだけは統一してあるが、これはあくまで最初に見せる品だ。
この色と柄で例え気に入らなかったとしても、違うデザインの物をすぐに出せるように、一応幾つかの予備も作ってある。
中には派手な色と柄の物もあるので、多分大丈夫だろう。
「さて、次は――。」
そうして、呟きながらも新たに木箱に入れる扇子を選び取って、携えたそのお礼の品を配って回り続けた。
2018/12/05 加筆修正を加えました。メルシーも手伝ったのにその下りを入れ忘れ。追加しつつ会話も少し追加。本筋の流れとしては何時も通り影響ありません。




