表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/302

126 その錬金術師は贈り物を配る

 本命(恋愛の意味ではない)達への贈り物編。今回は短いです。


 ブチブチと草むしりをしていた若い女性から、引き抜かれた薬草と草餅を交換して少し話をした後、村の中心地へと向かった。

 完全に春の陽気さが感じられる季節で、七輪を出してくる必要性も無くなるくらいには、暖かな風が吹き抜けて行く。

 そんな中、


(いたいた。)


 井戸の傍に集まっていた村の女性陣達へと、俺は近付いて行った。

 中でも目的の人物を見つけると、挨拶もそこそこにして、俺は取り出したばかりの木箱の紐を解いていく。


「この前はうちの弟子がお世話になりました。」

「――あら?」


 そうして、振り向いてきたところで木箱の蓋を開け、そっと差し出した。

 差し出す先は、高齢に差し掛かってはいても、背筋をシャンと伸ばして立つ、一人の女性。

 そんな彼女へと向けて見せる中身は、折りたたんだ状態で入っている扇子が一つだけだ。

 それを見せながらも、


「これ、つまらないものですが――。」


 そう言って、蓋を開けたままに差し出した姿勢で俺は静止した。

 これに、木箱の中へとそっと手が伸ばされる。

 箱は受け取る事はせずに、そのまま中身だけを抜き取られ、俺は空になった箱に紐を収めると蓋をした。


「あらあら、まぁまぁ。」


 高齢に差し掛かっている為に白いものが目立つものの、何処か上品ささえある佇まい。

 それをイメージした結果、扇子に描かれたモチーフは、ツル天竺牡丹テンジクボタンになった。

 苦労が伺えるその指先は荒れ放題だったが、彼女の瞳は濃い灰色をしていて、どこか優しげな色を湛えていて、内面から滲み出る気品が宿っているようにさえ思える。

 まさしく、年齢を重ねただけの美しさがそこにはあった。


「素敵な扇子ねぇ――こんな素敵な物、頂いてもよろしいのかしら?」

「ええ、是非ともそうして下さい。染め上げたメルシーも喜びますから。」


 これに、


「まぁ、あの子が染めたの?凄いわねぇ。」


 女性の笑みが深くなった。

 愛しげに、扇子に貼り付けられた布地に指先を滑らせている。


「この前頂いた物へのお礼ですよ。一緒に作ったんです。」

「そんなの、気にしなくても良いのに――。」

「いえいえ、お気持ちがとても嬉しかったので。」


 少し遠慮する様子を見せられたものの、元々がお礼の品として作った物だ。

 ここで受け取ってもらえないとなると、更に違う物を用意する羽目になるだろう。

 故に、気に入ったならこのまま受け取って欲しい、なんて願っていると、


「有難うねぇ。」


 こちらを見てから扇子を広げて、再度、柔らかな微笑みを浮かべてくれた。

 どうやら好みに合う物だったようだ。しきりに、絵柄を楽しそうに眺めては、陽にかざしたりしている。


「見て頂戴な、この模様。鶴ですよ、鶴。」


 そうして彼女が口にした通りに、広げられた扇子の絵柄は縁起物の鶴で、漆黒の背景をその背にして凛と佇んでいる。

 そんな一羽の白い鳥の姿に、こぞって女性達が食いついた。


「あら、縁起が良くて良いものじゃない。」

「鶴は千年、亀は万年ね。」

「長寿を祝われるなんて、羨ましい話しだわぁ。」


 絵柄が派手では無くて特に若い人向けでない為か、そこに籠められた意味には誰も彼もが好意的だが、欲しがる程では無いようで羨む程度の反応で止まっている。

 個人的にはこのくらいの反応で良いと思っているので狙い通りだ。

 贈り物が他の人の手に渡るのは、それはそれでどうかと思うからな。故に、この展開は望んだ通りの展開である。


「――こっちはキクかしら?とってもはなやかねぇ。」


 そうして、更に描かれている花に女性の視線が止まり、絵柄にそっと指を這わせていく。

 右と左で絵柄が違うんだが、鶴とは逆側の場所には丸い線が幾つもあり、その中を浮かぶ大輪の花達がある。

 その花が天竺牡丹テンジクボタンで、そこに籠められている花言葉は『感謝』だ。

 メルシーが持ち直したのは、間違いなくこの村の高齢女性達のおかげだと思う。

 その為に、お礼も兼ねて敢えて選んだ花だった。


「――女性には花が似合いますからね。キク科の天竺牡丹てんじくぼたんを添えてみました。」

「まぁまぁ、こんなオババにそんな華やかなお花を?」

「ええ、似合うと思ったので。お気に召すでしょうか?」


 天竺牡丹は夏から秋にかけて花が開く、花弁が多い美しい花だ。

 特徴としては、大きな花輪と色鮮やかな花色とその咲き方だろう。

 ただ、今回は花言葉の兼ね合いもあり、純白のものを選んでいる為に清楚な雰囲気に仕上がっている。


「とっても嬉しいわ。どうかしら?これ、私に似合うかしら?」

「ええ、とてもお似合いですよ。」

「ふふふ。」


 扇子を広げて、口元を隠しながらも尋ねる彼女に向けて、にっこりと笑みと賛辞を送っておく。

 髪も瞳も色味が無い女性だから、色鮮やかなものだと当人の魅力を損ねかねない。

 この為に漆黒の生地へと浮かび上がるよう、白を貴重とした鳥と花を選んだのだが、思った以上に似合っていた。


「これなら、夜会へお連れしても話題の中心になりそうだ。」

「あらあら、お世辞でも嬉しいわ。有難うねぇ。」

「いえいえ、こちらこそメルシーの事、有難うございました。」


 お互いに頭を下げて、俺は次の人物を探す為に移動する。

 贈り物である扇子は未だ未だあるからな。一つ一つ、違うデザインで色使いだけは統一してあるが、これはあくまで最初に見せる品だ。

 この色と柄で例え気に入らなかったとしても、違うデザインの物をすぐに出せるように、一応幾つかの予備も作ってある。

 中には派手な色と柄の物もあるので、多分大丈夫だろう。


「さて、次は――。」


 そうして、呟きながらも新たに木箱に入れる扇子を選び取って、携えたそのお礼の品を配って回り続けた。

 2018/12/05 加筆修正を加えました。メルシーも手伝ったのにその下りを入れ忘れ。追加しつつ会話も少し追加。本筋の流れとしては何時も通り影響ありません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ